第31星話 乙女の一夜のあやまちの星 中編
マーシャは、自分の寝室に戻った時も、まだ青ざめていた。とても普通ではいられない。ベッドに倒れ込むように横たわる。
少しして。
エリクが、扉をトントン叩き、声をかけてきたけど、扉を開けて話をする気にはなれなかった。おやすみの挨拶をした。エリクは、マーシャが部屋を抜け出したことに、全く気がついていないようだった。
妊娠した。
赤ちゃんができた。
◇
寝ようとしたところに、通信が来たのだ。
小さい頃からずっと学校で一緒だった親友、マルナからだ。マルナも、自分のことをマーシャといっていた。2人の親友の少女は、お互いをマーシャと呼んでいたのである。
マルナからの通信。
「妊娠してしまった」
そうあった。
マーシャは蒼白になった。体中の血が引いた。マルナがそんなことをするなんて、とても思えなかった。そういえばこの前、彼氏ができたと、うれしそうに、少し恥ずかしそうに言ってたけど。
あわててマルナと連絡を取った。2人で切迫したやりとり。
マルナは、泣きじゃくったり、興奮して急に声を荒らげたりする。
もう嫌だ。自分はとんでもないことをしてしまった。人に知られたらおしまいだ。どうやっても取り返しがつかない。もう生きていたくない。生きている意味がない。これから、自分で、自分の命を断つ。半ば自暴自棄で、叫んでいた。
ダメ! とにかく一緒に会おう。マーシャは必死に説得した。
マルナも、両親と一緒にこの星に来ていた。ホテルの裏のエアカー駐車場で会う約束をした。
現れたマルナの様子、普通ではなかった。血の気が全くなく、瞳がギラギラとしていた。
「マーシャ、落ち着いて。ね、私、何があっても、マーシャの味方だから」
マーシャは、必死になってマルナを宥める。
マルナの感情は荒れに荒れていた。しかしマーシャの必死の説得で、落ち着きを取り戻した。
「ありがとう、マーシャ」
最後には、マルナはボロボロと泣いていった。
「わかった。早まった事はしない……落ち着いて、よく考える」
「うん。約束だよ。本当に本当に、絶対に約束だからね」
「わかったよ……私がどうかしてた。みんなに知られたら、もう生きていけないって。親にも言えなくて。言わないままこの世から消えてしまったら、そのほうがずっといいって思っちゃったの。でも、それ間違いだった。当然だよね」
マルナは、うつむきながら両親に宛てた遺書を取り出した。
「こんなものまで、書いちゃったんだけど」
「見せて」
マーシャは一読すると、
「だめ、ねぇ、こんなこと書いたって、誰にも何にもならないよ」
「うん……わかってる」
「じゃぁ、これ、私がこのまま預かって、処分しとくから。こんなの書いたの、もう忘れてね」
「うん、マーシャ、本当にありがとう。もう大丈夫だから。今日は帰る。そしてゆっくり考える。両親にもちゃんと話す」
まだ泣いてはいたが、マルナの声はしっかりとしていた。
マーシャも少しほっとする。
「じゃぁね、マーシャ、本当にありがとう。私行くから」
マルナが駆けていく。
大丈夫かな。不安でしょうがなかったマーシャは、その親友の背中に、
「ずっと一緒だからね! 何があっても、私たち2人は一緒! それを忘れないで!」
と、叫んだのであった。2人のマーシャは別れた。
◇
その夜。マーシャは眠れなかった。
何度も何度もマルナに通信を送る。すぐ返事が来ないと不安になった。でも、帰ってきた通信の文面を見る限り、マルナは大丈夫そうだ。何はともあれ、早まった事はしないだろう。今から親に話したり、それはすごく辛いだろうけど。
もともと、マルナは強い子だ。一時混乱してるけど、きっと立ち直れる。絶対。いざという時は、側にいてあげよう。
マーシャが親友から預かった手紙を失くしたことに気づいたのは、朝になってからのことだった。
あ。
ガウンのポケットやあちこちを調べたけど、出てこない。しまった。落としたみたい。やっぱり私も完全に頭に血が上ってたんだ。落としたことを、気づきもしなかった。どうしよう。
マーシャは、遺書の文面を思い出す。
大丈夫、誰かが拾って読んでも、誰が書いたかわかるわけは無い。でも、ちゃんと処分しなかった事は、後でマルナに謝ろう。
マーシャは、朝の光が差し込む中、ふうっと息をつく。
自分のできる事はやった。こまめにマルナに通信しよう。何とかなるはずだ。
◇
朝の光。カーテン越しに、柔らかく、優しく、部屋いっぱいに差し込んでいる。
とうとう朝になっちゃった。どうしよう。今から眠るのは、とても無理だ。
マーシャは、ベッドから起き上がり、うーんと伸びをする。
のんびり屋のマーシャにとって、昨夜の驚天動地の出来事は、ただならぬ激震だった。でも、落ち着いた。
マーシャは、自分の寝室を出る。誰もいない居間。ここも明るい光がいっぱい。
相部屋の子の寝室の扉。ぴったりと閉じている。エリクも、昨日夜更かしをしていた。まだ、朝も早い。当分起きてこないだろう。
ちょっと外を歩いてみようかな。
マーシャは、部屋を出る。もちろん、寝間着にガウンでホテル内外をうろ着くのは、どうかと思われたので、ちゃんと着替えてである。
ホテルの正面ホールを出ると、その両側に、緑豊かな公園が広がっている。奥のエリアへと歩く。マーシャのお気に入りの散歩コースだ。噴水に、泉、小川のせせらぎ。このエリアは、あえて金属やセメントを使わない、古い時代を模した木造や石造りの建物が並んでいた。
早朝の爽やかな空気の中。人は疎。緑の樹々にチュンチュンと雀の鳴き声が聞こえる。
雀。
そうだ!
