第32星話 少女の裸体画をロボット画家に描いてもらおうの星 前編 【誰もが抱える光と闇の世界】 【隣のマーシャシリーズ3】
大きな美術館の隅に、あまり目立たない、アトリエがあった。
様々な油絵、水彩画、超古代の技法による絵画が飾ってある。どれも、人間の肖像画だ。描かれた人間。思い思いのポーズと表情。威張ったり、恥ずかしがったり、真面目な顔をしたり、笑ったり。みんなどこか気取っていて、そしてやや不安げな表情をしていた。
アトリエの隅の椅子。座っていたのは、ロボットの画家だった。
人間タイプのロボット。金属製の角張った体に、ベレー帽をちょこんと頭に乗せている。ロボット画家が動くのを止めてから、長い歳月が経っていた。最後に絵を描いたのは、一体いつのことだろう。
◇
「エリク、すごいね、この絵。全部このロボットの画家が描いたんだって」
マーシャは、油絵や水彩画を、熱心に見ている。
エリクはキョロキョロする。
「全部、肖像画だね。肖像画専門の画家ロボットなんだ」
隅に鎮座するロボット画伯は、ピクリとも動かない。何の光も発しない。
宇宙の旅人の少女エリク。立ち寄ったこの星で、マーシャに相部屋になってくれと頼まれ、一緒にホテルで暮らしていた。マーシャは超大金持ちのお嬢様だが、一緒にホテルに泊まっていた両親が急な仕事で他の星へ行ってしまい、1人じゃ寂しいので相部屋を探していたところ、偶然、エリクと知り合ったのである。今はすっかりお互い気を許した親友となっていた。
今日は2人で、星都にある大きな美術館に来ていたのである。
このアトリエは、最近倉庫の奥から見つかった、古いロボット画家と、その作品を展示していたのである。
奥まった小さなアトリエにいたのは、エリクと、マーシャの2人だけ。
「面白い絵を描くんだね」
美術芸術が好きなマーシャは、興味津々。様々な肖像画。人物が、きちんと丹念に描かれている。
だが、それだけではなかった。
人物の傍に、または人物を取り囲むように、あるいは人物と重なるようにして、別の図象が描かれていた。
ある人物には、美しい花が。また、別の人物にはゆらゆら揺れる淡い光が。蛇や髑髏が一緒に描かれていた人物もいた。自分の顔の横に全く別の顔が描かれている肖像画も。
「なんだろうね。これじゃ、普通の意味での肖像画としては失格だよね。でも、こういうのを描いてほしいって、みんなが注文したのかな。面白いと言えば、面白いね」
美術だ芸術だには疎いエリクも、熱心に絵を眺める。絵は、妙に生々しく、心を惹きつけるものがある。見飽きない。
ロボットでもすごい絵を描くんだな。エリクは、ロボット画家の方へ行ってみる。
ちょこんと椅子に座ったベレー帽のロボット。抜け殻というのか、亡骸というのが、そういうイメージだ。
じっと、ロボットを見つめるエリク。あちこち触ってみる。普通の金属の手触り。
あれ?
何かに気づいたエリク。丁寧にあちこちロボットを点検してみる。
「どうしたの? エリク」
マーシャが、後ろから声をかけてきた。
「このロボットなんだけどさ、壊れて動かないんじゃなくて、動力源が根こそぎ抜かれてるみたいなんだ」
「どういうこと?」
エリクは、ロボットの脇腹の穴を指差す。
「ほら、ここ見て。ここにすっぽり空洞があるじゃない? ここ、絶対動力源があった場所だよ。私、ロボットの専門家じゃないけど、間違いない。このロボットを簡単に動かせないように、動力源をまるごとすっぽり抜いちゃったんだね」
「ふうん、どうしてそんなことしたんだろうね」
マーシャも、動力源があったはずの空洞を、覗き込む。
「このロボット、とてもロボットが描いたとは思えない、個性的で独特な絵を描くんだけど、それと関係があるのかな」
エリクは、指で頬を撫でながら、思案する。
「ロボットの動力源を丸ごと脱いちゃう。それって修理の時でなければ、誤作動暴走を防ぐためだね。スイッチを切っただけでは安心できない、そういう時にすることだよ」
「このロボットが、誤作動暴走?」
マーシャは、古い画家ロボットを見つめ、首を傾げる。
「とてもそうは見えないわ。暴走して人が困ることをする危険があるなら、修理するなり、何なりすればそれでいいんじゃないのかな?」
「そうだよね」
エリクにもよくわからない。
「問題があるけど、修理はしない。でもずっと倉庫の中で保管しておいた。今じゃ、その理由もよくわからないのかな。何しろ、美術館の倉庫を調べていたら、大昔のものがいろいろ出てきた、これもその一つだって言うんだから」
「理由、何なんだろうね」
マーシャは、画家ロボットの頬を、撫ぜる。気のせいか、ロボットが顔を赤らめたように見えた。
「このロボットを修理することも、壊すこともできない。でも、作動したら困る。そんな理由ってあるのかな」
エリクには、全くわからない。チンプンカンプンだ。
その時、ふと思った。
このロボットを作動させちゃいけない理由。
それは、作動させてみればわかるんじゃないのか。
よし、やってみよう。
動力源の抜かれたロボット。動かす方法はある。
◇
「マーシャ、ちょっと向こうを向いててもらっていい?」
エリクは、ニヤリとする。
「え、どうしたの?」
戸惑うマーシャ。
「今から、このロボット動かしてみるから」
「動かす? だって、このロボット、動力源を抜かれてるんでしょ?」
「ふふ。マーシャ。何を隠そう、この私は大宇宙の魔法使いなの。動力源を抜かれたロボットだって、動かしてみせるから。でも、私の魔法、人に見せちゃいけないの。だから、ちょっと向こう向いてて」
自信満々のエリク。
キョトンとしたマーシャだが、親友の言うことだ。とりあえず背を向ける。
「これでいい?」
「うん。OK。すぐに終わるからね」
エリクは、画家ロボットに両手をあて、超駆動! と低くつぶやく。
超人の力発動。もちろん全力ではなく、微弱の発動である。黄金の光の気を発現する。光の気は戦闘に必要な武器になる。治癒も、飛翔もできるスーパーエネルギーだ。機械に注入し、動力エネルギーとすることもできるのだ。もちろん、慎重にやらないと、機械を暴走させちゃうんだけど。
このおとなしい画家ロボットなら大丈夫だろう。軽くやればいいんだ。
エリクは、静かに画家ロボットに光の気のエネルギーを注入する。
終わった。動力源ではなく、外部エネルギー注入で、充分動力が充電されたはずだ。誤作動暴走するなら、すぐ止めればいい。
「終わったよ。この画家ロボットに、エネルギー充電完了したから。さあ、どうなるか見てみよう」
マーシャに声をかける。
アトリエの隅の椅子にちょこんと画家ロボット。
やがて。
その瞳が、うっすらと開いていく。
固唾を呑んで見守る。2人の少女。
(第32星話 少女の裸体画をロボット画家に描いてもらおうの星 中編へ続く)




