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第22星話 安楽椅子探偵の星 3 真相編




 エリクは言った。


 謎を全て解いた、と。


 宇宙警察のエリート刑事、情報部の猛者を差し置いて、安楽椅子に凭れる17歳の少女エリクが謎を解いたと言ったのである。


 大宇宙刑事ギルバンも、やや驚いた表情をした。


 女刑事レイラは、期待の目で、エリクを見つめる。赤ん坊のことが気がかりなのだ。


 マキト大佐は、〝何が起きているのかわけわからん〟といった顔をする。


 そして、事件を持ち込んだ、白ずくめの青年は。


 「はっはっは」


 乾いた笑いを洩らす。


 「何を言っているのです。お嬢さん。今、必死にこの星一の頭脳と称する探偵さんが謎に挑戦しても、あと一歩届かないというのに」


 ギルバンが、チ、チ、と人差し指を振る。


 「控えめに言って、宇宙一だ」


 青年は、やや前かがみとなり、エリクを見つめる。睨みつける、と、いったほうがいい。


 「お嬢さん、あなたの抱えている可愛いロボットは、探査機器(サーチマシン)ですね?僕に接触(コンタクト)して情報を抜こうとしたんですか? 無駄ですよ。僕に探査機器(サーチマシン)は、通用しないのです」


 探査機器(サーチマシン)の通用しない男。その言葉は、2人の刑事と、1人の情報部員に妙に刺さった。さっきから、この青年が、まったくのデタラメを言っているようには、どうしても思えないのだった。


 

 エリクは、しっかりと青年のまなざしを受け


 「順を追って、説明します。まず、あなたが持ち込んだ謎、赤ん坊をどうやって助けるか、ですね。これは、今、みなさんたちの推理を聞いて、わかりました。赤ん坊は、超時空移動(ワープ)(ゲート)に吸い込まれた。それは、非常時の緊急脱出用の装置である。お金があって、用心深い人だけが持っている装置。入り口から、遠く離れた出口まで、時空の圧縮によって、一瞬で移動できる。でも、ギルバン所長の指摘した問題がありますね。超時空移動(ワープ)装置の持ち主を襲撃しようという相手が、持ち主の周辺を調べて、出口として用意した秘密の隠れ家を押さえて、待ち伏せしてるかもしれない。用心深く、身の安全について考えている人なら、この問題をどう解くか」


 エリクは言葉を切った。


 みな、固唾を呑んでエリクを見つめている。中でも謎を持ち込んだ青年の食い入るようなまなざしが、とりわけ強かった。


 一息ついた、エリクが続ける。


 「どこかに逃げるときの出口を用意しておく。それだと、やっぱり心配ですよね。もっと安全な場所はないか」


 「どこだ」


 マキト大佐が、もう我慢できないと言うように、叫ぶ。


 「出口でもない、もちろん入口でもない場所。そんなところがあるのか?」


 エリクは、きっぱりと告げた。


 「時空の歪みの隠し部屋です」



 ◇



 みんな、あっと叫んだ。


 時空の歪みの隠し部屋!


 エリクの静かな、しかし力のこもった声が続く。


 「超時空移動(ワープ)装置はダミーなんです。急に誰かに襲撃されて、(ゲート)に逃げ込む。(ゲート)乱数錠(ランダムブロック)が掛かる。当然、追手を足止めして出口に行く、誰もがそう考えます。しかし、そうではない。超時空移動(ワープ)装置は、時空を操る装置です。時空を歪めて見えない隠し部屋を作る。それも当然できるはずです。見えない隠し部屋に逃げ込めば、襲撃側が仮に出口で待ち伏せしていても大丈夫。しばらく身を潜めて、追手が諦めた頃に、出てくればいいのです。赤ん坊が吸い込まれた場所は、間違いありません。超時空移動(ワープ)装置の能力で作り出した、見えない隠し部屋です」


 「そうだったのか!」


 マキト大佐、椅子から立ち上がる。


 「なんてこった、情報部の俺が、全く気付かなかった。やるな、嬢ちゃん。でも、その見えない隠し部屋っていうのは、どうやって開けるんだ? 結局、赤ん坊を助け出せなきゃ意味がないだろう」


 「簡単です」


 と、エリク。


 「超時空移動(ワープ)装置のスイッチを切ればいいんです。時空を操作する力が作動しなくなれば、隠し部屋が見えるようになります。それで解決です」



 青年は大きく目を見開いていた。安楽椅子のエリクを、ただただ凝視している。肩をわなわなと震わせていた。白いシルクハットの下の額には、汗がにじんでいる。


 「失礼しました」


 青年は、急に、魔法が解けたというように、体を動かす。そして、くるりと向きを変え、出て行こうとする。


 「それでは、みなさん。僕は、これから行くところがあるので」


 マキト大佐が、呼び止める。

 

