表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/15

第7星話 宇宙艦隊の星   【壮大なスペースオペラ】 【勇士の銃】



 宇宙航行。


 そこにロマンは無い。キャーキャーはしゃいでいられるのは、最初の3日間だけだ。


 それからは。


 ただ、無機質な星々の光とにらめっこするだけ。退屈を通り越して、苦痛になってくる。


 楽しみがあるとすれば、それはひたすら宇宙と関係ない、地上的な楽しみを追い求めることだ。


 乗員同士でゲームをしたり、スポーツしたり、冗談を言い合って笑ったり、喧嘩したり、ときには恋が芽生えたり痴話騒動したり。


 楽しみとは全て地上的なものである。それも仲間がいなければならない。宇宙空間という無機質で殺風景な世界で、ただ1人、孤独に耐える。そこに楽しみが見出せるのは、ごくわずかな者だけであった。人との触れ合い。それこそが人間(ヒューマン)にとって、最大の癒し、活力であるというのが、宇宙世紀(コスモロス)の結論であった。



 「あー、もう、嫌っ!」


 エリクは叫んだ。


 1人乗り用の小型宇宙船(シャトル)ストゥールーン。


 とにかく小さい。居住空間(エリア)、と呼べるのかどうか疑問だが、狭い操縦席(コクピット)が、生活のすべてだった。


 エリクは、苛々していた。前の星から飛び立って4日目。次の星までまだ3日はかかる。


 宇宙空間の生活、とっくに退屈を通り越して苦痛になっていた。


 「何なの! この星間航路! ずっとただ飛んでるだけって、おかしいじゃない! 途中に喫茶店(カフェ)くらい作っておきなさいよ! それにスパと、ホテルと、それから、それからーー」


 「ゲームでもするかい? 最新のトレンドなんだけどーー」


 操縦席(コクピット)に座るエリクの膝の横の手足のある黒い(ボックス)が言った。


 万能検査機(メガチェッカー)。おしゃべりな機械(メカ)。エリクの相棒。


 エリクはジロリと相棒を見て、

 

 「子供じゃないのよ。何よ、ゲームなんて」


 「君はまだ17歳じゃないか」


 「そう、だから、大人よ」


 万能検査機(メガチェッカー)は黙った。大人/子供の境界は、星ごとにルールが違い、複雑であった。計測不能な問題、それはどんな計算でもこなす万能検査機(メガチェッカー)には苦手であった。



 「ねぇ、ほんとにこの辺、何もないの?」


 機械(メカ)の相棒にしてご主人様である、17歳の少女が、ふくれっ面をして言う。


 機械(メカ)は応える。


 「ないね。今はとにかく、次のメリル星に到着することを考えるんだ。メリル星は発展した豊かな星だ。向こうでの楽しいことをいろいろ考えていれば、3日なんて、すぐに経つさ」


 「3日も!」


 エリクの絶望的な叫び。


 「やだーっ!」


 万能検査機(メガチェッカー)は黙る。本来、おしゃべりな機械(メカ)であるが、ご主人様の機嫌が極端に悪く、しかも宇宙での狭い操縦席(コクピット)空間の中ときては、あれこれ言ってエリクの感情を逆撫ですることは危険だった。


 とにかく、メリル星に着けばいいんだ。そうすれば、ご主人様の機嫌も180度反転する。地上ではしゃぎ回るだろう。あと3日。とにかく耐えるんだ。


 エリクは、ぶすっと押し黙ってる。うん、それでいい。泣いても喚いてもあと3日、どうにもならないんだ。箱型ロボ(キューボイド)がほっとした時、


 エリクがゴソゴソと始める。


 なんだ? 万能検査機(メガチェッカー)は、不吉な予感がする。


 「これよ!」


 エリクが座席(シート)の下の収納庫から取り出したのは、


 勇士の銃(コスモスナイパー)


