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第34星話 消えた宝冠の星 前編   【ロマンチックミステリー】 【伯爵家の秘密】 【隣のマーシャシリーズ5】




 「うわあ、すごい」


 エアカーを降りたエリク、目を瞠る。


 城だ。


 先宇宙期(プレコスモロス)の超古代様式。


 苔むした石組みの城壁に尖塔が並び、雄大に聳える城館(シャトー)。圧巻の威容を誇る。


 「ここが、我がルーンドルフ伯爵家の居城なんだ。外側から見ると、古っぽいけど、中は最新設備だから、安心してね」


 案内するルーンドルフ伯爵家の御曹司アルスンは、誇らしげに、またどこか照れくさそうにしている。アルスンの気がかりは、エリクではなく、


 「素敵」


 うっとりをして城館(シャトー)を見つめる、栗色くるくる巻毛の明るい青い瞳の少女マーシャであった。


 アルスンは、マーシャにやけにご執心のようだ。みんなでエアカーでここに来る途中、エリクは気づいていた。気づくというか、もうモロバレなんだけど。アルスンは大金持ち大貴族の御曹司という割には、ずいぶんとはにかみ屋で、やや自信なさげにしているが、マーシャの一挙手一投足に、目が離せないようだ。


 マーシャのほうはどうなんだろう。おっとり屋でほわほわお嬢様のマーシャは、学友男子が自分に向ける視線の意味に気づいているのだろうか。



 「さあ、ようこそ、我が城へ」


 顔を赤くしたアルスンが、エリクとマーシャを、城門へ案内する。本当は、マーシャの手を取っていきたいようにみえる。


 ギイイ、と錆ついた、重々しい音とともに、城門が開く。もちろん、機械仕掛け。全自動(オートメーション)である。アルスンの言うように、古めかしい外観は、うわべだけなのである


 3人は、城館(シャトー)の中へ。



 ◇



 宇宙の旅人17歳の少女エリク。


 この星に着いた時、同じ歳の少女マーシャに相部屋(ホテルメイト)になってくれと頼まれたのだった。マーシャは一緒にホテルに宿泊していた両親が急な仕事で他の星へ行ってしまい、一人暮らしを寂しがっていたのである。エリクは、マーシャにとって、うってつけだった。エリクは、相部屋(ホテルメイト)になることを承諾した。宿泊費は全てマーシャが払ってくれるというし、何よりも、この栗色くるくる巻毛の少女が、とても好ましかったのである。エリクとマーシャはすぐに打ち解け親友となり、超一流高級ホテルでの陽だまりに浸っての共同生活を始めたのだった。



 今日は。


 マーシャの学園の同級生の友人アルスンの城館(シャトー)がこの星にあるというので、招待されたのである。迎えのエアカーに乗って、マーシャの相部屋(ホテルメイト)のエリクも、一緒についていくこととなった。


 

 城館(シャトー)の内部は。

 

 豪華絢爛、そしてすべてが最新式だった。


 広い廊下は、動くカーペットとなっていた。天井のシャンデリアの光彩も緩やかに変化する仕様。壁には凝ったタペストリーがどこまでも続いている。居並ぶ従僕ロボットメイドロボットが、恭しくお辞儀する。


 エリクは、快適を通り越して、成金趣味を感じた。ちょっとやり過ぎくらいな。


 でも、まぁ、いいや。とにかく、贅沢できるなら、何でもいい。そもそも、この時代、本当に古風な品の良さ、趣味の良さなどと言うものは、とうの昔に失われていたのである。古い時代の様式(デザイン)に、最新鋭の設備。宇宙で普遍的かつ一般的な上流階級エスタブリッシュメント嗜好(モード)であった。



 「ようこそ。よくいらっしゃいました。アルスンの母親のレイゼです。アルスンのお友達のマーシャさんですね。そして、マーシャさんの相部屋(ホテルメイト)のエリクさん。ここを我が家だと思って、気兼ねなく、くつろいでくださいね」


