表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/17

第5星話 未来人の星   【巨乳美女を娶るため遂にタイムマシンを完成させた男の物語】 【作者のオススメ★★★★★】



 まるで自分のために用意されたような喫茶店(カフェ)だった。

 

 こざっぱりとした店内。木目調のデザインは柔らかく、温かく、明るかった。壁には控えめだが趣味の良い絵画が飾ってあった。天窓のガラスからは、静かに優しい光が射している。


 小さいが、憩える場所。


 そして、外の看板には、


 『本日は当店特製のチェリークリームパイと自慢のミルクティーがございます』


 と、書かれていた。


 この喫茶店(カフェ)の前を通ったエリクは、看板を見て足を止め、ガラス扉から中を覗くと、すぐに入ったのだった。チェリークリームパイとミルクティー。エリクの大好物だ。


 昼と夜の入れ替わりの時間だった。客は他にいなかった。


 カウンターの椅子に座り、隣の椅子に鞄を置いたエリク。


 チェリークリームパイとミルクティーを注文する。すぐに来た。エリクの顔がほころぶ。ゆっくりと味わう。思った通りの、優しく温かく心和ませる味わいだった。


 

 「本当に素敵です」


 エリクは、思わずカウンターの向こうの店主(マスター)に声をかけた。


 店主(マスター)は銀縁の眼鏡をかけた白髪の、初老の男性だった。


 「お気に召しましたかな? お嬢さん」


 にこやかな表情の店主(マスター)。柔らかい瞳をしている。


 「はい。すっごく。パイもミルクティーも、大好物なんです。私の好みにぴったりで。それにこのお店も、まさに、ちょうど入りたいな、と思っていたお店です」


 店主(マスター)は微笑む。


 エリクは満足していた。17歳の少女の頬が薔薇色に染まっている。この星に寄ってよかった。


 「これってすごい奇跡ですよね。たまたまこんな素敵なお店に巡り会えるなんて。ほんとに偶然?運命? なんだか、私の好みを知っていて、私が来るのを知っていて、それで準備して待っていてくれたような。そんなふうに感じます」


 「ほほう」


 店主(マスター)は、目を細める。


 「この商売をしていて、どのようなお客様が来るが、お客様の好みは何か、それがあらかじめわかってれば、ずいぶん助かるのじゃがのう」


 そうだ。エリクは考える。これから起きることを、予め知る。それができればずいぶん便利だ。でも、そんなことができるだろうか。それができるとすれば、


 「タイムマシン!」


 思わず叫ぶ。


 店主(マスター)は目を見開く。驚いたようだ。


 エリクは慌てて、


 「あ、すみません。ちょっと思ったんです。タイムマシンがあれば、未来で過去に起きたことを調べて、過去に戻って、これから起きることを万全の準備で待つことができる、ただ、そう思ったんです」


 エリクは真っ赤になった。我ながら、突拍子もない思いつきだ。


 だが、店主(マスター)は、真剣な顔つきで、


 「つまりお嬢さん、このわしが実は未来人で、未来で今日ここにお嬢さんが来ることを調べて、タイムマシンでこの時代に来て、お嬢さんの好みに合ったサービスができるよう準備して待っていた、そう言うんだね?」


 「あ、いえ、本当に……ちょっと思いついただけです」


 エリクは、ますます赤くなる。おかしなことを言ってしまった。バツが悪い。


 だが。


 店主(マスター)は、しっかりとエリクを見て言った。


 「もし、未来人なら、タイムマシンを、そんなことのためには使わん」


 きっぱりと。毅然たる口調。


 え?


 なんだ?

 

 エリクは、はっとして店主(マスター)を見つめる。店主(マスター)は、もう、エリクを見てはいない。そのまなざしは、どこか遠くを。


 ややあって、


 「お嬢さん、一つ、わしの知っている未来人の話をしようか」


 店主(マスター)が言う。


 「え?」


 エリクは驚く。

 

