第21星話 借りてきた猫の返し方の星 5
中央公園から裏道裏通りへ。ゴミゴミして、静かで、人気のないところに、その家はあった。
「ペルシャ猫愛好会」
玄関に看板があった。薄いベニヤ板に、雑に絵の具で塗っただけの看板だ。いかにもとってつけたような看板。
エリクは、呼び鈴を鳴らす。
「誰だ?」
ドアフォンから、男の音声。
「ペルシャ猫のことで相談に行きました。入りますよ」
エリクはドアノブを回すが、鍵がかかっている。
「愛好会は、今日は店じまいだ。帰ってくれ」
ドアフォンの声。
エリクは超駆動弱起動する。これで充分だ。かすかに光の気を纏ったエリク、ドアを思いっきり蹴飛ばす。
ガタン、
超人の力だ。ドアは簡単に破れた。すかさず踏み込む。
「なんだ、お前は!」
中にいたのは、目をギラギラさせた男。ギザギザの刃の大きなナイフを持っている。男の傍の床には、小さな女の子が手足を縛られて座っている。探偵事務所に依頼に来た女の子だ。青いペルシャ猫は、テーブルの上にいた。物憂げな瞳で、エリクを見つめている。
男は、ギザギザの刃の大きなナイフを縛られた女の子に突きつける。
「動くな! この子がどうなってもいいのか!」
あまりにもテンプレな展開。エリクは、ふっ、と微笑みを洩らす。そんなナイフをいくら振りかざしても、超人の前には無力だ。
だがーー
後ろから、ものすごい勢いで駆けてくる足音。エリクは、振り向かなくても、誰だかわかった。ここは私の出る幕じゃないだろう。エリクは、戸口の脇にどいて道を開ける。
踏み込んできたのは、女刑事レイラ。エリクの尾行をしていたのだが、異変に気付き、駆けてきたのだ。破れた扉の戸口でエリクと並び、中を一瞥したレイラ。次の瞬間、腰の光線銃を抜きざまに撃ち、男の手にしたナイフを粉々に粉砕した。そして、動きを止めずに、中に飛び込み、光線銃の銃把で、男の頭を殴った。胸の双穹が大きく揺れる。男はもんどりうって昏倒した。
一瞬の判断力と妙技であった。エリート刑事の手腕にエリクも感嘆する。ものすごい早業だ。とんでもないものを見せられた。あの攻撃をもし自分が食らったら。超駆動発動前に、殺られるかもしれない。ちょっと怖くなった。
レイラは、無駄のない動きで、昏倒して床に倒れた男の状況をチェックすると、女の子の縛めを解く。して、エリクを振り返った。
とても優しい、柔らかなまなざしだった。
◇
「お手柄だったね、エリク君」
探偵事務所の所長室。
優雅に高級安楽椅子に身を凭せるエリクに、ギルバンがコーヒーを持ってきた。
「女の子を救ったんだ。大金星だよ。もちろん、女の子が行方不明になって、警察がちゃんと捜査すれば、犯人にたどり着けただろうけどね。その間に、女の子はどうなったかわからなかった。こういう事件は、スピード解決。それが絶対に大事なんだ」
女の子があのペルシャ猫愛好会の家を訪ね、〝飼い主〟の男に脅され、縛られた直後にエリクが踏み込んだのだった。女の子は恐怖でショックを受けてはいたが、被害はなかった。
犯人の男は、ペルシャ猫を連れて公園で過ごすうちに、小さな女の子に目をつけ、猫を使って女の子をおびき寄せる手口を考えたのだという。男の家からは、かなり嗜虐性の強い画像や動画が、多数押収された。猟奇事件まで、あと一歩のところで、未然に防いだのである。
エリクの大手柄だが、自分は名前を出さないほうがいいといって、エリクの活躍は、秘密にされた。公式にはレイラの手柄として、発表された。
「レイラ君も、君には感心してたよ。やっぱり僕が保護してる女の子だから、すごい探偵素材だったんですねって言ってた」
レイラも認めるべきところは認めるのだ。エリクは、女刑事の優しくて、柔らかいまなざしを、思い出す。女の子救出の時は、鬼神のように見えた。使命のため、正義の為、女の子の安全の為、それが全ての人なんだ。
ギルバンは、にこにこしている。
「その安楽椅子も、早速、役に立ったと言うわけだ。経費を使った甲斐があったというものだね」
「いいえ」
エリクは、安楽椅子に凭れながら、頭の後ろで腕を組む。
「今回は、推理するのに、この安楽椅子は使いませんでした。今度は、もっと難事件を、この安楽椅子の上で解決してみせます」
ギルバンは、ヤレヤレ、と肩をすぼめた。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