 射程距離2光年を誇る長銃(ライフル)だ。賞金稼ぎのガンマンのおっさんに譲られた宇宙最強の銃。


 「……そんなの持ち出してどうするの?」


 万能検査機(メガチェッカー)の不安げな声に、エリクはにっこりと。


 「撃つのよ」


 「撃つ? ここで? なんで?」


 「こういうのは、たまに試射しておかなきゃいけないのよ。ずっとしまっておいたら、埃が溜まって黴が生えて錆ついて骨董品になっちゃうから!」


 「…………」


 「ふふ、それにこれは宇宙最強の銃。ぶっ放せば、スカーっとできるじゃない」


 「そういうことするために貰ったんじゃないと思うよ」


 「ただ飾っておくために貰ったとでも? 撃つからね。決めたの。さ、万能検査機(メガチェッカー)、何もない方向に打つから、どっちに撃ったら安全か、探査(サーチ)計算して」


 万能検査機(メガチェッカー)は、しぶしぶ探査(サーチ)計算を始める。なんだかんだいっても機械(メカ)たるもの、ご主人様の命令は絶対なのだ。


 「撃っていい方向、わかったよ。もっともこの辺じゃ、どこに撃っても安全だけどね」


 「あーら、さすが仕事が早いのね。大好きよ、私の万能検査機(メガチェッカー)

 

 万能検査機(メガチェッカー)、顔を赤らめる。まったく。銃を取り出して喜んでるなんて、やっぱりまだ子供だ。


 データを確認したエリク。


 「じゃ、行くからね! 超駆動(オーバードライブ)!」


 エリクの体が、黄金に輝く光の気(ルーンオーラ)に包まれた。


 ストゥールーンのハッチーー操縦席(コクピット)を蓋う透明なドーム状のフターーを開けると、エリクは勇士の銃(コスモスナイパー)を手に、立ち上がった。宇宙空間である。17歳の少女は、青いブラウスにグレーの膝丈スカート。光の気(ルーンオーラ)を纏っているときは宇宙服無しでも、外に立てるのだ。超駆動(オーバードライブ)していられる時間は、それほど長くは無いのだが。


 エリクは、銃を構え、しっかりと狙いを定める。光の気(ルーンオーラ)が揺れ、少女の豊かな亜麻色の髪が逆立つ。


 引き金に指を掛ける。


 その時、万能検査機(メガチェッカー)が、


 「あ、これは」


 気づいた。突如、宇宙空間に出現した反応。


 エリクの狙っている方向だ。


 まずい!


 万能検査機(メガチェッカー)は、青くなって叫ぶ。


 「エリク! ダメ! 撃たないで!」


 「なに? 今集中してるんだから。黙っててよ」


 「とにかく撃っちゃダメ!」


 「だから、黙りなさい! 撃ったら話聞いてあげるから」


 エリクは引き金を引いた。


 ああ、と万能検査機(メガチェッカー)の声。


 勇士の銃(コスモスナイパー)から放された青い光線(ビーム)。どこまでも伸びていく。


 その先に。


 「あれ?」


 エリクは瞳を凝らす。


 なんだろう。宇宙空間に、突如、薔薇色の光が現れたのだ。ゆらゆらと揺れている。オーロラみたいだ。


 青い光線(ビーム)は、薔薇色のオーロラのちょうど中央を貫通し、消えた。

 

 「あれ、光線(ビーム)が消えた」


 エリクは戸惑う。勇士の銃(コスモスナイパー)の射程距離は2光年。だから、少なくとも目視できる範囲で消えるなんてありえないんだけど。


 「エリク、ハッチを閉めるんだ」


 万能検査機(メガチェッカー)の真剣な声。なんだろう? あれ、機械(メカ)が緊張している? 何か重大なことが起きたの?


