第25星話 かわいそうな象の星 【王道ギャグ】 【エリクと象の心の交流】
その星には動物園があった。寂れた星にふさわしい、寂れた動物園だった。
いや、それは動物園といってよいのだろうか。何しろ、あるのはほとんどが、動物のいないガラガラの檻だった。閉店売りつくしセールを終えた商店、そんな雰囲気だった。もちろん客もいない。ガラガラの檻が並ぶガラガラの動物園に、木枯らしが吹き荒ぶ。
だが、売り尽くしがすべて終わったわけではない。一頭だけ動物がいた。
象である。
大きな象を収容する大きな檻だけは、ちゃんと本物の動物がいたのである。一応、まだ動物園といおうと思えば、言えたのである。動物園の看板をかけて、今日も営業していたのである。
ガランとした動物園で。
宇宙の旅人の少女エリクは、象の檻の前に立っていた。
特に、動物園に行きたかったわけでも、象がみたかったわけでもない。しかし、本当に何もない寂れた星だ。立ち寄ってみたものの、ここぐらいしか、見物するところがなかったのだ。
〝遺伝子操作生命工学操作以前の、原種 人気動物を集めた動物園でございます〟
というのが、この動物園のキャッチフレーズだった。
生物の改造が、何十億年にもわたってとことんやり尽くされてきた時代である。原種の象。その実物を、間近で見るのは、エリクも初めてだった。
「へえ、原種の象って、こんななんだ」
一応感慨深い。でも。特に面白いというものではない。巨大生物が開発されまくってる時代においては、むしろ小さく見えるその姿、大きな耳。長い鼻。物憂げな瞳。特に火を噴くわけでもないし、体毛が光彩変化するわけでもない。ただ、じっとしている。曲芸ができるわけでもなさそうだ。
地味だ。ひたすら、地味だ。
エリクは、ぼーっとして、象と見つめ合う。象は、何を考えてるんだろう。エリクは、象に向かって手を振ってみたり、アッカンベーしてみたりするが、象は、何の反応もしない。物憂げな瞳で、じっと見つめてくるだけ。なんというか。コレ、頭をカラッポにするにはちょうどいいかな。
エリクは、少しなごやかな気分になった。
「お嬢さん、象が好きなの?」
声をかけられた。年配の飼育員。動物園のスタッフだ。
「ええ、原種の象を、直接見るのは、初めてです」
「そうかい。ここは、原種の動物たちを集めたのが自慢でね。なるべく太古の動物園の雰囲気を再現しようというのがコンセプトなんだ」
エリクは周りを見回す。立ち並ぶ、ガラガラの檻。
「ここはもう、閉園するんですか?」
飼育員は、顔を曇らせた。
「うん。残念ながらね。みんな、原種の動物は、あまりも地味すぎる、つまらないって言うんだ。確かに派手なことは何もしないからね。ただ。原種だって言うだけだと、みんなは最初、へーそうなんだと感心してくれるけど、それだけなんだ。特に何度も足を運んではくれない。それにここは小さな星だ。他の星から客を呼べなきゃいけないんだけど、ここは地味で、つまらないっていう評判が立っちゃってね。他所からの観光客もさっぱりなんだ。何とかリニューアルできないか考えたんだけど、もう星の予算がなくてね。動物園構想自体が失敗だったって、星議会でも突き上げられてね、とうとう閉園になるんだ。ここの動物は、あちこちに売ったり、もらってもらったりした。キリンもチンパンジーも、何とか引き取り手を見つけることができたんだけどね。この象だけは、すっかり歳だし、どうしても引き取り手がいないんだ。それで残っちゃったんだよ」
「ふうん、そうなんですか。じゃあ、この象はどうなるんです?」
「それは……」
飼育員は、暗い顔をして、言葉を濁す。エリクの物問いたげな瞳に、話題を変える。
「お嬢さん、せっかくだ。今日のお客さんは、お嬢さん、ただ1人だし、ちょっと象と遊んで行かないかい?」
「象と遊ぶ? そんなことできるんですか?」
「ああ、この子は、とてもいい子なんだよ」
飼育員は、にっこりとする。
エリクは、象の檻の中に、入れてもらった。
老いた象は、鼻を高々と掲げ、エリクを歓迎した。エリクは象の鼻と握手し、象にリンゴを食べさせた。象は大きな耳をバタバタと煽いだ。木枯らしの吹く中、余計寒くなったけど、これが象にできる精一杯のパフォーマンスだった。象はとても温かい瞳で、エリクを見つめていた。何かを訴えかけるような瞳だった。
エリクは、すっかりこの老いた象が、好きになった。
閉園の時間が来た。エリクは動物園を出た。象にできるパフォーマンスは、本当に少ししかなかった。長い間じっと見ていても、面白いものでもない。
でも、確かに。
心を通わせることができた。
エリクには、そんなふうに思えた。
明日、この星を発つ前、もう一度寄ろう。
