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第22星話 安楽椅子探偵の星 1  事件編   【SFミステリ】 【エリクが安楽椅子に座って一歩も動かず華麗な推理で難事件を解決】 【心晴れる感動のフィナーレ】 【ダリューン星編大宇宙刑事シリーズ4】





 「真犯人は、僕です」


 青年は、不敵な笑みを浮かべる。


 「僕は、世にも恐ろしい犯罪をしました。しかし、みなさんは、決して僕に勝つことはできません。ええ、どうやっても、この僕には勝てないのです。みなさんの負けなのです」


 

 みんな、唖然となった。



 ◇



 ギルバン私立探偵事務所。大都会星ダリューンの星都の閑静な住宅街にある。


 ギルバンとは、宇宙警察に籍を置くれっきとした刑事で、〝大宇宙刑事〟の異名をもつ凄腕なのだが、根っからの気ままな自由人で、自分の探偵事務所を構えながら、宇宙警察に勤務することが、許されていたのである。


 穏やかな日曜の朝であった。


 探偵事務所の所長室にいたのは4人


 所長のギルバン。愛用の安楽椅子に身を凭せている。


 そして、探偵事務所助手のエリク。超人スーパータイプの正体を隠す宇宙の旅人少女だが、あれこれ訳あってギルバンに〝保護〟され、今はここで助手をしている。エリクも、所長の安楽椅子に負けず劣らずの豪華な安楽椅子に身を凭せていた。


 そして、来客の2人。


 ギルバンの部下の女刑事レイラ。まだ18歳の俊英である。


 情報部のマキト大佐。情報部にその人ありと知られた切れ者である。ギルバンの親友であった。いかつい大男である。


 4人で、のんびり朝のコーヒーに紅茶を飲みながら、あれこれおしゃべりしていたのである。


 話題の中心は、最近この星域を荒らす宇宙怪盗キルプについてであった。今はどこでも、キルプの話題でもちきりだったのである。


 そこへ呼び鈴が鳴った。



 助手のエリクが出迎え、所長室に案内した青年。


 みんなの目が点になった。


 白のシルクハット。白のタキシード。白のネクタイ。白の靴。肩から翻す白いマントに、白のステッキ。なんだこの格好(スタイル)は。

 

 しかし、みんなをびっくりさせたのは、白一色の装束(ルックス)だけではなかった。


 所長室に入ってきた青年は、エリクのコーヒーをお持ちしますとの言葉に、いらないと断り、勧められた来客用のソファーにも座らず、いきなりみんなの中央に立ち、名前も告げずに言い放ったのだ。



 「僕は世にもおぞましい犯罪をしました。ええ、僕が真犯人なのです」



 ◇



 みんな口をあんぐり開けて、青年を見つめる。いったい何を言い出すんだろう。


 エリクは、思わず腰が抜けそうになり、自分の安楽椅子に、座り込んだ。先客万来の探偵事務所。いろいろあるんだな。



 「たった今、僕は自分が犯罪者だと自白しました。しかし、みなさんは、決して、僕には勝てません。どうあがいても、みなさんの負けなのです」


 青年の不敵な笑み。その眼は真剣そのものだ。とても冗談を言っているようには見えない。


 しばしの沈黙の後。


 所長のギルバンがやっと言った。


 「どういうことなのかね? 最初から、順を追って、話を聞こうじゃないか。これが何かの冗談じゃなかったとしての話だけどね」


 「冗談ではありません。本当のことです」


 白づくめの青年は、挑発するように、室内をぐるっと見回す。


 「ふむ。わかった。まず君がどこの誰なのか、そして犯した罪とは何なのか。それを聞こうじゃないか」


 青年は、口元を歪める。


 「僕がどこの誰か、それはどうでもいいことです。僕に名前なんて必要ありません。いや、名前がないんですから。僕の犯した罪の話をしましょう。言った通り、この世で最もおぞましい犯罪です」


 「ひょっとしてだが」


 はっとした様子で、マキト大佐が口を挟んだ。


 「新作ギャルゲーのレアソフトを盗んだ、そういうことなのか」


 みんなは大佐を無視した。大佐は最近超人気ギャルゲーのレアモノを手に入れ、頭がのぼせ上がっていたのである。


 青年は、厳かに告げる。


 「僕の犯した罪、それは、赤ん坊に対する罪です。ええ、僕は、汚れなき、この宇宙で、最も守られなければならない存在である、赤ん坊に対し、罪を犯したんです」


 「赤ん坊に対する罪……」


 女刑事レイラが反芻する。緊張が走る。これが冗談でなかったら、確かにただごとではない。


 「あなたはいったい何をしたの? 赤ん坊に対して」


 青年は大きく手を開けると、目を見開く。


 「言いましょう。僕は赤ん坊を、無垢な存在を、超時空移動(ワープ)(ゲート)に突き落としたのです。ふふ、どうです。これが僕の犯した世にもおぞましい罪です。さあ、僕は自白しました。みなさん、僕が重大犯罪の真犯人だと、ご理解いただけましたか?」


 沈黙が支配する。


 突飛すぎる話だ。いったいなんのためにこんな話をしにきたんだ。言ってることが事実だったとして、わざわざ真犯人だと名乗り出てくる理由とは。


 誰にもわからない。


 ぽかんとしているみんなを、青年は、悠然と見下ろす。確かにその姿は勝者といってよかった。


 「どうやら、僕の謎の前に、みなさんは手も足も出ないようですね」


 「謎も何も」


 マキト大佐が言った。


 「そんな話じゃわからんよ。自白するならするで、もうちょっとわかるように言ってくれないかな。ギャルゲーの攻略法の方が、よっぽどわかりやすいぞ。レオニーちゃんルートは、三日三晩掛かっちゃったけど、ちゃんと筋道だってたぞ。まずレオニーちゃんが落としたハンカチを拾うんだ。これが素晴らしい香り、至福の香りがしてね。ああ、最近の立体映像(ホログラム)ゲームは香りの再現もできて……」


