第34星話 消えた宝冠の星 中編
ルーンドルフ伯爵家の午餐。
なごやかに進んでいった。
話の切り盛りをするのは、優雅な伯爵婦人である。
伯爵は、夫人を見つめながら、うんうん、とうなずいていた。
マーシャは、ほわほわしていた。
アルスンは、両親とマーシャを前に、なんだか緊張して、落ち着かなくなっていた
エリクは、最初の大失敗のせいで、あれこれ喋るどころではなかった。ひたすらご馳走に取り掛かる。
もっとも、午餐の終わる頃には。
伯爵夫人の如才ない歓待、伯爵家の驕らず気取らずの気さくな姿勢に、エリクもすっかり寛ぎ、心和んでいた。最高級のご馳走は、前菜からデザートまで、エリクの頭のてっぺんからつま先まで、いっぱいに詰め込んだのである。
◇
食後、みなは別室に移り、コーヒーに移る。
午餐の時は、物静かであった当主の伯爵は、ここに来ると、杯を重ねたこともあって、だいぶ機嫌よく、饒舌となった。
「せっかくなので、ご客人に我がルーンドルフ伯爵家の由来について、お話しいたしましょう」
やや、せわしない伯爵。
アルスンが、マーシャに、そっと耳打ちする。
「父はいつもこうなんです。お客が来ると。とにかく、我が家の由来を語らずには済まないんです。ちょっと付き合ってあげて下さい」
マーシャは、ほわほわしながら、うなずいた。聞き上手な少女であった。エリクも、耳をそばだてる。
「この星は、古い時代、王様が治めていました。ルーンドルフ伯爵家は、その時代の筆頭貴族だったのです」
伯爵が語り始める。
王政時代。エリクは、その話を聞いたことがあった。昔は、強力な権力を持った王様がいた。なんでも、最後の王様は、狂乱に陥り、自らの猜疑と恐怖に怯え臣下を疑い、見境なく人々を処刑するようになった。これに遂に耐えきれなくなった星の人々は、革命を起こし、王政を廃止したのである。
王国の筆頭貴族ルーンドルフ伯爵家は、その時、他の星に亡命したのだという。革命によって王政とともに貴族制度も廃止し今日に至るので、古い貴族の家柄といっても、現在では、称号はあくまでも私称にすぎない。
「ルーンドルフ伯爵家は、星々を流転し、大変な苦労辛酸を舐めました。この城館も革命の時、打ち毀されてしまい、わずかの財宝だけ持って、亡命したのです。私の代になって、やっと我が家は盛り返し、この星に帰ってきて、家名を再興したのです。昔の伯爵家の土地を私は買い、古い伝承や記録を集め、昔のままの伯爵家の城館を再建したのです」
つまり、この城館を建てたのは、アルスンの父親である現当主伯爵の代、つい最近なんだ。苔むした石造りの城館といっても、古代趣味の盛行で、建築業者が、いくらでも古めかしいものを造ることができた。
「ルーンドルフ伯爵家は、この星で、往年の栄華を取り戻したのです。もちろん、今は王政ではありませんが、我が由緒ある家系の悲願を果たすことができ、私はとても幸福です。それについては、とても不思議な話があるんです」
アルスンが、マーシャとエリクに、この話、親父の十八番なんだよ。話さずにはいられないんだ。もうちょっと付き合ってね、と耳打ちする。
◇
伯爵の声は、熱を、帯びていった。
「なんとかこの星で伯爵家を再興したい。私は、この星に下見に来ました。その時は、結婚前のレイゼも一緒でした。レイゼも、伯爵家の再興という考えに、賛同してくれたのです」
優雅な伯爵夫人、にっこりとし、夫の伯爵を優しく見つめる。
「昔、伯爵家の城館があった場所を私は調べ、レイゼと共に訪ねました。そこは、すっかり荒地になっていました。王政時代の城館は影も形もありませんでした。荒地を歩きながら、私はレイゼに、我が家に伝わる、これまで誰にも話したことのない話をしました」
伯爵は手を組んで、目を閉じる。
「王の宝冠の伝説のことです」
「王の宝冠?」
エリクとマーシャ、異口同音に。
「はい。最後は狂乱に陥った王様でしたが、我が先祖の筆頭貴族ルーンドルフ伯爵は、まだ信用されていました。革命が起きた時、王様は伯爵に、宝冠を革命軍から守るように、命じたのです。宝冠は、歴代の王の所有する冠の中でも、最も格式の高いものでした。王権、この星の統治権の象徴でした。伯爵は、宝冠を持って王宮を抜け出し、自分の城館に戻ると、その敷地に、宝冠を埋めて隠しました。そして、遂に革命軍が王政を打倒すると、そのまま星の外へ亡命しました。が、宝冠は持っては行きませんでした。王様から、この宝冠は、この星の統治の証。それ故、決して星の外へ持ち出してはならない、そう厳命されていたのです。それ以来、ルーンドルフ伯爵家の当主は、いつかこの星に帰り、隠された宝冠を手にし、家名を再興するのがその使命であると、代々言い伝えられてきたのです」
伯爵は、言葉を切って、コーヒーを啜る。
伯爵夫人と、伯爵家跡継ぎのアルスンは、話を感じいったように聞いている。もう何度も聞かされているに違いないのだろうけど。
