第29星話 女の子2人でお買い物の星 後編
最先端ファッションで宇宙にその名を知られたリコレ星。
星1番の高層タワーの高級ショップで。
偶然出会ったエリクと親友の錬成師ファーリン。
2人の少女は、特別プライベートルームに入る。
ここは、この高級タワーの特別会員であるファーリンのプライベートルームであった。星持ちのファーリンは、エリクよりずっと大金持ちで、贅沢屋だった。宇宙のあちこちの有名ショップには、特別会員となって、自分のプライベートルームを持っていたのである。もちろん、巨額の維持費がかかる。
「相変わらず、天文学的な資産家なんだな」
豪華絢爛たるプライベートルームの中。毎度ながら、エリクは感心する。超人の力を使ってちょこちょこ稼いでいる自分よりも、宇宙一の錬成師として有力なお得意様を多数抱えているファーリンの方が羽振りが良いのだ。ファーリンの取引先には、有力な星系政府も含まれるのだから、とてもかなわない。
荷物を下ろした2人。
「レストランに行こう。しっかり食べて、今日どうするか話し合おうね」
ファーリンが言う。エリクは是非もない。
◇
「いっただきまーす!」
高層高級ショップタワーの最上階のレストランで。
文字通り、雲の上の景色を楽しみながら。
運ばれてきた特別予約注文料理に、ファーリンは、無邪気に顔をほころばせる。
「悪いね、ご馳走してもらっちゃったりして」
エリクも、ご馳走に見惚れながら言う。ファーリンは、いつも奢ってくれるのだ。
「ああ、エリク」
ファーリンは、陶然とした紫の瞳で、エリクを見つめる。
「そんなこと言わないで! 私はただただ、あなたが目一杯着飾って、ご馳走を一杯に頬張っているのを見るのが好きなのよ! 自分が着たり食べたりするのより、よっぽどあなたのを見てるのが好き。本当に、あなたにお金を払いたいくらい」
「あはは。そうなの?でも今日は、1人で予約したんでしょ? 急に2人分とか頼んで大丈夫だったの?」
「それは、私、このレストランの特別会員だから、なんとでもなるのよ」
ウィンクする紫の瞳。宇宙トップクラスのVIP。
やっぱりかなわないなあ。
お金持ちで贅沢屋。上には上がいるのだ。
せっかくだから食べよう。エリクは、料理を頬張る。奢られるのに、遠慮はしないのだ。できればこのまま、借金のほうも帳消しにしてほしいんだけど。
「美味しいね。これ、なに?」
とろけるように甘く柔らかい、黒い魚のようなものを食べながら、エリクは訊く。ファーリンが解説する。
「あ、それ、オオサンショウウオ。古代にいったん絶滅したんだけど、遺伝子解析で復活させて、それを養殖して研究して、ついに生態系の中で、天然化することに成功したの。原種と全く同じものよ。最近販売が始まって、私も気に入ってるの。私の星に来てくれたら、毎日食べさせてあげるわよ」
復活オオサンショウウオ。
話を聞いただけでは、養殖なのか天然なのか、人工合成物なのか原種なのか、よく分かりにくい。でも、美味しいからいいや。
◇
特別高級料理を、すっかり満喫した2人。
いよいよ、お買い物。
光彩めくるめくショップの間を歩く。
広いスペース。自走椅子でゆっくり移動している人も多いが、2人の少女はまだ若いし、自分の足で歩いて、立ち止まったり、あちこち眺めたりするのが好きだった。
「ねえ、エリク、お願いがあるんだけど」
「お願い? 何?」
「うふふ」
ファーリンが、顔を寄せてくる。近いな、とエリクは思う。
「私がこの前あなたのために選んだ黒のニーソックスを、今日履いてきてくれたじゃない。だから、今日は、私の服装を、あなたに選んで欲しいの」
「あなたの服装を? 私が?」
なんだそりゃ、と思う。雲上人の宇宙VIPファーリンの服装? 住む世界が違いすぎて、そんなのわからないよ。エリクは、そう思ったが、
「もちろん、ただでとは言わないわ。ちゃんとコーディネート料払うから。あなたの借金、半分にしてあげる。それでどう? 私のことを好きにしていいのよ」
「やる!」
エリクは、俄然、その気になる。借金が半分。それも魅力的だが。美少女ファーリンを自分の好きなようにコーディネートできる。それはそれで面白そうだと思ったのだ。
ファーリンといえば、その豊満なスイカ級の双厖だ。いつもほとんど丸出しにしてアピールしている。胸開きドレスを着ているのしか、見たことない。たまには思いっきり胸を押さえつけてみてはどうだろう。うん。パンツスタイルとかも。イメージ変えてみたら、どうなるんだろう。