 エリクはハッチを閉じ、居住用大気で(シャトル)内を満たすと、超駆動(オーバードライブ)を解除する。


 「ねえ、なに、あのオーロラ、何が起きたの?」


 「今必死に探査(サーチ)してるんだよ! ちょっと、黙ってて!」


 いつになく切迫した万能検査機(メガチェッカー)の声。


 なんだろう。何かただごとでないことが起きたのはわかった。


 宇宙に突如出現した薔薇色のオーロラは。


 「え!?」


 エリクは目を丸くした。


 どんどん大きくなっている。急激な膨張。妖しい薔薇色の襞をゆらゆらさせながら。目視しただけでも、もう標準恒星くらいの大きさになっているのがわかる。


 「あんなの見るの初めて。いったい何なの?」

 

 相棒の機械(メカ)は、厳かに告げた。


 「虫喰い穴(ワームホール)だ」


 薔薇色のオーロラ。虫喰い穴(ワームホール)。妖しく、嚇すように、宇宙空間に広がっていく。



 ◇



 「エリク、君が撃とうとした時、気づいたんだ。突然現れたんだ、ゆらぎフラクチュエーションズがね。ちょうど撃つ方向だった」


 「ゆらぎフラクチュエーションズ?」


 「うん。宇宙のあれこれの物理現象の元になるものだ。現れたゆらぎフラクチュエーションズは、虫喰い穴(ワームホール)の種だった」


 「種?」


 「そう。小さな種だ。だから、出現しても、普通はそのまますぐに消えちゃう。だけど、そこにエネルギーがぶつかれば、衝撃に反応して大きな虫喰い穴(ワームホール)に育っちゃうんだ」


 「あの、ひょっとして、あの巨大なオーロラ、虫喰い穴(ワームホール)ができたのは、私が撃ってエネルギーをぶつけたからってことなの?」


 「そう」


 「ふうん。私が種に水と肥料あげて育てて大きな花を咲かせた、そういうことなのね?」


 エリクは自分が宇宙に咲かせた(オーロラ)を、感慨深げに見つめる。


 「虫喰い穴(ワームホール)、すっごく大きく育ったね。やっぱり、宇宙最強の銃のエネルギー、半端ないんだ」


 「だから、僕が必死に止めたんだよ。君、ずいぶん呑気だね」


 「何か問題あるの? 確か、虫喰い穴(ワームホール)って、全然違う時空と時空をくっつける(ドア)なんだよね。あの向こうには、別の宇宙があるんだ。でも、虫喰い穴(ワームホール)って、現れても、すぐに消えちゃうんじゃないっけ」


 「そうだね。でも、あれだけデカいと、すぐには消えない。消えるのに100時間、いや、200時間くらいはかかるんじゃないかな。その間、異時空への(ドア)は開きっぱなしさ」


 ちなみにこの時代、超時空移動(ワープ)の技術は確立されていたが、時空圧縮による超時空移動(ワープ)跳躍(ジャンプ)では、そこまで遠くへ跳ぶことはできなかった。あくまでも短距離の跳躍(ジャンプ)ができるだけだったのである。


 エリクは、指で頬を撫ぜる。 


 「そうなんだ。せっかくでっかい綺麗な(オーロラ)を咲かせたのに、数日で消えちゃうんだ。観光名所にはならないね。あの向こう、別宇宙なんだよね? ちょっと覗いてこようか。数日は(ドア)が開いてるんでしょ? ちょっと行って帰ってくるなら、大丈夫だよね。万能検査機(メガチェッカー)(ドア)の向こうには、何があるの?」


 「とっくに探査(サーチ)済みさ」


 万能検査機(メガチェッカー)が、落ち着き払っていう。


 「さすが。何かいた?」


 「うん。向こうには、大艦隊がいるよ。グーリク星人のね」


 「ええっ!」


 

 ◇



 グーリク星人。トカゲ型種族。二足歩行のトカゲだと考えればよい。背丈は人間(ヒューマン)よりちょっと大きい程度。


 人類(ヒューマン)に激しい敵意を燃やす種族である。彼らの本拠地は人類圏(ヒューマニア)から遠く離れた外宇宙(アウトコスモ)ーー外宇宙(アウトコスモ)というのは、あくまでも人類(ヒューマン)から見ての話であるがーーなので、大規模な戦争に発展する事はなかった。稀に、小規模な部隊同士での遭遇戦闘や、グーリク星人の宇宙海賊による人類圏(ヒューマニア)への侵入があるだけだった。