 「おい、ちょっと君。なんだ、急に。これで謎は解けたのか? 正解でいいのか?それをちゃんと言ってくれ」


 「謎?」


 青年は、また不敵な笑みを。しかし、明らかに余裕を失っている。無理して貼り付けた笑みだった。


 「謎なんてありませんよ」


 「どういうことだ?」


 と、マキト大佐。


 「ハハハ。これは、全部僕の作り話なんです。最初から最後までね」


 微妙な空気が流れた。みんなの視線が青年に集中する。青年は、おどけたように、手を広げてみせる。手に持つステッキをクルリと回して見せる。


 「ちょっとみなさんを、からかっただけです。この星で一番、いや、宇宙一でしたっけ?その頭脳って、どんなものなんだろうと、試してみたくなったんです。あはは。みなさんは、僕の芝居に、まんまとひっかかりましたね」


 立ち上がったレイラとマキト大佐の二人が、青年の背後に立ち、出口を塞ぐ。


 青年は、かなり無理をしているように見える不敵な笑みを浮かべたまま、


 「なんです? 僕は、もう帰ると言ってるんです。言ったでしょう?全部嘘だって。僕は、犯罪なんてしてません。いかなる事件の犯人でもありません。僕が真犯人だと言ったのは、僕です。その僕が、全部嘘だと言ってるんです。皆さんに、どうして僕を引き止めることができるんです? ただ、ちょっと、人をからかっただけで、罪になりますか? さあ、どいてください」


 行く手を阻むレイラとマキト大佐に挑発し、迫る青年。


 

 「その人をいかせないで」


 エリクだった。相変わらず安楽椅子に凭れている。膝の上に相棒の箱型ロボ(キューボイド)を乗せて。


 青年が、またエリクを睨む。


 「お嬢さん、なんです?あなたは僕に騙されて、推理ごっこをしただけなんですよ。なかなかの名推理だと思いましたけどね。でも、そもそも事件はなかったんです。僕がここにこれ以上いる理由はありません」


 「いいえ」


 エリクは言った。


 「あなたは確かに事件の真犯人です。間違いありません」


 「ほほう」


 青年は、乾いた笑い。


 「真犯人にご指名ですか。しかし、それは何の事件です? 僕が話した架空の事件の真犯人だと、言うのですか?まさかね。お嬢さん、僕がいったいどんな事件を起こしたというのか、どこで何をしたというのか、ご存知だと言うなら、教えてもらいましょうか?」


 「ええ、すべてお話しします。あなたが起こした事件。たくさんありますが、なるべく最近のものについて言いましょう。あなたは3ヶ月前、オーク星のベラン商会の金庫を破った。2ヶ月前、デル星のゲランジュグルド商会の金庫を破った。1ヵ月前には、フールク星のオズ商会の金庫です。そして、今日、このダリューン星のグーラト商会の金庫室に忍び込んだ」


 流れるように話すエリク。青年は、みるみる蒼白となった。


 「なんてこった!」


 マキト大佐が叫ぶ。

 

 「それはつまり、この男が、宇宙を騒がせているまさに張本人、宇宙怪盗キルプだということなのか?」


 「そうです」


 言い切るエリク。青年の顔、完全に血の気を失っていた。


 「なぜわかるんだ。宇宙警察も情報部も必死に追っていたがつかめなかったキルプの正体を、どうやって突き止めたというんだ」


 「今日、この人が来る前、みんなで、キルプの話をしていました。私は、最近この星域であった出来事について、いろいろ検索してみたんです。そして、奇妙なことに気づきました。オーク星の事件があって1週間後に、デル星の孤児院に莫大な寄付があったんです。その金額は、オーク星で盗まれた金額とちょうど同じでした。そしてデル星の事件のまた1週間後、今度はフールク星の孤児院に、寄付がありました。その額もデル星で盗まれた金額と同じでした。フールク星の事件の後は、このダリューン星の孤児院に、盗まれたのと同じ額の寄付がありました。各地の星で孤児院に莫大な寄付をした人物は、同一人物でした。白シルクハット、白いタキシード、白いネクタイ、白いステッキの青年でした。青年は、名も告げずに、寄付をしたのです。私は確信しました。この寄付をした青年こそが、宇宙怪盗キルプなのだと」


 みなは、まじまじと、謎を持ち込んだ青年を見つめる。白いシルクハット、白いタキシード、白いネクタイ、白いステッキ。その顔は、今やそのネクタイよりも白くなっている。


 「ちょっと待って!」

 

