第30星話 催眠術で女の子を脱がそうの星 後編
相部屋の裸の背中を見る方法。
それは催眠術。
この星に来る途中、宇宙船の中で、散々催眠術の修行をした。その成果を活かすのだ。催眠術を使ってマーシャを丸裸にする。そうすれば、心ゆくまでじっくりと背中を調べることができる。
完璧だ。これで心のモヤモヤも、頭にこびりついた不吉な影も、全部吹き飛ばせる。催眠術でしっかり調べて、何もなければ、安心して甘美なマーシャの陽だまりの世界に浸っていられる。催眠術をかけたこと自体、忘れるように暗示をかけておけば、問題ない。マーシャとの素敵な相部屋暮らし、続けていける。もし蜘蛛の紋様を見つけたら。すぐに逃げ出そう。この星から出るんだ。
よし。これだ。これしかない。
◇
エリクは、マーシャの寝室の扉を、トントンと叩く。
「うん? なあに」
寝ぼけ眼もマーシャが現れる。寝間着姿だ。乱れた髪。可愛い。
エリクも寝間着姿。
「なんだか眠れなくて。マーシャ、紅茶入れたから、一緒に飲まない?」
「紅茶飲んだら、余計眠れなくなっちゃうよ。でも、明日もゆっくり起きればいいんだよね。予定もないし。2人で夜更かししようか」
マーシャは、無邪気に微笑む。
ゆったりとしたソファーに向かい合って座る2人の少女。
エリクは、やや、ぎこちない笑顔。宇宙で唯1人の超人少女も、表情のコントロールは得意ではない。
「エリクの淹れてくれた紅茶、美味しいね」
マーシャはのんびりと紅茶を啜る。尊い陽だまりの笑顔。
これからこの相部屋に、催眠術を使う。暗示をかける。そして、裸にする。エリクには、心の葛藤があった。しかし、吸血姫。事実だったら、大変なことになる。なんとしても確かめなきゃ。2人の安らぎのためにも。
「あの、マーシャ」
意を決したエリク。
「これを見て」
エリクの手には、糸で縛ったコインがぶら下がっていた。
◇
「あなたはだんだん、眠くなーる、眠くなーる」
何をしているの? と言う表情のマーシャの前で。
エリクは、糸で吊るしたコインを揺らす。
落ち着くんだ。エリクは、コインが一定の間隔で揺れるように、慎重に指先を動かす。さんざん宇宙船の中で練習した。大丈夫。絶対成功する。
「あなたはだんだん、眠くなーる、眠くなーる」
やがて。
マーシャの瞳がとろんとしてきた。もともと寝ぼけ眼だったのである。紅茶も少ししか口をつけていない。暗示にかかりやすい状態だったんだ。いいぞ。この調子だ。
エリクは、なおもコインを揺する。
「あなたはだんだん、眠くなーる、眠くなーる」
ついに。マーシャの瞼は、完全に閉じた。こっくりこっくりし始める。
やった。催眠状態だ。ここから一気にエリクの世界にもっていく。エリクは、コインを揺するのをやめ、握り締めた。
「マーシャ、ここがどこかわかる?」
運命を告げる預言者の声のエリク。
「ここ? どこ?」
目を閉じたまま、マーシャは辺りをキョロキョロする。
「ここは宇宙大宮殿。何を隠そう、私の居城よ」
「宇宙大宮殿。エリク……あなたのお城?」
「そう。ホテルに住まわせて歓迎してくれたから、今度は私があなたの歓迎をしようと思って、ここに来てもらったの」
「歓迎してくれる……エリク、すごく嬉しいわ」
目を閉じたままのマーシャ。催眠術に嵌っている。完璧だ。やっぱり催眠術は、私の新しい武器なんだ。ここまでくれば、もう必殺技といってよい。
「ふふふ」
エリクは、笑みを洩らす。
「さあ、マーシャ、この宮殿の主は、私よ。私の指示通りにして。そうだ。ここに来るまで長旅してきたし、まずはお風呂に入ろう。さっぱりしよう。お風呂に案内するね。あ、着いたよ。じゃあ、服を脱いで」
マーシャ、抵抗せずに、寝間着のボタンに指をかける。
おおっ!
