第4星話 手計算1億年の星 【本格SF】 【執念とは何か】
「お宝、お宝、ランランラン♪」
狭い操縦席の中、少女のリズミカルなハミングが響いていた。
「お宝、お宝、ルンルンルン♪」
ゲーダ星の深く刻まれたギザギザの地表の上を、1人乗り用小型宇宙船ストゥールーンは飛行していた。
ハミングしながら操舵管を握っているのは、17歳の少女エリク。宇宙の旅人である。エリクは、操縦席を覆う透明なハッチ越しに、眼下を見る。
茶褐色の、深い峡谷が幾重も連なっていた。谷底まで見えない。深く大地を抉った峡谷が、無数の皺となって、星の表面を覆っていた。
「すごい光景だね」
エリクは感嘆する。
殺風景な宇宙空間から地表に来ると、緑豊かな大地でなくても、水がなくても、多少起伏のある地形なら、懐かしく、心が癒されるのだった。
「ここの峡谷がちょっと珍しいのは、全部風と砂でできたってことかな」
答えたのは、万能検査機。エリクのおしゃべりな相棒の箱型ロボである。小さな黒い箱に、短い手足が付いている。未知の対象の探査だけでなく、宇宙のあらゆる既知情報の精査出力もできた。電光板が、赤と黒にチカチカ点滅している。
「風と砂でこんなに大地を削れるの?」
エリクは、万能検査機をコンコンと叩く。宇宙での相棒は、このロボだけだ。
「ここの重力は特殊なんだ。それでものすごい風が吹く。それに、削ったのは、何億年もかけてだよ。地下溶岩の噴射による地形変化もあるしね」
万能検査機の解説。
エリクは、ストゥールーンを、大峡谷に潜ったり、岸壁ギリギリに迫ったり、峡谷にできた巨大洞窟を回転突破したり、自由自在に飛行操縦を楽しむ。
「きゃー、スリル満点! すごい大迫力!」
17歳の少女の頬が、薔薇色に染まる。
「ちょっと、危ないよ、エリク、ぶつけて大破したら、修理する部品が足りないよ!」
万能検査機はハラハラ。目を回している。ストゥールーンにはもちろん自動衝突防止装置がついているのだが、エリクはそれをオフにして、スレスレギリギリの飛行を楽しんでいた。
「へーき、へーき、ぶつけるわけないじゃない。それに、部品が足りないって何言ってるの?私たちこれからお宝の山に行くんでしょ? なんだってあるよ」
「どうしても必要な時って、必要なものが見つからないものなのさ」
「なにそれ。機械の哲学? 部品足りなかったら、あんたを分解して使ってあげるから。安心してね」
ストゥールーン、大峡谷を縫って飛んでいく。
ゼーダ星は、何億年か前に、レセント鉱石の採掘で賑わっていたことがあった。大峡谷を切り崩し、掘り進み、人間の鎚は休むことがなかった。しかし、もっと安価なレセント鉱石の代用品が発見されたことで、たちまちこの星は見捨てられた。
また元の、風と砂と特殊変動重力が支配する無機質な星に戻ったのである。人間が大地を引っ掻いた跡も、ほとんど消えつつあった。
かつて栄え、今は放棄されたレセント採掘基地。それがエリクの目当てだった。宇宙航行の間に、必要な機械部品がいろいろ足りなくなっていた。次の有人星まではまだ遠い。そこで、目をつけたのが航路の途中にあったゼーダ星。放棄された物資の中から、必要なものを調達しようというわけだ。ついでにお宝探しも。
「物好きだねぇ。そんな探検するより、次の有人星まで飛ばしたほうが早いよ」
万能検査機は赤と黒の光をチカチカさせた。
「お金の節約になるじゃない。それに、放棄された昔の幽霊街には、思いもよらぬお宝が眠っているものなのよ」
「そういうの、砂漠で針を探すって言うんだよ」
レセント採掘基地の跡。
辿り着いた。比較的開けた峡谷の谷底にあった。周囲を掘削拡張して、居住空間が作ってある。
エリクはストゥールーンのハッチを開け、飛び降りる。腕には、万能検査機を抱えている。
幽霊街。
崩れ落ちた人工建造物の残骸がゴロゴロ。
「想像以上にひどい。これはだめだ。あと2億年もすれば、ここに人間がいた痕跡なんて、全部消し去られているだろうね」
万能検査機が呟く。
しかしエリクはーー
キョロキョロしている。
そして、崩れてめちゃめちゃになっている建物の1つに目をつけ近づくと、万能検査機を地に置き、ゴソゴソと始める。
しばらくの時間が過ぎた。エリクは執念深く、ゴソゴソやっている。
万能検査機、やや呆れたように、
