第23星話 遊園地の星 中編
「うわーっ! すっごーい!」
エリクは瞳をキラキラさせる。
とうとう来た。大都会星として近隣星域に君臨するダリューン星一の大規模屋外型遊園地である。広大な敷地に、無数の施設、アトラクションがある。敷地の半分を占めていたのが、その名を宇宙に轟かすハイパープールであった。
来場者でごった返す入り口をくぐりながら、エリクは、早くも興奮している。
「大きいねーっ! 広いねーっ! ここ、全部回るのに、どのぐらい時間かかるんだろう」
「何週間もかかるわよ」
レイラがにっこりして、いう。エリクを見つめる視線は、優しかった。なんだかんだこの少女には、好感を持っていたのだ。最近の探偵助手としての活躍に、レイラも感心はしていた。しかし、密かに想いを寄せるギルバンの事では、絶対妥協できなかった。とにかく、エリクとギルバンをくっつけなければ良いのだ。〝まちがい〟があってはならない。そのために来たのだ。
ギルバン。レイラの胸は高なる。憧れのギルバンと、2人ではなく、エリクを入れた3人ではあるが、ともかく、プライベートでギルバンと一緒に遊園地に来ているのである。同じ宇宙警察勤務であったが、プライベートで一緒というのは、これまでほとんどなかった。
今日のギルバン。星の女性憧れの貴公子。カジュアルでありながら、趣味の良い小粋者の服装。首には、地面まで届く長い赤いスカーフを巻いている。飄々としながらも、周囲に鋭い目線を配っている。悪と戦う〝大宇宙刑事〟は常在戦場なのだ。
レイラも。今日は大胆に胸をえぐったタンクトップに、ピッチピチのホットパンツ。白く輝く肌が眩しい。後ろで束ねた長い藍色の髪。水色の瞳。長身のうら若き乙女ははっきりと胸の谷間もふくらみも見せている。メロン級のその胸は、ごった返す群衆の中で、人目を惹いていた。しかしレイラが気にしているのは、ギルバンの目線だけである。公務でない、カジュアルな私服姿を憧れの上司に披露するのは、まだ何度目かのことであった。
エリクは、いつもの花柄のブラウスにグレーのミニスカート。素足に銀のサンダル。そして、ピンクのガーターリングをしていた。
可愛い女の子らしさをアピールしながら、ガーターリングで攻めている。これは手強いな。レイラの鋭い視線が、エリクの服装を透査する。
なんであれ。レイラは、両腕を上げ後ろで束ねた髪を直す。胸の双穹を強調する大胆なポーズ。これはギルバンの心を射止める戦いなのだ。
◇
今日の目的は、この遊園地の看板のハイパープールであった。しかし、いろいろなアトラクションがあるのだから、少し見て回ろう、ということになった。
「きゃー、こわーい!」
レイラが、エリクに抱きついてきた。まず入ったのは、お化け屋敷であった。なかなかハイパーなお化け屋敷で、立体映像の幽霊だ魔物だかが、次々と現れ襲ってきた。
たちまち取り乱すレイラ。抱きつかれ、胸を押し付けられたエリクは、驚く。冷静沈着なエリート女刑事が、お化け屋敷を怖がるなんて。
「レイラ君は、オンオフがはっきりしてるんだ。今は刑事オフモードだからね。一旦、刑事モードになったら、こんなの、問題じゃないよ。素の自分に返ってここを楽しめるっていうのが、彼女の強みかな」
ギルバンが、解説する。そういうものか。ガタガタ震えるレイラに抱きつかれたままのエリクは思う。レイラとしては、ギルバンに抱きつきたいところであったが、それは乙女の恥じらいが邪魔をしたのであった。その機微はエリクにはわからない。
「幽霊。面白いけど、なんというか、大それた犯罪はしないな。人を脅かすだけだ。軽犯罪者のショー。なぜ、これが大昔から人気なのだろうか」
ギルバンは、フランケンシュタインの立体映像を見ながら、考え込んでいる。
結局、お化け屋敷では、レイラが、1人でキャーキャー騒いでいた。エリクはずっと抱きつかれっぱなしだった。
◇
