第21星話 借りてきた猫の返し方の星 2
ギルバン探偵事務所の所長室。来客用の応接室でもある。レイラは来客用のゆったりとしたソファーに座り、エリクの淹れたコーヒーをすする。
助手のエリク。ギルバンが保護している子。間違いない。
なぜ、この子を。レイラは頭をフル回転させる。どんな難事件でもたちまち解決する切れ味抜群のその頭脳。気になる。目の前でエリクが座っているのは、真新しい立派な安楽椅子。所長ギルバンの安楽椅子にも負けず劣らずの高級品だ。
「ええと、エリクさん。この探偵事務所の助手とのことですが、ギルバン刑事に、個人的に保護されている、そうですね?」
いきなり核心に踏み込む。
〝個人的に保護〟と言うとき、レイラは、ぽっと赤くなった。レイラも上司の美男子刑事に〝個人的に保護〟されたいのだ。
「あ、はい、そうです」
相変わらずレイラの眼光と気迫にたじたじとなりながら、エリクは言う。なんだろう、妙な胸騒ぎがする。ギルバンに用事があって来たはずなのに、この女刑事、妙にエリクに執着してくる。ひょっとして、標的はまさかこの私?
エリクは警戒する。エリクは全宇宙から追われる指名手配犯だった。指名手配された件については完全に濡れ衣なのだが、釈明してもとても無理な状況なので、逃げ回っているのである。ここでギルバンに〝保護〟されたのは、まったくのカンチガイからで、ギルバンはエリクが指名手配犯だとは露ほども知らぬのである。
でも。ひょっとして。この女刑事は、私の正体に気づいているんじゃないか? そうだったら面倒なことになる。すぐこの星から出なくちゃいけなくなる。結構ここは居心地がよくって、気に入っているんだけど。とにかく様子を見よう。完全にこっちの正体を見破っている、まだ、それはないだろう。そうだったら、もっと大勢警官を集めて、逮捕しようとするはずだ。でも、何かを疑っている。
疑わしい。レイラは、エリクの座る安楽椅子を睨む。ここに鍵がありそうだ。
「エリクさん、あなたの安楽椅子、ずいぶん立派ですね」
「ええ」
エリクはドキッとなる。いきなりの変化球だ。やはり刑事というのは搦手から攻めてくるのか。しかし、どう攻められたって、尻尾は出さないぞ。ここは無害な普通の女の子を演じるんだ。
エリクは、安楽椅子の上で、ぴょんぴょん跳ねて見せる。なるべく女の子らしく。
「これ、ギルバン所長に買ってもらったんです。すっごくいい椅子です」
嘘だ! レイラは、内心激しく動揺する。ギルバンが高級な家具をプレゼント? 〝保護〟してるだけの女の子に? それではもはや〝保護〟という一戦を超えた関係に、いや、そんなことあるわけない。嘘だ!
確かに嘘だったのである。ギルバン愛用の高級安楽椅子を見たエリクが、自分も欲しいと思って、事務所の経費で勝手に注文したのである。
「エリク君、なにをしてるんだい? そういうことをしたら困るよ」
さすがのギルバンも苦虫を噛み潰した顔をした。エリクは高級安楽椅子の上で、ぴょんぴょん跳ねてご満悦の表情で、
「私は探偵事務所の助手です! 事件解決のために働きます!やっぱり推理するためには、こういう椅子じゃないとダメなんです!ちゃんと今回使った経費の分の働きをしますから!」
「あの……エリク君、君に推理なんてしてもらうつもりないから。君は私の手伝いと事務所の雑用だけしてくれていればそれでいい」
「えーっ! 絶対、私が事件解決する! この椅子の上なら、どんな事件だって解決してみせる!」
「エリク君、君はわかってないな。事件の解決ってのはね、まず足を使うことから始まるんだ。それが捜査の基本だよ。安楽椅子にゴロンとして解決できる事件なんてないから」
ギルバンは、ヤレヤレなモード。女の子を保護するというのは、悪党を追い詰める以上に困難な任務なのだ。
◇
レイラは、無邪気な笑顔で安楽椅子の上でぴょんぴょん跳ねるエリクを、目を血走らせで睨みつける。
亜麻色の髪を揺らしながら、跳ねる少女。ミニスカートがまくれて、イチゴ柄のショーツが見え隠れする。銀のガーターリングも、揺れる。
なんなんだ、この子。エリート女刑事レイラは、ピキピキする。大胆にも宇宙警察期待の星である私を挑発しようというのか? いい度胸じゃないか。どんな悪党を前にしても冷静なレイラも、この事態には胸がズタズタにされる。双穹が煮えくり返る。この小娘……ギルバンの前でも、こんなふうにして跳ねているのか? ミニスカートの中身も見せて。いや、あの安楽椅子。かなり大きい。人が2人乗っかっても大丈夫。まさか、あの上でギルバンと、この子が……あー、もう、私、何考えてるんだろう。落ち着け。こんな小娘に、振り回されてはいけない。落ち着くんだ。
レイラは、頭を振る。慌てるな。相手は小娘だ。それに。
レイラの目が光る。やはりおかしい。このエリクという少女、無邪気を装ってはいるが、何かある。ただの小娘ではない。刑事の勘が告げていた。よし。ここはいつものように、冷静に、じっくりと追及してやろう。こちらはプロの捜査官なのだ。欺き続けるのは無理だぞ。
豪華な安楽椅子の上で無邪気に微笑む自分より1歳年下の少女エリクの正体に迫ろうと、レイラが口を開いた時、
ピンポーン!
呼び鈴が鳴った。エリクが立ち上がり、出迎える。
誰だろう。今日、お客の予定はない。探偵事務所へ、新たな依頼者かな。
(第21星話 借りてきた猫の返し方の星 3 へ続く )




