第7星話 宇宙艦隊の星 【壮大なスペースオペラ】 【勇士の銃】
宇宙航行。
そこにロマンは無い。キャーキャーはしゃいでいられるのは、最初の3日間だけだ。
それからは。
ただ、無機質な星々の光とにらめっこするだけ。退屈を通り越して、苦痛になってくる。
楽しみがあるとすれば、それはひたすら宇宙と関係ない、地上的な楽しみを追い求めることだ。
乗員同士でゲームをしたり、スポーツしたり、冗談を言い合って笑ったり、喧嘩したり、ときには恋が芽生えたり痴話騒動したり。
楽しみとは全て地上的なものである。それも仲間がいなければならない。宇宙空間という無機質で殺風景な世界で、ただ1人、孤独に耐える。そこに楽しみが見出せるのは、ごくわずかな者だけであった。人との触れ合い。それこそが人間にとって、最大の癒し、活力であるというのが、宇宙世紀の結論であった。
「あー、もう、嫌っ!」
エリクは叫んだ。
1人乗り用の小型宇宙船ストゥールーン。
とにかく小さい。居住空間、と呼べるのかどうか疑問だが、狭い操縦席が、生活のすべてだった。
エリクは、苛々していた。前の星から飛び立って4日目。次の星までまだ3日はかかる。
宇宙空間の生活、とっくに退屈を通り越して苦痛になっていた。
「何なの! この星間航路! ずっとただ飛んでるだけって、おかしいじゃない! 途中に喫茶店くらい作っておきなさいよ! それにスパと、ホテルと、それから、それからーー」
「ゲームでもするかい? 最新のトレンドなんだけどーー」
操縦席に座るエリクの膝の横の手足のある黒い箱が言った。
万能検査機。おしゃべりな機械。エリクの相棒。
エリクはジロリと相棒を見て、
「子供じゃないのよ。何よ、ゲームなんて」
「君はまだ17歳じゃないか」
「そう、だから、大人よ」
万能検査機は黙った。大人/子供の境界は、星ごとにルールが違い、複雑であった。計測不能な問題、それはどんな計算でもこなす万能検査機には苦手であった。
「ねぇ、ほんとにこの辺、何もないの?」
機械の相棒にしてご主人様である、17歳の少女が、ふくれっ面をして言う。
機械は応える。
「ないね。今はとにかく、次のメリル星に到着することを考えるんだ。メリル星は発展した豊かな星だ。向こうでの楽しいことをいろいろ考えていれば、3日なんて、すぐに経つさ」
「3日も!」
エリクの絶望的な叫び。
「やだーっ!」
万能検査機は黙る。本来、おしゃべりな機械であるが、ご主人様の機嫌が極端に悪く、しかも宇宙での狭い操縦席空間の中ときては、あれこれ言ってエリクの感情を逆撫ですることは危険だった。
とにかく、メリル星に着けばいいんだ。そうすれば、ご主人様の機嫌も180度反転する。地上ではしゃぎ回るだろう。あと3日。とにかく耐えるんだ。
エリクは、ぶすっと押し黙ってる。うん、それでいい。泣いても喚いてもあと3日、どうにもならないんだ。箱型ロボがほっとした時、
エリクがゴソゴソと始める。
なんだ? 万能検査機は、不吉な予感がする。
「これよ!」
エリクが座席の下の収納庫から取り出したのは、
勇士の銃。
射程距離2光年を誇る長銃だ。賞金稼ぎのガンマンのおっさんに譲られた宇宙最強の銃。
「……そんなの持ち出してどうするの?」
万能検査機の不安げな声に、エリクはにっこりと。
「撃つのよ」
「撃つ? ここで? なんで?」
「こういうのは、たまに試射しておかなきゃいけないのよ。ずっとしまっておいたら、埃が溜まって黴が生えて錆ついて骨董品になっちゃうから!」
「…………」
「ふふ、それにこれは宇宙最強の銃。ぶっ放せば、スカーっとできるじゃない」