 「未来人を? 未来人を知ってるんですか?」


 思わず身を乗り出す。しかし、店主(マスター)が見ているのは、エリクではない。


 店主(マスター)は語り始めた。どこか遠くを見つめながら。



 これは遠い未来の、ずっと先の世界の話じゃ。


 ある星に、若者がいた。どこにでもいる若者じゃ。その若者は、(かね)も地位もなかった。しかし、若者らしい夢と野心だけは、人一倍持っていた。


 若者の夢と野心。それはありふれたものじゃった。星で1番の(かね)持ちとなり、立派な地位を築き、そして星で1番の美女を娶る、そういうものじゃ。


 若者が自分の夢に燃えている時、パーティーが開かれた。その星中の若者が招待されるパーティーじゃ。若者は、貧しいながらも、一張羅の晴れ着を着て、精一杯のおめかしをして、パーティーに出かけていった。


 パーティー会場で、若者は、同じ夢と野心を持った同輩たちが溢れる中、ただ1人の姿を追い求めていた。


 それはナスターシャだった。


 ナスターシャは、星で1番の美女だった。その瞳はどこまでも澄んで碧く、その髪は黄金(こがね)のように輝き波打ち、そしてその胸は、ああ、どこまでも広がる豊満さを誇るその胸は、完璧な丸みで、そう、完全、非の打ち所のない胸じゃった。それは、間違いなく天然物(ナチュラル)でーー


 「あの」


 エリクが口を挟んだ。


 「遠い未来、ずっと先の世界の話をしているんですよね? 遠い未来でも、胸のサイズとか、それが天然物(ナチュラル)かどうかとか、そういうのが重要なんですか?」


 胸が決して豊満ではないエリク。エリクの胸はグレープフルーツ(サイズ)といったところか。


 「重要なのじゃ」


 店主(マスター)は、ピシャリと言った。そして、話を続ける。


 

 若者は、もちろん、ナスターシャに近づくことさえ出来ぬ身分じゃった。ただ、ナスターシャを遠くからでもひと目見ればいい、そう思ってパーティーに参加したのじゃ。ところが、奇跡が起きたのじゃ。会場の隅にいた若者のところへ、ナスターシャが自ら歩いてきたのじゃ。人の波を掻き分けて。いや、ナスターシャの歩くところ、自然に道ができたのじゃ。


 ついに、目の前にナスターシャが来た。若者は、身動き一つできなかった。何が起きているのか、わからなかった。ナスターシャは微笑んだ。若者に向けて。若者ただ1人のためだけに微笑んだのじゃ。それはまさしく燦然と輝く女王の微笑みじゃった。あらゆるものを包み込む豊満なその胸は、もう目の前にあった。


 夢だ。若者は思った。これは夢だ。こんなことが現実にあっていいわけがないーー


 だが、まだ夢は醒めなかった。ナスターシャが若者に手を差し伸べ、婉然と言ったのじゃ。


 ーー 初めまして。お目にかかれて、とてもうれしいです。


 ここで夢が醒めたのじゃ。


 笑い声が起きた。ナスターシャは、いぶかしげに、辺りを見回す。つまり、こういうことじゃ。ナスターシャの友人たちの悪戯だったのじゃ。その日、ナスターシャは、星1番の金持ちの青年に引き合わされる予定だった。それで、友人たちは巫山戯て、ナスターシャに、貧しい若者のことを、あれがあなたを待っている金持ちの青年だよ、と吹き込んだのじゃ。


 真相を知ったナスターシャは、もう、わしのことを見ようとはしなかった。踵を返し、去っていく。わしはつい、追おうとした。そこに、星1番の金持ちの青年が現れたのじゃ。青年はわしを突き飛ばした。わしはパーティー会場に転がった。ナスターシャと金持ちの青年は、手を取り合って、笑いながら、去っていった。若者は、パーティー会場の床にへたりこみながら、周囲に笑われながら、ずっと見送っているしかなかった。



 それで、若者にはわかったのだ。ナスターシャが見ているのは、(かね)、そう、(かね)(かね)(かね)、じゃ。わしが星1番の金持ちの青年だと信じていたときには、わしに最大限の好意を見せてくれたのじゃ。つまり(かね)さえあれば、ナスターシャを振り向かせることができる。ナスターシャを娶ることができる。ナスターシャをわしのものにできる。そういうことなのじゃ。


 若者は決心したのじゃ。(かね)を稼ごう。(かね)さえあれば……もう若者の頭には、(かね)のことしかなかった。(かね)を稼ぐために若者にできる事といえば、それは発明だった。若者は発明家だったのじゃ。来る日も来る日も若者は、三角定規とコンパスを手に製図版とにらめっこしていたーー


