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第26星話 10億年金庫は破れるかの星 前編   【エリクが金庫破りに挑戦】 【金庫師10億年の夢】



 「さあ、どうぞ、エリクさん、ここが金庫室です。大抵のことはしても大丈夫なように、頑丈につくってあります。思う存分、金庫破りに挑戦してみてください。成功を、お祈りしています」


 この星の星長でもある女主人は、にこやかに言った。


 エリクは、周りを見回す。


 金庫室。大きなドームだ。広い空間。壁は厚く、頑丈に作られている。まるで金庫室自体が最高レベルの金庫のような、強固な要塞だ。ここが金庫室。すなわち、金庫を破る場所なのだ。金庫を破るために、派手で危険な作業を行う。爆破に、切断、ドリル、レーザー、光子弾、重力改変装置、時空圧縮装置、特殊薬物の使用。あらゆる過激な手段が試みられる。力による破壊をしない暗号解析作業も行われる。内部に装飾などは無い。壁も床も、傷やヒビが至るところにある。一定程度、内部が壊れたら、全面的に建て直すのだろう。この10億年の間、金庫を破ることができなかった。しかし、金庫室は、数え切れないほど繰り返し破壊されたのである。


 巨大なドーム型金庫室の中央。床の上に、あった。


 無造作に、床の上にドンと置いてあるのが、今回破る金庫である。


 10億年金庫。10億年の間、ありとあらゆる金庫破りの挑戦を、ことごとくはねのけてきた、金庫。



 ◇



 「これが10億年金庫……ですか」


 エリクは。息を呑む。


 その見た目は、金庫と呼ぶのは、ためらう姿であった。


 紫がかった乳白色の複雑な多層結晶体。キラキラと淡く輝く天然の美しい鉱物の塊。中型宇宙船(シャトル)ほどの大きさがある。そのまま置物、美術品として鑑賞する価値のある無機質の物体だ。 


 「いかがですか。エリクさん、これが当家の10億年金庫です。金庫破りに挑戦はなさいますか?」


 10億年金庫をじっと見つめるエリクに、女主人は、微笑みかける。


 金庫の姿を見ただけで、圧倒され気後れし、金庫破りをあきらめる挑戦者も多かったのである。


 「やります。挑戦させてください」


 エリクは言った。10億年金庫に、ただならぬものを感じた。確かにこれは、普通の金庫ではない。しかし、金庫破りに挑戦するために、わざわざこの星に来たのだ。何もしないで帰るわけにはいかない。


 エリクは、女主人を振り向く。


 「かなり危険な作業をします。この金庫室の中で、1人きりにさせてもらってよろしいでしょうか?」


 「ええ、もちろん。そういう方は、とても多いんです。それでは、私は下がらせてもらいます」


 女主人は、また婉然たる笑みを浮かべると、ドレスの裾を翻し、金庫室を後にする。ガタン、と重い扉が閉まる。


 巨大なドーム型金庫室の中。


 エリクはただ1人、10億年金庫と向き合う。


 いや、1人ではなかった。エリクが床に置いた鞄から、エリクの相棒の箱型ロボ(キューボイド)万能検査機(メガチェッカー)が顔を出す。小さな黒い(ボックス)に、短い手足がついている。


 「万能検査機(メガチェッカー)、とうとう来たよ。どうだろう。目の前にある金庫。これが金庫だって言うんだけどね。破れるかな?」


 「無理だろうね」


 万能検査機(メガチェッカー)は、あっさりと言う。


 「10億年間、宇宙中の人間が、挑戦したんだよ。やるべき事はやり尽くしている。それでもこの金庫に傷一つつけることができなかったんだ。僕たちが、いきなり破るなんて、できるわけないよ」


 エリクは、むくれる。宇宙の旅人の17歳の少女である。しかし、ただの少女ではなかった。


 「もう、最初から諦めないでよ。破れない金庫なんてあるわけないんだから。私は宇宙で、唯1人の超人スーパータイプよ。他の人ができなかったからって、私にできない事はないの。カギタロウさんの挑戦を受けて立つ。そして私が勝ってみせるんだから」