「そういうことするために貰ったんじゃないと思うよ」
「ただ飾っておくために貰ったとでも? 撃つからね。決めたの。さ、万能検査機、何もない方向に打つから、どっちに撃ったら安全か、探査計算して」
万能検査機は、しぶしぶ探査計算を始める。なんだかんだいっても機械たるもの、ご主人様の命令は絶対なのだ。
「撃っていい方向、わかったよ。もっともこの辺じゃ、どこに撃っても安全だけどね」
「あーら、さすが仕事が早いのね。大好きよ、私の万能検査機」
万能検査機、顔を赤らめる。まったく。銃を取り出して喜んでるなんて、やっぱりまだ子供だ。
データを確認したエリク。
「じゃ、行くからね! 超駆動!」
エリクの体が、黄金に輝く光の気に包まれた。
ストゥールーンのハッチーー操縦席を蓋う透明なドーム状のフターーを開けると、エリクは勇士の銃を手に、立ち上がった。宇宙空間である。17歳の少女は、青いブラウスにグレーの膝丈スカート。光の気を纏っているときは宇宙服無しでも、外に立てるのだ。超駆動していられる時間は、それほど長くは無いのだが。
エリクは、銃を構え、しっかりと狙いを定める。光の気が揺れ、少女の豊かな亜麻色の髪が逆立つ。
引き金に指を掛ける。
その時、万能検査機が、
「あ、これは」
気づいた。突如、宇宙空間に出現した反応。
エリクの狙っている方向だ。
まずい!
万能検査機は、青くなって叫ぶ。
「エリク! ダメ! 撃たないで!」
「なに? 今集中してるんだから。黙っててよ」
「とにかく撃っちゃダメ!」
「だから、黙りなさい! 撃ったら話聞いてあげるから」
エリクは引き金を引いた。
ああ、と万能検査機の声。
勇士の銃から放された青い光線。どこまでも伸びていく。
その先に。
「あれ?」
エリクは瞳を凝らす。
なんだろう。宇宙空間に、突如、薔薇色の光が現れたのだ。ゆらゆらと揺れている。オーロラみたいだ。
青い光線は、薔薇色のオーロラのちょうど中央を貫通し、消えた。
「あれ、光線が消えた」
エリクは戸惑う。勇士の銃の射程距離は2光年。だから、少なくとも目視できる範囲で消えるなんてありえないんだけど。
「エリク、ハッチを閉めるんだ」
万能検査機の真剣な声。なんだろう? あれ、機械が緊張している? 何か重大なことが起きたの?
エリクはハッチを閉じ、居住用大気で船内を満たすと、超駆動を解除する。
「ねえ、なに、あのオーロラ、何が起きたの?」
「今必死に探査してるんだよ! ちょっと、黙ってて!」
いつになく切迫した万能検査機の声。
なんだろう。何かただごとでないことが起きたのはわかった。
宇宙に突如出現した薔薇色のオーロラは。
「え!?」
エリクは目を丸くした。
どんどん大きくなっている。急激な膨張。妖しい薔薇色の襞をゆらゆらさせながら。目視しただけでも、もう標準恒星くらいの大きさになっているのがわかる。
「あんなの見るの初めて。いったい何なの?」
相棒の機械は、厳かに告げた。
「虫喰い穴だ」
薔薇色のオーロラ。虫喰い穴。妖しく、嚇すように、宇宙空間に広がっていく。
◇
「エリク、君が撃とうとした時、気づいたんだ。突然現れたんだ、ゆらぎがね。ちょうど撃つ方向だった」
「ゆらぎ?」
「うん。宇宙のあれこれの物理現象の元になるものだ。現れたゆらぎは、虫喰い穴の種だった」
「種?」
「そう。小さな種だ。だから、出現しても、普通はそのまますぐに消えちゃう。だけど、そこにエネルギーがぶつかれば、衝撃に反応して大きな虫喰い穴に育っちゃうんだ」
「あの、ひょっとして、あの巨大なオーロラ、虫喰い穴ができたのは、私が撃ってエネルギーをぶつけたからってことなの?」
