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第33星話 砕けた心は戻らないの星 1 【本格SFサスペンス 少女の光と闇】 【隣のマーシャシリーズ4】




 夜の星都。


 大繁栄星である。多くの人で賑わっていた。


 中心街(メインストリート)から離れた、路地裏。


 パトロール中の警官に眼に、少女の姿が止まった。


 灰色のニット帽。黒のジャンパーコート。短いスカート。むき出しの白い太腿、頼りなくみえた。だいぶ幼い。この星では、未成年の夜遊びに厳しかった。明らかに補導の対象だ。


 「君、」


 警官は、少女に近づきながら、声をかける。


 「こんな夜中に、どうしたのかな? 1人かね?」


 少女は、反応しない。聞こえているのだろうか。横を向いたまま。両手をコートのポケットに突っ込んでいる。


 「お嬢さん、年齢は?」


 少女は、やっと振り向いた。青い瞳。何の感情も見えない。


 「17歳」


 少女は、ポツリと言った。


 警官は、足を止める。


 「17歳か。よし。それじゃ、夜間は1人での外出は禁止だ。緊急で出かける理由があるってわけじゃないだろうしね。本官は、この星の法に基づいて、君を保護しなければならない。君、名前は」


 「ジョー」


 「ジョー?」


 少女の顔が歪む。ニヤリとする。不敵な笑いだった。こういう場に慣れてるはずの警官も、思わず背中に寒気がする。


 「お(じょう)だよ。これでもお(じょう)様なんだぜ」


 少女は、ポケットから右手を引き抜く。右手はそのまま宙を一閃。


 「あ」


 警官は、飛びのいた。ナイフだ。少女はナイフを握っていた。とっさに手で受けた。手の甲が切られ、出血している。


 少女は、バタバタと走っていく。一瞬の出来事だった。警官が血の流れる手の甲を抑えながら、ライトを向けたとき、暗がりには、もう誰の姿も見えなかった。



 ごみごみした、暗い路地裏。


 少女は、ニット帽を脱ぐ。


 栗色のくるくる巻毛がこぼれた。


 少女は舌なめずりする。


 「この星、動物園てのがあるんだ」



 ◇



 「お寝坊さんのエリク、はい、これどうぞ」


 エリクは眠い目をこする。目を上げると。栗色くるくる巻毛に明るい青い瞳の相部屋(ホテルメイト)の子、マーシャがニコニコしている。


 マーシャ、手は、両方とも後ろに隠している。なんだろう。


 けだるい朝。いや、もう昼といったほうがよい。エリクは昨晩、珍しく立体映像(ホログラム)ゲームに熱中してしまい、朝までずっと起きていたのだった。チュンチュンと雀の囀る声を聞きながら眠りにつき、やっと目が覚めて、のろのろと起きだしてきたのである。



 朝のコーヒーにたどり着いた時、マーシャがホテルの居間に戻ってきた。出かけていたらしい。


 マーシャ。優しく柔らかな陽だまりでエリクを包み込む少女。エリクにかけがえのない安らぎの場所を提供してくれる相部屋(ホテルメイト)の子。


 エリクが、この星に着いた時、マーシャに相部屋(ホテルメイト)になってくれと頼まれたのだった。マーシャは一緒にホテルに宿泊していた両親が急な仕事で他の星へ行ってしまい、一人暮らしを寂しがっていたのである。同じ17歳の少女エリクは、マーシャにとって、うってつけだった。エリクは、相部屋(ホテルメイト)になることを承諾した。宿泊費は全てマーシャが払ってくれるというし、何よりも、この栗色くるくる巻毛の少女が、とても好ましかったのである。エリクとマーシャはすぐに打ち解け親友となり、超一流高級ホテルでの共同生活を始めたのだった。