エリクは、おしゃれ女子として、忙しく考え始める。なんだかんだ17歳の少女なのだ。他人のコーディネートなんてする機会、滅多にない。頬を紅潮させる。
「じゃあ、ファーリン、私が選んだの、絶対着てよね」
「うん。もちろん。すごく楽しみ」
豊かな胸を揺らしながら、紫の瞳の少女は微笑む。
◇
エリクは、張り切ってショップ巡りをし、あれこれ手に取る。またまた、山ほど抱えて、ファーリンと一緒に、特別プライベートルームへ行く。エリクの試そうとした服も、置いてあった。
しかし。
自分の服装より、ファーリンのコーディネートで、エリクは頭が一杯になっていた。いつもファーリンには振り回されている。今日は思いっきり振り回して、驚かせてやろう。
さっそく自分の選んだ服を持ち出して、ファーリンの着せ替えを始める。ファーリンは、ドレスを脱いで、下着だけとなった。かなりギリギリなブラジャーとショーツだけ。しかし、エリクはいつもと違って動じない。今日は、自分がコーディネーター、ファッション監督なのだ。ファーリンという超級の素材を、思いっきり使ってやるんだ。
まずはパンツスタイル。あえてカジュアル感のある白のパンツに、スタイリッシュなブラウスを合わせる。胸はしっかりと締める。どう締めても、ふくらみは隠せないのだが。胸元に、大きな赤い蝶リボンをつけた。
「これ、スタイリッシュなの? それとも可愛い系なの?」
微妙な笑みを浮かべるファーリン。
「うーん、もうちょっとかな」
ファッション監督エリクは、真剣に悩んでいる。
「頭にもリボンつけよっか。いや、造花のほうがいいかな」
エリクのコーデだと、おしゃれにしよう、かっこよく決めようとしても、どうも、子供っぽさに引かれる傾向があった。
散々あれこれ試して。
エリクは、ますますファッション監督魂を燃え上がらせていたが、ファーリンは、珍しく疲れたと音を上げて、椅子に座ってチュウチュウとドリンクを飲んでいる。
エリクの頭の中は、コーデのことで一杯である。
「やっぱりいろいろ着たのをのを、並べて試さないと」
プライベートルームにある、マネキンに目を止める。マネキンといっても、マネキンロボットだ。ショーなどでは、自分で動いて、華を添える。
確か、音声入力で、いろんなポーズを取らせることができるはずだ。
エリクは、マネキンに、ポーズを取るように命じてみる。だが、何の反応もない。
「あれ? このマネキンロボット、人間の命令で、いろいろ動くんじゃないの?」
「そうだよ」
ファーリンがいう。エリクは、首をひねる。
「動かないよ。スイッチが入ってないのかな? スイッチ、どこ?」
「エリク、そうじゃない。エネルギーが入ってないの。ここでは、動かさないで飾っておくだけだから。結構繊細な高級ロボットだからね。変な誤作動しないように、使うときにエネルギー充填する仕様なの。使うなら、エネルギー充填するけど、ちょっと時間がかかるよ」
「そうなんだ。面倒なんだね。高級ロボットなら、もっと便利に使えなくちゃ」
ファッション監督として、芸術家気質丸出しとなったエリクは、苛々する。まさしく、大作に取り組んでいるがなかなか進まず、爆発寸前になっている芸術家そのものの姿だった。
そうだ。エリクは、気づいた。自分は超人だ。超駆動発動で、黄金のエネルギー光の気を出現させられる。光の気は、戦闘や飛翔に使うが、普通のエネルギーに変換して、機械に充填することもできたのである。
早く自分の〝作品〟を完成させたい。大芸術家ファッション監督は、全く必要もないのに、高級ショップのマネキンロボットに光の気でエネルギー充填することにした。
「超駆動!」
エリクが叫ぶ。たちまち黄金の光の気に包まれる。そして、室内にあった5体のマネキンロボットに、
「エネルギー充填!」
指を突き立てる。
たちまち、黄金のエネルギーが、マネキンロボットに注入された。
「ああっ!」
ファーリンが飛び上がった。紫の瞳の少女は、エリクが超駆動した時から、何をするのかと驚いていたが、まさかマネキンロボットに光の気を注入するとは思わなかったのだ。
「エリク、そんなことしちゃだめ!」
叫ぶが、もう遅かった。
光の気を注入した5体のマネキンロボット、眼が黄金色に不気味に光りだす。そして手足を振り上げて、暴れだした。
「危ない!」
ファーリンが叫ぶ。エリクも戸惑う。
「どうしたんだろう。私、ただ、手っ取り早くエネルギー満タンにしようと思っただけなんだけど」
「それがダメなの! 言ったでしょ? これすごく繊細なロボットなのよ。そんな無茶なエネルギー注入したら、誤作動大暴走するから。エリク、あなたは下がっていて。ここは錬成師の出番よ」