次に行ったのは、射撃遊戯。これはレイラが、うってかわってイキリたった。射撃の腕前は、宇宙警察学校史上随一なのだ。上司ギルバンの前でも怯まずバンバン撃つ。最高得点をたたき出す。
「悪党はみんな蜂の巣にしてやります! この私が悪党を許しません! 特に、女の敵は! この宇宙に真の平和が来るまで、私は撃ち続けます! 戦い続けます!」
レイラは、目を血走らせて叫ぶ。
ギルバンとエリク、おおっ、と拍手する。
エリクはいささか背筋が寒くなった。エリクは濡れ衣とはいえ、逃亡中の指名手配犯なのであった。正体を隠して、一般市民だと偽り、大宇宙刑事ギルバンに〝保護〟されていたのである。今のレイラ、刑事モードオンとオフのどっちなんだろう。正体がバレたらやばいのは、確か。
◇
あちこちアトラクションを回って、ひとしきり遊んで。
喫茶店に行って、軽く休憩することになった。だいぶ汗をかいた。息も弾んでいる。ほとんどレイラが1人で、はしゃいで叫んで騒いでいたのだが。
エリクはアイスミルクティー。ギルバンは、ブラックコーヒー。レイラは、カフェオレ。
やや、沈黙。完全プライベートで3人で遊びに来たのだ。これはとにかく、3人にとって、珍しいことであった。
みんなドリンクを飲み終わる。
いよいよ。今日の本番。
遊園地名物、ハイパープールへ!
◇
「エリクちゃん、私が水着買ってあげるね」
レイラが言う。3人は、ハイパープールに行く前に、遊園地内のショップに寄った。ショップといっても、大きな星の総合デパートほどの規模がある。何でもあった。
エリクは、とりあえず、やや固まった笑顔を浮かべる。なぜレイラが、水着を買ってくれるのか、よくわからない。ギルバンが買ってくれるっていうはずだったんだけど。それは、所長として、助手の働きへの褒賞だとエリクは理解していた。それがなぜ、レイラが買ってくれることに?
「水着は女の武器。女の鎧。それを男性に任せるなんて、とんでもない!」
レイラはきっぱりと言う。妙に目をギラギラさせている。そういうものか、エリクは思う。それなら別に、レイラに買ってもらわなくても、自分で買うんだけど。しかし、女刑事の気迫。妙な圧。とりあえず買ってもらうことにする。
「エリクちゃん、これ、似合うんじゃない?」
女性物水着コーナー。ギルバンをほっぽいといて、2人の少女は、水着選び。レイラが熱心に水着を選び、勧めてくる。
「うわー、可愛い」
エリクは、素直に感想を言う。レイラが勧めてくるのは、どちらかというと、子供っぽさを強調した、可愛い水着ばかりであった。エリクは大人っぽいスタイリッシュな水着にしようと思っていたのだが、レイラの気迫に圧され、これでもいいかな、と思う。
全宇宙のお尋ね者の指名手配犯の身とは言え、たまには子供のままではしゃぎ回るのもいいだろう。
結局、ピンクのスカート付きワンピース水着にした。
「エリクちゃん、すっごく可愛い! こんな妹が欲しかったな!」
自分の選んだ水着を着てポーズをとるエリクを前に、レイラは大得意であった。頬を紅潮させている。これは本心であった。レイラは女の子相手に、決して悪意など持てないのである。
エリクは、申し訳ないと言ったが、レイラは、自分から言い出したことだと言って、エリクの水着の代金を支払った。
◇
一面、青の世界だった。
ハイパープール。まるで海みたいに大きい。各種の人工設備が、機能している。空中に浮かぶ水塊。小さな水塊の階段で上がれるようになっている。重力操作装置でできた、水流や、大噴水、ジェットスライダー、人工生命体やロボットのイルカに亀。脅かし役の鮫。水だけで、遊園地のアトラクションの全ての機能を網羅していると言ってよかった。
「すごい人だね」
エリクはキョロキョロあたりを見回す。
ついにプールである。
ギルバンは、バミューダパンツ。隆々たる筋骨を誇示している。そして首には足先まで届く、長い赤いスカーフを巻いていた。これは何があろうと外さないものらしい。まあ、ここまではっきりした目印があれば、エリクは思う。迷子にならなくては済むな。
