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第33星話 砕けた心は戻らないの星 4



 目の前に2人のマーシャが。


 どういうこと? エリクはますます混乱。


 万能検査機(メガチェッカー)の緊迫した声。


 「あれはマーシャの複製人間(クローン)だ。今度こそ、マーシャを吹っ飛ばしに来たんだ。こっちに来る。エリク、君に気づいた。マーシャを吹っ飛ばす前に、まず君を吹っ飛ばすつもりだ。これ以上の躊躇は完全に命取りになる。甘い考えは通用しない。反物質爆発が来る。さあ、撃って」


 「反物質爆発!?」


 なんだそりゃ。宇宙でも最強クラスの爆発じゃないか。やられたら防ぐ手段は無い。


 マーシャの複製人間(クローン)、冷たく不気味な笑顔を浮かべながら、近づいてくる。両手を広げた。


 その瞬間、エリクの周囲の空気がビリビリする。


 これが反物質爆発の予兆!?


 確かに迷っているところではない。


 「超駆動(オーバードライブ)!」

 

 エリクは、黄金の光を纏うや、


 「光弾(ルーンビーム)!」


 指を迫り来る複製人間(クローン)マーシャに突きつける。輝く閃光が放たれ、複製人間(クローン)の胸を貫く。


 ゆっくりと、静かに倒れる複製人間(クローン)の少女。


 エリクは、駆け寄る。


 複製人間(クローン)のマーシャ、まだ、瞳は開いている。しかし、体を動かすことはできないようだ。胸からは出血。


 「君はーー」


 エリクが言いかけた時、複製人間(クローン)の口が開く。瞳がしっかりとエリクを見つめている


 「知っているんだろう? 僕は複製人間(クローン)さ。殺されるために造られた、複製人間(クローン)さ。君は、いつもマーシャと一緒にいた子だね。ただ者でないのはわかっていた。どんな能力まではわからなかったけど。僕は、どうしてもマーシャと一つになりたかった。ならなければいけなかった。だから、それを邪魔をするものは消さなければならなかった」


 「マーシャと一つになりたかった? あなたのしようとしていたのは、それだけだったの?」


 エリクは呟くように言う。肩に下げる鞄の中から、万能検査機(メガチェッカー)がいう。


 「それだけっていうのが問題なんだよ。この複製人間(クローン)はね。反物質素材複製人間(クローン)なんだ。マーシャを構成する物質と電荷が逆の反物質で、できている。物質と反物質が接触衝突結合したら、大爆発を起こして消滅する。この星を壊滅させるレベルの爆発になるところだったんだ」


 エリクは、青ざめる。


 「星を壊滅? そうなんだ。ねえ、あなたはなぜそんなことしようとしたの?」


 「そうするしかなかったんだ」


 倒れ伏す複製人間(クローン)マーシャ、苦しい息をする。


 「僕は、マーシャから造られた。でも、単なる複製(コピー)じゃない。マーシャの一部を分割して、僕になったんだ。だから、どのような結果になっても、1つに戻らなければ、ならなかったんだ。そうしなければ、この心も、この体も、もう持たなかったんだ」


 「あなたは、一体何者なの?」


 エリクの問いに、複製人間(クローン)マーシャは、語りだした。



ーー僕はマーシャさ。正真正銘のね。僕は、マーシャの闇なんだ。心の闇さ。マーシャのもう一つの人格だったんだ。マーシャには、小さい頃から、別の人格がいた。昔から多重人格と呼ばれ知られている症状だね。いつも優しくておっとりしてるマーシャだけど、もう一つの人格が顔を出すと、完全に別人となる。小さい頃、急に、マーシャは虫を殺した。普段はそんなことは絶対しないのにね。そして小鳥や熱帯魚など、小動物を殺すようになった。しかも、本人はそれを全く覚えてないんだ。元の人格に戻ってから、自分が殺した虫や小動物を見て、泣き叫んで怖がっていた。マーシャの両親は、もちろん多重人格の症状だと、すぐ気づいたよ。有名な精神科医のところににマーシャを連れて行った。それであらゆる精神療法を試したが、症状は改善しなかった。マーシャは成長すると、別人格が現れたとき、とうとう猫や、大事にしていたペットの犬まで殺すようになった。どんどんエスカレートしていったんだね。これには両親も頭を抱えた。もう精神科医を頼っている場合じゃない。なんとかしなきゃ。そう思ったんだ。マーシャの父親は科学者だった。そこで思い切ったことをしたんだ。


