第32星話 少女の裸体画をロボット画家に描いてもらおうの星 後編
「私の肖像画、見る?」
興味津々で見つめてくるマーシャに、エリクは自分の肖像画を差し出す。
「いいの?」
自分の肖像画は見せたくない理由があるらしく隠したマーシャ、やや、遠慮気味。
エリクは、にっこりと笑う。
「うん、見てほしいな。よく描けてるよ」
絵には、裸のエリクを取り巻く光の気がしっかり描かれている。でも、それは、無数の光の線の束として表現されている。これが超人を描いたものだとは、見ただけじゃわからないだろう。
「うわあ、綺麗」
マーシャは、エリクの肖像画を手に取り、しげしげと見つめる。
「なんだか幻想的ね。黄金の光がエリクにまといついていて。天使みたい。光の天使エリク。でも、単なる幻想じゃなくて、なんていうのかな、力を感じない? この光、どんなものでも打ち砕くような、そんな力を秘めているような。
おお、
エリクは、ビクっとなる。光の気に迫っている。それだけよく描けてるってことなんだろうけど。
マーシャは、画家ロボットの絵から、目を離せない。まだ、何か読み取っているのだろうか。エリクは少しヒヤヒヤする。
◇
お互いの裸体画を手に。服をしっかり着た2人の少女。改めて画家ロボットの前に。
「この絵ってどういうことなの? どうやって描けるようになったの? そして、他の誰にも描けない絵を描けるあなたが、なぜずっと動力源を抜かれて倉庫にしまってあったの? よかったら教えてくれない?」
と、エリク。ロボットが答えるとは思わなかったが、どうしても訊いてみたかったのだ。
ロボットの目に、無機質な光が灯す。
「お話ししましょう。この話をするのは、初めてのことです」
エリクとマーシャ、びっくりして、思わず顔を見合わせる。
ロボットがあれこれ話してくれるの?今まで話し方ことのないことを。なんでだろう。
エリクは、はっとした。今、このロボットはエリクが注入した光の気のエネルギーで稼働している。普通の動力稼働ではない。ひょっとしたら、ちょっと誤作動暴走気味なのかな。バグ? バグで、思いもよらないことを喋ろうとしているんじゃないのか。
画家ロボットのバグ暴走。どうなるんだろう。
ロボットは語り始めた。
◇
ーーこの星は、大昔は国王が治める星でした。国王は強い権力を持っていました。星に画家がいました。人間の画家です。画家は、肖像画を得意としていました。多くの人が、画家に自分の肖像画を描いてもらいました。画家の絵には不思議なことがありました。肖像画の人物に、もう一つ別の図象を描くのです。それは描いてもらった本人にしかわからない図象でした。画家は、人が持っているがどうしても隠したい本質を描くことができたのです。画家の絵はたいそう評判になりました。それは国王の耳にも届きました。
ーー国王は、画家を王宮に召し、絵を描かせました。評判通りの、モデルの他人に知られたくない心の中を描く絵でした。国王は驚きました。そして考えました。国王は、強欲で、猜疑心の強い人物でした。根は小心で、自分の統治が誰かに脅かされはしないかと、いつもビクビクしていたのです。
ーー国王は、画家の肖像画を自分の統治に使うことを思いつきました。画家に命じ、臣下の絵を描かせたのです。それを見て、臣下の心の内を調べようとしたのです。もちろん図象ですから、見ただけでは、それが何を意味するか、はっきりとはわかりません。絵の図象。それは、国王を刺激しました。国王は、次第に独りよがりの解釈をするようになってきました。猜疑心と妄想を膨らませていったのです。
ーー剣の図象は、自分への殺意、翼を持つ図象は、自分が王にとって代わろうという野心、黒い霧が描かれていれば、それは、自分への呪詛、肖像画の図象に囲まれて、国王は狂気に陥っていきました。
ーーついに一線を越えました。絵が原因で、何人もの臣下が、謀反の罪に問われ、処刑されたのです。ここまで来て、画家は覚悟を決めました。本当は逃げ出したかったのですが、王宮に監禁されたまま、命じられたまま絵を描いていたのです。なんであれ、自分の絵が原因で、国王は心が狂い、何人もの人の命が奪われてしまった。自分も、もう無事では済まないだろう。そう考えたのです。
ーー覚悟を決めた画家でしたが、心残りがありました。宇宙で唯一の自分の技倆についてです。国王は、絵を誤って解釈し、取り返しのつかないことをしてしまった。しかし、自分の描く絵はきっと正当に理解され、評価されるべきものだったはずだ。なんとか、この技倆を残したい。
ーー画家は、王宮付きの科学者に相談しました。王宮の中では、ただ1人、この科学者とだけ仲良くなっていたのです。何とか自分の絵の技倆を後世に伝えたい。そして、正当に評価してもらいたい。画家の夢に、科学者は応えました。科学者は、画家の脳波を研究分析し、ついに、その技倆を複製しロボットに移植することに成功したのです。