エリク、興奮する。
すごい!
催眠術って、こんなにものすごい威力なんだ。ちょっとやばすぎないかな。これはあまりにも強力で危険な兵器すぎる。悪用されたら大変だ。私が独占封印とかしたほうがいいと思うんだけど。できないかな。
余計な心配をしだすエリク。
マーシャは、寝間着のボタンを1つ外した。胸の白い肌。露になる。
よし。いいぞ。とにかくそのまま全部脱いじゃって。きっちり背中を調べたら、全部忘れるように暗示をかけた上で、催眠術を解除するから。
妙な期待感とドキドキが高まるエリク。え? 私、何してるんだろう。こ、これは、あくまでも吸血姫姫伝説の確認のためなんだからね! 相部屋の裸が見たいとかじゃなくて。
寝間着の2つ目のボタンに手をかけたマーシャ。
その指が止まる。栗色巻毛の少女の口が開いた。
「お風呂、さっき入ったばっかり」
マーシャ、自分の髪の匂いを嗅ぐ。
「ほら、こんなにシャンプーの匂いがしてるし」
ありゃ?
エリクは、混乱。もしかして、催眠術失敗? あ? マーシャの目が、うっすら開きかけている。
大変だ!
エリクはまた、糸で吊り下げたコインをマーシャの目の前で必死に揺する。
「あなたはもっと眠くなーる、あなたはもっと眠くなーる。まだ目は覚めなーい。まだ目は覚めなーい」
開きかけたマーシャの目は、再びぴったりと閉じた。
エリクは、ほっとする。危なかった。催眠術が破られるところだった。
でも、だいぶうまくいったぞ。この調子でやってみるんだ。
目を閉じてトロトロしてるマーシャの前で、吊るしたコインをしっかり揺すり、催眠状態に入っているのを確認する。
うん。大丈夫。エリクは、コインを握り締める
「マーシャ、私の宇宙大宮殿へようこそ。ええと、お風呂にはもう入ったのね」
マーシャ、こくりと頷く。
「そっか。じゃあ……そうだ! プール! プールに入ろう。私の宮殿には、海みたいに大きいプールがあるから。思う存分泳いで楽しんでね。さ、プールといえば、水着! 水着に着替えよう。ちゃんとあなたの水着用意してあるから。さ、脱いで」
また、一つこくりと頷いたマーシャ。指を、寝間着の2つ目のボタンにかける。
やったぜ。頼む。こんどこそ、脱いでくれ! かなり必死なエリク。
マーシャは、二つ目のボタンを外そうとーー
その手が止まった。
マーシャの口が開く。
「私、プール入らない。紫外線が苦手だから」
ええっ!
マーシャの目が、うっすら開きかけている。
「うわああああっ!」
なにこれ。また失敗?だめ、そんなの。
「マーシャ、私の宇宙大宮殿のプールは屋内プールだから。紫外線とか気にしなくて大丈夫。だからプール入れるよ。さ、水着に着替えよ。とにかくそのまま脱いじゃって。お願い!」
必死に設定を付け足すエリク。しかし、一旦催眠解除モードに入ると、立て直しは難しい。
マーシャの瞼が上がりそうになる。
「キャー、ダメ! マーシャ、これを見て!」
エリクはまたまた必死に糸で吊るしたコインを揺すって見せる。
それを見つめるマーシャ。開きかけた目は、とろんとなって、またまた閉じる。やがて、こくり、こくり、始めた。
エリクは、ガクっとなる。
「ああ、もう。いいところまで行くんだけどなぁ。やっぱり催眠術かけられていても、女の子が脱ぐのって抵抗あるのかな。どうすればいいんだろう」
寝間着のボタンを1つだけ開けて、催眠状態でこくりこくり体を揺するマーシャを前に、エリクは頭を抱える。
「ねえ、マーシャ。私、知りたいの。あなたの背中に蜘蛛の紋様はあるの? あなたは吸血姫なの? それだけ教えて」
思わず、つぶやいた。
ゆっくりと体を揺すっていたマーシャ。ピタリと動きが止まる。
マーシャの目が開いた。いきなりだ。エリクが催眠強化する暇もなかった。
「え! なに!」
エリクは、思わずのけぞる。開いたマーシャの瞳、真っ赤だ。こんな瞳の色だったっけ? いや、今まで見たことない!