「砂漠で針は見つかりそうですか? お姫様」
「うるさいな。この辺、どうも匂うの。きっと何かある」
「匂う? なにそれ。なんでそう思うの?」
「勘よ。〝勘〟ってのがあんたにはない人間の武器なのよ」
「〝無駄な好奇心〟ってのが君の武器だね。でも、気をつけて。それは諸刃の剣だからね、エリク、君の命取りになるよ」
「余計なこと言ってないで、あんたもこの辺を透査しなさい」
「どうせ何もないよ。幽霊街でお宝を見つけようっていう安直な事は、みんな考えるからね。お宝があったとしても、とっくに持ってかれちゃってるさ」
「あら、一つ大切なことを忘れてない?」
「なに?」
「あなた、宇宙でもトップクラスの探査機器でしょ」
「うん……それで?」
「これまで、ここにお宝探しに来た人は、そこまで優秀な探査機器を持っていたのかしら。あなたなら、他の人が見つけられなかったものだって、見つけられるでしょう?」
「それはそうだけどさ。いくら優秀な探査機器でも、ゴミの山からは、ゴミしか見つけられないんだよ」
「つべこべ言わずに透査しなさい。あなたの実力を見せてちょうだいね。期待してるよ」
万能検査機は、むくれた。どう考えても、無意味で不毛だ。しかし主の命令は絶対である。渋々透査をする。
まともなものがあるはずがない。何かの資源なら、引き抜けるだろうけど、わざわざ持っていくほどの価値は無い。廃棄星漁りなんて、誰でも思いつくことだ。とっくに価値のあるものは、全部引き抜かれちゃっている。当然だ。
思った通り、透査しても、良い反応は無い。しかし主である少女は執念深く不毛な残骸の山を漁っている。
やれやれ。ため息をついた万能検査機だが、
「もうちょっと、ご主人様に付き合うか」
透査の範囲を広げる。
「あっ!」
思わず声を上げた。
「どうしたの?」
エリクが振り向く。
万能検査機は押し黙る。
「何?何か見つけたのね!」
エリクが素っ飛んできて、万能検査機を握り締める。
「何も……ないよ。さぁ、早くここは立ち去ろう」
「嘘! 機械が主の人間に嘘をつくの? あんた、何してるかわかってる?この場でバラバラにされてもおかしくないことしてるのよっ!」
エリク、妙に興奮している。長年の付き合いで、万能検査機の癖は、わかっていた。何か見つけたのだ。間違いなく。
万能検査機、ヤレヤレと思う。が、目の前の豊かな亜麻色の髪を揺らし黒い瞳を光らせ頬を薔薇色に染めた少女が自分の主であることには変わりない。逆らうわけにはいかないのだ。どんなに気まぐれの気分屋だったとしても。
「価値のあるものは見つけなかったよ。本当に何もなかった。嘘じゃないよ。その、それで、価値のないもの……が透査に引っ掛かったんだ」
「価値のないもの? ふーん、それ、つまり、〝面白そうなもの〟ってことね?」
エリクがニヤリとする。亜麻色の髪がさらりと揺れる。
「面白くは無いと思うよ」
主の無駄な好奇心を、最大限刺激してしまった。もう後には戻れないだろう。どうやっても。
「人間の反応なんだ」
エリクは目を見開く。
「え? 星に入る前に、あんた、ここには人間の反応も、それどころか、生命の反応もない、そう言ってたじゃない」
「そうだよ。人間の反応じゃない。ただ、人間の脳波信号のパターン……それが透査に引っかかったんだ」
「脳波信号のパターン? 人間はいないけど、人間の脳波信号はあるってどういうこと?」
「なんだろうね。不思議だね。わからないよね。どっちにしても意味のないことさ。さぁ、ここを立ち去ろう」
「待って! 面白そう! 調べる! その脳波信号ってどこから来てるの?」
万能検査機は天を仰ぐ。
「あの、本当に時間の無駄だと思うよ」
「いいじゃない。人生ってのは寄り道なのよ。あ、そっか。あんたには、人生ってものがないんだっけ」
万能検査機は、むくれた。もう投げやりだ。
「ほら、そこの溝だよ。この谷底に、亀裂が入っている。さらに奥があるんだ。その底から、信号が来ている」
「さらに奥?」
エリクは注意深く調べる。あった。万能検査機の言う溝。狭い亀裂。見下ろしても、暗くて、先が見えない。なるほど。谷底にまた深くその奥がある。
「この下に、何かがあるんだね?」
瞳をキラキラとさせるエリク。
「うん。でも、行けないよ。この狭さじゃ、ストゥールーンは入れないし」
牽制する万能検査機。
