第22星話 安楽椅子探偵の星 2 推理編
平和な日曜の朝。ギルバン私立探偵事務所の所長室で。
赤ん坊の命を懸けた白熱の推理戦闘が始まった。
「ともかく、普通にやったらダメだな。乱数錠が、簡単に破れる方法があるなら、とっくに広まっているはずだ。情報部の俺たちが、真っ先に知ってなきゃおかしい」
マキト大佐は、腕組みする。
「周辺の状況を考えてみましょう」
レイラが言った。女刑事は、鋭い眼で白ずくめの青年を見つめている。
「その超時空移動装置は、固定式ですね?」
青年は、静かに言った。
「考えるのは、皆さんです。僕からこれ以上言う事はありません」
またまた、不敵な挑発。女刑事は、頬を紅潮させる。
「どう考えても、情報が少なすぎますね。しかし、それはそれでヒントになる。なぜ、情報を出せないのか。そこから考えていけばいい」
「固定式の超時空移動装置だ」
マキト大佐が言う。
「超時空移動は、宇宙航行の移動時間短縮で使う。しかしそんな時は、もちろん乱数錠なんて登場しない。わざわざ扉に乱数錠が掛かるようになっているってことは、地上で使う固定式超時空移動装置ということだ。扉の位置も、出口も決まっている」
「そうだね」
ギルバンが言った。
「入り口と出口が固定されている。ただ、その間の移動が圧縮できるようになっている装置だ。1つの穴から、別の穴へ、スポッと抜けられる、そういうことだ。そして、確か、超時空移動と言うのは、そんなに気軽な旅行で使うものではなかったはずだよね」
「そうだ」
と、マキト大佐。
「超時空移動の技術は完璧じゃない。事故のリスクがある。だから、便利に使えるものじゃない。宇宙でも地上でも、使わなければ危ないような非常事態の時に、使うんだ。無人のミサイルを超時空航行で飛ばすってのならあるけどな。人間が利用するなら、本当に必要なときだけ使う。それが基本だ」
ギルバンが頷く。
「この青年は、赤ん坊を超時空移動扉に突き落としてからここに来たと言った。そしてまだ赤ん坊は生きているという。扉の場所はそんなに遠くじゃない。この星都にあるのは間違いない。この星都で、超時空移動を使う事態とは、どんな時だろう?」
「事故のリスクがある超時空移動装置を使う時、それは非常事態の緊急脱出用だな」
と、マキト大佐。何せ情報部だ。詳しいのである。
「星系政府の要人の緊急避難用に、星庁舎や重要施設には、固定式の超時空移動装置がある。まぁ、裏口みたいなものだ。これを使う緊急事態なんて、今じゃ存在しないけどな」
「それで乱数錠か」
ギルバンが、また指をパチンと鳴らす。
「脱出用の扉。誰かに追われて逃げる時、扉に飛び込んだら、後ろで自動的に乱数錠が掛かる。追手は、乱数錠を破るのに、最低でも2週間から1ヵ月は必ずかかる。足止めになる。その間に、十分逃げおおせるというわけだ。確かに緊急脱出用には、いい装置だね。便利と言えば便利だが、これは誰でも持てる装置じゃないな。しかも、あるかないかわからない緊急事態のためにわざわざ購入するとなると、持ってるところは、かなり限られているだろう」
「もちろん」
と、マキト大佐。
「政府関連の超時空移動装置は、さすがに厳重に管理されている。この男が、どれだけの完全犯罪能力者でも、近寄れないよ」
「すると民間の超時空移動装置か。この星都で、民間の超時空移動装置。どこにあるだろうね。大きな企業か、大金持ちか、そういうところか。不必要に用心深くて金のある人間が、こっそり購入して、セットしておく。万一のときの脱出路に」