 「あの」


 エリクが口を挟んだ。


 「遠い未来、ずっと先の世界の話をしているんですよね? 遠い未来でも発明に三角定規とか、コンパスとか使うんですか?」


 「使うのじゃ」


 店主(マスター)は、ピシャリと言った。そして、話を続ける。


 ただひたすら、ナスターシャを娶る、その一念じゃった。ついに設計図が完成した。そして試作に取りかかった。スパナを握る若者の手は油で汚れ、スパナダコができていたーー


 エリクは、スパナとスパナダコについては、コメントしなかった。


 ーーそして、ついに完成したのじゃ。それがタイムマシンじゃ。若者はついにタイムマシンを完成させたのじゃ。そのときには、若者はもう、若者と呼べる年齢ではなくなっていた。


 完成したタイムマシンを前に、震えるわしはーー


 「あの」


 エリクが口を挟んだ。


 「さっきから、若者とか、わしとか、人称が一定していないんですけど」


 「つべこべ言わず、黙って聴いてろ!」


 店主(マスター)は、ピシャリと言った。そして、話を続ける。


 完成したタイムマシンを前に、わしはどうやってこれで金を稼ごうかと考えたーー

 

 「あの」


 エリクは、つい口を挟んでしまった。


 「それだけの大発明なら、星系政府に売るとか、特許をとって大企業と契約するとか、そうすればいいんじゃないでしょうか?」


 「そうでは無いのだよ、お嬢さん」


 店主(マスター)は、静かに行った。


 「タイムマシンが量産されて、一般に普及したらどうなるか。想像もつかん。良いことが起きるかもしれん。だが、悪いことが起きるかもしれん。良い願いから生まれた発明が、人類に巨大な災厄をもたらしたことは、これまでに幾度もあった。人がタイムマシンを手にしたら、世界は激変するだろう。いったいどうなるか、誰にもわからない。わしは、世界が激変することが望まなかった。ただ、ナスターシャと2人で静かに暮らしたかったのじゃ」


 「確かに人がみんなタイムマシンを手にしたら」


 エリクが口を挟む。


 「すごいことが起きるでしょうね。本当に想像もつきません。今までと全く違った世界になってしまうような。胸のサイズとか、誰も気にしない世界になったりとか」


 店主(マスター)は無視して、続ける。


 わしは決めたのじゃ。このタイムマシンの完成は秘密にする。わし1人で使う。わし1人で使って、金を稼ぐ。それにはどうすればいいか。時間遡行(タイムトラベル)で金を稼ぐ方法。考えたのじゃ。そして、思い当たったのじゃ。


 ニュースを見て、このことを自分が前もって知っていれば、そう思った事は無いかな? 例えば、偶然ダイヤの原石が落ちてるのを見つけて拾った人が、大金持ちになったとか、そんなニュースじゃ。


 タイムマシンがあれば、過去に戻って先回りしてダイヤの原石が落ちている場所に行き、自分が手に入れることができる。それで金持ちになることができる。そういうことじゃ。それがタイムマシンで(かね)を稼ぐ方法じゃ。


 「わかったかな、お嬢さん」


 店主(マスター)は、カウンター内側の引き出しを開ける。


 ゴトン、音がした。金属の音だ。なんだろう。結構重そうだな。エリクからは、カウンターの内側は見えない。



 「エリク、動くな」


 店主(マスター)が取り出したのは光線銃(ブラスター)だった。エリクの頭に突きつけている。


 「わしは未来で調べたのじゃ。エリク、お前の行動記録をな。お前が今日この喫茶店(カフェ)に寄ることがわかった。そこでタイムマシンで1ヵ月前のこの世界に来て、この喫茶店(カフェ)を買い取り、お前を待ち受けていたのじゃ。エリク、お前は宇宙史上最高額の賞金首じゃ。未来でもお前の記録は破られてはいない。お前をここで殺す。莫大な賞金を手に入れる。そして未来に戻って、ナスターシャを娶るのじゃ。わしの夢が、ついに叶うのじゃ」