「そう」
「ふうん。私が種に水と肥料あげて育てて大きな花を咲かせた、そういうことなのね?」
エリクは自分が宇宙に咲かせた花を、感慨深げに見つめる。
「虫喰い穴、すっごく大きく育ったね。やっぱり、宇宙最強の銃のエネルギー、半端ないんだ」
「だから、僕が必死に止めたんだよ。君、ずいぶん呑気だね」
「何か問題あるの? 確か、虫喰い穴って、全然違う時空と時空をくっつける扉なんだよね。あの向こうには、別の宇宙があるんだ。でも、虫喰い穴って、現れても、すぐに消えちゃうんじゃないっけ」
「そうだね。でも、あれだけデカいと、すぐには消えない。消えるのに100時間、いや、200時間くらいはかかるんじゃないかな。その間、異時空への扉は開きっぱなしさ」
ちなみにこの時代、超時空移動の技術は確立されていたが、時空圧縮による超時空移動の跳躍では、そこまで遠くへ跳ぶことはできなかった。あくまでも短距離の跳躍ができるだけだったのである。
エリクは、指で頬を撫ぜる。
「そうなんだ。せっかくでっかい綺麗な花を咲かせたのに、数日で消えちゃうんだ。観光名所にはならないね。あの向こう、別宇宙なんだよね? ちょっと覗いてこようか。数日は扉が開いてるんでしょ? ちょっと行って帰ってくるなら、大丈夫だよね。万能検査機、扉の向こうには、何があるの?」
「とっくに探査済みさ」
万能検査機が、落ち着き払っていう。
「さすが。何かいた?」
「うん。向こうには、大艦隊がいるよ。グーリク星人のね」
「ええっ!」
◇
グーリク星人。トカゲ型種族。二足歩行のトカゲだと考えればよい。背丈は人間よりちょっと大きい程度。
人類に激しい敵意を燃やす種族である。彼らの本拠地は人類圏から遠く離れた外宇宙ーー外宇宙というのは、あくまでも人類から見ての話であるがーーなので、大規模な戦争に発展する事はなかった。稀に、小規模な部隊同士での遭遇戦闘や、グーリク星人の宇宙海賊による人類圏への侵入があるだけだった。
「すごい! あの虫喰い穴の扉、グーリク星人の外宇宙に繋がってるんだ。え? 大艦隊がいるの?」
「うん、120隻。ちょうど演習航行中だったみたい」
「120隻! ……グーリク星人って、人類に強い敵意を持っているんだよね。じゃあ、向こうには行かないほうがいいか。接触しないほうがいいよね」
「それがね」
万能検査機が言う。
「もう接触しちゃったんだよ」
「はあ?」
「君が撃っただろう? あの光線、ゆらぎに吸収されたわけじゃなくてね、向こう側へ、ゆらぎってのは、ごく小さな虫喰い穴でもあるからさ、虫喰い穴の扉の向こうまで、届いちゃったんだ。
「……それで、どうなったの?」
「グーリク星人艦隊の一隻の無限推進炉をうまいことブチ抜いてね、沈めたんだ。戦艦が大爆発さ。さっきまで、あっちの艦隊は121隻だったんだ」
「ええ? つまり、結局……」
「うん。連中は顔を真っ赤にして、こっちに殴り込んでくるよ。なにせいきなり攻撃されたんだからね。それも演習航行中に」
「あの、私って……」
「エリク、わかっただろう? 君はでっかい扉を開けて危険な連中を一発叩いて、こっちの世界においでおいでしちゃったんだよ」
「うわーっ!」
エリクは頭を抱える。
「万能検査機、あんた、あの方向は安全だって言ったじゃない」
「うん。安全だったよ。ゆらぎが現れるまではね。ゆらぎが出現したのをキャッチしたから、僕は全力で止めたんだ。でも、君は聞かなかった」
「こんなことになるなんて、思うわけないじゃない! で、でも、大丈夫よね? 虫喰い穴、確か200時間で消えるんでしょ? グーリク星人も、こっちをちょっと見物したら、また引き上げるんでしょ?」