 「すごい! あの虫喰い穴(ワームホール)(ドア)、グーリク星人の外宇宙に繋がってるんだ。え? 大艦隊がいるの?」


 「うん、120隻。ちょうど演習航行中だったみたい」


 「120隻! ……グーリク星人って、人類(ヒューマン)に強い敵意を持っているんだよね。じゃあ、向こうには行かないほうがいいか。接触しないほうがいいよね」

 

 「それがね」


 万能検査機(メガチェッカー)が言う。


 「もう接触しちゃったんだよ」


 「はあ?」


 「君が撃っただろう? あの光線(ビーム)ゆらぎフラクチュエーションズに吸収されたわけじゃなくてね、向こう側へ、ゆらぎフラクチュエーションズってのは、ごく小さな虫喰い穴(ワームホール)でもあるからさ、虫喰い穴(ワームホール)(ドア)の向こうまで、届いちゃったんだ。


 「……それで、どうなったの?」


 「グーリク星人艦隊の一隻の無限推進炉をうまいことブチ抜いてね、沈めたんだ。戦艦が大爆発さ。さっきまで、あっちの艦隊は121隻だったんだ」


 「ええ? つまり、結局……」


 「うん。連中は顔を真っ赤にして、こっちに殴り込んでくるよ。なにせいきなり攻撃されたんだからね。それも演習航行中に」


 「あの、私って……」


 「エリク、わかっただろう? 君はでっかい(ドア)を開けて危険な連中を一発叩いて、こっちの世界においでおいでしちゃったんだよ」


 「うわーっ!」


 エリクは頭を抱える。


 「万能検査機(メガチェッカー)、あんた、あの方向は安全だって言ったじゃない」


 「うん。安全だったよ。ゆらぎフラクチュエーションズが現れるまではね。ゆらぎフラクチュエーションズが出現したのをキャッチしたから、僕は全力で止めたんだ。でも、君は聞かなかった」


 「こんなことになるなんて、思うわけないじゃない! で、でも、大丈夫よね? 虫喰い穴(ワームホール)、確か200時間で消えるんでしょ? グーリク星人も、こっちをちょっと見物したら、また引き上げるんでしょ?」


 「うん。でも、近くにメリル星があるよ。そこへ行って帰ってくる時間は充分あるね。人類(ヒューマン)を攻撃できるなら、グーリク星人は大喜びだ。自分たちの仲間が一隻やられちゃってるんだしね。向こうも、とっくにメリル星のことは探知(サーチ)してる。全力で襲いかかってくるよ」


 「大変だ!」


 エリクは、真っ青になって叫ぶ。


 「すぐ宇宙警察、じゃなくて宇宙軍に通報しなくちゃ」


 「通報しても、すぐには来れないな。グーリク星人艦隊がメリル星を襲撃壊滅させる。そして虫喰い穴(ワームホール)へ戻って悠々と本拠地へ引き揚げる。宇宙軍が来るのは、その後さ」


 エリクは息を呑んだ。


 探査画面(モニター)に、はっきりと写し出されていたのだ。宇宙に咲いた巨大な薔薇(オーロラ)虫喰い穴(ワームホール)。その表面に現れた巨大質量。グーリク星人の艦隊が、突入してきたのだ。