 大広間で。アルスンの母親であるルーンドルフ伯爵夫人が出迎えてくれた。優しい瞳の落ち着いた女性だった。大金持ち大貴族夫人であるが、気取った様子は全くない。優雅にそつなく、来客に気を配っている。


 マーシャも、ほわほわにこにこしながら、挨拶する。夫人とは、波長が合いそうだ。


 上級感いっぱいの世界で、エリクは、やや緊張する。さすがに伯爵家の人は、品の良さがあるな。うむ。はしたないと思われる事は絶対しないぞ。とにかくマーシャの真似をしよう。


 珍しくかしこまるエリク。


 

 広間で。ロボットではなく人間(ヒューマン)のメイドが運んできた茶菓を前に、話に花を咲かせる4人。


 「いや、本当に、こんな偶然てあるんですね」


 アルスンは、憧れの同級生を前に、興奮気味。


 「マーシャさんが、毎年バカンスに来ていた星が、この星だったなんて。ゆっくり滞在していて下さい」


 「本当にご立派な城館(シャトー)ですね。お招きいただいて、光栄です」


 マーシャは、いつもの通り、ほわほわ。



 しばし、寛いだ後。


 伯爵夫人レイゼは、午餐の準備があるからと、席を外した。


 エリクと、マーシャは、アルスンに、美しい庭園を案内してもらったりして、のんびりと過ごした。


 アルスンは、マーシャにあまり近づきすぎず遠慮がちに、しかし、熱のこもった調子で、城館(シャトー)や庭園の解説をしている。マーシャは、うんうんと聴いている。


 アルスンは、女の子についていえば、だいぶ奥手てのようだ。エリクは思った。こういうアプローチで、超おっとり屋お嬢様のマーシャに、想いが通じるのかしらん。マーシャの心の機微の波長。とにかく緩やかなのだ。



 ◇



 ロボットの使いが、みなさま、そろそろ午餐のお時間ですと、告げに来る。


 アルスンが意気揚々と、それなりに冷や汗を浮かべながら2人の少女を導き城館(シャトー)へ引き返す。


 午餐は、先程のお迎えの広間より、さらに奥の、大きな広間で行われた。ガラス壁から明るい光がいっぱい差し込む、開放的な大広間だった。もちろん、贅の限りを尽くしている。なかなかない贅沢(ゴージャス)度だ。贅沢好きのエリクも、大満足する。


 午餐には、当主であるアルスンの父、ルーンドルフ伯爵も加わった。感じの良い微笑みの紳士。来客の2人の少女は、挨拶する。伯爵は、キリッとした顔立ちに、活動的な瞳。その振る舞いは、やや、せかせかとしている。時々ちょっと体を揺する癖がある。いつも優雅で完璧に洗練された挙措の伯爵夫人とは、好対照であった。


 料理が運ばれてきた。午餐だけど、正餐モード。大皿に小皿、次から次へと広い(テーブル)に並べられていく。人間(ヒューマン)メイドとロボットメイドが、手際良く、舞うように働く。


 「わあ、すごい!」


 エリクの頬も、思わずピンク色に染まる。予想した通りの、いや、それ以上の最高級のご馳走である。今も最高級ホテルで、贅沢な暮らしをしているが、さらにその上。


 贅沢すぎて悪い事は何もない、どんどん贅沢を突き詰めよう。それがエリクの信条である。早くも陶然となっている。これなら、今度ファーリンに会った時、自慢できる。ファーリンというのは、超大金持ちで贅沢屋で美食家のエリクの親友であった。


 「我が城館(シャトー)へようこそ。心から感謝いたします。では、乾杯」


 当主である伯爵が、(グラス)を上げる。


 午餐が始まった。



 のぼせ上がっていたエリク。しかし、今日は招かれたお客であることを忘れない。それも、相部屋(ホテルメイト)のマーシャに連れられて、お呼ばれしたのである。


 「マナーに、たしなみ。ちゃんとしなくちゃ」


 エリクも、それは忘れない。正式な場所に呼ばれるなんて、ものすごく久しぶりのことだ。こういう時のマナーだなんだって、あんまり詳しい事はわかっていない。そうだ。マーシャだ。とにかくマーシャの真似をしよう。


