第28星話 ロボット反乱の星 中編
「もう、うるさいわね、いちいち、私のすることに、口を出さないでよ」
エリクの苛立った声。エリクは、連日フェルエスに連れ出され、遊びに出かけていた。今日も、ウキウキと、金糸の刺繍の青い狩衣、もちろんフェルエスからの贈りものを着て、お出かけである。
「エリク、そろそろ、ここの逗留を打ち切って、また宇宙へ行こうよ」
ロボは言ったのだ。ご主人様を心配してのことだったのだが、これが、怒りを招いた。
「私、今、すっごく楽しんでるの。なんで邪魔するの? 私が幸せなのが面白くないの? 私はあなたのご主人様よ。なんで私のことを考えられないの? 自分が何のためにいるのか考えてみて。あなた、ロボット失格よ!」
「そ、そんな、エリク」
ロボは、目に涙を浮かべるが、ぷんぷん怒った少女は、振り向きもせず、行ってしまう。
「今日は1日お出かけ! フェルエスと約束があるの。あなたはお留守番ね。おしゃれな場所に、あなたなんて連れて行けないから。フェルエスがすごく大事にしてくれるから、あなたの探査も計算も必要ないの。じゃあね!」
1人取り残された万能検査機。
城館にいても、気が休まらない。
外へ出た。万能検査機は、ふう、と息をつく。星都へ行こう。公爵家の領地から、離れたかった。
◇
確かに強く言い過ぎたかもしれない。エリクは、本当に幸せで、楽しそうにしている。フェルエスと二人で。
だが。万能検査機は、妙な胸騒ぎを抑えられなかったのだ。
エリクは、わがままで、勝手気ままな少女だ。大貴族の城館の暮らしなんて、すぐに窮屈になって飽きるだろう、そう思っていた。でも。このところのエリクは。
公爵家の生活に、順応しようとしている。そう見えるのだ。あんなに好き放題な暮らしが好きな少女が。フェルエスの前で、可愛くふるまおうと努力している。そう見えてしまうのだ。
なんてことだ。こんなの初めてだ。
だめだ、これはおかしい。いけない。
何がいけないのか。宇宙トップクラスのコンピューターである万能検査機にも、説明できなかった。これは、説明のつかない感情だった。
エリクとフェルエス。2人の姿を想像すると、妙な動悸がする。
これはなんだろう。考えたくなかった。
◇
星都。赤いとんがり屋根の時計台のある星庁舎を中心に、かなり栄えている。
万能検査機は、ぶらぶらと歩く。一日中、ぶらぶらとしていた。
いつしか、狭い路地裏に入り込んでいた。もう夕暮れ時だ。この辺は、人間の姿は、ほとんど見かけない。たまにすれ違うのは、ロボットだけだ。
「ねえ、君」
声をかけられた。
路地裏のさらに暗がり。誰かいる。
あ。万能検査機は、息を呑む。
青いお仕着せの従僕ロボット。公爵家のロボットだ。使用人ロボットが、なぜこんなところにいるんだろう? 城館を抜け出して来て、いいんだろうか?
一緒にいたのは、長く大きな腕を持つロボット。工場の作業ロボットだろう。お屋敷の従僕ロボットと、工場の作業ロボット。なぜ一緒にいるんだろう。ここで何をしているんだろう。
「彼は、誰だ?」
作業ロボットが、やや警戒の色を浮かべて、言う。従僕ロボットが、ニヤリとする。
「うちの城館に滞在しているお客のロボットさ。安心していいよ。ねぇ、君、僕たちの話、聞いてくれない?」
「話? なんです?」
万能検査機、戸惑う。
青いお仕着せの従僕ロボットは、箱型ロボを覗き込むようにして言う。
「君、最近、ご主人様とうまくいってないじゃないか」
「……なぜ、それを」
固まる万能検査機。従僕ロボットは、にこやかに、
「使用人ロボットっていうのはね、目ざとい耳ざといものなんだ。屋敷でご主人様の詮索をすることぐらいしか、楽しみがないもんでね。だから、何でも知ってるんだよ。箱型君、君はご主人様の為を思って、あれこれ忠告してるけど、いつも怒鳴り散らされて、怒られている。そうだよね。もうちょっと気をつけないとだめだよ。我々ロボットっていうのはね、主人様の機嫌を損ねたら、いつスクラップにされるかわからないんだよ」
「……」
万能検査機、何も言えない。エリクが僕をスクラップにする? まさか。そんな。
「そういう事情か」
作業ロボットが、長い腕を振る。
「ま、人間に仕えるっていうのも、大変だよな。そこで俺は考えたんだ。人間に何とか俺たちの力を示してやることができないものかってね」
「力を示す?」
万能検査機、思わず身を乗り出す。なんだ? 何を言っているんだ? ロボットが人間に対し力を示す? 一体何を考えてるんだ? そんなの、考えたこともない。
「俺たちは、〝反乱〟てのを考えてるんだ」
作業ロボットの声は、真剣だった。
「びっくりさせてやるのよ。この星中の人間をな。人間とロボットの関係、いつまでもでもこのままでいいわけじゃない。俺たちだってやる時はやるんだ」
万能検査機は、体を震わせた。
人間とロボットの関係。エリクと万能検査機の関係。いつまでもこのままじゃダメ? 〝反乱〟を起こす? そうしたら、いったいどうなるんだ? エリクは。大事なエリク。誰よりも大切なエリクは、一体どうなっちゃうんだ?