「エリク」
マーシャの口が開く。うわっ、口も真っ赤だ。血ソースの料理を食べた時よりも、真っ赤。
マーシャは、赤い瞳を爛々とさせて、立ち上がる。その姿。異様な赤い気をゆらめかせている。
「なに、これ」
エリクは、すっかり身が竦んで、動けない。
マーシャが微笑む。なんだか、凄惨な笑み。これまで見たことがない。もう、おっとりほわほわでのんびり屋さんのマーシャじゃない。
瞳を赤く煌めかせて。
「エリク、あなたは、知っていたのね? 私が吸血姫だってこと。ええ、そうよ。私は確かに吸血姫。種族の血に覚醒せし者」
マーシャが、エリクに迫ってくる。赤い気のゆらめきが大きくなる。
「さあ、吸わせて。あなたの血を、あなたの生気を。あなたのすべてを。私には、あなたが必要なのよ。私の可愛いエリク」
「うわあっ!」
エリクは、声を上げた。いや、声を上げたつもりだった。声は出ない。
はっきりした。知りたかったこと。もう間違いなく。マーシャは吸血姫。背中の蜘蛛とか確認する必要もない。本に書いてあった通り。真の吸血姫になるための儀式の生贄として、エリクを相部屋に誘い込んだ。そういうことだ。
よし。状況がハッキリした。
恐怖の異種族吸血姫。ここは一つ、退治しなくちゃ。マーシャの陽だまり。それは本当に心が安らいだけど、でも、私を虜にするための罠だったんだ。すべては、まやかしだったんだ。私を完全に、生贄の人形にするための。だが、マーシャ。君は間違えたんだよ。私は宇宙で唯1人の超人だ。私に勝つ事は絶対にできない。今から私の力を見せてやろう。一瞬で決めてやる。君と戦うのは、本当に辛いんだけど。
エリクは、心を決めた。もう戦うしかない。生贄にされるわけにはいかない。血も生気も吸わせはしない。
「超駆動」
低く静かに叫ぶ。
ん? あれ?
何も起きない。超駆動すれば、光の気が出現するはずなんだけど。
なんだ?
ちょっと心に迷いがあるからかな。
よし。ちゃんと戦おう。これは必要なことだ。
エリクはしっかりと立ち上がって、超駆動! と叫ぼうとするが。
体が動かない。ピクリともしない。ソファーに沈みこんだままだ。手足を上げることもできない。声も出せない。何? こんなの初めてだ。金縛りにあったみたい。ちょっと、これ、どういうこと? あの、まさか、
すぐ目の前に、マーシャ。赤い瞳を煌めかせ、栗色巻毛をもつれ逆立て、エリクに顔を近づけてくる。
「何をしているの? せっかく気づいたのに、遅かったわね。もう、あなたはすっかり出来上がっているのよ。私の可愛い可愛いお人形さん」
本に書いてあった。
〝吸血姫の家に引き込まれた人間の生贄少女は、吸血姫の魅力の虜となり、やがて一切逆らわない人形となる。思考力も、判断力も全て失うのである〟
そ、そんな。マーシャの陽だまりに浸っているうちに、知らず知らずに抵抗力を奪われてたってこと? それじゃ、宇宙最強の力も発揮できないまま、このまま吸血姫に全部吸いつくされて、抜け殻になって捨てられちゃうの?
