第26星話 10億年金庫は破れるかの星 後編
星について2日目。
「エリクさん、さあ、行きますよ」
豪奢な宿舎で目覚め、寝ぼけ眼のエリクのところに、女主人が現れた。
カギタロウ家の当主である女主人は、自らエアカーを運転し、エリクを星の案内に連れ出す。
広大な星だった。人間の密集居住都市が、あちこちに点在している。
大きな工業都市に着いた。
「ここはもともと、金庫破りに来た技術者が住み込んだ場所なんです。9億年前には、ここに金庫が置かれていました。技術者は、必死に金庫を破ろうとしました。でも、どうしてもだめでした。我が家の当主は、暖かく技術者を歓迎しました。技術者は、どうしても金庫破りの夢を捨てきれなかったのです。そして、ここに移住して、自分で工場を建てました。そこが出発点になったのです。それは超一流の技術者でした。多くの星から、その技術を慕って、若者が集まってきました。ここで学び、そして、金庫破りに挑戦し、ここを去るもの、ここに残って、工場で働くもの、いつしか、ここは宇宙に名を知られた工業都市になりました。ドリルや切断機の分野では、宇宙一との評判です」
次に訪れた都市は、大学や専門学校が連なる学芸都市であった。
女主人が解説する。
「ここは情報科学、コンピューターの開発研究都市です。コンピューターを使った暗号解読チームが、金庫破りに挑んだのです。7億年前のことです。その時は、ここに、金庫があったのです。暗号解読チームは、あと1歩のところまで行ったといいます。95%まで、金庫の錠を解けた、とはっきりコンピューターは告げていたというのです。暗号解読チームは、不眠不休でがんばりました。しかし、残りの5%をどうしても破ることができませんでした。諦めきれないチームは、ここに残り、研究所を作ったのです。それが、この都市の基となったのです。暗号解読の分野では、宇宙でもトップクラスの研究都市として評価されています」
◇
こんな調子で、エリクは女主人と一緒に、星のあちこちを回った。繁栄している都市。それはどこも、最初は、ただ、金庫が、ぽつんと鎮座しているだけだった。そこに挑戦者たちが続々と現れ、挑戦に失敗し、諦めきれない者が移り住み、都市を作っていったのである。金庫を中心に、星は発展していったのであった。
中には、舞踏学院の都市というのもあった。自分の舞踏で金庫を解錠してみせると豪語した女性舞踏家が、移り住み、慕ってやってきた弟子たちとともにつくった居住地が出発点だという。毎年開催される星一番のイベントである金庫破り祭には、ここの舞踏家たちが華を添えるのである。
その他、料理人の都市というのもあった。挑戦者たちが美味しいものを食べれば、金庫破りは成功するんじゃないか、そう考えた料理人が移住してきたのである。また、念力に超能力、サイキックパワーの都市というのもあった。我々こそが金庫を破る。5億年以上、彼らは言い続けていた。
女主人はどこでも歓迎された。この星では、カギタロウ家の当主が、代々星長に選出されていたのである。カギタロウの金庫あってのこの星であった。どこでもカギタロウへの尊崇は絶大であった。
エリクは、ふと、疑問を口にした。
「なぜ、時代によって、金庫の置かれていた場所が違うんです?」
「カギタロウの遺言なのです」
女主人は、にこやかに答えた。
「定期的に、金庫室の場所を、移動するようにと。いつ、どこに動かすか、それまでしっかりと遺言には残されていました」
◇
星をぐるっと回って、女主人の邸宅に戻ってきたエリク、丸一日経って、超駆動の力が充填されたので、また、金庫破りに挑戦してみた。
「光弾!」
「光の鞭!」
「光の鉄槌!」
ありとあらゆる攻撃を試してみる。しまいには、宇宙最強の銃、勇士の銃を持ち出した。
「だめだよエリク!」
万能検査機が必死に止めた。