 マーシャは、ほわほわした、おっとりのんびり屋のお嬢様である。


 それでもさすがに昼までは寝ていない。


 エリクは、やや赤面する。


 「マーシャ、どこかへ出かけてたの? 私に何か持ってきてくれたんだね」


 後ろに隠しているもの、なんだろう。


 「うふふ、なんでしょう」


 悪戯っぽい瞳のマーシャ。エリクを上から覗き込む。


 「マーシャ、散歩してきたんだね? どんぐりか何か、拾ってきてくれたの?」


 「もう、そんなんじゃないよ、はい、プレゼント」


 後ろに隠してきたものを、差し出すマーシャ。


 「うわ、綺麗」


 エリクは目を丸くし、受け取る。


 羽根だ。大きな鳥の羽根。金色に輝き、複雑な紋様に彩られている。観賞用に進化させた鳥の羽根だ。


 「すごいね。これ、どうしたの?」


 「公園を散歩していたら、落ちていたの」


 公園には、さすがにこんな鳥はいないはずだ。どうしたんだろうな。エリクは、ふと気付いた。ホテルの周辺は、大きな緑豊かな公園となっている。ちょっと離れたところに、確か動物園があったはずだ。あそこの鳥の羽根が、飛んできたのかな。


 「ありがとう、マーシャ」


 エリクは金色に輝く羽根を手に。


 マーシャは、うう、と伸びをする。散歩してきたばかりなのに、ちょっと眠そうだ。やっぱりのんびり屋のほわほわお嬢様だ。可愛い。エリクは心和む。



 この星は今日も平和かな。毎日平和だけど。


 エリクは、立体映像(ホログラム)ニュースを起動。


 現れたアナウンサーがしゃべる。


 「この未明、星都の動物園で爆発がありました。何者かが侵入し、動物を殺傷しました。被害にあったのは、天竺クマ、十角犀、白紋豹、それに黄金孔雀などです。犯人は逃走し、見つかっていません。警察は全力を挙げて捜査中です」


 黄金孔雀。エリクは手にした羽根を。そういえば、これ、黄金孔雀の羽根かな。


 プチっと。立体映像(ホログラム)ニュースが消えた。ん? マーシャだ。マーシャがニュースを切ったんだ。


 どうしたんだろう。


 マーシャ。


 青ざめている。



 ◇



 その夜。


 いつものように、ホテルの居間で、エリクとマーシャは夕食をとっていた。ルームサービスを頼んでいたのである。


 食後。


 「エリク、これからちょっと出かけるね。星都のお友達が会いたいって言うんで。遅くなるかもしれないから、先に寝ててね」


 マーシャの、ほわほわした笑顔。


 エリクは、内心微妙だった。夕食を食べてからのお出かけ?友達に会いに? 帰りは遅くなる?


 なんだ?これまでこんなのなかった。

 

 ひょっとして。彼氏か?


 

 自分の部屋に引っ込んでも。エリクは、気になっていた。もちろん、マーシャに友達や彼氏がいても、問題ない。しかし、夜遅く、1人での外出。ほわほわのんびり屋お嬢様のマーシャが。


 大丈夫かな。何かあったらどうしよう。


 よし。マーシャが誰に会ってもいい。でも、ひとりで無事に行けるかどうか、ついていって見守ろう。


 エリクは決意した。親友マーシャのくれた陽だまり。それはとても尊いものだったのである。なんとしても、守らなければならない。



 エリクは、耳を、すましていた。やがて、マーシャが出ていく。そっと後を追う。



 ◇



 以前にも、急にマーシャが1人で出かけて、心配して後を追ったことがあった。おっとり屋のマーシャを追うのは、簡単だった。向こうは全く後を尾けられていることに気づかない。


 マーシャは、ホテルを出る。どこへ行くんだろう。エアカータクシーに乗った。エリクも慌ててエアカータクシーを捕まえて追跡する。


 星都の中心街(メインストリート)へ。


 夜でもイルミネーションが煌めく繁華街で、マーシャはタクシーを降りる。エリクもタクシーを降りた。雑踏の街。先を歩くマーシャ。ほわほわお嬢様に、なんとも似つかわしくない場所だ。狭い街路に、マーシャは入っていく。エリクもすぐに追う。


