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第22星話 安楽椅子探偵の星 4 完全解決大団円編




 ギルバンが立ち上がった。青年キルプに近づく。そして、しゃがむと、キルプの肩に、そっと手を置いた。


 「厄介な事件だったが、無事解決した。時間との勝負だった。超時空移動(ワープ)(ゲート)に吸い込まれた赤ん坊は、無事助かった。めでたし、めでたしだ。しかし、かえすがえすも残念な事は、せっかく宇宙怪盗キルプの奴めがこの星に現れたというのに、まんまと逃げられたことだ。惜しかったね。あと一歩のとこだったのに」


 キルプは、凍りついた表情をしていた。ギルバンが、何を言っているのか、わからないのだ。


 ギルバン探偵事務所の所長室。穏やかな日曜の光に包まれている。


 レイラ、マキト大佐、そしてエリク、みな笑顔になった。


 ギルバンが続ける。

 

 「宇宙怪盗キルプ、宇宙警察を出し抜くその手口、これは途轍もなく恐ろしい奴だと、この私も舌を巻いたものだ。この宇宙一の頭脳、悪魔の頭脳と呼ばれた私を慄然とさせた。それがキルプだ。私はずっと考えていたのだ。キルプの能力からすれば、もっと大きな悪事を働くこともできるのではないか。それこそ、全宇宙を震撼させるような悪事をね。しかしキルプをやっていること、それは星で1番あくどいことをやっている商会の金庫を破って、盗みを働くことだけだ。これはどういうことなんだろう、てね。でも、今日、助手のエリク君が、謎を解いた。キルプは、孤児を助けたかった。孤児院に寄付したかった。そのために盗みを働いた。なるべく悪どい大物を標的(ターゲット)にした。そうだったんだな。宇宙警察を欺く技倆を持ちながら、その姿勢は一貫としていた。決して私心なく、ただ、孤児のために。これは驚くべきことだ」


 「なかなか真似できねえな」


 マキト大佐が腕組みして言う。


 「俺だったら、そうさな、キルプの盗みの腕前があったなら、レオニーちゃんのレアアイテムグッズ全部かっさらうかな。それと、えーと」


 事件が無事に解決して、またギャルゲーに引き戻される大佐。みんなは無視した。


 ギルバンが続ける。どこか遠くを見る目をしながら。


 「キルプには、まんまと逃げられてしまった。でも、なぜかあまり心配にならないんだ。キルプは、きっぱりと、宇宙怪盗を引退する。そう思う。いや、わかるんだ。これは確かなことだ。そして、キルプはどうするんだろうね」


 「孤児院を経営するんです」


 言ったのはエリク。にっこりしながら、青年キルプを見つめている。


 「ギルバン刑事」


 自分の携帯端末をチェックしていたレイラが言う。


 「警察に確認しました。グーラト商会の金庫室で、超時空移動(ワープ)装置のスイッチを切って現れた隠し部屋で、赤ん坊を確保。無事だそうです。それと、もう一つ、商会の正規の金庫が破られて、ごっそり盗まれていたそうです」


 みんな、キルプを注視する。


 「最初に、金庫を破って、中身を手に入れたんです」


 キルプは、小さな声で言う。


 「そうしたら、別の(ゲート)を見つけたんです。こっちにも何かあるかと思って開けてみたら、それが超時空移動(ワープ)(ゲート)で、赤ん坊が吸い込まれちゃって」


 うつむく青年。


 マキト大佐が言う。


 「そうか。キルプはグーラト商会から、きっちり盗んだのか。いや、でかしたぞ。あの商会はな、あくどいことで有名で、情報部も目をつけていたんだが、星の上層部とつながってやがって手が出せなかったんだ。キルプがとうとうグーラトの金庫を破った。これは、情報部を挙げて、祝杯だな。(かね)は返す必要ないぜ」


 「よかった」


 エリクが亜麻色の髪を撫ぜる。


 「キルプは孤児院を作るお金を、もう手に入れてるんだ」


 青年キルプは、さらにうつむく。顔を見せたくないようだ。泣いているのだろうか。



 ◇



 「なあ」


 ギルバンは、ずっとキルプの肩に手を置いたままだった。


 「キルプは宇宙警察から逃げおおせる。宇宙怪盗を引退する。奪った(かね)で孤児院を経営する。めでたし、めでたしだ。それはいい。だが、どうも刑事の習性でね。負け惜しみを言うようだが、君の手口、いまだに全くわからないんだ。それについて、最後に教えてくれないかね」


 「全て話します」


 青年キルプ、まだうつむいていたが、声はしっかりとしていた。



 「僕は、本当の名前も、誕生日も知りません。孤児院の前に、捨てられたんです。3歳か、4歳の時のことです。そこで、捨てられて拾われた日が、僕の誕生日となり、孤児院の経営者が、僕に名前をつけました。でも、僕が捨てられたことをずっと記憶するその名前も誕生日も嫌でした。僕は自分で自分にキルプという名前をつけました。誕生日の方は、いまだにありません。僕は孤児院で育ちました。そして、17歳の時です。夜、孤児院の庭を歩いていたら、光るものが落ちてくるのを見つけたんです。それは小さな宇宙船(シャトル)でした。今まで見たこともない形でした。中から現れた人も、人と呼んでよいのかわからない異種族でした。人間(ヒューマン)とはだいぶ違う外見でした。でも接触(コンタクト)はできました。宇宙を旅してて、事故が起きて、ここに墜落したと、その異種族は語りました。困っている、助けてほしい、と言われました。僕は異種族の求めるものを集め、提供しました。異種族はとても喜んで、これで旅を続けられる。あなたには感謝する。我々はこの世界に干渉するつもりは決してないが、きちんとお礼をしたい。決して、世界を変えるような使い方をしないでほしい、そう言って、僕に〝透明マント〟をくれたんです」