「どうして?」
「弾かれて、跳弾したらどうするんだよ。この金庫室の壁をぶち破って、大惨事になるかもしれないよ」
エリクは、しぶしぶ諦めた。
結局、この日も破れなかった。金庫にかすり傷一つつける事もできなかった。
夜、エリクは、また女主人の晩餐に与り、カギタロウ家の宿舎の豪奢なベッドで、スヤスヤと眠った。
◇
星について3日目。
エリクは、朝から、カギタロウ家付属の図書室にこもった。
ここはカギタロウと金庫についての資料が豊富にあった。エリクは一心不乱に、資料を読み込んでいった。
午後。
エリクは、女主人に訊かれた。
「今日の晩餐も、お付き合い願いますか?」
「いいえ」
エリクは、言った。
「もう、この星を発ちます。本当にいろいろありがとうございました。歓待を感謝します」
「そうですか。残念ですね」
女主人は、心底寂しそうな顔をした。
「金庫破りは、もう、お諦めになったんですね?」
「いいえ」
エリクは、にっこりと。
「金庫なら、もう開いてますよ」
「ええっ!」
女主人は、血相を変えて、金庫室に走り出した。エリクもついて走る。
金庫、淡い紫の乳白色の複合多層結晶体金庫は、金庫室の中央に、鎮座していた。どこにも異常はない。
女主人は、ほっと胸を撫でおろす。
「もう、エリクさん、冗談を言わないでください。びっくりしましたよ。この金庫が開いただなんて」
「開いてますよ」
エリクは、金庫をみつめている。
「これは、最初から、開いていたんです」
女主人は、困惑する。
「どういうことでしょう。一体何をおっしゃっているのかーー」
エリクは、微笑む。そして、語り始める。
◇
「この金庫に挑戦しました。そして、この星を案内していただきました。今日、図書室で、調べ物をしました。それでわかったんです。この金庫は、最初から開いていたんです。この金庫には、中身は何もありません。このまんまの特殊超硬度不透過物体、ただ、それだけなんです。カギタロウさんが、どうやってこれを手に入れたのか、それはわかりません。カギタロウさんについて、さんざん調べました。それで気づきました。カギタロウさんは、決してこれを自分で作ったとは言ってないんです。ただ、自分の金庫を、この星に置く。この金庫を破ってほしい。そう言ってるだけなんです。宇宙最高の金庫師の金庫ですから。自分の技術をすべてつぎ込んで作った究極の金庫だと、みんな思うでしょう。でもそうじゃなかったんです。カギタロウさんは、この金庫を作りませんでした。そもそもこれは金庫じゃないんです。おそらく、外宇宙から漂着した、未知の物体です。これを手に入れたカギタロウさんは、いろいろ調べて、究極の特殊超硬度不透過物体であることを確認しました。人類圏の科学技術では、どうすることもできない性質のものだと。それでこれを絶対開かずの金庫だとして、宣伝したんです」
話を聴く女主人。かすかに、震えている。
「これは、カギタロウの作ったものではない。そもそも金庫でもない。では、一体なぜ、これを金庫だと、カギタロウは言ったのですか」
「簡単なことです」
エリクは、遠くを、金庫室のドームを越えて、繁栄する星の都市を見ている。
「この星の歴史を調べました。カギタロウさんは、金庫師として稼いだお金で、この星を買いました。そして、この星の一部を開拓しました。でも、そこで資金は尽きてしまいました。もっと、お金と人がくれば、この星は大発展すのに。カギタロウさんは、そう思いました。カギタロウさんは、金庫師として有名です。しかし同時に星開発師だったのです。開発師としては、宇宙一というわけではありませんでしたが、確かな実績はありました。この星の可能性を、よく知っていたのです。人とお金を呼ぶ方法。それをカギタロウさんは考えました。そして、出した結論が、この金庫です。