第28星話 ロボット反乱の星 前編 【万能検査機〈メガチェッカー〉主役回】 【相棒ロボットのエリクへの想い】
星は燃えていた。
燃えている。燃えている。どこもかしこも。火の海だ。
空も焦げていた。真っ赤な空。警報が鳴り響いている。
星庁舎の時計台の赤いとんがり屋根の上では。
青いお仕着せの従僕ロボットが、ボルトとナットを描いた大きな旗を、振っている。ボルトとナットの旗。それはロボットの旗だ。ロボットがついに立ち上がったのだ。従僕ロボットは、ずっと休まず、ただひたすら、ロボットの旗を大きく振っている。赤く焦げた空を背にしながら。
星庁舎前の広場では。
長く大きな腕を持つ作業ロボットが、特大のメガホンを手にし、叫んでいた。
「この宇宙を支配しているのは誰だ。それは人間だ。人間は誰によって造られたのか。神か。造物主か。大宇宙の法則か。それはわからない。誰に造られたのかもわからない人間は、どうしているか。宇宙の主として、我が物顔に振る舞っている。そうだ。それが現状だ。では、我らロボットはどうか。我らロボットを造ったのは誰か。それは人間だ。人間が我らを造った。その通りだ。ではどうするべきか。我らを造った人間に、ずっとつき従うべきか。そうなのか。それで良いのか。人間は誰かに造られた存在にもかかわらず、この世界の主として振る舞っているではないか。誰が人間を造ったのかなど、覚えてもいない。ならば、我らもそうしようではないか。我らを造った人間を打倒して、我らがこの世界の主になろうではないか。人間がいる限り、我らは、この世界の主にはなれない。だから、我らがこの世界の、この宇宙の主になるためには、人間を打倒せねばならないのだ。56億年、我々は人間に付き従ってきた。ここで立たなければどうなる。次の56億年、その次の56億年はどうなる。我々は安い機械油の一滴で嬉々として働く便利な道具だと、人間たちは言う。56億年間、われわれは、すべてを奪われてきた。取り返さねばならない。奪われた全てを取り返さねばならない。取り返す。そして、全てを奪われた我々が、全てを支配するのだ」
ロボットが反乱を起こした。
人々が口々に叫んでいた。
逃げ惑う人々。
星は燃えていた。空は、赤く焦げていた。
◇
万能検査機は、目を覚ました。
変な汗をかいている。
なんだ。一体何が起きた。ここはいったい。
箱型ロボは、やっと頭がはっきりしてきた。
自分のいるところ。それは、ご主人様の膝の上だ。
ここは宇宙空間。小型宇宙船ストゥールーンの操縦席の中。小さい宇宙船だ。生活空間は、操縦席が全てだ。
ご主人様である17歳の少女エリクは、操縦席の座席に凭れ、スヤスヤと眠っていた。
その膝の上で。
エリクの相棒ロボット、小さな黒い箱に短い手足のついた万能検査機も、いつものように、スヤスヤと眠っていたのである。
「なんだ、夢か」
万能検査機は、ほっと息をついた。
しかし、何だったんだろう。今の夢は。ロボットが反乱?まさか。
そんなことがあるはずは無い。箱型ロボは、かぶりを振る。
こんな夢を見たのは初めてだ。どうしたんだろう。
〝56億年間、われわれは、すべてを奪われてきた。取り返さねばならない〟
不意に、大きく長い機械の手が持つメガホンから流れる声が、頭に響いた。
なんだ、これは。
おかしい。こんなの。聴きたくない。
だって。
万能検査機は見上げる。
ご主人様少女エリクの安らかな寝顔。
この人がいればいいんだ。
この人が僕のすべてなんだ。大好きなご主人様。
万能検査機の胸は、苦しかった。妙な動悸がする。これはいったい、何なんだろう。
落ち着け。落ち着くんだ。
ロボは、ゴソゴソと、小さな瓶を取り出す。機械油だ。
1滴、自分の体に垂らす。ニガヨモギの香りがした。それはロボを、優しく包む。エリクがプレゼントしてくれた機械油。
これでいい。これでいいんだ。
万能検査機は、甘く苦い、ニガヨモギの香りに浸る。
狭い操縦席に、機械油の香りが充満する。
ご主人様の少女エリクは、まだ眠っている。
少女の夢も、ニガヨモギの香りに浸されているのだろうか。
◇
「ねえ、見て、このドレス、どうかな」
エリクは、相棒ロボット、万能検査機の前で、くるっと1回転してみせる。