 エリクは、目の前に並べられたご馳走を眺める。


 色とりどりの料理の皿の間に。花びらを浮かべた水の入った小さなガラス鉢があった。これは、フィンガーボウルと言うやつだな。食事中に、手が汚れたときに、これで洗うんだ。エリクも、そのくらいの事は知っている。


 さて、どうしようか、と、エリクは横目でマーシャを伺う。


 すると、


 「ええっ!」


 マーシャが、フィンガーボウルを持ち上げ、自分の口へ持っていっている。


 え? 何するの? それ、指を洗うボウルだよね。まさか飲むの?


 驚くエリクの視線の前で、マーシャは、ぐっとガラス鉢の水を飲む。


 うわっ、マーシャ、フィンガーボウルの水、飲んじゃった。


 いや、待てよ。


 れっきとした、超上級お嬢様のマーシャが、こういうところでの作法たしなみを、間違えるはずがない。


 間違えたのは、私なんだ。エリクは考える。フィンガーボウルだと思ったものは、そうではなかったんだ。きっと飲んでいいものなんだ。危なかった! このまま、フィンガーボウルだと思って、指を洗ったりしたら、それこそ大恥をかくところだった。やっぱりマーシャの振る舞いを見ていて、よかった。


 ようし。 


 エリクもここぞとばかり、目の前の小さなガラス鉢を持ち上げる。そしてマーシャに続けと、ぐっと飲む。うん。花の香りの綺麗な水だ。なるほど。この星じゃ、正餐の最初に、これを飲むことになってるんだ。


 微妙な空気が流れた。え? エリクは、焦る。なんだかちょっと変な雰囲気。


 私、何か間違えたかな。


 すると。


 伯爵夫人が、優雅な仕草で、自分の目の前のガラス鉢を取り上げ、ぐっと飲む。それを見た隣の伯爵と、アルスンも、やや慌てたように、自分の前のガラス鉢を取り上げ、ぐっと飲む。


 エリクは、うろたえる。なんだ? 何が始まってるんだ。私、なんか変なスイッチ押しちゃったのかな?



 隣のマーシャが、そっと囁く。 


 「エリク、あなたが今、飲んだの、それ、フィンガーボウルだよ」


 「ええっ!」


 エリクは、さらに大混乱。


 「あの、マーシャ、あなたも飲んでたじゃない?」


 耳打ちしかえす。


 マーシャは、やや呆れたように、


 「私が飲んだのは、金木犀水オスマンサスウォーターよ。フィンガーボウルとは別だから。ほら、あなたの前に、飲むための薔薇水(ローズウォーター)があるじゃない。お庭でわざわざ、アルスンが、午餐で出す水は何がいいか聞いて、私たちが答えたじゃない。


 そうだった。


 確かにエリクは、薔薇水(ローズウォーター)を頼んだ。薔薇水(ローズウォーター)もフィンガーボウルも、同じガラスの小鉢なので、間違えてしまったのだ。いや、大皿小皿大鉢小鉢に(グラス)を目の前にセットする時、メイドが一つずつきちんと説明してくれたのだが、のぼせ上がっていたエリクの頭には、全く入っていなかったのだ。


 ありゃりゃ。


 最高に恥ずかしい。え? でも、伯爵家の3人が、エリクに続いてフィンガーボウルの水を飲んだのは?


 あ、そうか。エリクが失敗したのを見て、恥をかかせないために、みんなで同じことをしたんだ。いや、すごい気遣いだな。でもそういうことをされると。


 ますます恥ずかしい。


 にこやかに微笑む伯爵夫人に伯爵、アルスンを前に、エリクは最高度に赤くなった。




  (第34星話 消えた宝冠の星 中編へ続く)

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