第24星話 考えたくない葦の星 前編 【哲学】 【本格SF】 【人類進化の果てに】 【スローライフ派の最強硬派ミニマリストの星】
小さな星に降り立つと、一面に葦がそよいでいた。
エリクは、愛機である小型宇宙船ストゥールーンのハッチを開け、立ち上がり、あたりを見回す。
「ほんとに何もないね」
わかっていたことだった。星の上空を周航し、透査したが、ただ、大気と豊富な水、そして、一面の葦。それしかない。星は平坦で起伏はなく、大きな川もなく、ただ、入り組んだ、小さな水の流れと沼が網の目のように星中に水路を作り、水際までいっぱいに葦が生い茂っている。
「水と緑がある」
万能検査機が言った。エリクの相棒の箱型ロボである。
「水と食料の補給に、僕たちはここに寄ったんだよね。とりあえず水を汲もうか。食料はどうする? 探査した限りじゃ、ここには葦しか生物はいないみたいだね。動物も魚も。昆虫もいないみたい。木の実や果物もないね。葦を大量に刈って圧縮して固形食料にする? 一応ちょっとは栄養分が摂れるよ」
「いらない。草で作った宇宙食なんて。そんなの嫌。一応、もっとましな宇宙食が、まだあるし。水だけ汲んで」
ストゥールーンから水路へホースを伸ばし、水を汲む。これでパトロールが来ても、言い訳はできる。
エリクは、操縦席の座席に座り込んだ。いつもなら、星に着いた時は、すぐ地上に飛び降りるのだが、一面エリクの背丈より高い葦の原である。地上に足をつける気にはなれなかった。
「水は補給したよ。どうする? 発つ?」
と、万能検査機。
「もうちょっとこのままいようかな。水と空気と緑。宇宙より、素敵じゃない」
エリクは、操縦席の座席に凭れ、空を見上げる。柔らかい光と風。見回すと、どこまでも続く葦。
「パトロールが来たら、どうすんの?」
万能検査機が、やや心配そうに言う。
「水を補給にやむを得ず着陸しました。補給にちょっと手間取りました。そういえば、いいんじゃないの? 私たち、この星を荒らしてないし、最低限の事しかしてないでしょ?」
光と風の中、エリクは、うう、と大きく伸びをする。
「でも、なんでこの星が、立ち入り禁止の特別保護区なんだろうね」
着陸前から、何度も繰り返してきた疑問を、エリクはまた口にする。
◇
この小さなミーマ星は、カメレ星系政府指定の特別保護区だった。許可なしの侵入着陸立ち入りは、禁止である。
しかし、どう調べても、特別保護区に指定された理由が、わからないのである。カメレ星庁のサイトにも、理由については書いていない。ただ、ミーマ星は、進入禁止の保護区に指定されています。許可のない侵入着陸は、法律で処罰されます、そう書いてあるだけだった。
これはいったいどういうことだろう? 気になったエリクは、調べに行くことにした。もちろん許可なしである。宇宙公法では、宇宙の旅行者が水や食料の補給、その他の非常事態の際には、どこの星でも、着陸を拒否したり、禁止したりしてはならない、そう定めてあった。そこでエリクは、水と食料の補給を口実に、星に着陸したのだった。パトロールが来て、警告されたら、すぐ立ち去ればいい。その間に、星の秘密を探ってみよう、そう思ったのだった。
しかし。星に接近して探査しても、着陸してみても、何もわからない。何の変哲もない小さな星。
「ほんとに何もないの?」
ご主人様の少女の何度目かの問いかけに、万能検査機はむくれる。
「ないよ。ここには人工物建造物は一切ない。星の内部にも、変わった構造は無い。特別な鉱物もない。小さな星だからね。隅々まで透査できる。ここは見たまんまの星だね。なにもない」
箱型ロボは、きっぱりと言い切る。
「ふうん、じゃあ、なんでまた、ここが指定保護区なんだろうね」
また、出発点へ。堂々巡りである。
◇
箱型ロボは、短い腕を伸ばして葦をむしり、丹念に探査している。星の一面いっぱいに生い茂っている葦だ。ちょっとくらいむしっても、荒らしたことにはならない。
エリクがつぶやく。
「ねえ、ここって、葦以外の生物、ほとんどいないんだよね。どうしてだろう。最初この星を改造して生態系を作った時、葦だけの星にしたのかな。それとも、途中で葦以外の生物は、排除されたのかな。どっちにしても不思議だね。なんだかんだ時間が経てば、外から生物が持ち込まれるのが普通だけど。何もいないって、おかしくない?」
万能検査機は、手にした葦を示す。
「それについては、この星の最初の状況はわからないけど、途中から葦だけになった理由は、はっきりしている。この葦は、排他的攻撃型植物なんだ。他の生物が侵入してくると、結構強い毒素を出すんだ。そういう方向に、長い時間をかけて進化してきたんだね。それで他の生物はいない。最も、こういう特質の植物は、珍しくないよ。結構強力な排他的攻撃型植物が、小さな生態系に繁殖すると、そこは単一の生物相になる。報告例も、いっぱいある。別に珍しいから保護するってほどのことじゃないな」
「ふうん。あ、さっき、この葦を食料にするとか言ってたじゃない。そんな危険な毒を持ったものを私に食べさせようとしたの?」
「いきなり毒は出さない。侵入生物が来たら、相手の特質に合わせて、効果的な毒を作り出すタイプだね。それに、毒素って言っても科学処理すれば、分解無害化できる程度のものさ。それでも、一般の生物には危険なんだ」
「そっか。でも、食べたくないな。排他的攻撃型植物? それがこの星の支配者ってことね。ねえ、この葦について、もっと他に何かわからないの?」
「本当に特別な事はないんだよ。この葦と、標準的な葦の違いはね、さっき言った侵入者に対して、毒素を出すことと、あと、地下茎がどんどん伸びて繁殖すること。普通、この種の植物は、花を咲かせ種子を作り、それを飛ばして殖えるのが基本だけどね。この星の葦は花も種子も作るけど、地下茎クローン増殖が基本かな。そして、古い株が枯れても、新しく伸びた株が生き残るから、ずっと太古の遺伝子を伝え続けている。でも、こういう特徴の植物なんて、いっぱいあるからね。これも特別保護するような理由にはならないな。宇宙でよく知られた特徴をもつ、ありきたりな植物。もっと珍しくて、きっちり指定保護植物になっているものは、いくらでもあるさ。人間って、ロボットの扱いは雑だけど、希少生物となると、目の色変えて保護するからね」
人間への批判は、エリクは聞き流す。
「特別な事は無い、じゃあ、なんだろうね」
また言って、目を閉じる。
小さな星。ただ、葦だけが風にそよいでいる。
(第24星話 考えたくない葦の星 中編へ続く)