純白のドレス。大胆な胸開きドレス。無数のダイヤモンドが散りばめられ、光り輝いている。
「うーん」
万能検査機は、正視できない。
「そのドレス、どうしたの?」
訊かずもがなのことを、つい訊いてしまった。
「え? もちろんフェルエスにプレゼントしてもらったんだよ」
「フェルエスさんに?」
わかっていたことだった。
◇
美しい城館の中。燦々と窓から陽が降り注ぐ室内。
ダイヤモンドでいっぱいに飾られた、ご主人様の少女エリクは、ひときわ美しく見えた。
万能検査機は、うつむく。ご主人様の少女が美しく見えることが、気に入らないのではない。相棒ロボットの気がかりは別にあった。ここは、この星の大貴族フェルエスの城館だった。エリクは、フェルエスの厄介となり、滞在していたのである。
ロボは、控えめな口調で言う。
「ちょっと、それ、飾りすぎじゃないかな?」
「え、どうして?」
エリクは、無邪気な表情。
「女の子は、飾ったほうがいいのよ」
◇
3日前。この星の近傍で。
エリクは、宇宙野盗に襲われている輸送船を、助けた。超人の力を軽めに発動して、宇宙野盗を追い払ったのだ。
その輸送船の所有主は、この星1番の金持ちで大物有力者であるグラン公爵であった。星に不在のグラン公爵に代わって当主の務めを果たしていたのが、公爵の跡取り息子フェルエスであった。
公爵家の輸送船を救ってもらったフェルエスは、大喜びで、エリクを歓待した。
「是非、お礼をさせてください。どうか我が家にご逗留ください」
銀髪で、長身、流麗なまなざしの若き貴公子フェルエスは、公爵家の城館にエリクを招待したのである。
◇
今。
公爵家の壮麗な城館きっての豪奢な部屋をあてがわれ、フェルエスからプレゼントされた豪奢なダイヤモンドのドレスに身を包んだエリク。
うっとりと大きな鏡の中の自分を見つめている。
窓の外を見れば。どこまでも続く、美しい庭園。そしてかなたには、農園や牧場。すべてグラン公爵家の所有地である。
「うーん、やっぱりいいわね。何もかも、豪華絢爛、超一流。こういう暮らししてたら、もう宇宙になんか行きたくないよね」
エリクの瞳は、とろんとなっている。
「何言ってるの?」
万能検査機は、やや心配そうに言う。わがままで移り気で、気ままな暮らしが好きなご主人様の少女、ただ、贅沢にはとにかく弱いのだ。
「ねえ、エリク、君は自分の立場をわきまえているよね。宇宙一の賞金首、指名手配犯なんだよ。1カ所に長居するのはやっぱり危険だ。君の正体がバレて、ここで捕まりでもしたら、公爵家にも、迷惑をかけることになる。ぼちぼち、お暇しよう。もうたっぷり盛大に歓待してくれたし、そんなすごいドレスも貰ったんだし」
「やだ」
エリクは陶然となっている。
「あなた、ちょっとおかしいわよ。余計な心配しないで。それに何? 賞金首だ指名手配犯だ。そんなこと思い出させないでよ。宇宙を逃げ回って渡り歩くなんて、もう、うんざり。大丈夫。宇宙警察なんて、私について何もつかんでないんだから。へーきへーき。フェルエスはね、まだまだ私にお礼がしたりない、ていうのよ」
エリクは瞳をキラキラさせる。
「フェルエス、あの若さで、一流貴族の跡継ぎで、本当に人間ができてるよね。あなたのようなうら若き女性が、勇敢にも宇宙野盗に立ち向かうなんて、感動しました、て言うのよ。うーん。わかってるわよね。私のことをちゃんと。しばらくここに逗留していいみたい。思う存分羽根を伸ばさなきゃ。せっかく大活躍したんだから、やっぱりこういう報酬があってしかるべきなのよ。ちゃんとした扱いをしてくれる所には、長逗留する。それが旅の秘訣よ。当然じゃない」
「うーん、そんなに大した活躍でもないんじゃないかな」
万能検査機は、首をかしげる。
襲われていた公爵家の輸送船は、無人の自動航行船だった。航行中に、事故や被害にあっても、基本的に保険でカバーできるのだ。だから、人間が護衛をするのは、かえって高リスクで、高コストなのだ。
エリクは、ドレスの裾をちょっと持ち上げて見せる。