 「透明マント? なんだそりゃあ」


 マキト大佐が、素頓狂な声を上げる。


 「どんな探知もセンサーも透査(サーチ)もくぐり抜けるマントです。そして、物体に手を透け入れることができます。それで金庫を破れたんです」


 「うーむ、それは」


 ギルバンは眉根を寄せる。


 「もう、特殊迷彩(カモフラージュ)とかいう次元じゃないな。きっと、プランク定数を操るとか、そういう世界だ」


 「外宇宙(アウトコスモ)ですね」


 レイラが言う。外宇宙(アウトコスモ)人類圏(ヒューマニア)とは隔絶した遥か彼方の別宇宙世界である。そこには、想像もつかない科学技術文明があると言う。たまに外宇宙(アウトコスモ)からの旅行者や漂着者が人類圏(ヒューマニア)に現れ、大きな騒動になることがある。


 「そうだ、外宇宙(アウトコスモ)起源の超技術(テクノロジー)。そういうことか。それじゃ、手も足も出ないな。しかし、その透明マント。物理障壁は、超えられるが、時空の壁は越えられなかったんだ。それで超時空航行(ワープ)(ゲート)につまずいたんだ。どんな技術(テクノロジー)でも、限界がある。ま、そんなやばいお宝をゲットしたのが、孤児のことしか考えてない男でよかったな」


 ギルバン、笑顔でキルプを見つめる。しかし、キルプはうつむいたまま。


 「僕は結局盗みをしたんです。授かった素晴らしい力を、悪事に使ったんです。そして危うく赤ん坊を犠牲にするところでした。僕と同じ捨て子の孤児を。僕は、所詮、そういう人間なのです」


 「なーに、これからさ」


 マキト大佐がいう。


 「もう、キルプは、やばいことはしない。外宇宙(アウトコスモ)技術(テクノロジー)にも頼らない。な、そうだろ? これからは、明るい道を歩いていくんだ。まっとうな道をな。初めがおかしくても、途中でやり直せば、きっといいゴールにたどり着く。重要なのは志した。オレも、レオニーちゃんルートで何度も挫折しそうになったけどな、きっとレオニーちゃんが振り向いてくれる、そう信じて進んでいったら、ハッピーエンドを見れたんだ。そういうものさ」


 ギャルゲーの話題には、誰もコメントしない。


 「ねえ! キルプ!」


 エリクが、安楽椅子に身を起こす。


 「キルプは、今日、誕生日をもらったの。これまで1人で、闇の中でもがいてきた道から、みんなに支えられ、見守られながら新しく明るい未来へ進むことを決めた、キルプの誕生日なの。ね、そうでしょ。もう、あなたには誕生日があるのよ」


 キルプは立ち上がった。しっかりと背筋を伸ばして。


 「みなさん、ありがとう。ええ、僕は、これから、やり直す。今日は僕の誕生日です。確かに。誕生日をもらったんです。僕は1人じゃない。多くの人から、いろいろ受け取ってきた。これからも受け取る。そして、少しでも与えられたらと思うんです。きっとそうします」


 力強い声だった。青年のまなざし、それはエリクに向けられていた。エリクは、満面の笑みで言った。


 「キルプは、これから孤児院をつくって経営するの。孤児たちみんなが大好きな院長先生になるの。とても明るくて楽しくて、賑やかな孤児院になるの。そして、今日の日に、キルプの誕生会をするの。大きなバースデーケーキが出るの。そのケーキはキルプの名前だけじゃなくて、〝僕に誕生日をくれたエリクへ〟と書いてあるの。だってそれは、キルプを明るい道へ歩ませることになった女の子の名前だから。キルプは、その女の子に、最大限の感謝を捧げるの。絶対に忘れないの。それから、それから、」


 「エリク君」


 ギルバンが言った。


 「その辺にしておきなさい。あまり盛りすぎてはいけない。欲しがりすぎてはいけない。静かに、キルプ君の新たな旅立ちを、見送ろうじゃないか」



 ◇



 キルプは、みなに、深々と一例をして、去っていった。


 見送ったあと。


 レイラが言った。


 「透明マント、回収しなくてよかったんですか?」


 「うーん、どうだろうね」


 ギルバンは、頬に、指を当てる。


 「回収して、上に報告する。それはちょっと剣呑じゃないかな。警察や星系政府の上層部が、信じられない(スーパー)技術(テクノロジー)を前にして、理性を抑えられるのかな。こういうのは、世に出ないほうがいい。あの青年に任せておいたほうがいいんだ。きっと、外宇宙(アウトコスモ)の異種族も、あの青年の人柄を見込んでプレゼントしたんだろう」



 ◇



 事件があってから半年後。


 ダリューン星から通常の星間航行で3日のバータルド星に、小さな孤児院が誕生した。バータルド星で初めての孤児院だった。まだ数少ない孤児達の世話を、年若い青年の院長は、熱心に行っていた。やがて、孤児院も、発展していくことになる。そして毎年、ダリューン星でグーラト商会の金庫が破られた日には、大きなバースデーケーキが提供されるのであった。そこには、〝僕に誕生日をくれたエリクへ〟と、書かれているのである。エリクって誰? 何があったの? 孤児達は口々に聞くが、青年の院長は、笑って答えなかった。


 孤児院の院長室の壁には。水色の、みずぼらしくも見える風呂敷のような布切れが、かけてあった。


 これが宇宙を震撼させた怪盗キルプの、もう二度と使われることのない〝透明マント〟であった。



 ◇


 

 星から星へ。


 エリクの旅は続く。


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