マーシャは、白い指で、すうっとエリクの頬を撫ぜる。
「うーん、エリク、あなたって本当に最高。最高の生贄よ。ああ、あなたはどんな味がするのかしら」
マーシャ。吸血姫は、真っ赤な口を開く。そして、エリクの首筋に。
「ダメーっ!」
大声で叫んだ。エリク、もう必死。無我夢中。跳ね起きる。
「エリク、エリク」
目の前のマーシャが、心配そうに見つめている。
「あれ?」
なんだか。
◇
「私、どうしたんだろう」
ソファーから立ち上がったエリク。なんだか。記憶にズレが。
エリクは、寝間着姿。目の前のマーシャも寝間着姿。もう、赤い瞳じゃない。赤い気もない。いつものマーシャだ。
「正気に戻ってよかった」
マーシャが、にっこりとする。
「正気……?」
「うん、エリク、あなた、眠れないから、私を一緒に紅茶を飲もうと誘って、そして、急に私に催眠術をかけ始めたの。そのコインを使ってね。びっくりしちゃった」
気づくと、テーブルの上に、糸で縛ったコインが置いてある。
「何をするんだろうと思ったわ。でも私、そういうのに全然かからない性質なの。あなたは必死に私に催眠術をかけようとしてね、コインを揺すっていたんだけど、急に、意識がなくなって、ソファーに沈みこんじゃったの」
「私が、意識をなくした?」
マーシャは、うふっと笑う。
「催眠術って、相手に上手くかからないと、かえって自分にかけちゃうことあるの。自己催眠自己暗示よね。あなたも、ちょうどそういう状態だったのよ。心配したわ。声をかけても、全然返事しないんだもん。」
自己催眠自己暗示。そうなんだ。マーシャが吸血姫に豹変した姿は、全部エリクが自己催眠自己暗示でつくった情景だったんだ。
エリクは、ドサっとソファーに座る。なんだかすごく疲れた。
マーシャが、エリクの顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう」
「もう、催眠術なんて、イタズラしちゃだめよ。私に催眠術かけて、いったいどうしたかったの?」
「……秘密」
エリクは、真っ赤になる。やっぱり催眠術で女の子を脱がすなんて、簡単にできることじゃないんだ。そもそもするべきじゃなかった。
マーシャは、エリクの額に、そっと手を当てる。
「あらあら。すっかり汗ばんでいるのね。ね、エリク、一緒にシャワー浴びない? さっぱりした方が、ゆっくり眠れるよ」
「一緒にシャワー?」
「うん。嫌?」
エリクは、慌てて首を振る。
「そんなことないよ。入ろう。一緒にシャワー。浴びたかったんだ」
マーシャは、にっこりとする。
「エリクを一緒にお風呂に誘うていいのかなって、前から思ってたの。そういうのって星によって文化や習慣が違うじゃない? 女の子同士でもそういうのが恥ずかしいって子もいるから」
「あはは。私もマーシャと、一緒にお風呂に入れなかったんだ」
豪華なホテルの浴室で。
2人の少女は、ゆっくりと湯に浸かり、シャワーを浴びた。
マーシャは、背丈はエリクと同じくらいだが、ふっくらとした優雅な曲線美の体で、胸はメロン級はあった。
エリクは、こっそりマーシャの背中をチェックした。しみひとつないきれいな肌の背中。もちろんどこにも蜘蛛の紋様はなかった。
マーシャの陽だまりの癒し、安らぎ、尊いその場所に、エリクは心おきなく、どっぷりと、浸かった。
◇
エリクの相棒ロボット、万能検査機は、どうしていたのだろうか。宇宙船でエリクにめちゃくちゃに催眠術をかけられた万能検査機は、この星についてまもなく強烈な後催眠が発動し、ずっと鞄の中で、目を回していたのである。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