 「きゃーっ!」


 エリクの悲鳴。


 「ちょっと、どうすればいいのーっ!」


 狭い(シャトル)の中で、エリクはパニックになっていた。


 「私が悪いの? 私のせいなの? だってだって、こんな偶然、絶対起きっこない確率じゃない! 私は悪くない! 私のせいじゃない!」


 繁栄したメリル星。人口も多い。それがあとわずかで壊滅する。グーリク星人は、人間(ヒューマン)を決して容赦しないだろう。


 「落ち着いて」


 万能検査機(メガチェッカー)が言う。


 「何かわかった?」


 「僕のせいじゃない。それがわかった。だって僕は撃つの止めたんだもん」


 「いいから! いまさらそんなこと! とにかくメリル星を救う方法、考えなきゃ。勇士の銃(コスモスナイパー)で艦隊をバンバン撃沈するってのはどうかな?」


 「その銃一丁で艦隊と戦争するの? 確かにそれはすごい銃だけどさ。うまく無限推進炉をブチ抜けば戦艦を沈められるしね。でも、結構致命的な欠点があるんだ。その銃は一発撃つと、次に撃つまで、エネルギー充填に最低1日はかかる。つまり、よほど幸運(ラッキー)だったとして、艦隊がメリル星に到着するまでに沈められるのは、1隻か2隻程度ってこと。状況は変わらないね」


 「ええっ? ダメ? ねえ、何とかならない?」


 「うーん、一つ僕に考えがあるんだ」


 「助ける方法があるの? 言って。何でもするから」


 「うん。思い切った作戦なんだけどね」


 「私、思い切るよ」


 「そうかい、エリク。よし。作戦を教えよう。君は1人でグリーク星人の艦隊へ行くんだ。そして、さっき撃ったのは私です。全ての責任は私にあります。どうか私を気の済むように何でもしてください。そしてどうかお帰り下さい、てな具合に、頼んでみるんだ。自己犠牲精神ってのは、全宇宙的に共感を呼ぶからね。案外、グーリク星人たちもホロっときてーー」


 「バカじゃないの! ダメよ、そんなの! 絶対やだ!」


 「おやおや、君1人が犠牲になってメリル星の4千万人が助かるなら、十分成功だと思うんだけど。4千万人より、自分の命の方が大事なの?」


 「そうじゃなくて! そんなことしたって、グーリク星人がメリル星攻撃を止めるなんてありえないから! 私を血祭りにあげて、そのままメリル星に進軍する。絶対そうなるから!」


 「そうかな。いい作戦だと思ったんだけど」


 「もう。もっと他にいい考えはないの?」


 「ないね」


 「私、絶対諦めないから。諦めない。それが人間(ヒューマン)なのよ」


 血眼で探査画面(モニター)にかじりつくご主人様の少女に、万能検査機(メガチェッカー)は知らん顔。


 

 「ねえ」


 星海図を見つめるエリク。


 「グーリク星人の艦隊、まっすぐにメリル星へ行くかな」


 「うーん、そうだね」


 万能検査機(メガチェッカー)が、電光板をチカチカさせる。


 「襲撃壊滅を目的とすると……どこか途中かで、攻撃のためのエネルギー充填をするだろうね。向こうは戦争のために出撃してきたんじゃなくて、演習中だったから、エネルギー100%の充填はしてない筈」


 「エネルギー充填……それはどこでするかな」

 

 「その星海図の赤色巨星だね。ちょうど通り道にある。赤色巨星ってのは、燃やして残ったヘリウム核に水素殻、ガスとかをいっぱい放出してるからね。近づいた上で、貯蔵槽(タンク)にまとめて吸収して、再処理して、攻撃用のエネルギーを生み出すんだ」


 「じゃあ、艦隊はしばらく赤色巨星の側で、停泊するんだ」


 「うん。でも、エネルギー補給に必要なのは、せいぜい半日だろうね。ここで万全の準備を整えて、一気にメリル星攻撃に出る。間違いないよ」


 

 しばらく沈黙していたエリク。


 やがて少女の頬が薔薇色に染まり、瞳がキラキラと輝き始めた。


 「やってみよう」


 「どうするの?」


 「万能検査機(メガチェッカー)、ストゥールーンの航路を設定して。気づかれないように艦隊を追跡して、艦隊が赤色巨星に停泊したら、星の反対側に回り込むの。できるかな」


