第30星話 催眠術で女の子を脱がそうの星 前編 【狂乱の宇宙】 【吸血姫伝説】 【隣のマーシャシリーズ1】
「あなたはだんだん、眠くな〜る、眠くな〜る」
エリクは、糸で縛ってぶら下げたコインを、相棒ロボットである万能検査機の前で、揺らしていた。
相棒の箱型ロボは、冷や汗。
「エリク、何をしているの?」
だが、エリクは、コインを揺らすのをやめない。
「あなたはだんだん、眠くな〜る、眠くな〜る」
なんだこりゃ! ロボは、青ざめる。
ここは宇宙空間。小型宇宙船ストゥールーン、エリクの愛機の操縦席。
星から星へ。宇宙航行して、七日目。宇宙の危険な難所でお宝の希少物質掘りをして、次の星に行く途中である。
ついに、エリクが異常をきたした。
万能検査機は、頭を抱える。ロボのご主人様の少女、17歳の宇宙の旅人エリクは、無機質な宇宙空間での旅が長引くと、イライラし始め、だんだんと異常な行動を始めるのである。
とうとうここまで来たか。
このままじゃだめだ。ここは僕が何とかしなきゃ。この星間航路は長い。次の星まで、あと、丸2日かかる。
「エリク!」
万能検査機は怒鳴った。
「しっかりするんだ! ここは宇宙船の中だよ!」
「もう」
やっとロボの声が届いたエリクは、糸で縛ったコインを握り締め、ふくれる。
「万能検査機、あなた、鈍いんじゃないの?」
「鈍い? それ、どういうこと?」
「わからないの?全然暗示にかからないじゃない」
「暗示?」
「そう。催眠術よ。さっきから催眠術にかけようとしてるのに。なんでかからないの?」
「あのさあ、エリク」
万能検査機は、深呼吸する。
「僕はロボットだよ。なんでロボットが催眠術にかかると思うの? 大体なんで催眠術の練習なんてしてるの?」
「新たな武器よ」
「武器?」
「私は超人。超駆動発動さえしていれば、無敵。だけど、発動に時間制限があるのは知ってるよね。時間切れになった時でも戦えるように、武器は少しでも多いほうがいいのよ」
「それで催眠術の練習してるの? いざというときの武器にするために」
「そうよ」
万能検査機の頭痛は、さらに痛くなる。だめだ。宇宙病だ、これは。次の星に着くまでは、治らないだろう。一旦地上に足をつければ、すっきり治るんだ。それまでの我慢だ。
「あのさ、エリク。催眠術を武器にするってのはわかったよ。だけど、なんで僕を相手に練習してるの? 僕はロボットだよ。ロボットに催眠術なんて、かかるわけないじゃない」
「だからよ」
エリクは自信満々。
「ロボットに催眠術をかけられるようになれば、もう誰にだって催眠術をかけられるでしょ? 私の催眠術が無敵になるのよ」
ロボは、頭がクラクラする。もう知らない。好きにさせておこう。ロボは、黙り込む。
「あなたはだんだん、眠くな〜る、眠くな〜る」
再び、催眠術の修行が始まった。狭い船の操縦席の中で。
◇
やっと次の星に着いた。なかなか繁栄した星だ。
宇宙港に船を止め、エリクは、嬉々として地上に飛び降りる。そのまま、ガイドブック片手に高級ホテルへすっ飛んで行った。
「このホテル、来たかったんだ。この辺の星域じゃ、有名なのよ」
エリクが肩から下げる鞄の中の万能検査機は、ほっとした。
よかった。いつものエリクだ。もう催眠術のことなんて忘れたようだ。
ホテルの豪華なロビーで、エリクはウキウキと、踊るような足取りでステップを踏んでいる。
「申し訳ございません。ただいま、満室でございます」
フロントで断られた。エリクはがっくりと、肩を落とす。だめか。人気のホテルだからな。他所を探そう。
出て行こうとしたエリク。後ろから、呼び止められた。
「もし、お客様」
振り向くと、立派な服の男。
なんだろう?
男は、ホテルの支配人と名乗った。
「お客様、実は、相部屋なら、提供できるかもしれません」
相部屋? エリクは狐につままれたような心持ち。こういう高級ホテルで、相部屋なんてあるのか?