◇
「元気かな」
マーシャは、最近見つけたスポットに向かう。奥まったエリアの、さらに奥。
太古の木造民家を模した大きな家。その茅葺きの屋根。
マーシャは見上げる。
「あ、いた。今日も元気そうだ」
マーシャの顔がほころぶ。
茅葺き屋根の下にあったのは雀の巣。チュンチュンチュンと雀の雛が元気に鳴いている。雀は卵を5つ産んで、5羽の雛を育てる。
「可愛いな。雀の赤ちゃん」
5羽の雛たち。小さな赤ちゃん。マーシャは見入る。この前散歩の時に、見つけたのだ。毎朝、雛の成長を見守るのが、楽しみなのだ。
すると、
雛が一羽、巣から身を乗り出し、まだ未成熟な小さな羽根をバタつかせたかと思うと、
「あっ」
ポロっと。巣から落ちる。マーシャは慌てて駆け寄り、両手で拾い上げる。可愛い雛、バタバタしている。まだ十分飛べないけど元気いっぱいだ。早く親鳥のように、飛び立ちたいんだ。
「どうしよう」
掌の上の雛鳥を見つめるマーシャ。ふと、気付いた。
猫だ。ホテルの公園に棲み着いている三毛猫。じっとマーシャの掌の上の雛に視線を。時々、屋根の下の巣の中でチュンチュン鳴く雛にも目をやっている。マーシャは猫も大好きだけどこの場合は、
「ダメ、この子には手を出さないで」
マーシャの声に三毛猫は逃げていく。自然界じゃ襲ったり襲われたり大変なんだな。雀の赤ちゃん。守ってあげたいんだけど。
「どうしたの?」
後ろから、声をかけられた。マーシャは振り向く。
「あ、コーネル先生、おはようございます」
コーネル先生と呼ばれた年配の女性、ホテル専属の医者であった。一流高級ホテルだけに、医療も充実していた。専属の医師は、大勢いた。コーネル先生、ふくよかな顔をしている。親しみやすくホテル客から人気があった。マーシャも、何度かお世話になったことがある。
「まあ、可愛い」
コーネル先生、マーシャの掌の雀の雛を見て、にっこりする。
マーシャが説明する。雀の巣を見つけたので、時々見に来ていること、そうしたら今日一羽、巣から落ちた事。
「そうだったの。私もこの雀の巣のこと、前から見つけてたのよ。いつもこの辺で朝のジョギングしてるの。この子たちに挨拶してるわ。すごく気持ちいい場所だよね。巣から落ちちゃったんだ。とりあえず、向こうに梯子があるから、それを使ってその子を巣に戻しましょう」
2人は梯子を持ってきて、雛を巣に戻す。
コーネル先生は、巣を見上げて、
「これでよし。雀の雛は、飛ぶ練習をしてる時に、巣から落ちちゃうことがよくあるのよ」
「そうなんですか。実は巣から起きた時、猫が狙っていて。またあったらと思うと、心配なんです」
「あーなるほどね。それは危険ね。雛鳥はちゃんと飛べるようになるまで、本当に危険なことがいろいろいっぱいなのよ」
コーネル先生は思案顔。
「じゃぁ対策に、巣を下ろして檻に移しましょう。猫が登れない大きな檻で、屋根の上の蓋を開けとけば、親鳥も来て世話ができるし、飛べるようになるまで、雛も安全に過ごせるから。私、今日暇だから、やっておくわ」
「え、そんなこと先生にやってもらっていいんですか?」
「ふふ、これでも野生の鳥や動物が、大好きなのよ。このホテル周辺の公園の生物観察研究会のメンバーなの。私なら、ホテルの道具も、いろいろ使えるしね。任せておいて」
「へー、そうなんですか。すごい。先生はホテルのお客様の診察だけでなくて、動物の保護もできるんですね」
「そんな大げさなことじゃないわよ。好きでやってるだけだから。こういうの、よくあるの。慣れてるから。この大都会でも、身近な野生生物、自然界を見てると、とっても面白いわよ」
「わりました。お願いします」
マーシャは一礼する。
◇
昼前。雀の巣の様子を見に行くと、もう屋根の下に保護用の檻が置いてあって、巣が下ろしてあった。5羽の雀の雛、可愛い雀の赤ちゃんたちは、元気に鳴いている。さっそくコーネル先生がやったんだ。仕事が早いな。マーシャは、ほっとした。可愛い雛たち。命の息吹。親友マルナのことを、また思い出した。
マルナもきっと立ち直って、前を向いて歩いていけるだろう。マーシャは確信していた。親友のことは、誰よりもよくわかっていたのである。
マーシャも、いつもの自分を取り戻していた。
そういえば。
マーシャは、最近できたもう1人の親友、相部屋の子のことを思い出す。
エリク。どうしたんだろう。ずっと寝室に引きこもったまま。出て来ようとしない。何かあったのかな。
(第31星話 催眠術で女の子を脱がそうの星 後編に続く)