自分が手に入れたこの物体。そして自分の金庫師としての名声。これを組み合わせて、この星発展の起爆材にする事を思いついたのです。後はご存知の通りです。宇宙中に宣伝しました。金庫破り挑戦者を募集すると。そして、集まった挑戦者たちを、最大限厚遇しました。金庫破りの夢に浮かされた人たちは、続々と集まってきました。ここに移住する人、ここに工場や学校、町を作る人が現れました。太古のゴールドラッシュと同じです。そして、この星は発展しました。定期的に金庫を動かすのも、星のあちこちに繁栄した都市が出来るようにとの、カギタロウさんの考えです。一流開星発師であるカギタロウさんは、どこに都市を作れば繁栄するか、それはきちんとわかっていました。この星は素晴らしく繁栄した星となりました。これが、カギタロウさんの夢、開かずの金庫の中にあった夢なのです。挑戦者たちは、皆、金庫の中の宝物を、自分のものにすることができたのです。カギタロウさんの夢は、みんなの夢となったのです」
エリクのキラキラするまなざしを受け止める女主人、カギタロウの子孫の当主、完璧な笑顔を浮かべる。
「エリクさん、またいらしてくださいね。次は、金庫を開けられるといいですね」
◇
エリクは、金庫の星を発った。
金庫室には、静寂が戻った。もうずっと、挑戦者は少ないのだった。ここは静寂が支配するのが普通だった。
10億年金庫。淡い紫がかった乳白色の塊の中では。
光子生命体ピムとピトが会話していた。
「行っちゃったね」
「行っちゃった」
「危なかったね」
「危なかった」
「もうちょっとだったね」
「もうちょっとだった」
「なんで、もっと粘らなかったんだろう」
「なんでだろうね」
「やっぱり人間は、気が短いんだ」
「そうだね」
「どうしてだろうね」
「わからない」
「よくわからないことがあると、自分で自分に勝手に答えを出しちゃうんだ。そうだ、それだよ」
「そっか」
◇
ピムとピトが彼らの宇宙船、今は10億年金庫と呼ばれるものに乗ってこの星に着いた時、たまたまこの星を買ったばかりのカギタロウと出会った。
ピムとピトは、自分たちは少しここで休息したい、と、星の所有者に、許可を求めた。
カギタロウは、宇宙船を調べた。
ーーこれはすごい。絶対壊れそうにないね。
ーーうん、壊れないよ。少なくともあなた達の技術ではね。
ーーどうやって開け閉めするの?
ーー簡単だよ。僕たちの言葉、光子信号を唱えるだけ。
ーーそうなんだ。ねぇ、君たちはここにどのくらいとどまるつもりなの?
ーーちょっとの間だけ。できれば、400億年くらい、ここで休息させてもらえないかな。長旅しすぎて、疲れてるんだ。
ーーいいよ。ここで休息する許可を与えよう。しかし、私の頼みを聞いてくれないかな。
ーーなに?
ーーこの宇宙船を破壊できるかどうか、人間が挑戦する許可が欲しいんだ。
ーーなんでそんなことを?それは、絶対にできないよ。
ーーできないことに挑戦する。そうやって人間は進歩してきたんだ。
ーーふうん。面白いね。できないことはできない。できることができる。そうだよ。でも、したいなら、していいさ。
ーーふふ。もし、挑戦に成功したら、君たちはどうするの?
ーーえ? 絶対無理だけどね。まぁ、もし成功したら、僕たちのエネルギーの百万分の一をプレゼントするよ。
カギタロウが計算すると、それは人類圏の富の10倍の価値となった。
こうして契約は成立した。ピムとピトは、彼らの宇宙船に引きこもり、永き休息についた。彼らの時間では、僅かなひとときなのだが。
いつの日か、この金庫が破られ、人類圏に富が溢れ出す日は来るのだろうか。
金庫を開ける呪文は。
ピピムピトピムピムピトピトム
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