支配人の話によると。
このホテルに宿泊に来た親子3人連れ。長期宿泊の予定だったが、両親のほうは、急に仕事が入り、他の星に行くことになった。仕事先の星は、子供を連れて行ける環境でもないので、このホテルに、子供は残していくことにした。17歳の少女である。少女は、ホテルでの一人暮らしを寂しがり、もし同世代の女の子1人のホテル客がいたら、相部屋したい。宿泊費はこっちが持つからと、ホテル側に頼んできたと言う。
「同じ歳の女の子と、相部屋か。それならいいかも」
エリクは、その話を受けた。何しろ高級ホテルに無料で泊まれるのだ。おいしい話には違いない。もちろん2人で会ってみて、お互い気に入ったらの話だけど。
◇
「はーい、エリク、私、マリカ。よろしくね。マーシャって呼んでね」
相部屋希望の少女マーシャは、栗色のくるくる巻毛に、明るい青い瞳をしていた。エリクは、一目で好感を持った。
マーシャの方でも、エリクを気にいった。2人の少女は、しばらくの間、相部屋をすることになった。
「エリク、そっちの部屋使ってね。自分の家みたいに、気兼ねなく暮らしてね。私が無理を言ってお願いしたんだから」
マーシャは、にっこりとする。無邪気な笑顔だ。
ホテルの最上階、1番豪華な部屋だった。家族用なので、立派な部屋がいくつもある。エリクはふかふかの大きなベッドの上で、ぴょんぴょん跳ねる。
うん。すごく幸運だ、マーシャは、本当にいい子だ。それにとても可愛い。
相部屋の生活が始まった。
朝。
寝室のカーテン越しに、柔らかい光が差し込む。
エリクは、もぞもぞと動きだし、寝間着を脱ぐ。そしてまた、ベッドにどたっと倒れる。しばらくぼーっとして、やっと服を着る。ぐだぐだする時間が尊い。
乱れた髪のまま、共用の居間へ。メイドが運んできたコーヒーをのんびりと啜る。エリクは、午後や夜には、ミルクティーを飲むのを好んでいたが、朝は、コーヒーの時が多かった。
寝起きのコーヒー。銀の盆に乗せて運ばれてくる。運んで来るのがロボットではなく、人間のメイドと言うのも、最高級ホテルならではである。
やがて、マーシャが、寝ぼけ眼で、寝間着のまま起き出してくる。栗色のくるくる巻き毛も、ボサボサだ。
「おはよう、エリク」
「おはよう、マーシャ」
マーシャは、無頓着な身なりのまま、1つあくびすると席に着く。
マーシャの朝の紅茶と、二人の朝食が運ばれてくる。
2人の少女は、のんびりと朝食に取り掛かる。あれこれと他愛のないおしゃべりをしながら。
「可愛い、本当に可愛い」
目の前のマーシャを、エリクは、うっとりと見つめる。
ずっと寝ぼけ眼で、ゆっくりと紅茶を啜るマーシャ。パンにジャムを塗る手を止め、どこか遠くを見つめる青い瞳のマーシャ。いつも夢見心地の、のんびり屋さんだ。ほわほわとしている。
マーシャは、エリクの話を、うんうんと聞いていることが多い。自分の事は、ゆっくりと話す。マーシャは、今、学校が長期休暇で、両親と、ここにバカンスに来たのだという。毎年このホテルでバカンス滞在しているんだそうだ。超高級ホテルを、我が家のように使う、飛び切りのお金持ちのお嬢様なのだ。
マーシャは、気取らず、エリクに気を使いすぎることもなく、かといって押し付けがましくもなく。相部屋との生活を、のんびりと楽しんでいた。昔から、1人きりになるのが嫌なのだという。寂しがり屋なのだろう。
エリクの宇宙の旅の話を、興味深げに聞いているが、不必要な詮索はしてこない。にこにことしている。これもエリクにはありがたかった。エリクは、まったくの冤罪濡れ衣なのだが、お尋ね者賞金首指名手配犯の身なのだ。
厄介になっているエリクとしては、相部屋の素性を気にしないお嬢様は、ありがたかった。
そして、同世代の少女と、久しぶりに一緒に過ごす時間。それは、エリクの心を柔らかく、優しく包み、浸していった。
マーシャは陽だまりだった。心から浸れる、ずっと浸っていたい、優しく、柔らかな、温かい陽だまり。エリクは、指名手配犯となってから初めての安らぎを感じだ。
「家族がいる。1人じゃない。やっぱりいいな」
エリクには、生き別れになった双子の妹ミロクがいた。ずっとミロクに会いたいと思っていた。マーシャは、ミロクとは顔も姿も、性格も全く違っていた。でも、心を許しあい分かり合える同じ歳の少女。ずっと求めていたのだ。
自分がマーシャの相部屋をしていられるのは、マーシャの両親が仕事を片付けて、この星に来るまでの間だけだ。それでいい。いずれにせよ、ずっとここに長くいるわけにはいかないのだから。
ひとときの間でも、宇宙の旅の途中で、こんな陽だまりに浸っていられる。それで充分だった。
しかし。
2人の少女の陽だまりの安らぎと癒しの中に、大きな影が差すのである。
星を震え上がらせた吸血姫伝説の影が。
( 第30星話 催眠術で女の子を脱がそうの星 中編に続く )