「うん。でも、近くにメリル星があるよ。そこへ行って帰ってくる時間は充分あるね。人類を攻撃できるなら、グーリク星人は大喜びだ。自分たちの仲間が一隻やられちゃってるんだしね。向こうも、とっくにメリル星のことは探知してる。全力で襲いかかってくるよ」
「大変だ!」
エリクは、真っ青になって叫ぶ。
「すぐ宇宙警察、じゃなくて宇宙軍に通報しなくちゃ」
「通報しても、すぐには来れないな。グーリク星人艦隊がメリル星を襲撃壊滅させる。そして虫喰い穴へ戻って悠々と本拠地へ引き揚げる。宇宙軍が来るのは、その後さ」
エリクは息を呑んだ。
探査画面に、はっきりと写し出されていたのだ。宇宙に咲いた巨大な薔薇。虫喰い穴。その表面に現れた巨大質量。グーリク星人の艦隊が、突入してきたのだ。
「きゃーっ!」
エリクの悲鳴。
「ちょっと、どうすればいいのーっ!」
狭い船の中で、エリクはパニックになっていた。
「私が悪いの? 私のせいなの? だってだって、こんな偶然、絶対起きっこない確率じゃない! 私は悪くない! 私のせいじゃない!」
繁栄したメリル星。人口も多い。それがあとわずかで壊滅する。グーリク星人は、人間を決して容赦しないだろう。
「落ち着いて」
万能検査機が言う。
「何かわかった?」
「僕のせいじゃない。それがわかった。だって僕は撃つの止めたんだもん」
「いいから! いまさらそんなこと! とにかくメリル星を救う方法、考えなきゃ。勇士の銃で艦隊をバンバン撃沈するってのはどうかな?」
「その銃一丁で艦隊と戦争するの? 確かにそれはすごい銃だけどさ。うまく無限推進炉をブチ抜けば戦艦を沈められるしね。でも、結構致命的な欠点があるんだ。その銃は一発撃つと、次に撃つまで、エネルギー充填に最低1日はかかる。つまり、よほど幸運だったとして、艦隊がメリル星に到着するまでに沈められるのは、1隻か2隻程度ってこと。状況は変わらないね」
「ええっ? ダメ? ねえ、何とかならない?」
「うーん、一つ僕に考えがあるんだ」
「助ける方法があるの? 言って。何でもするから」
「うん。思い切った作戦なんだけどね」
「私、思い切るよ」
「そうかい、エリク。よし。作戦を教えよう。君は1人でグリーク星人の艦隊へ行くんだ。そして、さっき撃ったのは私です。全ての責任は私にあります。どうか私を気の済むように何でもしてください。そしてどうかお帰り下さい、てな具合に、頼んでみるんだ。自己犠牲精神ってのは、全宇宙的に共感を呼ぶからね。案外、グーリク星人たちもホロっときてーー」
「バカじゃないの! ダメよ、そんなの! 絶対やだ!」
「おやおや、君1人が犠牲になってメリル星の4千万人が助かるなら、十分成功だと思うんだけど。4千万人より、自分の命の方が大事なの?」
「そうじゃなくて! そんなことしたって、グーリク星人がメリル星攻撃を止めるなんてありえないから! 私を血祭りにあげて、そのままメリル星に進軍する。絶対そうなるから!」
「そうかな。いい作戦だと思ったんだけど」
「もう。もっと他にいい考えはないの?」
「ないね」
「私、絶対諦めないから。諦めない。それが人間なのよ」
血眼で探査画面にかじりつくご主人様の少女に、万能検査機は知らん顔。
「ねえ」
星海図を見つめるエリク。
「グーリク星人の艦隊、まっすぐにメリル星へ行くかな」
「うーん、そうだね」
万能検査機が、電光板をチカチカさせる。
「襲撃壊滅を目的とすると……どこか途中かで、攻撃のためのエネルギー充填をするだろうね。向こうは戦争のために出撃してきたんじゃなくて、演習中だったから、エネルギー100%の充填はしてない筈」
