第27星話 カジノの星 後編
豪華絢爛なカジノに入ったエリク。
「とりあえず、どうしようか」
宇宙一のカジノ。着飾った人たち、紳士淑女で、ごった返していた。すごい賑わいだ。宇宙中から、みんな金をブンなげに来たのだ。中規模の有人星が2つ3つ買えるだけの金が、一日で注ぎ込まれるのだ。
無数のフロアがある。どこも立派な金モールの赤服を着たスタッフが、恭しい表情で、待ち構えている。
エリクは踏み込んだときから、軽く興奮していた。まずはどこに行こうか。いろいろ考えていた計画予定は、頭から吹っ飛んだ。正面入り口の、大きな案内板をつい見つめる。そして、はっとなった。これでは完全に〝おのぼりさん〟ではないか。
いけない。
ここで、なめられてはならない。大人としての余裕のある態度を取るんだ。
エリクは、〝ただ、チラッと見ただけ。私、この世界の事はよくわかってるから、案内板なんて必要ないの〟という顔をして、案内板から目をそらす。金モール赤服のスタッフが、恭しくこちらを見ている。エリクは、奥へ進む。なるべく優雅な足取りで。周囲の視線を気にしながら。
◇
あちこち見て回る。大きなフロアに、小さなフロア。広い廊下に狭い廊下。入り組んで、迷路のように、いや、もうこれは迷宮だ。どこも豪華絢爛たるシャンデリアに、ふかふかの絨毯。装いを凝らした、めくるめく空間。
狭い通路に、エリクは入り込んでしまった。ここはどこに通じているんだろう。私はいったい、どこに行こうとしてるんだろう。
前方から、賑やかな1団が近づいてきた。
揃いの白の燕尾服を着た青年4人組だ。みんな長身で、しっかりお洒落をしている。にぎやかに笑さざめきながら、エリクと、すれ違う。
「お嬢さん、落とし物ですよ」
後ろから、声をかけられた。エリクは振り向く。
白燕尾服青年4人組の1人、碧い髪をくるくると巻いた青年が、エリクに、ハンカチを差し出している。すぐ目の前だ。青年は、腰をかがめて、品の良い笑みを浮かべ、エリクを見上げながら、ハンカチを差し出している。
エリクは、ハンカチを受け取る。白いハンカチ。金の刺繍がしてある。高貴な香水の香りが漂う。
「これ、私のじゃありません」
当然だ。エリクのドレスにポケットは無い。手に下げたバッグのファスナーも、しっかりとしまっている。ハンカチを落とすわけないのだ。。
しかし、青年は、ひざまずくようにして、品の良い笑みを浮かべながら、じっと、エリクを見つめている。後ろでは仲間の3人の青年が、これまた品の良い笑みを浮かべながら、見守っている。
「ジョルジューっ!」
声とともに、女が駆けてきた。ピンクの胸開きドレス。スイカ級はある胸を、ドレスから溢れ出しそうに振りながら、走ってくる。顔の3倍の高さにアップしたピンクの髪をゆさゆさ揺らしている。
ピンクのドレスの女は、エリクの目の前で跪きそうにしている青年の首に、抱きついた。
「ひどいじゃない、ジョルジュ。私をほっぽってみんなと行っちゃうなんて。もう、さんざん探し回ったんだから。あれ?」
ピンクの女、エリクが手にしている白いハンカチに目を止める。
「これ私のハンカチじゃない? どうしたの?」
ジョルジュ青年は、立ち上がる。
「僕が落としたのを、このお嬢さんが、拾ってくれたんだよ」
そして優雅にエリクにお辞儀し、ハンカチを受け取ると、ピンクの女と腕を組んで、仲間たちと共に去っていった。
青年たち。最初から最後まで、エレガントなことこの上なく、一分の隙もない挙措だった。
◇
エリクは、カジノをウロウロする。あれこれ迷ってるの気取られないように、つんと顎を上げて。
不意に、腕を掴まれた。柔らかい手だ。
「助けて。お願い。追われているの?」
少女だった。青い髪に、紫の瞳。淡い紫のドレス姿。胸開きドレスではない。その胸は、だいぶ平坦にみえた。年頃は、エリクと同じくらいだろうか。背丈も同じだ
「私はモーリン。お願い、私と一緒に来て。話を聴いてほしいの」
モーリンは、エリクに顔を寄せ、囁くように言う。
狭い通路だった。他に人影は無い。
モーリンの吐息が、エリクの頬にかかる。モーリンは、腕を、エリクの首に絡めてくる。
「あなたの名前、教えて」
「エリク」
「エリク、素敵な名前ね。私のことを助けてくれるでしょ? 私の部屋に行こう。お礼はちゃんとするから」
モーリンと名乗る少女、不意に唇を近づけてきた。このまますると、エリクの唇と重なってしまうーー
エリクは、慌てて顔を引いた。
モーリンは、腕をエリクの首にしっかりと絡めたまま、ウィンクする。
