第33星話 砕けた心は戻らないの星 3
「エリク、起きなよ」
ベッドの中で気持ちよくスヤスヤと眠っているエリク。
相棒のロボット万能検査機に、こんこんと頭を叩かれた。
「もう、何するの」
エリクは、やっと起き上がる。寝ぼけ眼を擦る。万能検査機がエリクを叩き起こすなんて、めったにないことだ。
「また、爆発でもあったの? 今度はこのホテルでとか?」
「ないよ。あったら、もっと大騒ぎになっている」
「ふうん。じゃ、なんで起こすの? まだ、昼前じゃない」
万能検査機は、腕組み。
「放っておくと、1日中寝てそうだったからね。エリク、今日はやってもらうことがあるんだ」
「……なに?」
エリク、やや驚く。
万能検査機が、こんな風に指図してくるの、本当に珍しい。いや、記憶にない。ふざけている様子ではない。いつになく真剣な声だ。
「今日、この星の創建祭があるんだ。爆破事件があったせいで、中止するかどうかだいぶ議論になったみたいだけど、真相が判明するまでイベントを全部中止するわけにいかないし、警備を厳重にして結局開催することとなった。エリク、君はマーシャを誘って、夜の部を観に行くんだ。星都を流れる川辺で、イルミネーションや、ライトアップ、花火、いろんなショーがある。そこに行くんだ」
「創建祭? マーシャを誘って?」
エリクには、話が全く呑み込めない。
「楽しそうなイベントだけど……マーシャは昨日岩盤浴で怖い目にあったばかりだし。今日は外出しないほうがいいんじゃないかな」
「行くんだ」
万能検査機は、ピシャリと。
「行かなくても、もっと怖い目に会う」
エリクは、目を丸くする。万能検査機、一体どうしちゃったんだろう? なんだか、すごい命令口調。
「あの、万能検査機、ちゃんと説明したよ。ひょっとして例の事件について、何かわかったことがあるの? そういうのは、話してくれなくちゃ」
「ダメ」
ロボは、首を振る。
「説明したら、君はきっと混乱して、うまくいかなくなる」
「……それ、どういうこと? 私の頭じゃ理解できないってこと? ねえ、なんだか馬鹿にしてない? 私ってそんなに頭悪いわけじゃないよ」
「頭の問題じゃない。心の問題だ。君の心が受け入れないんだよ。そうすると、面倒なことになる。君はただ、僕の言う通りにしてくれればいいんだ。いいかい、これはマーシャを守るためなんだ」
断固たる、相棒ロボットの声。
「わかった。マーシャのためなのね? そこまで言うなら、言うこと聞くよ。言う通りにすればいいのね? でも、なんだか、あなたがご主人様になったみたいね。ロボットの立場、忘れないでよ」
エリクは、ぷーっとふくれる。
◇
創建祭。
星都は、着飾った人でいっぱいだった。みんな、連続爆破事件の事は忘れて、いや、忘れようと努めて、街に繰り出したのである。
「すごい人だね」
「ほんと素敵。エリク、誘ってくれてありがとう。ホテルでふさぎ込んでいるより、ずっと心が晴れるわ」
エリクとマーシャ、並んで星都の中心街を歩いている。
2人の少女も精一杯のおめかし。
マーシャは、エメラルドグリーンの、ゆったりとしたドレスに厚手の肩掛け。胸元は大きく開き、零れそうなメロン級の胸が惜しげなくボリューム感をアピールしている。
エリクは、いつものブラウスにミニスカート、マントの代わりにコートを羽織っている。左太腿には、銀のガーターリングが光る。ちょっと寒くても、主張するところは出張しないと。
肩からは鞄をぶら下げていた。中身の万能検査機が、エリクをそっとつつく。
「川辺に行くんだ。なるべく、人のいない場所へ」
エリクは、うなづくと、エアカータクシーを呼び止め、マーシャを川辺へと誘う。マーシャとの2人でのお出かけの時は、いつもは万能検査機は連れて行かないのだが、今日は、マーシャを守るため、ロボの言うことを聞くことにしたのだ。
エアカーで川辺へ。星都を流れる大きな川。
「すっごく綺麗!」
タクシー降りた2人の少女が、歓声をあげる
川に架かる橋はすべて華麗なイルミネーションに飾られ光の橋となっていた。上空には、特大の立体映像のショー。川面も光彩で満たされている。宝石の河だそうだ。
めくるめく世界。
ここへ来た目的も忘れて陶然となっているエリク、鞄の中の相棒ロボットにつつかれて、現実に引き戻される。
「マーシャと一緒に、なるべく人気のないところに行くんだ」
エリクは、うなずく。
「マーシャ、2人でゆっくり観れる場所へ行こう」
「ええ、エリク、あなたにお任せするわ。場所を選んで」
ほわほわキラキラなお嬢様全開のマーシャ、素直に微笑む。妙な翳は、微塵も見えない。
川辺は広い。みんな観衆は、光の橋の方へ集まっている。
少し歩くと、人気のない場所に来た。
万能検査機は、キョロキョロ。
そっとエリクに囁く。
「広いし、他に誰もいない。さあ、エリク、いよいよだ。ここで、マーシャから離れるんだ」
「え? 万能検査機、なんで」
「言った通りにするんだ」
ただならぬ相棒ロボットの気迫。エリクは、従う。
「マーシャ、ごめん、私、トイレに行ってくるから。ちょっとここで待ってて」
立ち去る。
だいぶ離れたところで。
「ここでいい」
と、万能検査機。エリクは足を止める。
マーシャの姿、だいぶ小さいが、まだ見える。エリクは相部屋の親友を、じっと見つめる。
「マーシャを1人にして、大丈夫なの?」
「1人にはしない。ここで、マーシャを見守るんだ。ここはよく見通しが利く。他に人もいない。いい場所だ。よくやったよ、エリク」
「もう。あなたがご主人様で、私が助手みたいね」
◇
時間が流れる。
エリクは、気が気でなかった。
「ねえ、マーシャを1人ぼっちにしといていいの? 心配するんじゃないかな」
「もう少しだよ。僕の計算では、99%の確率で決着まであとわずかだ」
万能検査機が応える。
決着? 一体何をどうするんだ? 大体重要なことなのに、なんで何にも教えてくれないんだ?
いぶかしむエリク。
その時。
人影が現れた。近づいてくる。マーシャに向かって。ニット帽。ジャンパーコートにミニスカート。女の子か?
「来た」
万能検査機、軽く興奮。
「あれだ。あれが連続爆破爆発事件の犯人だよ。さあ、エリク、光弾を撃て。犯人を仕留めるんだ」
「え?」
エリクはさすがに混乱。いきなり人に向かって撃てとは? どう見ても、見た目は普通の女の子だし。たとえ犯人だとしても、いきなり撃ったらまずくない?
「やっぱり躊躇したね、エリク。こうなると思った。僕が事前にいろいろ説明しても、余計に君は迷っただけだよ。ほら、もう、向こうはこっちに気づいた」
ニット帽の少女、今はエリクの方を向いている。ニット帽を脱ぎ、ニヤリとする。
「マーシャ!」
エリクは、息を呑んだ。帽子を取った少女の顔。イルミネーションやライトに照らされて、はっきりと見える。栗色のくるくる巻毛。明るい青い瞳。顔立ちは、マーシャと寸分違わぬ瓜二つ。
目を疑ったエリクは、思わず川辺の方を見る。マーシャは、先ほどと同様、こちらに背を向けて、空の立体映像を見上げている。
マーシャが2人!
(第33星話 砕けた心は戻らないの星 4へ続く)