 ◇


 カギタロウ。宇宙最高の金庫師と呼ばれた人物である。カギタロウの所有物であったこの星に、淡い紫がかった乳白色の複合多層結晶体型金庫を設置した張本人である。そして、カギタロウは、全宇宙に布告した。


 「この星に設置した金庫は、間違いなく宇宙最高の金庫である。絶対に誰にも破ることはできない。最高金庫師の私がそれを保証する。金庫破りに挑戦する者は、いないか。誰でも受け入れよう。是非、金庫を破って欲しい。もし、この金庫を破ることができた者には、金庫の中の財宝全てと、この星の土地の半分を進呈しよう」


 普通だったら、こんな布告は、単なる冗談として、無視されるはずだった。しかし、カギタロウは、不世出の最高金庫師として宇宙に名を轟かせた人物である。冗談であるはずがなかった。金庫を破ってみろ?面白い。やってやろうじゃないか。何しろしっかり準備して時間をかけて、どんな方法を使ってでも、破ってよいという話だ。破れないわけがない。俺が破ってやる。金庫の中身と星の土地の半分、もらってやろうじゃないか。


 挑戦者が、次々とこの星に現れた。みんな自信満々だった。ある者はスーパードリルを、ある者は超電磁レーザー切断機を、暗号解読用スーパーコンピューター、光子銃、思い思いの方法でした金庫破りに挑戦した。中には、念力や超能力で破ると主張する者、祈祷師に呪術師、果ては私の舞踏(ダンス)を見せば金庫が開いて、中身が踊り出してくる、そう主張し、実際に舞踏(ダンス)を披露した女性もいた。見物人たちが、固唾を飲む中、激しい舞踏(ダンス)が行われた。


 しかし、金庫は破れなかった。開かずの金庫。絶対に破れない金庫。その話は、宇宙中を、驚かせた。嘘だろう、そんなことがあるはずがない。こっそり金庫を破るんじゃない。堂々と、じっくり時間をかけて、あらゆる手段で破ろうとしても破れない? そんなことがあるはずがない。


 さらに多くの挑戦者が現れた。


 この星は金庫破り挑戦の星となった。


 これが10億年前のことだった。



 当然ながら、カギタロウは、天寿を全うして、既に亡くなっていた。生前、カギタロウは、金庫の中身について、何も語らず、何も書き記さなかった。金庫の中身の財宝とは何か? 謎だったのである。


 これについては、様々な噂が尾鰭をつけて流布していた。


 宇宙の誰もが見たことのない、ものすごい財宝があるらしい。その価値は、とてもお(かね)に換算できないが、人類圏(ヒューマニア)の半分、いや、全部が買えるほどの財宝らしい。絶対に破れない金庫の中身について、人々は、妄想を逞しくしていた。



 ◇



 幾星霜を経て。


 今度の金庫破りの挑戦者は、エリクだった。


 10億年破れなかった金庫。最近は、10億年金庫と、呼ばれている。



 「さ、万能検査機(メガチェッカー)、とにかく透査(サーチ)してよ」


 箱型ロボ(キューボイド)は、やれやれといった調子だが、とにかく、ご主人様の命令に逆らうわけにはいかない。ちょこちょこと金庫に近づき、右手を複合多層結晶体に押し当てる。万能検査機(メガチェッカー)は宇宙でも、トップクラスの探査機器(サーチマシン)だった。遠くからでも、物体の透査(サーチ)はできるが、しっかり接触(コンタクト)したほうが、よりはっきり透査(サーチ)できるのだ。


 10億年金庫に接触(コンタクト)し、電光板を赤と黒にチカチカ点滅させるロボ(キューボイド)


 「終わったよ。やっぱりだめだ。何の反応もない。何も()えない。完全に透査(サーチ)は弾かれた。どういう原理で透査(サーチ)を弾いているのか、それすらわからない。手がかりもない。こういうのはなかなかないね。さすが10億年金庫だ。あっぱれなものだよ」


 万能検査機(メガチェッカー)は、ちょこちょこと、エリクのところに戻ってくる。ご主人様の少女は、


 「もう、ちゃんとやったの?あなた、宇宙で最高の探査機器(サーチマシン)なんでしょ?」


 「いつも言ってるけど、最高であっても、全能ってことにはならないからね。僕にも、できないことはできない」


 「わかった。じゃあ、私がやってみる。下がってて」


 