ファーリンは、バッグから愛用のハンマーを取り出す。この錬成師は、いつも、ハンマーで、仕事をするのだ。
暴れだした5体のマネキンロボットに、華麗な身のこなしで近づき、急所に一発ずつコツンとハンマーを打ち込んでいくファーリン。一撃で、マネキンロボットは、静止した。錬成師の熟練の技である。
マネキンロボットは、すべて静止した。
エリクは、ほっとする。何が起きたかまだよくわかっていないけど。
「ありがとう、ファーリン」
ファーリンは、緊張した面持ち。
「これで終わりじゃないからね」
プライベートルームの、重い扉を開ける。たちまち。ショップ中に響き渡る阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてくる。
「何? 何、一体どうしたの?」
うろたえるエリク。ファーリンは、あーあ、という表情。
「思った通りね。あなたがマネキンロボットを最大限誤作動暴走させちゃったから。ショーとかで使う、ロボット一斉行動用の共鳴電波信号が、変な風に暴走拡散しちゃったのよ」
エリクは、青ざめる。
「それって、つまり、」
「うん。このフロアの、エネルギー充填済みで作動していたロボットが、みんな変な電波でおかしくなって、暴走を始めたってこと」
「大変だ!」
最高級ショップが並ぶフロア中が、大騒ぎだった。暴れるロボットに、逃げ惑う客たち。光彩照明も、おかしな具合にピカピカしている。
「助けなきゃ」
飛び出そうとしたエリクを、ファーリンが引き止めた。
「ダメ! どうするの? エリク? 誤作動しているロボットを片っ端からぶっ壊すの? それやったら余計に問題になるから。ここは私に任せて。あなたは何もしないで見てて!」
ファーリンはエリクを抑えると、華麗な錬成師の妙技を発動させる。誤作動し暴れるロボットたちを、ファーリンは精確にハンマーの一発で、静止させていった。
流れるような動きで、やっと全部のロボットを止め、フロアに静寂を取り戻した。
しかしながら。
おびただしい商品が破壊されていた。ロボット同士の取っ組み合いで壊れたロボットもいた。
客には、誰も怪我人が出なかったのが、幸いであった。
◇
「バカだねえ、君は」
ホテルに戻ったエリクから顛末を聞かされた相棒の箱型ロボ、万能検査機は唖然となった。箱型ロボは、今日は、おしゃれなお買い物だからと、連れていかず、ホテルに残していたのだ。
「だって、私、私、ただ、マネキンロボットを早く使いたいから、エネルギー満タンにしようと思っただけなんだもん! 本当にそれだけ!悪いことしようと思ったんじゃないんだもん!」
泣きじゃくるエリク。
箱型ロボは、とりあえず、ご主人様の少女の頭を、おーよしよしと、ナデナデする。
「エリク、ロボットっていうのはね、とても精妙で繊細なものなんだからね。扱いには気をつけなきゃ。光の気でエネルギー注入なんて、よほどの非常事態じゃなきゃ。やっちゃだめだよ」
あれから。
ファーリンの活躍で、一応その場はおさまった。しかし、無論、それで済むはずがない。
高級ショップタワーの支配人が、真っ赤な顔をして駆けつけてきた。
エリクは正直に、自分でマネキンロボットにエネルギーを注入しようとしたら、誤作動暴走してしまったと説明した。
激怒した支配人は、エリクを警察に突き出そうとした。それを必死になって止めてくれたのはファーリンであった。全額賠償きっちりするからと言って、何とか警察沙汰は免れた。宇宙トップクラスのVIPファーリンの顔が大きくものを言ったのである。
賠償金は、巨額な額になった。破壊された商品、フロア、ロボットの修理費用。そして怪我はしなかったものの、その場にいた客たちには、当然ながらたっぷり慰謝料が支払われた。ものすごい額が、エリクに請求された。エリクの手持ちでは、とても支払えなかった。そこで、ファーリンが、代わりに支払ってくれた。もちろんファーリンへの借金である。
結局、最先端の流行ファッション星リコレでは。
すってんてんの一文無しになり。お買い物やファッション監督どころではなく、ファーリンへの借金がまた山積みされることになったのであった。
別れる時、ファーリンは、返済はいつでもいいから、また一緒に遊ぼうねと笑顔で言ってくれたけど。
ファーリンへの借金を完済する日。果たしてそれは来るのであろうか。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