 「問題ないよ。それに気づかれたって、なんてことないさ。僕らは奴らにとっては羽虫に過ぎない。あの光線(ビーム)をこの小さな(シャトル)から撃ったなんて、連中は思ってもないよ。何しろ、時空をブッ飛ばす最強光線(ビーム)だからね。追跡は問題なくできる。で、どうするの?」


 「考えがあるの」



 ◇



 追跡して丸1日。


 グーリク星人の艦隊は、メリル星を目指している。そして万能検査機(メガチェッカー)の予想通り、その途中の赤色巨星の傍らに停泊する。


 エリクはストゥールーンを巧みに操行し、星の反対側へと回り込む。


 「この辺がちょうど反対側かな?」


 「うん、そうだね」


 万能検査機(メガチェッカー)は、忙しく探査(サーチ)計算している。


 エリクは赤く巨大な恒星をじっと見つめる。赤色巨星とは、恒星の最終段階である。妖しく赤い光を放ちながら、死に行く星。


 この向こうに。


 「万能検査機(メガチェッカー)、艦隊の位置を、正確に計算して」


 「うん。わかった」


 箱型ロボ(キューボイド)の電光板が、赤と黒にチカチカ点滅する。グーリク星人の宇宙艦隊は、強力な軍事迷彩(カモフラージュ)が施してある。だが、万能検査機(メガチェッカー)探知(サーチ)能力は、それを破ることができるのだ。


 「精確な位置、わかったよ」


 エリクは頷く。


 そして両肩に、金百合紋様の入った派手な青いマントを取り付ける。


 「何をしてるの?」


 「こういう時って、見た目が結構大事なのよ」


 「人間(ヒューマン)って、不合理」


 万能検査機(メガチェッカー)が、呟く。


 マントを肩から垂らしたエリク。右手をかざし、叫ぶ。



 「超駆動(オーバードライブ)!」



 少女は、光の気(ルーンオーラ)を纏う。


 ハッチを開ける。


 エリクは、ゆっくりと立ち上がった。


 宇宙空間に。


 右手には勇士の銃(コスモスナイパー)


 黄金の輝きを放つ少女。逆巻く光の気(ルーンオーラ)が豊かな亜麻色の髪を乱し背の青いマントを煽りたてる。グレーのスカートがひらめき、ピンクのガーターリングがチラチラする。


 エリクは、しっかりと勇士の銃(コスモスナイパー)を構え、引き金に、指を掛ける。


 真っ直ぐに見据えているのは、赤色巨星。そしてその向こうの宇宙艦隊。



 エリクは、引き金を引いた。



 トカゲ型種族グーリク星人の宇宙艦隊。


 旗艦では、司令官が、うずうずとしていた。


 探査画面(モニター)に映るメリル星。艦隊の接近を、全く気づいていないようだ。軍事迷彩(カモフラージュ)を破る探知(サーチ)能力など、平和な星にはないのだ。


 ありえない僥倖で撃つ獲物。演習航行中の傍らに突如、虫喰い穴(ワームホール)が開いた。そこから攻撃され、一隻沈められた。かなりの混乱が発生したが、人類圏(ヒューマニア)と偶然繋がったことがわかった。


 直ちに、全艦進撃した。虫喰い穴(ワームホール)の向こうから艦隊に光線(ビーム)を撃ってきたのが何者なのか、それについてはわからなかったが、今となってはどうでも良い。無防備な相手を襲撃し、蹂躙し壊滅させる。そして、悠々と帰還する。