 エリクは1人、10億年金庫の前に立つ。全力で攻撃してぶっ壊してみよう。それしかない。


 「超駆動(オーバードライブ)!」


 右手で空を切る。たちまちエリクは、黄金に輝く光の気(ルーンオーラ)に包まれた。

 

 「光の剣(ルーンソード)!」


 右手から、光の気(ルーンオーラ)の剣が伸びる。エリクは、剣をビュウッと振る。光の剣(ルーンソード)が、10億年金庫を直撃する。しかし、弾かれた。強い手ごたえを感じる。なんだ、これは。物体にぶち当たってるんじゃなくて、見えない空間の壁に弾かれているような。


 「まだまだ!」


 エリクは、ビュウッ、ビュウッ、と光の剣(ルーンソード)を振る。光の(すじ)が金庫室ドームの中を交叉(クロス)する。


 

 ガッ!



 亀裂音爆発音。それは、金庫室の壁を大きく破壊し、崩したのだった。もっとも、このドームの壁、ありえないくらい分厚い。壁をえぐっても、まだまだ頑丈な壁が残っている。


 「ちょっとエリク!」


 万能検査機(メガチェッカー)が叫ぶ。


 「いい加減にしなよ!絶対無理だよ! 金庫室を壊しちゃうだけだよ!」


 エリクの纏う光の気(ルーンオーラ)、薄れて、やがて消える。超駆動(オーバードライブ)解除だ。自分で解除したんじゃなくて、時間切れ(タイムオーバー)超駆動(オーバードライブ)には、時間制限があるのだ。ずっと無敵の力を行使することができない。


 エリクは、じっと10億年金庫、複合多層結晶体を見つめている。かすり傷一つつけてない。ただ、攻撃が弾き返されただけ。確かに、破るとっかかりすら、見つからない。


 この10億年ずっと続いてきたありきたりな結末であった。宇宙で唯1人の超人スーパータイプであるプライドを、エリクはいたく傷つけられた。



 ◇



 「エリクさん、ダメでしたか。でも気になさらずに。せっかくですから、泊まっていってください。また、挑戦してください」


 金庫室から意気消沈して出てきたエリクを、女主人は、優しく迎えた。


 エリクは、泊めてもらうことにした。


 金庫室ドームの脇に、女主人の邸宅があった。10億年金庫の所有者である女主人は、カギタロウの子孫だった。金庫破りの挑戦を受け入れ、挑戦者を厚遇するという一族10億年の使命を立派に果たしていたのである。


 カギタロウ一族の邸宅は、とても豪勢で立派だった。金庫破り挑戦者の宿舎が完備されていた。高級ホテル並みの待遇である。エリクは女主人の豪華な晩餐に呼ばれ、だいぶ気をよくした。


 「きちんと挑戦してくれる人は、最近ほんとに少ないんですよ」


 久々の挑戦者に、女主人は上機嫌だった。誰の挑戦でも受け入れると言っているが、いきなり誰でも10億年金庫に挑戦できるわけではない。まず、実力を示すため、いくつかの金庫破りをやってみせ、それをクリアしたら、10億年金庫に挑戦できるのである。


 エリクは用意された試験用金庫を光の気(ルーンオーラ)であっさりと真っ二つにした。女主人とカギタロウ一族の面々はこれに感嘆し、ぜひ本物に挑戦してくださいと言った。


 結果は駄目だった。しかし、本物本体に挑戦できる人間というのも、かなり久々との事だった。


 「エリクさん、せっかくですから、明日はこの星をご案内しますわ。私は、ここの星長ですから。この星の良さを、少しでも知ってもらいたいんですの」


 エリクはすっかり得意になっていた。挑戦に失敗しても、十分評価されてるんだ。やっぱり私は宇宙で唯一人の超人スーパータイプだ。


 豪奢な宿舎で、エリクはスヤスヤと眠った。


 明日こそは、金庫を破る。そんな夢を見ていた。



 

 ( 第26星話 10億年金庫は破れるかの星 後編 )

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