第30星話 催眠術で女の子を脱がそうの星 中編
立ち寄った星で出会った少女マーシャとの相部屋の暮らし。のんびりとした時間が過ぎていく。
エリクは、今日は1人だ。星都をぶらぶらと歩き、図書館に入る。ちょっとはこの星の事でも勉強しようと思ったのだ。今日は、マーシャは、やはりこの星にバカンスに来ている友人に会いに行くと言って、出かけていたのである。
「学校の友人を呼んで、相部屋にしようとは思わなかったの?」
エリクの素朴な疑問に、マーシャは、のんびりと答えた。
「みんな、学校の長期休暇中は、それぞれ予定がいっぱい詰まってて、あっち行ったり、こっち行ったり、大変なのよ」
そんなものか。さすが、超お嬢様たちの世界。エリクは、感心した。
エリクは、大きな、そして静かな図書館の中を歩く。ここは繁栄した大都会星。遊びに行くところ、観光するところは、いくらでもあった。しかし。どうもあまり、いつものように1人ではしゃぎまくる気にはなれなかった。
マーシャの相部屋生活に、どっぷりと浸っていたのである。その陽だまりから、動きたくなかった。陽だまりを乱したくなかった。
マーシャの笑顔を思い浮かべながら歩くエリク。
ふと、目に止まった。
〝星域の恐怖種族 吸血姫伝説特集〟
なんだ。この辺のホラー伝説か。
そういうのって、大体が、たいしたことのない事件や目撃談や作り話に尾ひれがついて広まって、最終的に観光目的で売り出されたりするんだ。
エリクは、なんとなく、本を手に取ってみた。
〝恐るべし吸血姫〟
吸血姫。いやはや。もちろんそんなのいるわけないけど。
パラパラと、本をめくる。その手が止まった。
「吸血姫。その姿は人間と全く同じである。遺伝子解析しても、人間と判別ができない。しかし、間違いなく人類を脅かす異種族である。各地で目撃確認された吸血姫は、いずれも同じ特徴である。栗色のくるくる巻毛に、明るい青い瞳。人の心を蕩かす優しい柔らかい笑顔の美少女。その夢見るようなまなざしで人を惹きつけ、蠱惑し、自分の手に収め、そして、生き血を吸うのである」
なんだ? これ。
エリクの頭に、何かが引っかかる。
えーと。
「栗色のくるくる巻毛に、明るい青い瞳。人の心を蕩かす優しい柔らかい笑顔の美少女。夢見るようなまなざし」
いや、まさか。こういう特徴の少女なんて、いくらでもいるだろう。当然ながらそう思ったエリクだが、気になった。本を丁寧に読んでみる。
「吸血姫は、姿も遺伝子構造上も、人間と何も変わらない。突如、異種族の血が覚醒し、人間を襲うのである。およそそれは15歳から17歳にかけてである。これまで確認された吸血姫は、すべて、少女であった。この種族の男は確認されていない。覚醒した異種族吸血姫少女は、真の吸血姫となるために、世にもおぞましい儀式を行う。人間の少女を捉え、その生き血を啜るのである。その手口は、すべて一致している。吸血姫少女は、家出少女や、一人旅の少女に、狙いを定める。そして種族特有の蠱惑的な電波を発し、少女を誘惑し、自分の家に連れ込む。1人では寂しいから、一緒に住もうと誘うのである。吸血姫の見た目は、善良で愛くるしい美少女である。人間の警戒心を解くためにこの姿に進化したものと、考えられる。吸血姫の家に引き込まれた人間の生贄少女は、吸血姫の魅力の虜となり、やがて一切逆らわない人形となる。思考力も、判断力も全て失うのである。そのように仕上げた生贄少女の首に、満面の笑顔で吸血姫はかぶりつき、生き血を啜る。すべての血と生気を吸い取る。世にも恐ろしい吸血姫の儀式が完成するのである」
本を読むエリクの手、震えていた。
◇
「エリク、今日は友人と会って楽しかったけど、やっぱりあなたと一緒にいれなくて寂しかったわ。あなたとは会ったばかりなのに、本当に昔からの家族みたい」
ホテルの部屋での、夕食の席。二人はいつもレストランにはいかず、マーシャがルームサービスで食事を注文していた。
マーシャは、友人から夕食を一緒にと誘われたけど、エリクと早く会いたいので、用があるからと断って、ホテルに戻ってきたのだと言う。
「それは、お友達に悪かったね。私のことを気にしないでお呼ばれしてもらってよかったのに」
エリクは、恐縮する。
「そんな。私が1人で寂しいから、エリク、あなたに相部屋をお願いしているのに、あなたを一人ぼっちには、させておけないわ」
ほわほわしたマーシャ。友人の誘いを断ってきてくれたんだ。すっごく執心されちゃってるな。ありがたい……んだけど。
優しく懐かしく温かな陽だまりの空間。エリクは、図書館の本のことは忘れた。
ホテルのメイドが、2人の前のテーブルに、豪華な料理を並べていく。
真っ赤なソースに浸った肉料理。エリクは早速、ナイフとフォークを動かす。
「美味しいね。マーシャ、これ、なんなの?」
「うふふ」
マーシャも口を真っ赤にして、舌鼓を打っている。
「これは、ヤマシギの血ソースよ」
ブホッ、
エリクは、料理を吹きそうになったのを、なんとか抑えた。
血とか言わないでよ、もう。
マーシャ、血料理に、うっとりとなっている。おっとりしているのんびり屋さんだが、晩餐となると、血の気の多い料理も好みなのだ。
血。
吸血姫伝説。エリクは、また思い出してしまう。
目の前の、栗色のくるくる巻毛のほわほわして微笑む少女が。
まさか。
◇
夕食後、一旦部屋に戻る。頭を冷やそう。
吸血姫伝説なんて、でたらめだ。そんなこと実際にあるわけない。遺伝子解析しても判別できない恐怖の異種族?突然覚醒する? 人間の少女を生贄に?