 「グーリク宇宙軍史上最大の戦果を上げるのだ」


 司令官は、長い爪のついた指の拳を握りしめる。金色の瞳が光り、ギザギザの牙のある口からは、赤く長い舌がチロチロとする。


 「あと2時間で、全艦のエネルギー充填が完了します」


 報告に、司令官はうなずく。いよいよ総攻撃だ。


 その時ーー


 「方角X−20Aから、強いエネルギーが迫ってきています」


 探査画面(モニター)を見ていたオペレーターが叫ぶ。


 「すごい速度で、これはーー」


 オペレーターの声、悲鳴になっている。


 方角X−20A? 赤色巨星の方角だ。いったいなにがーー


 司令官が振り向いた時、


 青い閃光が司令塔を貫いた。光線(ビーム)だ。青い光線(ビーム)は司令官の額を撃ち抜いた。


 司令官は、一瞬、何が起きたのか、という表情をする。次の瞬間、その頭は吹き飛んだ。


 司令塔内部は恐慌(パニック)となる。副艦長も、幕僚たちも、どうしたらいいのか、まるでわからない。


 「巨大なエネルギーの波が来ます!」


 オペレーターの悲鳴。


 

 エリクが撃った勇士の銃(コスモスナイパー)光線(ビーム)


 赤色巨星の中心核(コア)を撃ち抜き、そのまま反対側へ抜けて、司令官の額を貫通したのだった。


 それだけではなかった。


 中心核(コア)で眠っていた未燃焼水素の(ブロック)を直撃したのだ。激しい核融合反応が起きた。中心核(コア)で眠っていた未燃焼水素(ブロック)は、次々と玉突き状に衝突していき、爆発を引き起こしていった。そして、それは、星の外縁へと向かい、エリクの反対側、つまり、グーリク星人宇宙艦隊の前で、巨大な爆発エネルギーを放出する爆焔風(フレア)を発生させたのである。


 「全艦、全力退避! 赤色巨星から離れろ!」


 通信が乱れ飛ぶ。全戦艦がジェット発進する。だが、間に合わない。赤色巨星の質量のおよそ20分の1のエネルギーが、巨大な波となり渦となって、一挙に放出されたのだ。戦艦は次々と呑み込まれていった。高エネルギー粒子の渦の中で、互いにぶつかり、押しつぶされ、燃焼し、そして消えていった。


 爆焔風(フレア)の放出、続いたのは30分ほどだった。質量を大きく失った赤色巨星の周囲、激しく重力が変動した。ハッチを閉めたストゥールーン、激流の中の木の葉のように、宇宙を舞い飛ぶ。エリクの必死の操行。何とか、巨星の重力に引き込まれずに済んだ。


 やがて、宇宙に静寂が戻る。



 「終わったよ」


 万能検査機(メガチェッカー)が言った。


 エリクは、静かさを取り戻し、やや小さくなった赤色巨星を見つめている。


 「グーリク星人の艦隊は?」


 「全滅した」


 「本当? 一隻残らず?」


 「うん。間違いないよ。艦隊は密集していたからね。散開して停泊燃料補給していたら、こうも綺麗に全滅させることはできなかった。まぁ、向こうだって、こんな攻撃喰らうとは思ってなかっただろうしね」


 エリクは、ガクっと座席(シート)に凭れる。とにかくメリル星は助かった。巨大な宇宙の薔薇(ワームホール)も、このまま何事もなく閉じて、消えることだろう。


 宇宙空間の無機質な星々の光。なんだか祝福してくれているように見える。いつも見慣れた光景なのに。少女は、うっすらと微笑みを。


 

 「ねえ、エリク」


 万能検査機(メガチェッカー)が言う。なんだか怒っているような声だ。


 「なに?」


 「君は神を信じないんだね?」


 「ん? なんで?」


 「お祈りしなかったじゃない」


 「お祈り? なんで? なんでお祈りを……あ、グーリク星人のために、お祈りしろってこと?」


 「そうじゃない、自分のためにだよ!」


 「え? 自分のために? わけわかんないよ」


 「なに言ってるの? 君、何もわかってなかったの?」


 万能検査機(メガチェッカー)は、顔を真っ赤にしていた。


 「星の反対側から撃てば、星のエネルギーを向こう側にブッ飛ばして、敵を全滅させられる。ただ単純にそう考えたの?」


 「うん。そうだよ.実際そうなったじゃない」


 「ああ、もう、君って人は!」


 万能検査機(メガチェッカー)は天を仰ぐ。


 「あのね。宇宙の物理力学現象ってのは、そう単純なものじゃないんだ。確かにこちらからエネルギーをぶつければ、向こう側に、大きな(フレア)が起きる。それは間違いない。でも、それだけじゃないんだ。こっちから撃って星に穴を開けたんだから、そこから星のエネルギーが逆噴射してくることだって当然あったんだ。そうなる可能性が高かった。そうならなかったのは、たまたま幸運(ラッキー)なだけだったんだよ」