ーー科学的に、マーシャの心の闇の部分だけを切りとって、別の体に移植することを考えたんだ。まず、マーシャの体を素材に、電荷をひっくり返した反物質素材のマーシャの複製人間(クローン)をつくった。科学者の父親の考えはこうだった。マーシャの心の闇の部分、負の人格は、マーシャ肉体素材と正反対の反物質素材の体なら、うまく移植できるだろう。すごいアイデアだよ。そして実際にそれは成功したんだ。反物質素材体の複製人間(クローン)マーシャに、マーシャの闇の別人格を、うまく移植することに成功したんだ。光のマーシャから、闇を完全に切り離したんだ。これが僕さ。僕はこうして生まれた。闇のマーシャだ。


ーー闇の人格を切り離されたマーシャは、もう二度と多重人格の症状を現すことはなかった。優しく幸せでいっぱいのお嬢様マーシャになった。そこで、科学者の父親に残された課題は、マーシャの闇の人格を受け継いだ複製人間(クローン)、つまり、僕をどうするかという事だった。僕は、単なる複製人間(クローン)じゃなく、マーシャの分割された心を持っている。心はマーシャなんだ。僕を〝処分〟して、マーシャの闇の人格、もう一つの心を完全に消滅させたらどうなるか。本体に、悪い影響は出ないか。マーシャの父親は慎重に研究を進めていった。そして、ついに、僕を〝処分〟しても、光のマーシャに、悪影響は出ないと結論づけた。


ーー処分されることになる。それを知った僕は、研究所から脱走したんだ。僕だって、間違いなくマーシャなんだ。絶対にマーシャなんだ。体は、確かに人工合成物だけど、心は違う。どんなに闇の人格だろうが、まぎれもなく人間(ヒューマン)の心なんだ。そんなに簡単に処分消滅させられてたまるもんか。


ーー僕は、宇宙を1人で放浪した。ジョーと名乗った。自分で付けた名前だ。お(じょう)様のジョーだ。僕だって間違いなくお(じょう)様なんだ。光のマーシャのことも、父親のことも、一切忘れて、1人で生きていこうと思った。でもどうしてもダメなんだ。体が、心が、おかしいんだ。無理矢理分割した心、それが1つになりたがってるんだ。光のマーシャも僕を呼んでいる。それがわかるんだ。


ーー僕は、光のマーシャを探して、この星に来た。僕たちが一つになったら、何が起きるか、それはわかっている。同型の物質と反物質の接触。それは爆発消滅だ。何も残らない。でも僕は消滅させられる運命なんだ。だったら、みんな一緒に消滅させたっていいじゃないか。光のマーシャとひとつになって消えるなら、それでいい。そう思った。何度かマーシャに近づいた。でもなかなか決心できなかった。あと1歩のところで。エアバス事件の時は、光のマーシャから僕に会いに来たんだけどね。もちろん光のマーシャは自分が何をしてるかわかってなかった。ただ、僕の存在に惹かれてきたんだ。僕の声が、聴こえたんだろうね。どうしても僕たちは会わなくちゃいけない。また結ばれなきゃいけない。それはマーシャも同じだったんだ。そして、いよいよ今日だ。僕は、今日こそは、今日こそはなんとしてでも1つになる。別れた心が、また結ばれる。たとえ一瞬だけであっても。結ばれた瞬間に全てが消え去るとしても。そう思ってここに来たんだ……


 複製人間(クローン)マーシャ、闇のマーシャの瞳から光が消えた。命が尽きたのだ。


 「あれ?」


 エリクは目を瞠る。


 生命の灯が消えた途端、複製人間(クローン)の体が崩れ、無数の粒子となり、散り散りに消えていった。あっという間の出来事だった。複製人間(クローン)の着ていた服だけが残った。


 「どういうこと?」


 エリクの問いに、万能検査機(メガチェッカー)が応える。


 「命が消え、心が消滅したら、体も崩壊するように、最初から設計してあったんだね。複製人間(クローン)は、いろいろ扱いが厄介だから」

 