「ストゥールーンが入れなくても、私は入れるよ」
「……あの、まさか」
「ふふ、私は超人よ。なんだってできる」
「うーんと、その力、必要ないところで使うべきじゃ……」
「私の力の使い方は、私が決めるのよ。行くよ! 超駆動!」
たちまちエリクは黄金に輝く光の気に包まれる。そして万能検査機を抱えると、えい、と谷底の裂け目に、飛び下りた。
エリクの光の気、エネルギーを操って飛翔もできるのである。狭い大地の裂け目。両側の岩壁を蹴りながら、エリクはピョンピョンと下りていく。
超人の力。ものの1分もせず、地底についた。
「ここが本物の本物の地の底ね。うふふ、誰も来れないところに来れる能力。これってお宝探しに使えってことなのよ」
エリクは胸を張る。大地の裂け目の底は本当の暗闇だ。エリクは超駆動を調整し弱め、発光のみに使用する。超駆動はMAX状態では長時間持続できないのだ。
「結局、僕たちは補給や補充ではなく、ただ消耗するためにきたんだね」
万能検査機が呟く。
大地の裂け目の最底辺。上に見える隙間は狭いが、底は広かった。洞窟のようになっている。エリクは超駆動弱起動での発光で、中を照らす。
「あった」
洞窟の奥に、宇宙船があった。ストゥールーンよりだいぶ大きい。容量にして5倍はある。
「どうやってここまで飛んできたんだろう」
エリクは、宇宙船の外面を撫ぜる。ずいぶん昔のものだ。
「宇宙船が来たときには、裂け目はもっと大きかったんだよ。その後、地殻変動で、上の裂け目がほとんど閉じたんだね」
万能検査機、赤と黒の光をチカチカさせながら、応える。
「じゃあ、この宇宙船は、ここに墜落か不時着かして、それっきりってことだね」
「そういうこと」
宇宙船の機体、傷んではいるが崩れてはいない。上の採掘場廃棄の後、かなり経ってからここに不時着したのだろう。エリクは、ハッチを開け、中に入る。万能検査機を抱えたまま。
宇宙船の中の居住空間、かなりの余裕があった。操縦席とは別に、ベッドに椅子、テーブルがある。
ベッドには、人間型ロボットが、横たわっていた。全ての機能が停止してだいぶ経つ事は、一目でわかった。
「おおっ!」
ベッドのロボットを仔細に調べていたエリク、声を上げる。
ロボットの心臓部を開き、黒いカードを取り出した。
「やった! お宝ゲット!」
「何それ?」
「記憶媒体よ! V1130008ーW! ワオッ! これ、骨董品市場で、高い値がつくのよ! 私も見るの初めて!」
「フンッ」
万能検査機が鼻を鳴らした。
「やっぱり役に立たないものなんだね。そういうのに高いお金出すって、人間は、やっぱりおかしいよ。それに、死体漁りって、いつ見ても、気持ちが良くないな」
「うふふ、死体漁りじゃないよ。ロボットだよ。役に立つところを抜くのは、当然じゃない」
エリクは上機嫌。低起動発光をチカチカさせる。
「さ、万能検査機、この記憶を解析して頂戴。一応、中身を確認しないとね」
「趣味悪……大昔の人の記憶だよ。まぁ、君は言い出したら聞かないし……じゃ、やるよ」
エリクから記憶媒体を受け取った万能検査機は、右手をしっかりと黒いカードに押し付ける。
しばしの時が流れた。記憶の解析が終わる。
「終わった。記憶は、全部読んだよ」
「時間かかったね。いつも一瞬なのに」
「1億年分の記憶があったんだ」
「へー、すごい。どんなだった? あの、全部じゃなくていいから、重要なとこだけ教えて」
「たいした話はないよ」
万能検査機は語り始めた。
この宇宙船がゼーダ星に来たのは、レセント鉱山閉鎖の1億5千万年後のことだった。廃棄された採掘基地跡の調査に来たのだが、運悪く、宇宙船が事故を起こし、大峡谷の溝の最底に不時着することとなった。
宇宙船に乗っていたのはただ1人。科学者だった。科学者は宇宙船を修理したが、自力で大峡谷の底から飛び立つことはできなかった。無限推進炉が完全に死んでいたのである。予備の燃料式ジェット炉があったが、大峡谷を抜け、宇宙に飛び立つには、出力がとても足りなかった。途中で墜落する事は、目に見えていた。
科学者は、必死にこの星の情報を精査解析した。そして、この星とその周辺の巨大な重力変動に気づいた。激しい重力変動を利用すれば、わずかな燃料のジェットでも宇宙まで飛び立つことができる。そして近くの有人星まで軌道固定すれば、生還できる。