「エネルギー充填……それはどこでするかな」
「その星海図の赤色巨星だね。ちょうど通り道にある。赤色巨星ってのは、燃やして残ったヘリウム核に水素殻、ガスとかをいっぱい放出してるからね。近づいた上で、貯蔵槽にまとめて吸収して、再処理して、攻撃用のエネルギーを生み出すんだ」
「じゃあ、艦隊はしばらく赤色巨星の側で、停泊するんだ」
「うん。でも、エネルギー補給に必要なのは、せいぜい半日だろうね。ここで万全の準備を整えて、一気にメリル星攻撃に出る。間違いないよ」
しばらく沈黙していたエリク。
やがて少女の頬が薔薇色に染まり、瞳がキラキラと輝き始めた。
「やってみよう」
「どうするの?」
「万能検査機、ストゥールーンの航路を設定して。気づかれないように艦隊を追跡して、艦隊が赤色巨星に停泊したら、星の反対側に回り込むの。できるかな」
「問題ないよ。それに気づかれたって、なんてことないさ。僕らは奴らにとっては羽虫に過ぎない。あの光線をこの小さな船から撃ったなんて、連中は思ってもないよ。何しろ、時空をブッ飛ばす最強光線だからね。追跡は問題なくできる。で、どうするの?」
「考えがあるの」
◇
追跡して丸1日。
グーリク星人の艦隊は、メリル星を目指している。そして万能検査機の予想通り、その途中の赤色巨星の傍らに停泊する。
エリクはストゥールーンを巧みに操行し、星の反対側へと回り込む。
「この辺がちょうど反対側かな?」
「うん、そうだね」
万能検査機は、忙しく探査計算している。
エリクは赤く巨大な恒星をじっと見つめる。赤色巨星とは、恒星の最終段階である。妖しく赤い光を放ちながら、死に行く星。
この向こうに。
「万能検査機、艦隊の位置を、正確に計算して」
「うん。わかった」
箱型ロボの電光板が、赤と黒にチカチカ点滅する。グーリク星人の宇宙艦隊は、強力な軍事迷彩が施してある。だが、万能検査機の探知能力は、それを破ることができるのだ。
「精確な位置、わかったよ」
エリクは頷く。
そして両肩に、金百合紋様の入った派手な青いマントを取り付ける。
「何をしてるの?」
「こういう時って、見た目が結構大事なのよ」
「人間って、不合理」
万能検査機が、呟く。
マントを肩から垂らしたエリク。右手をかざし、叫ぶ。
「超駆動!」
少女は、光の気を纏う。
ハッチを開ける。
エリクは、ゆっくりと立ち上がった。
宇宙空間に。
右手には勇士の銃。
黄金の輝きを放つ少女。逆巻く光の気が豊かな亜麻色の髪を乱し背の青いマントを煽りたてる。グレーのスカートがひらめき、ピンクのガーターリングがチラチラする。
エリクは、しっかりと勇士の銃を構え、引き金に、指を掛ける。
真っ直ぐに見据えているのは、赤色巨星。そしてその向こうの宇宙艦隊。
エリクは、引き金を引いた。
トカゲ型種族グーリク星人の宇宙艦隊。
旗艦では、司令官が、うずうずとしていた。
探査画面に映るメリル星。艦隊の接近を、全く気づいていないようだ。軍事迷彩を破る探知能力など、平和な星にはないのだ。
ありえない僥倖で撃つ獲物。演習航行中の傍らに突如、虫喰い穴が開いた。そこから攻撃され、一隻沈められた。かなりの混乱が発生したが、人類圏と偶然繋がったことがわかった。
直ちに、全艦進撃した。虫喰い穴の向こうから艦隊に光線を撃ってきたのが何者なのか、それについてはわからなかったが、今となってはどうでも良い。無防備な相手を襲撃し、蹂躙し壊滅させる。そして、悠々と帰還する。
「グーリク宇宙軍史上最大の戦果を上げるのだ」