「そういうことだな。そして民間保有の超時空移動装置だとすると、そこまで高性能じゃない。この星から出ることはできない。そんなに遠距離移動はできないからね。あくまでも、一瞬で別の空間に移動できて、しかもどこへ行ったかわからない。姿をくらます、逃げるのに最適。そういうことだ。そういうレベルの緊急脱出装置としてなら、結構持ってるところ多いんじゃないかな。金持ち連中っていうのは、とにかく用心深い。安全の為なら、金を惜しまないからな」
と、マキト大佐。
レイラが口を開いた。
「緊急避難用の脱出装置。入り口があって、出口がある。入り口には破れない錠がしてある。じゃぁ、出口のほうはどうなのかしら。赤ん坊は、当然、出口にいる。そういうことですね?」
「確かにそうだ」
と、マキト大佐。
「だが、出口がどこなのかは、一番の秘密だ。誰かに追われて超時空移動装置に飛び込んだ時、出口がどこにあるか知られていたら、緊急避難の役に立たないからね。出口は絶対の秘密にしているはずだ。乱数錠を破る以上に、出口を探すのは難しいはずだ」
また、沈黙が支配した。
推理が進展し、状況はややわかってきた。青年の出した数少ないヒントから、歴戦の猛者たちが、朧げながら全貌をつかもうとしていた。しかし、またここで固い扉にぶつかった。入り口を破れず、出口も不明。手がかりが切れた。
◇
青年は、押し黙っている。その顔からは、笑みは消えていた。表情がなくなった、と言ってよかった。
沈黙を破ったのは、レイラだった。じっと青年を見つめている。
「私は思うんです。この人が、わざと赤ん坊を、扉に突き落としたとは、とても思えないんです。ただ、完全犯罪を見せびらかす、探偵に挑戦する、そのためだけに、そんな非道なことをする、とてもそういう人には見えません」
「普通はそう考えるな。みんな思ってるよ。話が事実なら明らかに異常だ」
と、マキト大佐。
「ええ。でも、この人が完全な作り話をしてるようには、どうにも思えないんです。私の経験と勘が、そう告げているんです」
レイラは弱冠18歳の乙女であったが、その経験と勘に、異を唱えるものはいなかった。
「赤ん坊は、確かに、超時空移動扉の向こうへ行った。そして乱数錠が掛けられ、助けることができなくなってしまった。突き落としたのではなく、赤ん坊が超時空移動扉に入ったのだとすると」
「事故だ」
ギルバンが言った。レイラも頷く。
「ええ。それが真相だと思います。何らかの事情で、赤ん坊がいる前で超時空移動装置の扉を開けてしまった。そして、赤ん坊は吸い込まれてしまった。すると扉は自動で閉じ、乱数錠が掛かってしまった。そういうことですね?」
女刑事の鋭い目線。白づくめの青年は答えない。青年は、仮面を貼り付けたような顔をしていた。それは必死に表情を、感情を見せまいとしているのだった。その場に居合わせた歴戦の刑事と情報部員がそれを見逃すわけはなかった。
間違いなく真相に近づいている。
「事故で赤ん坊は吸い込まれた」
レイラが、続ける。
「もちろん、突き落とした場合と、救出の困難さは変わりません」
「この男は、出口を知らないんだな」
マキト大佐が言った。
「事故で赤ん坊が超時空移動装置に吸い込まれた。出口を知ってるなら、すぐ赤ん坊を助けに、出口に行けるはずだ。すると、超時空移動装置の持ち主は、当然ながらこの男ではない」
レイラが、人差し指を自分の頬に当たる。
「そうですね。出口。今、赤ん坊のいる場所。どこでしょう。超時空移動装置の持ち主なら当然知ってるはずです」
「なあ、あんた」
マキト大佐が青年に言う。
「赤ん坊が事故で吸い込まれて、救出できない。そういう話なら、その赤ん坊を吸い込んだ超時空移動装置の持ち主が誰か、教えてくれないかね。命を救うには、結局それが1番確実なんだ。俺にはね、どうしてもあんたが、赤ん坊を殺して平然としていられる人間には見えないんだ」
「ええ、私もそう思います」
と、レイラ。
