第24星話 考えたくない葦の星 中編
さわさわ、ざわざわ、葦がそよぐ。
聴こえるのはそれだけだ。本当に。虫も鳥もいないのだ。全てが葦の世界。
さわさわ、ざわざわ、
「ねえ」
エリクは言う。
「なんだか、この葦、囁いているみたい。喋る植物っていうのはどうなの?」
フフン、と箱型ロボは、鼻を鳴らす。
「エリク、君は本当にものを知らないな。葦がそよいでいるっていうのは、別にしゃべっているわけではない。でも、植物だってそれなりに信号は出すんだよ」
「信号?」
「うん。電気信号を出している。それなりに意味のあるメッセージを出している事は、昔からわかっている。もっとも、昔は単純なメッセージを出してるだけだと考えられていたけど、意外と複雑なメッセージの交換を植物同士でしてるんじゃないか。ただ僕たちが植物の思考言語がわからないものだから、理解できていないだけなんじゃないか、最近ではそういう説もある。こういうのは常識だと思ってたけどね」
「うん……植物同士が単純なメッセージ交換している、それなら聞いたことあるよ。それも、珍しいことじゃないんでしょ?」
「当然。植物の基本だからね。さっきも言ったけど、ここの葦は、同じ遺伝子で、どんどん殖えている。といっても、全部同じ遺伝子じゃない。30から40のクローン株グループに大別される。それぞれのグループごとに、微妙に違う電気信号を出している。会話していると言えば、してるんじゃないかな。僕たちには理解できないけど」
植物についてのありきたりな知識。それは勉強できた。でも、肝心の謎には、全く手がつけていない。
エリクは、また葦の原を見回す。そのうちパトロールが来て、エリクはここから追い出されるだろう。でも、なんだろう。妙に、ここに惹きつけられるのだ。単に謎を探りたいとか、そういうことではなくて。この星が呼んでいる。この葦たちが呼んでいる。誘っている。ずっとここにいなよ、こっちの世界においでよ、そう誘っているように、なぜか聞こえるのだ。
こんなことを言うと、また万能検査機に、人間の妄想だと笑われるので、エリクは言わなかった。
「ねえ、万能検査機、この地表で調べられる事は、もうないみたいだね。この星の歴史はどうなの? 保護区に指定された経緯とか、何かわからないかな。調べてみてよ」
「ミーマ星の歴史については、調べたよ。保護区に指定されたのは、22億年前。理由は、その時のニュースをチェックしても、書いていない。最初から隠されていたんだ」
「その前は? そもそも、この星が改造されて、人工生態系ができたのはいつなの? この星に関する情報、全部集めてよ」
「10億年以上昔の情報を、拾うのは、かなり難しいんだけどね」
万能検査機は、難しい顔をして、情報解析を始める。
葦がそよぐ。ゆらゆらと、さわさわと。
「解析は終わった。集めるだけの情報集めたよ。こういっちゃなんだけど、僕でなくちゃ、大昔の断片的な情報を集めるなんて、できやしないよ」
万能検査機は、語り始めた。この星の歴史を。
「ここに初めて人間がたどり着いたのは、48億年前。宇宙開拓期の、まだ早い段階だね。当時は、疾風怒濤の時代といわれて、ありとあらゆる宇宙への挑戦が行われていた。そして、この周辺が、開拓されて、有人星が出来ていった。今もこの星域の主星のカメレ星が、開拓の拠点となっていた。
ここが本格的に改造されて、生態系ができたのは、だいぶ遅れて、42億年前だね。開拓団がやってきた。重力調整装置が埋め込まれ、人工大気が貼り付けられ、水が移植され、生態系ができたんだ」
「最初から、葦だけの星だったの?」
エリクが訊く。
「うーん。それはわからない。開拓のニュースだと、普通の改造移住だったみたいだけどね。開拓団が、特にこの星を葦だけにしたいなんていう理由は、考えられないね。とりあえず人間が定住した事は間違いない。この星に移住してきた人たちも、特別ではない。移住目的も、いたってありきたり。スローライフさ」
「スローライフ?」
「うん。君も知ってるだろうし、散々みんなが言ってる標語だよ。文明に疲れた人間が、自然な生活に戻ろうっていうね。ま、ロボットは、いくらコキ使ってもいいって言うんだから、勝手なものさ」
スローライフ。いかにもありきたりな標語だ。
「で、その人たちはどうしたの?」
「うーん。その人たちがここでどうしたか、その後の情報は、当然ながらあまりないよ。ただスローライフを送ってるだけなら、別にニュースにも何もならないしね。特にマメに記録をつけて、全宇宙に情報発信とか、ミーマ星の住人は、してなかったんだな。だからどれだけ頑張って探査しても、記録はない」
「ふうん。特にどうこうって話じゃないね。結局、ここは今、無人なんだから、人間はこの星を去って、独自進化した葦の世界になったってことなんでしょ? もう情報は何もないの?」
「うーん。この星からの情報発信。本当に、断片的にだけど、残っている。住人たちは、スローライフ派の中でもかなり強硬な一派で、〝ミニマリスト〟と、呼ばれる人たちだった」
「ミニマリスト?」
「最低限で生きる人さ。必要なものだけを持ち、本当に必要なことだけ、自分を充実させることだけをする。そういう人たちさ。エリク、君みたいな贅沢浪費屋とは、正反対の人たちだよ」
「なによ。私だって宇宙じゃ、小さな船にいっぱい積め込めないから、我慢して、地上のものは捨ててくるのよ。だからその分地上に着いた時は、思いっきり派手に遊んで買って散財するの。それの何がいけないの?」
「いけないとか言ってないさ。君の考えは君の考えで、それでいい。ただ、ここに移住してきたミニマリストたちは、そうでなかったってこと」
「ふうん。結局、その人たちは、どうなったの?」
「わからない。この星からの最後のメッセージは、40億年前のものだ。そのメッセージは、〝われわれは、自分たちで生きる。必要なもの以外一切持たない。何もいらない。誰の邪魔もせず、誰にも邪魔をされない。ただこの星で静かに生きる。ただ、あるがままの我々であればそれでよい。ここで真のミニマリストの理想郷をつくる〟そういうのだよ」
万能検査機の話は終わった。他に語るべき事は何もなかった。小さな星の話。それが全部だった。
エリクは、空を、水のせせらぎを、風にそよぐ緑の葦を、見つめていた。
ミニマリスト。エリクとは、真逆の価値観の人たち。
その人たちは、一体どうなったんだろう。自分たちの理想郷はつくれたのだろうか。
(第24星話 考えたくない葦の星 後編へ続く)