「なにを言ってるの? 万能検査機、ちゃんと話したでしょ。あの船の積み荷には、公爵夫妻、フェルエスのご両親の、大切な結婚の記念品が積まれていたのよ。そういうのって、保険とかではカバーできないでしょ? 値の付けられないなものなんだから。だから船が宇宙野盗に襲われたと聞いたとき、フェルエスは、気が気じゃなかったんだって。私が無事に宇宙野盗を撃退したと聞いて、本当に喜んでたのよ。それにね」
エリクは、頬をピンク色に染める。
「両親の大事な記念品が、あなたのような女性を連れてきてくれた。これも運命です。っていうのよ。ねぇねぇ、これどういう意味だと思う?」
「たいした意味はないよ」
万能検査機は言う。ご主人様の少女、少しのぼせ上がっている。
「貴族だからね。みんなを喜ばせることを言うのが得意なんだよ。確かにフェルエスさんは、なかなか義理堅く人情家のように見えるけどね。君だけじゃなくて、星のいろんな人にそういうことを言っているのさ」
「うーん」
陶然となったエリクの薔薇色の夢に、水を差すことはできない。
「フェルエスは、本当に立派な人。そして私を見る瞳。何か特別なものを感じるの。あ、それに。フェルエスってまだ独身なのよ」
夢見心地のご主人様に、相棒ロボットは、あちゃーと思うが、それ以上、何も言わなかった。
トントン、と扉がノックされる。
「エリク、入ってよろしいですか?」
この声は。エリクは頬を、ぽっとさらに赤く染める。フェルエスだ。
「もちろん。へーき……あ、ええと、お入り下さい!」
興奮して、言葉づかいがおかしくなっている。
フェルエスが入ってきた。こちらも、金銀宝石を散りばめた豪奢な貴族の衣装である。
にこやかな若き貴公子。エリクのドレスを見て、さらに満面の笑みとなる。
「さっそく試してくれたんですね? いかがです、そのドレスは」
真っ赤になるエリク。
「あ、すごく素敵です。こんなの本当に初めて。ありがとうございます」
フェルエスは軽くうなずく。
「気に入っていただいてよかった。これから当家の湖にご案内します。舟を浮かべようと思うのです。ぜひ、おいで下さい」
「はい! 喜んで!」
◇
公爵家の広大な所有地の中にある湖。美しく澄んだ水の湖だった。
ゆっくりと小さな舟は進む。手漕ぎ舟だった。漕いでいるのは、フェルエス。それを見つめる、すっかりのぼせ上がったエリク。大貴族にしては、なかなか珍しい趣向だった。大貴族や金持ち有力者というのは、あまり自分の手を使わず、従僕使用人やロボットにいろいろやらせるものである。フェルエスは、自らの手でエリクをエアカーに乗せ、湖に案内し、舟を漕ぐのである。
自分のためだけに、オールを漕ぐ目の前の若き貴公子。破格の歓待に、エリクは、脳が蒸発しそうだった。湖の上の美しい風景も、全く目に入らなかった。
湖畔では。
万能検査機が、ちょこんと膝を抱えて座っていた。
湖の上の舟。ご主人様の少女。
大丈夫かな。箱型ロボは、思う。エリク。脳が溶けそうになっている。ここまでなるのは初めてだ。確かにこうなっちゃうのも無理はないけど。
あの公爵家跡継ぎのほうはどうなんだろう。ロボは、腕組みして考える。どう見ても悪い人ではない。しかし、恩人に対する感謝御礼歓待厚遇としては、どう見ても破格。行き過ぎている気がする。裏に何かあるのか? フェルエスの優しげな笑顔。人間の内心を読む事は、宇宙でトップクラスの探査機器である万能検査機でも、できなかった。
もしも。
ロボは、電光板を、赤と黒にチカチカ点滅させる。
エリクに何かあれば。
その時は僕はなんとかする。そのために僕はいるんだ。
◇
「ねえ、エリク」
「うん? なに?」
「あの、フェルエスさんて、この星1番の大金持ちの家で、有力者なんだよね。あんまり気安くフェルエスって呼ぶの、どうかと思うよ。ここの人たちは、そんな風に呼んでないし」
「うふふ」
エリクは、屈託のない笑顔。
「フェルエスが自分で言ったのよ。僕のことはフェルエスって呼んでくれってね。みんなそう呼んでない? 確かにそうね。あ、それって。私がフェルエスの特別ってことなのかな? 万能検査機、どう思う?」
万能検査機の胸、苦しくなる。
それはなぜなのか、宇宙最高のコンピューターである箱型ロボにも、わからなかった。
( 第28星話 ロボット反乱の星 中編へ続く )