◇
「胸踊るお話しですね」
ほわほわマーシャが言った。
「それで、王の宝冠はどうなったのでしょう?」
「見つけたんです。この私がね。いや、すべてはレイゼのお陰です」
エリクは、びっくりした。そんなものすごいお宝が、見つかるものなんだ。
伯爵は、これ以上なく幸福な笑顔。伯爵夫人も同様であった。
「この星を訪れた私とレイゼは、荒地となっていた城館の跡を歩きました。そして宝冠の話をしました。その宝冠を手にすることができれば、伯爵家の、完全な家名再興ができる。なんとしても見つけたい、私は言いました。もちろん、ルーンドルフ家のものは、何代にもわたって、ここを訪れて、宝冠を探していたのです。でも誰も見つけることができませんでした。すると、レイゼは言いました。きっと、あなたなら見つけることができる。あなたこそは、真正の伯爵家の後継者、そして、家名再興の使命を果たす人、そうに間違いないもの、と」
夫人の笑顔に見つめられながら、伯爵は続ける。
「私は半信半疑でした。これまで誰も見つけることのできなかった宝冠を、この私に見つけることが果たしてできるだろうか。でも、レイゼは、自信満々でした。私を信じてくれていたのです。結局、その日は見つけることができず、一旦宿に戻りました。レイゼは、我が家のルーツであるこの星のことが、いたく気に入った様子で、あちこちへ出かけに行きました。翌日、私たちは再び城館の跡を訪ねました。すると、地面に、何か光ってるものを見つけたんです。レイゼが、ほら、あそこ、ひょっとしたら、あれじゃないの? と言いました。私はそこを掘ってみました。そうしたら、見つけたのです。宝冠です。間違いなく宝冠でした。黄金の台座に輝く宝石が散りばめられていました。まさしく王の宝冠です」
伯爵は、うっとりとした口調になっていた。
「本当に驚きました。でも、これは真実なのです。確かに私に、正当な伯爵家の家名再興の証が与えられたのです。私とレイゼは、宝冠を大切に宿に持ち帰りました。そして、2人で語り明かしました。これからのこと。あの跡地を買って、昔の栄華に負けない立派な城館を建てようと。将来の計画に、夢中になっていました。そして疲れて、2人とも眠り込んでしまいました。ところが朝になったとき、気づきました。部屋の金庫に大事にしまってあった宝冠が、無くなっていたのです」
「ええっ!」
エリクとマーシャ、また驚く。なんだか驚きの連続だな、エリクは目を丸くする。
「いったいどうしたのでしょう?」
当然の疑問を、マーシャが口にする。
「わかりません」
伯爵は、かぶりをふる。
「間違いなく宿に持ち帰り、金庫にしまったのです。それは2人で確認しました。そして、部屋はしっかりと鍵をかけ、誰も入って来ませんでした。窓はしっかりとした鎧戸でした。開ければ絶対にわかるはずです。それでも金庫から、宝冠は忽然と消えてしまったのです。私はすっかり落ち込んでしまいました。やっと手にした伝説の宝冠、私が伯爵家の後継者である証が、たった一晩で、消え失せてしまったのです。でも、レイゼは、私を励ましてくれました。レイゼは、真相に気づいたと言うのです」
伯爵夫人が、この上なく優雅に、口を開いた。
「真相。私にはわかっています。あの宝冠、きっと超暗黒物質でできていたんです」
「超暗黒物質!?」
エリクは、また飛び上がる。マーシャは、ぽかんと。
「はい。間違いありません。私は、これでも物理科学を専攻していましたから」
伯爵夫人は自信たっぷりであった。そして、どこかお茶目である。
「超暗黒物質、普通は目に視えるものではありません。手に取ることもできません。しかし、一定の周期で、視ること手に取ることのできる性質の超暗黒物質で、宝冠は作られていたのでしょう。私たちが宝冠を手にしたその日が、ちょうど実在する周期の、最後の日だったんです。私たちを王家の栄光で照らし、そして、消滅してしまったのです。本当にもったいないことでした。歴史的な価値だけでなく、科学的に見ても、大変重要な研究素材だったのですけど」
「私には、信じがたいのですが、その、超暗黒物質の話は」
伯爵が言う。
「しかし、妻がはっきりと主張しますし、私は物理科学には疎いものですから、きっとそうなんだろうと考えることにしました。なんにせよ、私たちに、道は示されたのです。宝冠は間違いなく手にした。それで十分でした。私たちは結婚し、2人で手を携えて、この伯爵家を再興したのです」
家の由来の不思議な物語は終わった。伯爵夫妻と息子のアルスン、消えた宝冠の謎は、超暗黒物質ということで、一応納得しているようであった。もう何度も、何度も、この話は繰り返されてきたのだろう。
マーシャは、キョトンとしていた。
エリクは。
消えた宝冠の謎。
別の真相を、考えていた。
わかったような気がした。
今の宝冠の在処も。
(第34星話 消えた宝冠の星 後編へ続く)