 声を上げたのはレイラ。


 「エリク、キルプが今日、この星のグーラト商会を襲ったって言ったわね? そんな情報、警察にも届いてないのに。どうしてわかったの?」


 「この子のお手柄です」


 エリクは、膝の上の箱型ロボ(キューボイド)を撫ぜる。ロボ(キューボイド)は顔を赤らめる。本来、おしゃべりなロボだが、エリク以外の人間と話すのは苦手だ。


 「言ったはずだ、僕に、探査機器(サーチマシン)は通用しない」


 青年が、押し殺した声で言う。


 エリクは微笑む。


 「通常の意味でなら、探査機器(サーチマシン)であなたを探知することはできないみたいですね。でも、私の箱型ロボ(キューボイド)透査(サーチ)したのは、あなたのワイシャツの糊なのです」


 「ワイシャツの糊だって!」


 マキト大佐が、素頓狂な声を上げる。


 「なんだそりゃ。それで何がわかるんだ? 俺も情報部勤め長いけど、そんなの聞いたことないぜ」


 「糊……糊がどうしたっていうんだ?」


 青年も、声を震わせながら、言う。


 エリクは、話す。


 「簡単なことです。ワイシャツをコーティングする糊は、紫外線に当たるとわずかに焼けるんです。その焼け具合と状態変化を調べれば、この星に紫外線の入った光を降らす主恒星の動き、その光の強度と方向の変化のデータと照合して、今日のあなたの屋外の動きがわかるんです。この探偵事務所に来るまでのルートが、全部わかりました。このロボが、さっきあなたと握手して、接触(コンタクト)したことで、わかったんです。それだけじゃありません、もう一つ、あなたのタキシードに、興味深いものを見つけました。かすかに、唾液がついていたのです。この子が解析したら、赤ん坊の唾液でした。それはちょうど、あなたが赤ん坊を抱きしめたときに付く位置にありました。唾液の乾き具合から、その時間も分かりました。透査(サーチ)の情報とあなたの話を照らし合わせて、あなたの今日の行動が、わかったのです」


 その場にいたものはみな、17歳の少女に圧倒してされていたもの。もう何も言えなかった。エリクは続ける。青年をしっかりと見据えながら。


 「宇宙怪盗キルプ、今日、あなたは、この星で、いつものように、金庫破りをしようとした。狙いはグーラト商会です。ところが、商会の前で、赤ん坊を見つけた。捨て子だったのでしょう。あなたは、その赤ん坊を見捨てることができず、抱き上げた。託せる人もいないので、赤ん坊を連れて金庫破りに侵入することにしたのです。そして、首尾よく金庫室に入り、金庫を破った。しかし、それは金庫ではなかった。金庫だと思ったものは、緊急脱出用の超時空移動(ワープ)(ゲート)だったのです。その時、間違って、赤ん坊が吸い込まれてしまった。すぐに(ゲート)は閉じ、乱数錠(ランダムブロック)がかかってしまった。さぞかし慌てたでしょうね。困り果てたあなたは、グーラト商会に事情を話して赤ん坊を救出するわけにもいかず、何か手段がないか考えてもらおうと、この探偵事務所に来たんです。これが真相の全てです」

 


 エリクが言葉を切る。レイラが言った。


 「じゃあ、赤ん坊は、グーラト商会の金庫室の隠し部屋にいるのね?すぐ助けに行かなきゃ」


 「大丈夫です」


 エリクは言う。


 「真相に気づいた時点で、このロボから、警察に通報しています。今頃救助隊が、グーラト商会に向かっている筈です」


 ほっとした空気が流れた。すべて解決したのだ。みんなの顔に安堵の色が浮かぶ。



 ややあって。


 青年は、宇宙怪盗キルプは、がっくりと床に膝をついた。ステッキを、カランと床に落とす。


 血の気の失せた、真っ白なその顔。しかし、どこか穏やかな微笑みを浮かべていた。力が抜けきったように見えた。


 「負けです。僕の負けです。ええ、僕は宇宙怪盗キルプ。すべてはあなたの推理通りです」


 青年は、かろうじて顔を上げ、エリクを見つめている。この安楽椅子の少女が、宇宙警察が手を焼いた神出鬼没の宇宙怪盗キルプを追い詰めたのだ。


 「さあ、僕を捕まえてください。僕は大罪人なんです。多くの罪を重ねた挙句、とうとう赤ん坊の命を危険にさらしてしまった。もう終わりです。終りにしなければいけません。宇宙怪盗キルプは、ここで終わりです」


 みんな黙っていた。崩れ落ちたキルプ。線の細い青年。虚勢を剥ぎ落とされたその顔。つい先ほどまで不敵を装っていたその顔は、弱々しく、優しい瞳をしていた。


 キルプの正体は暴露され、すべては終わった。



 

 ( 第22星話 安楽椅子探偵の星 4 完全解決大団円編へ続く )



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