「もう、エリク、恥ずかしがり屋さんなんだから。さ、行こ」
そのまま、エリクを引っ張っていこうとするが。
「ちょっと、お嬢さん、ここでそういうことしちゃだめだよ」
現れたのは、金モール赤服の男。カジノのスタッフだ。モーリンを、恭しいが、断固たる表情で睨んでいる。
「ここでそういう〝商売〟は、許されないんだよ」
モーリンは、エリクに巻き付けた腕を離し、ちょっと拗ねたように口を尖らせる。
「もう、せっかくいいところだったのに。ちょっと大目に見てくれてもいいんじゃないの? こっちだって、生活がかかっているんだから」
「ここは宇宙一のカジノだ。〝商売〟するなら、他所でやってくれ。さ、来なさい」
金モール赤服のスタッフは、容赦なくモーリンを引っ張っていく。モーリンは、振り返りざま、またウィンクする。
「エリク、またね」
エリクは、ガクっと力が抜けた。
なんだ。〝商売〟してる子なんだ。でも、モーリンに接吻されそうになった時、ドギマギして、思わず胸をときめかせてしまった。ずいぶんと安っぽい手口に、引っかかりそうになった。何をやってるんだろう、私。
少し頭を冷やさなきゃ。
こう頭がカッカしてては、いきなり勝負、というわけにいかない。
◇
エリクは、最上階の酒場に行った。超高級酒場である。入り混じる香りと光彩の交叉に、クラクラする。
カウンターに座ったエリク。チェリーカモミールドライを頼む。ピンク色のカクテルを口に含み、ほっと胸を撫で下ろす。
〝デビュー〟なのだ。まずは、順調と言って良いだろう。
いろいろあったけど、そんなに……そんなには、動揺しなかったぞ!
周囲から変な目で見られることもなかった。やっぱりこれでよかったんだ。エリクは自信を持つ。実際には、最初から誰もカジノ初心者エリクなど気に留めていないだけだったのだが。
エリクは、ゆっくりと、チェリーカモミールドライを味わう。
よし。気持ちの高揚と落ち着きのバランス。いい感じになってきた。こういうところでは、高ぶりすぎても、冷めても、どっちでもいけない。天秤の絶妙なバランスを保持する。それが勝利の秘訣だ。
そろそろ行こうか。エリクが、そう思った時、カウンターの隅にいた老婦人が立ち上がった。とても気品あふれる仕草だ。老婦人は、エリクの後ろを通る時、そっと、囁いた。
「チェリーカモミールドライに、ジンを2滴落としてみなさい」
老婦人は、優雅な身のこなしで、酒場を出ていった。
エリクは、1人取り残された。
◇
エリクは、交換所に行って、最高額チップを山ほど買った。手持ちのチップでの額でいえば、この名だたるカジノで、今日の最高額のチップ所有者の1人と言えただろう。
チップを手にしたエリクは、意気揚々とポーカールームに乗り込む。もちろん、最高額の賭金が許される最上級ポーカールームだ。ついに勝負に出るのだ。カジノ初心者がする最初の勝負がポーカーというのはいかがなものか。もし相棒の万能検査機がいたならば、
「君、それは違うよ」
と諌めてくれただろうが、頭に血の上ったエリクを引き止めるものは、もう誰もいなかった。
最高額の勝負が行われるポーカールーム。並いる紳士淑女の前で、自分の巨額のチップを積み上げたエリクは叫んだ。
「オールイン!(全額賭ける)」
勝負の始まりだ。
◇
エリクは、ポーカーで負けた。ルーレットで負けた。スロットで負けた。
再び最上階の高級酒場に戻ってきたエリク。
カウンターの上には、1枚のチップが置いてあった。
エリクは、手持ちチップを全部失うと、すぐに交換所にすっ飛んで行って、巨額のチップを買った。また、勝負。チップの山は、嘘のように、みるみる減り、なくなった。もうチップを買う金も無かった。
3日前に。
遭難しかかってる豪華宇宙船を、超人の力を使って、助けたのだった。豪華宇宙船の主は、とびきりの金持ちだった。エリクに感謝し、莫大な謝礼を支払ってくれた。
大金を手にしたエリクは、かねてから行きたいと思っていた憧れのカジノに、意気揚々と乗り込んできたのだった。
今。
残ったのは、チップ1枚だけ。
エリクは、グラスをぐっと飲み干す。
チェリーカモミールドライ。あの老婦人に教えてもらった通り、ジンを2滴落としてみた。甘さと苦味が引き締まり、確かに良いアクセントになっていた。
目の前の最後の一枚のチップを握り締め、エリクは、立ち上がる。
「まだまだ。これからが本当の勝負だ!」
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




