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第27星話 カジノの星 前編   【勝負ドレス】 【エリクが大人の階段を上がる】



 「エリク、本当にやるの? やめときなよ。絶対に後悔するから」


 万能検査機(メガチェッカー)の、不安げな声。ご主人様の少女のことを、箱型ロボ(キューボイド)は、ひたすら心配していた。


 エリクは、相棒ロボットを、無視する。


 ここは高級ホテルの一室。エリクは、大きな鏡の前に立っている。ドレスを合わせているのだ。いろいろポーズをとったり何だりして。


 「うーん。こういう場所に、純白ドレスって目立つかもしれないけど、ちょっと場違い感があるかな。でも、前に、うまく純白ドレスを着こなしている人、見たことあるな。やりようによっては、みんなの視線を集める女王様になれる?」


 17歳の少女の悩みは、今日着ていくドレスのことである。


 後ろからは、万能検査機(メガチェッカー)の気づかわしげな声。ロボ(キューボイド)は、豪奢なふかふかのベッドの上に、ちょこんと座っている。


 「ねえ、エリク、聞いてるの? それはダメだよ」


 エリクは、やっと振り向く。


 「うるさいな。気が散るんじゃない。人が真剣に考えている時に、ごちゃごちゃ言わないでよ」


 相棒ロボットを、きっと睨む。


 「なによ、ダメって。このドレスがダメだって言いたいの? 私には着こなせないとでも?あんたにドレスのことなんてわかるわけないじゃない。黙っててよ」


 「ドレスのことじゃないよ! そうじゃなくて!」


 万能検査機(メガチェッカー)は、声を張り上げる。


 「君がこれからしようとしていること、それが駄目だって言ってるんだよ。絶対に君は後悔する。いいかい? 僕は宇宙トップクラスのコンピューターなんだ。その僕が、どう計算しても、君は失敗する。そして後悔する。泣いて僕にすがりつく。そういう結果しか出ないんだ。もう、これは確実なんだよ。だから君のために忠告しているんだ。エリク、やめるんだ。そしてこの星を出よう。悪い誘惑はきっぱり忘れて、また楽しく旅をしよう」


 「黙れ」


 エリクは、ぷいと、万能検査機(メガチェッカー)に背を向け、また鏡と向き合い、ドレスのチェックを始める。


 「私があなたに泣いてすがりつく? ずいぶんなこと言うのね。そんなことあるわけないじゃない。宇宙がひっくりかえったって、絶対しないから! 私がどうするかは私が決めるのよ。あなたの計算なんて、どうでもいい。だいたい私が頼んだことだけ計算してればそれでいいのよ。なんで勝手に計算して、私にあれこれ指図するの? 少しは立場をわきまえなさい」


 「君はいつも上手くいかなかった時、なんでちゃんと言ってくれなかったんだって、僕に言うじゃないか」


 万能検査機(メガチェッカー)は口をとがらせるが、もうエリクは聴いてはいない。


 「うーん。やっぱり冒険一発勝負ってのはどうかな。いや、勝負に来たんだから、勝負するのはいいんだけど。あんまり張り切りすぎている、そう思われたら、かえってまずいかな」


 白いドレス。なかなかエレガントな大人の品格があり、エリクは気にいっていたけど、着こなす自信、17歳の少女には、まだなかった。実に悩ましい。


 結局、エリクは、背中のファスナーを下ろし、白いドレスを脱ぐ。ドレスの下は、シンプルな白いブラジャーとショーツだけである。ベッドの上で少女を見守る万能検査機(メガチェッカー)は、慌てて目をそらす。


 万能検査機(メガチェッカー)は、多感な思春期の♂ロボットである。いつもご主人様の少女が、目の前で無神経に脱いだり着替えたりするので、目のやり場に困っていた。


 エリクは、ひたすらドレスを試す。真紅のドレス。勝負! の場所には、これが定番かな。強さ、攻撃力を感じる。しかし、定番すぎないか? いかにも狙ってる感が出て、これはこれで、みんなにどう思われるだろう。かえって子供だと思われたりしないかな?


 ドレスを選ぶ少女の悩み、それは大人の世界へ歩むトキメキの裏返しであった。


 色とりどりの華麗なドレス。ここでの〝デビュー〟のために、超一流高級服飾店で大量に買い込んできたのである。


 白いドレス、赤いドレス、紫のドレス、ライトブルーのドレス。あれこれ、さんざん迷った挙句。


 「よし、これにしよう」


 ついにエリクは、決めた。


 赤いドレス。勝負ドレス。結局、定番感のあるドレスにした。最高級の夜会用ドレスである。大胆に、胸の半分から上は、裸である。赤いドレスを着たエリクは、鏡の前で、丹念に(バスト)の調整をする。エリクは、小柄で、スレンダーな体つきだった。(バスト)はグレープフルーツ(サイズ)だったが、なるべくふくらみと谷間を強調する。どういじっても双丘(グレープフルーツ)の大きさが変わるわけでは無いのだが、少しでも魅せねばならない少女は、必死である。


 あれこれ、いじって、引っ張って、寄せて、盛り上げて、ついに満足のいく(バスト)が完成した。


 「うん。これでいい。これでいける」


 鏡の前で、少女は満足げな表情。


 「あの」


 後ろから、万能検査機(メガチェッカー)が、最後の抵抗を試みる。


 「どうしても行くんだね?それなら、僕も連れてってよ」


 「バカなの?」


 エリクは、振り返りもせず言う。


 「あなたは持っていけない。スーパーコンピューターは持ち込んじゃっいけない。それがルールよ。知らないわけないでしょう。こっそり持ち込んで、バレたらどうするの?大恥かくじゃない。宇宙中の笑いものになる。あなたは、ご主人様をそんな目に合わせたいの?だいたいあなたが入るだっさい鞄なんて、持っていけないよ。こういう所じゃ、おしゃれな可愛い小さなバッグを持っていくの。当然じゃない。おかしなこと言わないでよ」


 「あー、ねえ、エリク」


 エリクは、試して脱いだドレスをまとめると、なおも何か言いたげなベッドの上の相棒ロボットのに、ばさっとかける。


 「これから、大人の時間が始まるのよ。坊やは、おねんねしてなさい」


 ご主人様の17歳少女の匂いと温もりに包まれて、純情なロボットは、目を回していた。



 ◇



 いよいよカジノへ。


 大人の時間、大人の世界へ。


 エリックは、カジノというものを体験するのは、これが初めてだった。万全を期して、宇宙一の高級カジノに隣接する超一流高級ホテルに宿をとっていたのである。それも、なめられてはいけないと、最上級の部屋にしていた。誰もカジノ初心者(ビギナー)の少女のことなど気に留めていなかったが、カジノに初めて乗り込む頭に血が上った人間の心理とは、えてして、こういうものなのである。自分がみんなの注目を浴びている、値踏みされている、探られている、そんなふうに感じてしまうのだ。


 

 カジノの前で。エリクは、最後のチェックをする。アップにした髪。真紅の勝負ドレス。おしゃれなバッグ。靴。うん。バッチリだ。これなら絶対外さないぞ。


 昂然と顔をあげ、堂々入り口へ。


 金モールの赤い服の門衛が、恭しく訊いてくる。こういうのがロボットでないところが、超一流の証なのだ。


 「お客様。身分証明書はございますか?」


 エリクは、ウィンクひとつする。


 門衛は、微笑んで通してくれる。


 よし。第一関門突破だ。


 エリクは進む。大人の世界へ。大人の階段を上る。




 (  第27星話 カジノの星 後編へ続く  )


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