司令官は、長い爪のついた指の拳を握りしめる。金色の瞳が光り、ギザギザの牙のある口からは、赤く長い舌がチロチロとする。
「あと2時間で、全艦のエネルギー充填が完了します」
報告に、司令官はうなずく。いよいよ総攻撃だ。
その時ーー
「方角X−20Aから、強いエネルギーが迫ってきています」
探査画面を見ていたオペレーターが叫ぶ。
「すごい速度で、これはーー」
オペレーターの声、悲鳴になっている。
方角X−20A? 赤色巨星の方角だ。いったいなにがーー
司令官が振り向いた時、
青い閃光が司令塔を貫いた。光線だ。青い光線は司令官の額を撃ち抜いた。
司令官は、一瞬、何が起きたのか、という表情をする。次の瞬間、その頭は吹き飛んだ。
司令塔内部は恐慌となる。副艦長も、幕僚たちも、どうしたらいいのか、まるでわからない。
「巨大なエネルギーの波が来ます!」
オペレーターの悲鳴。
エリクが撃った勇士の銃の光線。
赤色巨星の中心核を撃ち抜き、そのまま反対側へ抜けて、司令官の額を貫通したのだった。
それだけではなかった。
中心核で眠っていた未燃焼水素の塊を直撃したのだ。激しい核融合反応が起きた。中心核で眠っていた未燃焼水素塊は、次々と玉突き状に衝突していき、爆発を引き起こしていった。そして、それは、星の外縁へと向かい、エリクの反対側、つまり、グーリク星人宇宙艦隊の前で、巨大な爆発エネルギーを放出する爆焔風を発生させたのである。
「全艦、全力退避! 赤色巨星から離れろ!」
通信が乱れ飛ぶ。全戦艦がジェット発進する。だが、間に合わない。赤色巨星の質量のおよそ20分の1のエネルギーが、巨大な波となり渦となって、一挙に放出されたのだ。戦艦は次々と呑み込まれていった。高エネルギー粒子の渦の中で、互いにぶつかり、押しつぶされ、燃焼し、そして消えていった。
爆焔風の放出、続いたのは30分ほどだった。質量を大きく失った赤色巨星の周囲、激しく重力が変動した。ハッチを閉めたストゥールーン、激流の中の木の葉のように、宇宙を舞い飛ぶ。エリクの必死の操行。何とか、巨星の重力に引き込まれずに済んだ。
やがて、宇宙に静寂が戻る。
「終わったよ」
万能検査機が言った。
エリクは、静かさを取り戻し、やや小さくなった赤色巨星を見つめている。
「グーリク星人の艦隊は?」
「全滅した」
「本当? 一隻残らず?」
「うん。間違いないよ。艦隊は密集していたからね。散開して停泊燃料補給していたら、こうも綺麗に全滅させることはできなかった。まぁ、向こうだって、こんな攻撃喰らうとは思ってなかっただろうしね」
エリクは、ガクっと座席に凭れる。とにかくメリル星は助かった。巨大な宇宙の薔薇も、このまま何事もなく閉じて、消えることだろう。
宇宙空間の無機質な星々の光。なんだか祝福してくれているように見える。いつも見慣れた光景なのに。少女は、うっすらと微笑みを。
「ねえ、エリク」
万能検査機が言う。なんだか怒っているような声だ。
「なに?」
「君は神を信じないんだね?」
「ん? なんで?」
「お祈りしなかったじゃない」
「お祈り? なんで? なんでお祈りを……あ、グーリク星人のために、お祈りしろってこと?」
「そうじゃない、自分のためにだよ!」
「え? 自分のために? わけわかんないよ」
「なに言ってるの? 君、何もわかってなかったの?」
万能検査機は、顔を真っ赤にしていた。
「星の反対側から撃てば、星のエネルギーを向こう側にブッ飛ばして、敵を全滅させられる。ただ単純にそう考えたの?」
「うん。そうだよ.実際そうなったじゃない」
「ああ、もう、君って人は!」
万能検査機は天を仰ぐ。