 エリクは瞳を落とす。ちょっとでも身動きすれば、頭を撃ち抜かれるだろう。しかし、店主(マスター)と目を合わせることが、できなかったのだ。


 「今、あなたの話を聞いて分かりました。タイムマシンを発明しても、時間遡行(タイムトラベル)ができても、人はそれで幸せになることはできません。科学は人を助けることができます。でも、科学は人を支配することはできないんです」


 「もう後戻りできぬじゃ」


 店主(マスター)は声を震わせる。


 「このために、わしは生涯を捧げてきたのじゃ。エリク、覚悟しろ」


 引き金を引く。光線銃(ブラスター)が火を噴いた。


 エリクの体は後ろに吹っ飛ぶ。


 その瞬間ーー


 「超駆動(オーバードライブ)!」


 エリクが黄金に輝く光の気(ルーンオーラ)に包まれる。


 「光弾(ルーンビーム)!」


 エリクの左手の人差し指から放たれた光線(ビーム)店主(マスター)の胸を貫く。店主(マスター)はカウンターの中に倒れ込んだ。



 喫茶店(カフェ)の床。エリクは倒れている。起き上がれない。右肩を撃ち抜かれた。出血がひどい。左手で右肩を抑え、治癒(ヒーリング)する。損傷率12% 。危なかった。損傷率が15%を超えると、もう完全な治癒(ヒーリング)はできない。


 やっと治癒(ヒーリング)を終える。エリクは立ち上がった。右肩。服が破れたまま。


 「なんで教えなかったんだ?」


 椅子の上の鞄から、エリクは万能検査機(メガチェッカー)を取り出す。しゃべる機械(メカ)。何でも探知(サーチ)できる。


 「仕方ないよ」


 万能検査機(メガチェッカー)はふくれる。


 「あの光線銃(ブラスター)は、厳重な探知(センサー)防御(ガード)がしてあった。僕には破れなかったんだ。きっと未来の技術(テクノロジー)だね。未来の技術(テクノロジー)は怖いね。未来じゃ僕なんて、とっくに過去の遺物ってことさ」


 エリクは、床に落ちていた光線銃(ブラスター)を拾う。


 「これ、私にロックオンしてた。私が店に入ってくる前から、ロックオンしてたんだ。時間遡行(タイムトラベル)技術(テクノロジー)が関係してるんだろうね。だから、動けなかった。動いたら、その瞬間、頭が吹っ飛ばされていた」


 「それで、撃たれてから、超駆動(オーバードライブ)したんだね」


 「うん。避けるの、本当にギリギリだった」


 エリクは、未来の光線銃(ブラスター)を見つめる。未来からすれば、現在の人間は過去の遺物。でも、全く何もできないわけじゃない。


 「あ」


 エリクは目を(みは)る。


 光線銃(ブラスター)が、突如、光りだしたのだ。そして、無数の光の粒子となって、たちまち消えた。一瞬の出来事だった。


 エリクは、カウンターの向こうを見る。


 胸を撃ち抜かれ、倒れ伏す店主(マスター)の遺体。光りだした。やはり無数の光と粒子となる。そして消えた。


 「なんだろうね、これ」


 エリクが呟く。


 「きっと、未来が過去に干渉したら、それを元に戻す原理が働くんだよ」


 万能検査機(メガチェッカー)が、電光板の赤と黒の光をチカチカと点滅させる。


 「そうなんだ」


 おしゃれで、素敵な喫茶店(カフェ)店主(マスター)が来る前に戻った。


 「ねえ、店主(マスター)は、うまく私を殺せていたら、未来に戻ってナスターシャさんを娶ることができたのかな」


 「わからないね」


 万能検査機(メガチェッカー)が言う。


 「ナスターシャさんの胸は、今、どうなっているんだろう?」


 「わからないね」


 万能検査機(メガチェッカー)が、繰り返す。


 エリクは喫茶店(カフェ)の天窓を仰ぐ。明るい光が差し込んでいる。


 未来。そこでは、私の行動記録を調べることができるんだ。いったいどこまでわかっているんだろう。その記録とは、これから私が変えることができるものなのだろうか。これから何が待ち受けているのか、もうすっかり決まっているのだろうか。


 それでも。


 「行かなきゃ」


 万能検査機(メガチェッカー)を鞄に入れ、肩にかけると、エリクは喫茶店(カフェ)を出た。



 ◇



 星から星へ。


 エリクの旅は続く。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