「赤ん坊の命がかかってるなら、座興や余興をしてる場合ではありません。さあ、教えてください。問題の超時空移動装置はどこにあるんですか? 持ち主は誰ですか?」
仮面を貼り付けたような青年の顔。今しも綻びが見えそうに。かすかに震えている。
「ちょっと待った」
ギルバンだった。星域きっての凄腕大宇宙刑事は、安楽椅子に、優雅に凭れている。
「事故で扉に吸い込まれた。その点を考慮して、もう一度洗い直してみよう」
マキト大佐は、眉根を寄せる。
「これ以上、何か検討することがあるのかね?」
ギルバンは優雅に、人差し指を顔の前で振って見せる。
「超時空移動装置は、危険を伴う、最後の非常脱出手段だ。でも、扉が開き、うっかりそこに吸い込まれる事故が起きる可能性がある。用心深い人間なら、そのための対策をするはずだ。うっかり吸い込まれる。出口に行く。それでも安全なように、準備がしてあるはずだ」
レイラも思案する。
「確かに、不意に襲撃されて、逃げなきゃいけない場合もあるし、つまり、手ぶらでその身一つで出口に行っても大丈夫なように、準備ができている。そういうことですね?」
「すると、出口は、超時空移動装置の持ち主の、別荘か、秘密の隠れ家が、そんなところか。しっかり逃げ込んだときの準備ができている場所」
と、マキト大佐。ギルバンは、首を振った。
「単純に考えるとそうだ。しかし、脱出のために、わざわざ超時空移動装置を購入する人物だ。自宅の秘密の抜け穴から、別の秘密の隠れ家へ逃げる。それで安心できるだろうか。それをさっきから考えていたんだ」
「どういういうことです?」
と、レイラ。ギルバンは言う。
「つまり、秘密の抜け穴を持つ大物を襲撃するような相手なら、当然、避難脱出先のことも調べてるんじゃないか。逃げ込む先の別荘や秘密の隠れ家を用意しても、事前にそっちを調べて、押さえた上で、本人を襲撃されたら、秘密の通路があっても、全く意味は無い。用心深くいざと言う時の脱出避難を考えている人間が、その点を考えないとはどうしても思えないんだ」
「なるほど。しかし、また、なんだか、わからなくなったな。結局、赤ん坊は、今どこにいるんだ?」
マキト大佐、途方に暮れる。
「あの」
全員が振り向く。
エリクだ。亜麻色の髪の少女。
発言したのはエリクだった。初めて口を開いたのだ。自分の安楽椅子に凭れながら、腕に、相棒の箱型ロボ、万能検査機を抱えている。
エリクは、白ずくめの青年をしっかりと見つめる。
「お願いです。この子と、握手してください」
青年に、箱型ロボを差し出す。ロボには、短い手足がついている。
みんな、微妙に拍子抜けした。握手してくれ? この土壇場に。いったい何を言ってるんだ?
青年は、じっとエリクと、その腕のロボを見つめる。
「なぜ、そのロボットと、握手をしなければいけないのだ?」
「それで、すべては終わります」
エリクは、キッパリと言った。静かだが、その声は強く響いた。みな、固唾飲む。
「いいだろう」
青年は、ひきつった笑顔を浮かべる。
「何が起きるのか、楽しみだよ」
そう言って、エリクの前に進み出て、手を伸ばす。エリクは、安楽椅子から、動かないのだ。
青年の手、箱型ロボの手を握る。
わずかな間だった。
「これでいいかな」
手を引っ込めた青年は言う。
「さて、何がわかったのかね? お嬢さん」
不敵で、挑発的な声が、戻っていた。もう動揺していない。
ロボの電光板の表示を読むエリク。それはエリクにしか読めない。安楽椅子の少女は、一つ頷く。そして、顔を上げる。
「わかりました」
「何がわかったというのかね?」
青年の、不敵な笑み。
「すべてです。謎は、全て解けました」
エリクは、静かに、しかし、しっかりと言った。
(第22星話 安楽椅子探偵の星 3 解決編へ続く)