「あのね。宇宙の物理力学現象ってのは、そう単純なものじゃないんだ。確かにこちらからエネルギーをぶつければ、向こう側に、大きな波が起きる。それは間違いない。でも、それだけじゃないんだ。こっちから撃って星に穴を開けたんだから、そこから星のエネルギーが逆噴射してくることだって当然あったんだ。そうなる可能性が高かった。そうならなかったのは、たまたま幸運なだけだったんだよ」
「ええ、じゃあ」
「僕らは、宇宙の藻屑になる可能性が高かったんだ。グーリク星人と同じようにね。僕はてっきり、君がそれを覚悟しているのだとばかり思っていた」
「あの……そういうの、私が撃つ前になんでちゃんと説明してくれなかったの?」
「君、僕に、何をするか何の説明もしなかったじゃないか」
万能検査機はプリプリとしている。
エリクは、完全に体の力が抜けた。体の全エネルギーが搾り取られたような。青いマントにくるまって、ズルズルと座席から滑り落ちていく。
◇
「バカンス! バカンス! バカンス!」
メリル星の宇宙港に降り立ったエリク。踊るようなステップを踏んでいる。
「バカンス?」
エリクが肩から下げた鞄から、声がした。万能検査機だ。
「バカンスってのは、普段働いてる人が取る長期休暇のことだよ。普段働いてない君が、なんでバカンス?」
「働いたよ! 10年分くらいね! 絶対バカンス! 誰にも文句言わせないからね!」
メリル星は、風光明媚な高級リゾート星だ。美しい緑と豊かな水。発展した快適な文明空間。
「しばらく逗留してやるぞ! 毎日、食べて飲んで遊んで過ごすんだ!」
宇宙港を出たエリクは、早速、星一番の高級ホテルへ。
「身分証明書を提示していただけますか?」
フロントで言われた。
「あ、チップ多めに払います」
エリクはウインクするが、
「ダメです。この星は、こういうことに厳しいのです」
にべもなかった。
何件かの高級ホテルを回ったが、どこも同じ対応。仕方がない。やや格下のホテルに行ってみた。そこでも同じだった。それならばとバックパッカー御用達の安宿を探してみたが、
「身分証明書、ここの宿泊業じゃ、これは絶対必須なんです」
と、追っ払われた。
「もー、なに、この星、融通を利かすってことできないの? でも、絶対ここでバカンスしてやるんだから!」
意地になったエリクは、公園にテントを張ろうとする。が、
「君、何をしているのかね?」
警官がやってきた。
「ここにテントを張っちゃだめだよ。ちゃんと法律を守らなくちゃ」
「あ……でも……私、泊まるところがなくて……」
「泊まるところがない? どういうことかね? 君、身分証明書はあるかね? 見せてもらおうか。どういう事情か、ちゃんと説明してもらおう」
「ええっ!」
事情の説明? まさか、指名手配犯で、宇宙一の賞金首だとか、そんなこと言えるわけがない。
救いを求めるように、エリクは周囲を見回す。
だが。エリクと警官を遠巻きに見ているメリル星の人たち、皆、冷ややかな視線を向けてくる。誰も助けてくれそうにない。高級リゾート星メリルは、素性定からぬ宇宙の放浪者に厳しいのだ。
「君、身分証明書がないのかね? じゃあ、ちょっと、署まで来てもらおうか」
警官が迫ってくる。
「きゃーっ!」
エリクは逃げ出した。やっとの思いで水と食料、必要なものを買い込むと、ストゥールーンで宇宙へ飛び立つ。
狭い操縦席の中で、エリクは叫ぶ。
「みんなヒドい! 恩知らずーっ! もう何があったって、絶対助けてあげないんだからーっ!」
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。