だが、ここで大きな壁にぶつかった。
重力変動は激しいのである。飛び立つには最適のタイミングでなければならなかった。目まぐるしい重力変動を、正確に計算する必要があったのである。
「この計算、ラグジュ関数を使えば、一発なんだ。でも、この宇宙船のコンピューターでは、ラグジュ関数はできなかったんだ」
万能検査機が解説する。朽ちた宇宙船の居住空間の中、エリクは椅子に座って万能検査機を抱えながら、ベッドのロボットを見下ろしていた。
エリクが首をひねる。
「ラグジュ関数って、どんなコンピューターでも計算できるんじゃないの?」
「今はね。これは大昔の話なんだよ。ラグジュ関数のできるコンピューターは、まだまだ稀少だったんだ。それで、科学者はどうしたかっていうとねーー」
絶望に襲われた科学者だったが、ついに活路を見つけた。
手計算を繰り返せば、ラグジュ関数の壁を越えることができることに気づいたのである。
エリクは目を丸くする。
「……手計算を繰り返す? それでラグジュ関数の壁を越える? なにそれ。そんなことできるの? できても、ものすごく時間かかるんじゃないの?」
「そうだよ。時間はかかる。でも、時間をかけさえすれば、できるんだ」
「……時間をかけさえすればって……どのくらい?」
「ざっと8千万年くらい」
「…………」
自分の生きてるうちに、ここを脱出することは不可能だ。それを理解した科学者は、自分の記憶と情報を、宇宙船に搭載してあった人間型ロボットに移植した。いずれ自分が死に、肉体が朽ちても、ロボットが計算を続け、いつか計算が完成し、記憶を移植したロボットが宇宙に飛び立つことができる、そう考えたのだ。
「それがそのロボットだよ」
エリクは、ベッドに横たわるロボットを見つめる。
「科学者は、自分の記憶だけでも、宇宙に飛び立たせたかったのかな」
エリクは言って、考え込む。なんであれ、科学者は、ひたすらこの星から飛び立つための計算をするようロボットにプログラミングしたのだ。何もしないよりはいいと思ったのかもしれない。
科学者の生身の肉体は、とっくに朽ち果てて、風化し、砂となって消えた。でも、ロボットはの残骸は、まだ残っている。
「結局、飛び立てなかったんだね」
「うん」
「どうしてだろう?」
「計算を始めて、6千万年目で間違えたんだ」
「間違えた?」
エリクは叫ぶ!
「ロボットでも間違えるんだ」
「そう。手計算だからね。間違えるさ。それで、そのまま計算を続けて、どこで間違えたかわからず引き返すこともできずに、1億年目で、ロボットは死んだ。完全に、耐久期限を超えたんだ。ただ、弱い信号を発し続ける以外、何もできなくなった。その信号を、僕がたまたま拾ったんだ」
万能検査機の赤と黒の光の点滅。気のせいか、いつもより強く感じる。
エリクは沈黙。
永遠に正解にたどりつかない計算を、4千万年もしていたんだ。
ベッドに横たわるロボット。
完全に死んだ。その記憶は、エリクの手に。
エリクは、超駆動で光の気を全開し、採掘基地跡までひとっ飛びした。そしてストゥールーンに乗って、ゲーダ星を後にする。
透明なハッチから見えるのは、煌めく無機質な星々の光。
「ねえ、この記憶媒体だけど」
エリクは、黒いカードを見つめる。
「記憶の持ち主の科学者の故郷へ行って、ゆかりの場所に埋納しようと思うんだ」
「骨董品市場で売るんじゃなかったの?」
万能検査機が、赤と黒の光の点滅をさせる。
「うん。売らないよ。科学者の個人情報を、教えて。本人がこれをどうしてほしいか、それを解析して」
「わかったよ。結局、あの星に寄ったのは、完全な無駄足だったね」
「言ったじゃない。人生は全部寄り道だって。そういえば、科学者はなんで星に行ったんだろう」
「採掘基地跡で、お宝が見つかるかもしれない。そう思ったんだって。でも、反省してたよ。これは砂漠で針を見つけるようなものだ、とても愚かな考えだった、って」
エリクは、黒いカードを頬に当てる。
「そうなんだ。なんだか、その科学者に会いたくなってきた。故郷やゆかりの場所に行けば、ちょっと会った気分になれるかな」
「また、寄り道が増えるね」
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。