第21星話 借りてきた猫の返し方の星 3
来訪者は小さな女の子だった。12歳だと名乗った。両腕に、青いペルシャ猫を抱えていた。
レイラが脇の椅子に移り、女の子が猫を抱えたまま、来客用ソファーに座る。その正面に、安楽椅子のエリク。
「ご用件は何でしょう。現在、所長は不在ですが、私がお話を承ります」
エリクが女の子に、微笑む。
「この子の飼い主を、見つけて欲しいんです」
青い猫を抱えながら、女の子が話し出した。
◇
午前中のこと。女の子が星都の中央公園で、1人で遊んでいる時、この青いペルシャ猫を見つけた。すごく可愛かった。思わず近寄って抱きしめた。猫は人懐っこく、女の子の手をペロペロと舐めた。女の子は、夢中で長い毛を撫ぜた。とてもなめらかな手触りだった。
「お嬢ちゃん、猫は好きかね?」
声をかけられた。優しい瞳をした年配の男だった。
「その猫は、私の猫なんだ。お嬢ちゃん、その子が気に入ったなら、少し遊んであげておくれ。後で、私のところに返しに来ておくれよ」
そう言って、男は去っていった。
女の子は、大喜びで、猫と遊んだ。だいぶ時間が経った。男は現れなかった。後で猫を返しに来て、と言っていた。どこに返しに行けばいいんだろう。何も言ってなかった。連絡先も交換しなかった。猫に首輪も何もついていなかった。女の子は途方にくれた。そこで、この探偵事務所に、相談に来たのだった。
話を聞いたエリクとレイラ、考え込む。
「うーん。確かに、手がかりゼロですね」
エリクもチンプンカンプン。高級安楽椅子の上でも、何の考えも浮かばない。
敏腕女刑事レイラも、腕組みして思案する。
「えーと、その飼い主の人は、確かに返しに来てって言ったの? 猫が好きなら、プレゼントするよって言ったんじゃなくて」
「はっきりと、返しに来てくれって言いました」
女の子がきっぱりと言う。
エリクが、レイラに向かっていった。
「警察の監視カメラとか、利用できないんですか? 中央公園と、その周辺のカメラに、飼い主の男性の姿が写っているかもしれません」
レイラは、首を振る。
「警察の監視カメラは、こういう案件じゃ使えないのよ。ちゃんとした事件が起きたときに、手続きして、利用するものなの。猫の飼い主探しじゃ無理ね」
「そうですか。ちょっとその猫、私も抱かせてもらっていいですか?」
エリクは、女の子からペルシャ猫を受け取る。
「うぐ、可愛い」
エリクも猫は好きだ。青いペルシャ猫。おとなしく抱かれている。確かに人懐っこい。艶々した長い毛が、気持ちいい。つぶらな瞳で、エリクを見つめてくる。
「ちょっといいですか」
エリクは、自分の鞄の中から、相棒である箱型ロボ、万能検査機を取り出す。
「万能検査機、この猫を透査して」
ロボは、短い手を猫にそっと押し当てる。何でも透査解析できるのだ。透査はすぐ終わる。ロボは首を振る。成果ゼロ。本来おしゃべりなロボなのだが、エリク以外の誰かと話すのは苦手なのだ。
透査はした。それでも、手がかりゼロ。どうしようもないな。
「ごめんなさい。今は、何もわからない。もし、何かわかったら、連絡するから」
連絡先を交換し、女の子と別れる。女の子は、青いペルシャ猫を抱えて、出て行った。
再びレイラと2人きりになる。
「あの、レイラさん」
相手が何か言う前に、エリクが、機先を制する。
「こうしたわけで。私は、ちょっとこれから独自捜査に出かけます。事務所は閉めますので、今日のところはお引き取りください。レイラさんのことは、ギルバン所長に必ず伝えます」
本当は、眼光鋭くエリクを睨みつける女刑事と、これ以上話をするのが気詰まりだったからなのだが、こう言われては、レイラも引き下がらずを得ない。
わりました。ギルバンにはまた別にコンタクトするので、あなたから伝えなくても大丈夫です、レイラはそう言って事務所を去った。
エリクは、ほっとする。そして金百合柄の青マントを肩につけると、相棒の万能検査機を入れた鞄を肩から下げ、事務所を出る。
◇
明るい日差しの巨大星都を、エリクは歩いて行く。肩から下げた鞄を内側から開けて、万能検査機が顔を出す
「エリク、この事件の調査を、本気でやるつもりなの? どう見ても何もわからないし、わからなくても、困らない案件さ。飼い主が見つからなければ、女の子は、星庁の動物保護センターに相談する。それだけのことだよ」
エリクは、思案顔。
「女の子、結構真剣だったからね。一応調べてみるよ。とりあえず、中央公園へ行ってみよう。歩いてすぐだし」
万能検査機は、電光板を赤と黒にチカチカ点滅させる。
「それより、あの女刑事のこと気にした方がいいんじゃないの? すごい目で君のこと視てたよ」
「うん。気にしてるよ。でも、私が指名手配犯だと確信している様子は無い。何かは疑ってるみたいだったけどね。正面から乗り込んできたってことは、それほどこっちを警戒していないとも言えるね」
「早く、この星は、出たほうがいいと思うよ」
「ふふふ。大丈夫だってば」
エリクの遥か後方を。女刑事レイラは尾行していた。
「あの子、やっぱり何かある。尻尾を掴んでやらなきゃ」
刑事の執念、いや、乙女の執念である。レイラは、目ざとく万能検査機が高性能探査機器であることを、見てとった。だから、尾行といってもあまり近づかない。高性能の探査機器であっても、個人の識別認識ができるのは、近距離だけなのだ。遠距離の探査では、おおざっぱな人間の反応しか捕捉できない。レイラは、距離をとりながら、人影に紛れて、追っていく。エリート刑事にとって、勝手知ったる星都での追跡は、お手のものであった。エリクは全く気づかず、万能検査機も探知できなかった。
(第21星話 借りてきた猫の返し方の星 4へ続く )