 ジョー。マーシャの闇の人格は、完全消滅した。



 ◇



 「どうしてわかったの」


 川辺の草むらに残されたニット帽やジャンパーや、闇のマーシャが身に付けていたものを見つめながら、エリクが訊く。


 ロボ(キューボイド)は、話す。


 「エリク、君の話から、連続爆破事件の現場には必ずマーシャがいたことがわかった。マーシャが事件の(キー)なんだ。そこで、マーシャについての情報(データ)を、可能な限り探査(サーチ)したんだ。そうしたら、マーシャの父親が、反物質体複製人間(クローン)研究の第一人者だとわかった。これで爆発の謎は解けたよ。マーシャの父親は、どういう理由かはわからなかったけど、マーシャの反物質体複製人間(クローン)をつくった。同型の物質体と反物質体が接触すると、大爆発になるからね。ちょっと距離を置いた接近でも、ある程度の爆発を起こすことはできる。それが真相だったんだ。何らかの理由で作られたマーシャの反物質体複製人間(クローン)が、マーシャに接近を試みていて、爆発が起きたんだ。岩盤浴の時は、闇のマーシャは施設の外にいたんだろうね。それでも爆発は起こせる。マーシャの表情がおかしくなってたのは、外にいる闇のマーシャと共鳴共振して、闇のマーシャの顔になっていたんだと思う。これは一刻の猶予もならない問題だったよ。本気で闇のマーシャが光のマーシャと接触したら、凄まじい大爆発が起きて、取り返しのつかない大惨事になるからね。それで、広い場所にマーシャを連れてきて、しっかり見張ってたんだ。必ず現れる闇のマーシャを待ち受けてね。作戦大成功だよ」


 エリクは、闇のマーシャのニット帽を拾い上げる。


 「そこまで気づいてたんだ。なんで説明してくれなかったの?」


 「説明したらどうなったかな? 君は闇のマーシャを消滅させるということに賛成したかな? きっと君はいろいろ調べた。そして闇のマーシャの事情を知ったらどうなる? 間違いなく闇のマーシャを消滅させないで助ける方法がないか、さんざん悩み出しただろう。そして状況をおかしくしたかもしれない。何度も言ってるけど、2人のマーシャが接触したら、それで終わりだったんだ。悠長なことは言っていられなかったんだよ。だから君が何が何でも闇のマーシャを撃つ状況に追い込んだんだ。僕の計算は、完璧だっただろ」


 「そうだね。私の代わりに、あなたが悩んで、しっかり決断してくれたんだね。万能検査機(メガチェッカー)、ありがとう」


 「うん」


 ロボ(キューボイド)は、涙ぐんでいる。


 「僕だって、それは辛かったさ。僕だって人造物だ。ただ消滅させられるために造られた人の心を持つ人造物の複製人間(クローン)のことを考えると、胸が痛いさ」


 「そういえば、複製人間(クローン)の開発研究で、勝手にやっちゃいけないんじゃなかったっけ」


 「そう。でも、マーシャの父親は、星系連合事務局の研究機関の上級研究員だからね。こっそり、違法な研究をできる立場にあった。娘のためだからね。必死だったんだよ。人間(ヒューマン)の心や人格を分割して移植するなんて、ちょっと普通じゃない研究成果だよね。公式発表は、永久にされないだろうけどさ」



 ◇



 「マーシャ、ごめん、待たせちゃって。大混雑しててさ。時間かかっちゃった」


 エリクは、息せき切って、マーシャの元へ戻る。


 マーシャは振り返る。満面の笑み。


 「ううん、この綺麗で素敵な景色。全然見飽きないから。時間が経つなんてちっとも気にならなかった。エリクも、しっかり楽しもうよ」


 ほわほわおっとり屋のマーシャ。一点の曇りもないその輝き。このところちょっと様子がおかしくなったのは、闇のマーシャの接近で、共鳴共振していたせいなのだろうか。もうこの少女の表情を曇らせることは起きないだろう。永遠の、ほわほわマーシャ。



 2人の少女は並んで創建祭の圧巻のスペクタクルを見つめる。


 人々は、まだ知らないが、この星で謎の爆発事件が起きる事は、もう二度とないのである。事件は、永久に迷宮入りとなり、葬り去られるだろう。



 マーシャは、自分に起きたことを全く知らぬまま、すべて事件が解決した。自分の心、人格の一部が永久に消滅したことも、知らないのだ。それでいいのだろうか。エリクには、わからない。



 科学はついに人の心、人格の一部を消すことに成功した。闇を消して、光だけの世界にする。それはどこまでできるのだろうか。果たして、それは人類に何をもたらすのであろうか。


 エリクは、ただ、隣のマーシャの明るく輝く優しく柔らかい陽だまりが、嬉しかった。浸っていたかった。そっとしておこう。



 最高潮を迎えた創建祭、まだまだ続くのである。


 打ち上げられた花火が、盛大に夜空を彩っていた。



 ◇



 星から星へ。


 エリクの旅は続く。

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