レイラは。潔く肌を露わにした大胆な白ビキニ。メロン級の胸をいっぱいに強調している。長身で抜群のプロポーション。格闘訓練をしているので、しっかり筋肉はついているが、引き締まった、スレンダーな体。しなやかな女豹を思わせる。
誰もがうっとりとなる18歳の乙女レイラだったが。またここでも、エリクにピキピキしている。
エリクは、レイラが買ったピンクのスカート付きワンピース水着に、ピンクのガーターベルトと、左太腿のガーターリングをしていた。
エリクに子供っぽい水着を買って、自分は大人の魅力全開のシンプルな白ビキニで決めて、差をつけようというのがレイラの作戦であった。しかしエリクのガーターベルトとガーターリング。ガーターベルトはもちろん、スカートの下なのだが、ぴょんぴょん跳ねるとスカートがまくれ蠱惑的なピンクのラインが姿を現す。もちろん、左太腿のガーターリングも、超攻撃的た。子供っぽさの中に、俄然、大人の妖しい色気が立ち上っていたのである。
うーむ。やっぱりあの子、かなりな策士? レイラは、胸の双穹をぶるぶると震わせる。穏やかではいられない。ギルバンは、大人の女性の魅力が好みのはずだ。だからこそ、エリクに子供っぽい格好させて、自分を振り向かせようとしたんだけど。
あのガーターベルトはやばい。シンプルに決めた白ビキニと、蠱惑的なピンクのガーターベルト。ギルバンの眼を奪うのは、どちらだろうか。
◇
「さあ、今日は」
ギルバンがエレガントな笑顔で言う。
「ここまできた以上、思いっきり楽しもう。立場とか、仕事とか、今日は忘れてね」
2人の少女に異存はなかった。エリクは逃亡中の指名手配犯であることを忘れ、レイラは思いを寄せる男が、自分の上司であることを、ここでは忘れたのである。
「キャーっ!」
空中の水塊に上ったとき。エリクは、罠の落とし穴に引っかかる。
「エリク君!」
すばやくギルバンが、エルクに飛びつき、抱きかかえ、2人で一緒に落ちる。
「やっぱりあの子、狙ってるの?」
追いかけて落ちながら、レイラは、やきもきする。
ジェットスライダーでは。
「キャーっ!」
激しい水流の中、エリクは、思わずギルバンの赤いスカーフを握る。
「ぐおおおおっ!」
首が締められ、青くなるギルバン。
「あ、ごめんなさい」
エリクはあわててギルバンの肩をつかむ。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん、こんなの、何でもないさ」
青色吐息のギルバン。
隣で泳ぐレイラは、またピキピキ。
「何なの? 距離を縮めようとあの手この手?やっぱりあの子あざとい?」
エリート女刑事も恋の手練手管の事は知らず、胸の双穹を震わせる。もちろん、エリクには、恋の手練手管を駆使してるつもりは毛頭なかったのだけど。
巨大噴水の上で。大きな水の傘の上に、みんな座って、遠くを眺めていた。
レイラは、ギルバンの隣で膝を抱えながら、この瞬間を、本当に尊く思っていた。憧れの人と一緒に水着で……すると、噴水の中から、イルカが現れた。イルカはまっすぐレイラの胸へ、飛んでくる。
レイラは、はっとなった。あのイルカ、私のビキニを狙ってる?
もし、あのイルカが悪戯でビキニのトップを咥えてそのまま持っていってしまったら。ギルバンの目の前で、胸が丸出しに! どうしよう! そんなことになったら! 18歳の乙女レイラは、真っ赤になる。イルカは消えた。立体映像だった。巨大噴水の傘の上で、あらぬ妄想をしたレイラはしばらく赤面していた。
そんなこんなで。
さんざん3人で遊び、はしゃぎまくった。
無邪気なエリク。
女性の視線を虜にする小粋者ギルバン。
そして、男性視線を一身に集めながらギルバンしか見ていないレイラ。
本当の修羅場はここからなのである。
( 第23星話 遊園地の星 後編へ続く )