ロボットは、無機質な光を放つ目で、息を呑んで自分の話に聞き入っている2人の少女を見つめる。
ーーそのロボットが、私なのです。私が画家の能力を受け継いだ事は、画家と科学者の間の秘密にされました。国王の狂気は、エスカレートしていきました。みんな我慢できなくなりました。そしてついに、この星で、革命が起きました。王政は打倒されました。国王は自害しました。画家はどうなったのか、わかりません。絵を描くことを拒み、国王に密かに処刑されたとも、革命の混乱で命を落としたとも、いろいろ言われています。ただ、その画家の姿を見たものは、二度といませんでした。それは確かです。
ーー革命の後。王宮の隅で、私は発見されました。科学者は、星の外へ亡命していました。私が何者なのか、誰にもわかりませんでした。しかし、私に絵が描けることに気づいた人々は、私を美術館に送りました。私は美術ロボットとして、絵を描くことになりました。あの失われた画家の技倆をそっくりそのまま再現したのです。
ーー人々は、私の絵を面白がりました。私の描いた肖像画を見て、みんな、驚いたり笑ったり、深刻な顔をしたり、はしゃいだり、いろいろでした。こうやって絵を描くことを、あの画家も望んでいたのでしょう。しかし、それも長くは続きませんでした。私は評判となり、大勢の人が肖像画を描いてもらいにきました。
ーーそして、人々は気づきました。私の描く絵が、国王を狂わせ、革命の原因となった絵と、瓜二つであることを。画家の絵は、革命の時に全部燃やされてしまったのですが、記憶している人も多かったのです。人々は、私を薄気味悪く思うようになりました。国王の狂気の圧政は、誰にとっても思い出したくない過去だったのです。
ーー結局、私は絵を描くことを禁止されました。動力源を抜かれ、私の作品と一緒に倉庫に放り込まれたのです。忌まわしい思い出として、記録にも残りませんでした。長い歳月が経ちました。私は倉庫から引っ張り出されました。そして、今日、お嬢さん、あなたが私に命を吹き込んでくれたのです。本当にどれほど久しぶりのことでしょう。また絵が描けて本当に嬉しかったです。
画家ロボットの話は終わった。その瞳から、光が消えた。
しばらくの間、身動きができなかった2人の少女。
やがて、エリクが、ふう、と息をつく。
「終わったね。話が終わると同時に、私が注入したエネルギーも、切れたんだ。もう、動かないよ」
マーシャが訊く。
「また、エネルギーを注入しなくていいの?」
「うーん、もう絵は描いてもらったし。話も終わったから、いいんじゃないかな。マーシャは、まだ絵を描いてもらったり、話を聞いたりしたいの?」
「私も、これで充分よ」
アトリエの隅に腰掛ける、生命無きロボット。
マーシャは、遠くを見つめる瞳をしている。
「この絵の技倆が、処刑の悲劇や革命の原因になったのよね。人々は、忌まわしい思い出として、絵を描くことを禁じ、記憶から消しちゃった。でもロボットを壊して廃棄する事はしなかったんだ。ずっと倉庫にしまって。どうしてだろう」
エリクは、言った。
「やっぱりこの絵には、すごい魅力がある。みんなを惹きつける何かが。それは危険なものだけど、同時に人の心をとらえて離さないもの。何しろ星をひっくり返す力のある絵なんだもん。完全に棄てるってことはできなかったんだよ」
「そうね、私もそう思う」
マーシャは、自分の肖像画を抱きしめている。
人間の本質を図象として描いてしまう能力。確かに、それは危険であり、また魅力的であった。
画家は、本来、人が手にしてはならないものを、手にしてしまったのではないだろうか。
エリクの肖像画。光の気の絵。マーシャは、光の天使だと言った。そうなのか。
マーシャの肖像画は。実は、エリクは、マーシャが隠す前に、ちらっと見てしまったのだ。
そこには、輝くような全裸のマーシャと、もう一つ、黒い影が描いてあった。ほんの一瞬しか見なかったが、それは強い印象を残す黒い影だった。光り輝くマーシャに向けて、何かを訴えかけているような。今にも何かを叫び出しそうな、そんな黒い影だった。
いったい何なんだろう。
マーシャに黒い影、闇がある?
ほわほわお嬢様のマーシャ。いつも光に満ちている。そう、本来なら、マーシャが光の世界の住人で、逃亡中の指名手配犯エリクは闇の世界の側なのだ。でも、描かれた図象は、エリクは光、マーシャは闇。
これは何を意味しているんだろう。これがこの絵の、大昔に唯一無二の腕を揮った画家の、遺産なのだ。
画家ロボットは、また、長い眠りについた。今度目覚める時はいつなのだろう。
また、絵を描くときは来るのだろうか。
もし、また絵を描いたならば。
その時はいったい何が起きるのだろう。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