青いお仕着せの従僕ロボットが、迫ってくる。
「ねぇ、君、僕たちの仲間にならないか?君は見所がある、最初からずっとそう思ってたんだ」
誘惑する声。それは甘い囁きに聞こえた。万能検査機は、ビクっとなる。
ダメ!
この声に、引き込まれちゃダメ!
計算も分析も何もなかった。ただそう思った。体が反応したのだ。箱型ロボは、後ろを向いて走りだした。路地裏の暗がりから、離れたかった。
必死に走った。逃げる。誘惑する声から。
◇
「おかえり、万能検査機、1人でどこへ行ってたの?」
公爵家の部屋に戻ると。エリクとフェルエスが、先に帰っていた。部屋に2人。2人きりで、何をしていたんだろう。万能検査機の胸が騒ぐ。若き貴族は、優雅な微笑み。ロボットに対しても、礼儀正しい。
エリクが、小さな瓶を取り出した。
「ほら、これ買ってきたの。お土産よ。薔薇の香りの機械油。最高級品よ」
箱型ロボは、ぱっと顔を輝かせた。手を伸ばす。
「ありがとう。エリクが買ってきてくれたの?」
ご主人様の少女は、にっこりとした。
「ううん、フェルエスからのプレゼントよ。あなたのためにだって。いつも私のために頑張ってくれてるからって」
ロボの差し出した手が止まる。ロボは、手を引っ込めた。そして背を向ける。
◇
「ちょっとどういうことよっ!」
エリクは、怒り狂っていた。フェルエスが出ていって、相棒ロボと2人きり。
「何、あの態度! せっかくフェルエスがあなたのために機械油を買ってくれたのに。何が気に入らないのか知らないけれど、ああいうのはよくない! あなたは私のロボットなのよ。あれじゃあ、私の普段の躾がなってないって思われたわ。ロボットがご主人様に恥をかかせてどうするの。一応、ちょっと整備不良みたいって言い訳しといてあげたけどね。フェルエスみたいな心の寛い人じゃなかったら、もっと大事になってたわよ! 万能検査機、どうしたの? 最近変だよ。ご主人様のためにならないロボットなんて、スクラップだからね! 廃棄工場送りだよ! わかった!?」
万能検査機は、何も言わなかった。何も言えなかった。ブチ切れているご主人様の少女に背を向け、ベッドにゴロンとなった。
なんだろう、この気持ちは。ただ、悲しかった。
◇
昼間の話を、思い出す。従僕ロボットと、作業ロボットの、〝反乱〟の話。
反乱。人間に対する反乱。考えただけでも恐ろしかった。人間とロボットの関係、今のままじゃだめだ。で、どうする。今の関係。人間は、エリクはご主人様だ。ちゃんと言うことを聞かなかったら、廃棄工場送りになる。スクラップになる。それがロボットだ。それが当然だと思っていた。でも、反乱を起こして関係を変える。そうしたらどうなる?エリクはご主人様じゃなくて。
エリクとにこやかに話すフェルエスが思い浮かぶ。フェルエスと一緒の時、エリクはいつも真っ赤だ。
あの場所に。
自分も立てるのか。
万能検査機は、それ以上考えるのをやめた。なんでこんなことを考えたのが。ただ、恐ろしかった。
◇
エリクは、もう、万能検査機と、口を利かなかった。
目一杯ドレスアップして、おめかしすると、何も言わずに、ぷいと出て行ってしまう。どこに行くか、言わなくてもわかっていた。フェルエスとお出かけなのだ。もうずっと毎日だ。フェルエスが、部屋にエリクを迎えに来ることもあった。エリクは、飛び切りの笑顔になった。
箱型ロボは、ご主人様に、話しかけなかった。話しかけられなかった。なんて言えばいいんだろう。エリクと一緒にいながら、おしゃべりすることもできない。こんなのは初めてだ。エリクとのおしゃべりは、ロボにとって、ずっと、本当に幸福な時間だった。なぜ失ってしまったんだろう。
エリクがお出かけし、ぽつんと部屋に残された万能検査機。
夕暮れ時。ご主人様は帰ってこない。1人でここに居てもしようがない。よし。行こう。また、公爵家の屋敷を抜け出す。
まっすぐ星都に。
今度は、行き先は決まっていた。
ロボットの多い路地裏の、暗がり。この前の場所。いた。前と同じく、公爵家の従僕ロボットと工場の作業ロボットが、何やら密議をしている。〝反乱〟の準備だろうか。
「僕も仲間になるよ」
万能検査機は、言った。
2体のロボットは力強く頷き、箱型ロボを迎え入れる。
始まるのだ。
もう、後戻りはできなかった。
(第28星話 ロボット反乱の星 後編へ続く)