 「助けて!」


 いきなり抱きつかれた。なんだ?みると、自分よりちょっと年下の女の子だ。エリクにしがみつき、妙に手慣れた手つきで、体をまさぐってくる。


 なんだ。面喰うが。気づいた。これは。掏摸(スリ)かひったくりだ。なるほど、夜の街の怪しい住人だ。こういうところには、この手の人間が、うろちょろしてるんだ。やっぱりマーシャを1人にしてはいけない。


 「こら、離れなさい」


 エリクは、掏摸(スリ)少女の肩をしっかりと掴む。とっとと追っ払おう。だが。正体がバレたと悟った少女は、


 「おまわりさーん!」


 いきなり大声で叫ぶ。そして急に泣き出すと、エリクを突き飛ばして走り去っていった。


 なんてやつだ。ふざけんな。エリクは逆上。しかしとにかく今はマーシャを……


 「ちょっと、君」


 警官が近寄ってくる。まずい。今の大声で、私があの女の子に悪さしようとしたと思われている。面倒になりそう。エリクは逃げ出した。


 「こら、待ちなさい!」


 警官が追ってくる。


 もう! なんでこうなるの!


  

 ◇



 やっと、警官から逃げきったけど。裏道横路を走りまわって、すっかりマーシャを見失ってしまった。今から探すなんて、絶対無理だ。途方に暮れるエリク。


 その時。少し離れた場所から、大きな爆発音がした。


 「なんだ、なんだ!」


 夜の街は騒然となった。みんな訳も分からず音のした方へ走り出す。エリクも走った。



 燃えていたのはエアバスだった。大勢の野次馬が取り囲んでいる。駆けつけた警官が規制線を張って交通整理。消火隊がまもなく来ると言う。


 みんな口々に何か叫んでいる。周囲の話を聴くと、停車中のエアバスが、突然爆発したのだと言う。乗客乗員は中に誰もおらず、周囲で巻き込まれた人もいなかった。大きな爆発だが、死傷者が出なかったのは、不幸中の幸いだ、とみんな口々に言っていた。

 

 それにしてもなんでいきなり爆発したんだろう。こんな事故はまず起きない。爆弾爆発物の類じゃないのか。愉快犯が、組織犯罪か。早くも、不穏な噂が飛び交っていた。



 真っ赤に燃えるエアバスを見つめるエリク。


 「あ、マーシャ」


 ちょっと離れたところで。やはり燃えるエアバスを見つめている親友の姿に気づく。よかった。マーシャは、無事だったんだ。


 エリクは、どうしようかと一瞬考えたが、マーシャに近づき、声をかける。なんだか危険な状況。親友を1人きりにさせておくなんて、絶対できない。


 「マーシャ、大丈夫?」


 マーシャは、振り向き、驚く。


 「エリク、どうしたの?」


 「うん…… 1人でホテルに籠ってるのもなんだから、私も街をぶらぶらしようと思って。そうしたら爆発が起きて。来たらマーシャがいたからびっくりしたよ」


 「そうなんだ。街で偶然出会うなんて、驚きだね。やっぱり、私たちの心、つながっているのかな」


 そういうマーシャの顔。いつものほわほわではなく、緊迫感に満ちている。


 「マーシャ、友達には会ったの?」


 「うん……」


 力なく答えるマーシャ。エリクは考える。友達に会った?この夜の街で? いろいろ不審だ。でも、マーシャはこれ以上話したくないみたい。


 「マーシャ、用は済んだんだね。ここは危ないから、さぁ、帰ろう」


 親友を気遣う。


 マーシャもうなずいて、2人は歩き出す。背後では、燃えるエアバスを取り囲んで大騒ぎが続いている。エアカータクシーを拾って、ホテルに戻った。マーシャはずっと厳しい顔。なんだか憔悴してるようだ。




(第33星話 砕けた心は戻らないの星 2へ続く)


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