バカバカしすぎる。作り話だ。この科学文明の宇宙世紀でも、そういう話を喜ぶ人がいる。そして、それを商売にしている人もいる。それだけの話だ。
マーシャの陽だまり。甘美で、尊い空間。それを守りたい。
でも。
また、不吉な考えに引っ張られる。吸血姫伝説とマーシャ。あまりにもピッタリと符合しすぎている。不吉な予感がチラチラする。頭にこびりついて離れない。
確かに考えてみれば、いろいろ引っかかることがある。
そもそも、超お金持ちのお嬢様が、宇宙の放浪者少女を簡単に相部屋にするか? なぜだろう。単なるお嬢様の気まぐれ?
マーシャは、妙にエリクを気にいってくれている。のんびり屋さんのマーシャ。いつもエリクを見つめ、にこにことしている。ただ、ただ、無邪気な笑顔。危険な様子なんてどこにもないんだけど。
〝吸血姫は、人間の警戒心を解くために姿を進化させた。見た目や物腰からは、恐怖の異種族だとは、絶対にわからない〟
本に書いてあった。
ああ、もう。
エリクは、頭を振る。
大切な尊い陽だまりに、冷たく尖った大きな石が投げ込まれてしまったような気がした。それがどうしても除れない。吸血姫伝説のことが、頭にこびりついてしまっている。
「こんなバカなことはないんだけど。ああ、あんな本読まなきゃよかった。何か、すっきり解決する方法は無いかな」
あ、そうだ。ふと思い出す。
本に書いてあったこと。
〝これまで知られる吸血姫には、共通の特徴がある。背中に蜘蛛の紋様がある。それはどうしても消すことができない吸血姫の証である〟
そうだ。蜘蛛だ。背中の蜘蛛の紋様。それを調べれば、決め手になるんだ。
もちろん。背中でもどこでも体に蜘蛛の刺青を入れている人はいる。吸血姫とか関係なしに。しかしマーシャが自分の趣味で体に蜘蛛の刺青を入れるなんて、考えられない。
もし本当にマーシャの背中に蜘蛛の紋様があったならば、もはや偶然とは言えないだろう。間違いなくマーシャは、吸血姫だ。
よし、決まりだ。
マーシャの背中を調べるんだ。蜘蛛の紋様があるかどうか。モヤモヤしたまま相部屋を続けるのは、嫌だ。はっきりさせなきゃ。
しかし。エリクは、ここでつまずいた。
どうやって背中を見せてもらうんだ?
マーシャに、あなたがひょっとしたら吸血姫かもしれないと疑っているから、ちょっと背中を調べさせて。蜘蛛の紋様があるかどうかだけ確認させて。そう言ってみる?
いや、いくらなんでも。それはまずい。
じゃあ、どうすればいいんだろう。
マーシャとは、相部屋暮らしだが、一緒にお風呂に入った事は無い。一緒にお風呂に入れれば、簡単なんだけど。エリクを気にいっているマーシャはなぜか、一緒にお風呂に入ろうとは、誘ってこない。エリクも客人の身であるから、自分から一緒にお風呂とか誘わないし、誘いにくい。
これから、マーシャを、一緒にお風呂にと誘う? どうなんだろう。マーシャはどう受け止めるだろうか。のんびりほわほわした調子で、いいね、私も一緒に入りたかったの、と言ってくれるかな。それとも。私がマーシャの裸を見たがってるとか考えて、ちょっと気まずくなっちゃったりするかな。そもそもマーシャが本当に吸血姫だった場合、思いっきり警戒させちゃうと思うんだけど。その場合、適当な理由をつけて、断ってくるだろう。
エリクは悩む。相部屋の裸の背中を調べる方法。
その時、はっとした。
そうだ!いい方法があるじゃないか!
催眠術だ! 催眠術を使うんだ!
催眠術を使ってマーシャを脱がそう!
( 第30星話 催眠術で女の子を脱がそうの星 後編に続く )