動物園の門を出た時、立派なエアカーが来るのが見えた。動物園の門の前に止まる。立派な服の男が、中から出てきた。
なんだろう?エリクは気になった。この寂れた動物園の、閉園の時間に、何の用事だろう? 門柱の陰に隠れて様子を窺う。
「これはこれは星長閣下」
出迎えたのは、さっきの飼育員だった。丁寧に、帽子をとってお辞儀している。エアカーで乗りつけた男、この星の星長なんだ。
「いよいよだな。最後の仕事だ。どうあっても、あの象を片付けねばならん」
片付ける?象を? 聞き耳を立てながら、エリクは胸騒ぎがする。
「はい……」
飼育員の声は、弱々しかった。
「ん? なんだ? 準備はちゃんとできてるんだろうな?」
「はい……でも、本当にやらなきゃいけないんですか?」
「君は、何を言っているのだ?」
星長は苛立たしげに言った。
「さんざん議論して、もう決まったことだ。あの象には、引き取り手もいない。この動物園も閉鎖だ。だから、処分しなければならない。君は、そんなこともわからんのかね?」
「はい……わかっております」
飼育員の声はどこか悲痛だった。
「よし。わかっているなら良い。じゃぁ、今夜だぞ。今夜中にきっちりと仕事をするのだ。それがこの星のためだ」
星長は、エアカーで去っていった。
門の閉じた動物園の前で。エリクは、身動きできなかった。
処分。そう言っていた。
それも今夜。今夜、あの象が、処分される。
◇
宿に戻ったエリク。
ベッドの上で。まんじりともできなかった。
ずっと象のことが気になっていた。優しい瞳をした老いた象。
確かに、地味で見栄えはしない。芸はできない。人気もなく、引き取り手もいない。
だから、星のために、処分される。
「そんなのおかしい!」
エリクは、ガバっとベッドに身を起こす。
「ダメ、そんな人間の勝手な都合で、処分だなんて」
エリクは、宿を飛び出した。金百合柄の青マントと、赤のミニスカートを木枯らしの中に翻しながら。
◇
夜の動物園。もちろん、門は閉まっている。エリクは難なく柵を乗り越えた。象の檻へ。
象の檻の隣に象舎がある。明かりがついている。こんな夜に。やっぱり作業してるんだ。ひょっとして。
もう、〝処分〟されちゃっているんじゃ。
動悸がする。気が気でない。
エリクは、象舎に飛び込んで、叫ぶ。
「ダメーっ! やめてーっ!」
象舎の中の人たち。一斉に振り向く。
ん?
エリクは目を丸くする。一体この人たちは、何をしているんだ?
象は、象舎の中央に、物憂げな瞳をして立っている。
その周りには、梯子が建てかけられ、腕まくりした作業服の人たちが、大勢で。
ペンキを塗っていた。みんなでペンキ塗っていたのだ。象の体の半分は、極彩色に塗り終えている。
「なんだね、君は」
作業服で腕まくりした男。星長閣下だ。ペンキだらけになっている。星長も作業に参加してるんだ。
「今日、この象を見に来てくれた子です。この象のファンなんです」
こちらも腕まくりしてペンキ塗りをしていた昼間の飼育員が言う。
「ああ、象のファンか」
星長は、額の汗をぬぐう。
「じゃあ、よかったら、君も手伝ってくれんかね? 何しろこの大きな体だ。星庁舎のみんなで作業してるけど、まだ半分だ。人手は多いほうがいい」
「あの、一体みなさんで何をしてるんです?」
キョトンとするエリク。
「この象は生まれ変わるんだよ」
飼育員が、ややぎこちない笑顔で言う。
「動物園が閉鎖するんで、どうしようかって話になってね。宇宙港の旅行客歓迎役にすることになったんだ。だけど、この象の地味な見た目じゃとても観光客のお出迎えお見送りには使えない。そこでペンキを塗ってね、あといろいろ装飾をつけて、珍奇獣バオーンとして、派手に売り出すことにしたんだ。やっぱりただ何の仕事もしない象を、星として養っていくのは無理だってみんなに言われちゃってね。これしかなかったんだよ」
エリクの頭はクラクラした。
◇
翌日。
愛機ストゥールーンで星を発つエリクを宇宙港で、珍奇獣バオーンがお見送りした。今日が、バオーンのお披露目なのだ。バオーンは、全身キラキラの極彩色で塗られ、角やら翼やらの安っぽい装飾が付けられている。
エリクは、バオーンに、精一杯、手を振った。バオーンも、鼻を振る。新たな宇宙港の巨大マスコットの出来栄えに、星長以下星庁職員の面々は、満足しているようだった。一晩頑張った甲斐があったというものだ。飼育員も、象の新たな出発に、ほっとした表情。
エリクは、ストゥールーンを発進させる。たちまち宇宙に飛び立つ。
バオーンの首から下げた音響装置から、大きな声。お見送りのセレモニー。
バオオオオオーン!
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