 「君はなぜ、赤ん坊を超時空移動(ワープ)(ゲート)に突き落としたのかね? それで赤ん坊はどうなったのかね?」


 ギルバンが、マキト大佐を遮って言う。大宇宙刑事の眼は、真剣だった。刑事の勘が、告げていたのだ。これは、何かある。重大な何かが。青年は、不敵な笑みのまま。


 「なぜ赤ん坊に対し罪を犯したのか? 簡単なことです。僕は罪を犯すべきして生まれてきた。罪を犯し続けてきた。また一つ罪を重ねた。それだけのことです」


 青年は一旦言葉を切る。ギルバンの強い力を秘めた瞳とかち合うが、どちらも目をそらさない。青年は続ける。


 「それから、赤ん坊はどうなったのか? ですよね。そこですよ。それが僕の出す謎なんです。それを皆さんに、解いてもらいましょう」


 「どういうこと?」


 と、レイラ。青年は、女刑事を横目でチラッと見る


 「言った通り、僕は、赤ん坊を、超時空移動(ワープ)(ゲート)に突き落としました。そして、その足で、ここに来たんです。つまり、まだ赤ん坊は生きているんです」


 まだまだ一座の沈黙。すっかり青年のペースだ。青年は、ややおどけたように言う。


 「どうしました? 超時空移動(ワープ)(ゲート)に突き落とされても、赤ん坊は、すぐ死ぬわけではありません。しばらくは、普通に生きています。でもずっと放置されていれば、当然ながら死にます。みなさん、赤ん坊を助けたいですよね、もちろん」


 「当然よ」


 レイラが言う。


 「ふふ、じゃあ、僕の謎を解いてください。そうすれば、赤ん坊は助かります。謎というのは、簡単なものです。僕は赤ん坊を超時空移動(ワープ)(ゲート)に突き落とした。(ゲート)は閉じた。そして乱数錠(ランダムブロック)が掛かったのです。つまり、(ゲート)の向こうの赤ん坊を助けに行くには、乱数錠(ランダムブロック)を破らねばならないのです。さあ、これが僕がみなさんへ出す謎です。どうです? 僕に勝てますか? 赤ん坊を助けることができますか?」


 さらに挑発的になる青年。しかし、取り巻く一同は、違和感を感じとっていた。なんだろう、これは。


 「マキト大佐」


 ギルバンが言った。


 「乱数錠(ランダムブロック)だそうだ。これはどちらかというと、君の領域だよな」


 「もちろん」


 マキト大佐、自分の領域の話が出て、やっとギャルゲーから心が離れた。


 「暗号解読は、情報部の仕事だからな。俺の直接の専門ではないが、基本的な事はわかってるで。乱数錠(ランダムブロック)、それは現在最も進んだ、そして最もありきたりな暗号(ブロック)だ。これを破るには、コンピューターで解読すればいいんだが、時間がかかる。逆に言えば、時間さえかければ、破ることができる」


 「どのくらい時間をかければ破れる」


 「うーん。最新型だとすると、普通なら2週間。ハイレベルなもので、1ヵ月といったところかな」 


 ギルバンは、パチンと指を鳴らした。


 「2週間から1ヵ月。乱数錠(ランダムブロック)の向こうにいる赤ん坊が1人きりだとすると、それじゃ間に合わない。コンピュータが解読してる間に、確実に赤ん坊は死ぬな。なるほど。正攻法ではダメということか。我々に、乱数錠(ランダムブロック)の向こう側へ行く、別の方法を考えろというんだな? だが君は、なぜ我々にこんな問題を出すんだ? 答えられるなら、教えて欲しい」


 白ずくめの青年は、不敵な笑みを貼り付けたまま、


 「僕は言った通り、これまで罪を重ねてきました。どれも完全犯罪でした。僕は何をやっても完全犯罪になるのです。証拠1つ残さない。警察は絶対に僕を捕まえることができない。誰にも知られず、おぞましい犯罪を犯し、そして証拠を消す。それができるのです。しかし、さすがにこれに飽きてきたんです。そこで少し僕の手の内を見せて、ギルバン所長、この星で1番の頭脳と呼ばれるあなたを、試してみたくなったんです。どうです? 僕の挑戦、受けますか? あなた方が(ゲート)を破る方法を見つけたなら、僕は、赤ん坊を突き落とした(ゲート)へ案内します。赤ん坊を救出してください。しかし、破れなければ、赤ん坊はこのまま死にます」


 ギルバンは、眉をピクリとさせる。


 「この私を試す。君の挑戦を受けさせる。そのためだけに、赤ん坊の命を懸けたというのか。何の罪もない赤ん坊の命を」


 「僕はそういう人間なのです。勘違いしないでください。僕は決して甘い事はしません。みなさんが謎を破れなければ、必ず赤ん坊は死にます。何をどうしようが、僕は助けません。赤ん坊を助けられるのは、みなさんなのです」


 「いいだろう、君の挑戦を受けよう。必ず謎を解いてみせる。だがーー」


 ギルバンは、人差し指と中指を揃え、顔の前ですっと切った。


 「この私のことを、星1番の頭脳と言ったね。それはだいぶ控えめな表現だ。真実は、宇宙一。そういうことだ」



 謎の白ずくめの青年と大宇宙刑事ギルバン。ついに、頭脳と頭脳の戦いが始まった。


 

 (第22星話 安楽椅子探偵の星 2 推理編へ続く)


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