 「ええ、じゃあ」


 「僕らは、宇宙の藻屑になる可能性が高かったんだ。グーリク星人と同じようにね。僕はてっきり、君がそれを覚悟しているのだとばかり思っていた」


 「あの……そういうの、私が撃つ前になんでちゃんと説明してくれなかったの?」


 「君、僕に、何をするか何の説明もしなかったじゃないか」


 万能検査機(メガチェッカー)はプリプリとしている。


 エリクは、完全に体の力が抜けた。体の全エネルギーが搾り取られたような。青いマントにくるまって、ズルズルと座席(シート)から滑り落ちていく。



 ◇



 「バカンス! バカンス! バカンス!」


 メリル星の宇宙港(ステーション)に降り立ったエリク。踊るようなステップを踏んでいる。


 「バカンス?」


 エリクが肩から下げた鞄から、声がした。万能検査機(メガチェッカー)だ。


 「バカンスってのは、普段働いてる人が取る長期休暇のことだよ。普段働いてない君が、なんでバカンス?」


 「働いたよ! 10年分くらいね! 絶対バカンス! 誰にも文句言わせないからね!」


 メリル星は、風光明媚な高級リゾート星だ。美しい緑と豊かな水。発展した快適な文明空間。


 「しばらく逗留してやるぞ! 毎日、食べて飲んで遊んで過ごすんだ!」


 宇宙港(ステーション)を出たエリクは、早速、星一番の高級ホテルへ。


 「身分証明書を提示していただけますか?」


 フロントで言われた。


 「あ、チップ多めに払います」


 エリクはウインクするが、


 「ダメです。この星は、こういうことに厳しいのです」


 にべもなかった。


 何件かの高級ホテルを回ったが、どこも同じ対応。仕方がない。やや格下のホテルに行ってみた。そこでも同じだった。それならばとバックパッカー御用達の安宿を探してみたが、


 「身分証明書、ここの宿泊業じゃ、これは絶対必須なんです」


 と、追っ払われた。


 「もー、なに、この星、融通を利かすってことできないの? でも、絶対ここでバカンスしてやるんだから!」


 意地になったエリクは、公園にテントを張ろうとする。が、


 「君、何をしているのかね?」


 警官がやってきた。


 「ここにテントを張っちゃだめだよ。ちゃんと法律を守らなくちゃ」


 「あ……でも……私、泊まるところがなくて……」


 「泊まるところがない? どういうことかね? 君、身分証明書はあるかね? 見せてもらおうか。どういう事情か、ちゃんと説明してもらおう」


 「ええっ!」


 事情の説明? まさか、指名手配犯で、宇宙一の賞金首だとか、そんなこと言えるわけがない。


 救いを求めるように、エリクは周囲を見回す。


 だが。エリクと警官を遠巻きに見ているメリル星の人たち、皆、冷ややかな視線を向けてくる。誰も助けてくれそうにない。高級リゾート星メリルは、素性定からぬ宇宙の放浪者に厳しいのだ。


 「君、身分証明書がないのかね? じゃあ、ちょっと、署まで来てもらおうか」


 警官が迫ってくる。


 「きゃーっ!」


 エリクは逃げ出した。やっとの思いで水と食料、必要なものを買い込むと、ストゥールーンで宇宙へ飛び立つ。


 狭い操縦席(コクピット)の中で、エリクは叫ぶ。


 「みんなヒドい! 恩知らずーっ! もう何があったって、絶対助けてあげないんだからーっ!」



 ◇



 星から星へ。


 エリクの旅は続く。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