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第20星話 スパイ大作戦の星 後編




 ダリューン星都の巨大タワー複合レジャー施設の中。

 

 温浴場(スパ)にいる標的(ターゲット)


 なんとしても、この隙にカードディスクを奪わなきゃ。



 エリクは必死に思案する。ふと、従業員用の入り口に気づく。そっと入ってみる。ちょうどうまい具合に、誰もいない。おお! エリクは見つけた。この温浴場(スパ)は、エステが併設されている。エステの女性従業員用の、更衣室があった。中に入る。女性従業員たちが、着替えをしている。エリクは、うつむきながら、お疲れ様ですと小さく挨拶して、従業員のフリをする。ここは大都会星で一番のレジャー施設の中の温浴場(スパ)。規模は大きく、エステ従業員も、大勢だ。しょっちゅう従業員の入れ替わりがあり、新顔は珍しくないのだろう。エリクは、怪しまれる事なく、ぶら下げてあるエステ従業員の制服に着替えた。何という僥倖。うまくいっている。行き過ぎているくらいだ。


 エステ従業員の制服に着替えたエリク。男性用温浴場(スパ)と、男性用エステルームはつながっている。温浴場(スパ)の様子を伺う。お。ちょうど。標的(ターゲット)の男が湯に浸かっているのを見つけた。エリクがこっそり見ていると、男は、湯から上がった。長湯はできない体質らしい。顔が真っ赤だ。うむ。ここでも順調。男は、体にタオルを巻いてエステルームの方へ歩いてくる。


 やったぞ! エリクは、さりげなく男に近寄り、声をかける。


 「エステをご利用でしょうか?」


 「え?」


 男は、キョトンとした。そして、考え込む。


 「うーん。利用しようかどうか、今、考えてたとこなんだけど、うーん。どっちがいいのかなぁ」


 なんともはっきりしない男。温浴場(スパ)でのぼせて顔が赤くなり、さらにぼーっとなっている。間近でその顔を見る。どこからどう見ても、何の変哲も取り柄もない、印象に残らない顔。いや、男の方も、誰かの印象を覚えようとしてるには見えない。みんな同じ顔に見えているのか?それなら好都合だけど。本当にこれが情報部が必死に探している機密を握っている男なのか? 


 エリクはまた考え込んだが、使命は使命だ。


 「エステをするべきです!」


 エリクは、キッパリと言った。そして、男の耳元で、そっと囁く。


 「あなたは、実は今日1000人目のお客様なのです。特別無料サービスをいたします。是非、ご利用ください」


 「無料?じゃぁ、ちょっとお願いしようかな。あ、でも……」


 「さ、どうぞ! どうぞ!」


 男があれこれ言う前に、エリクは手をつかんで、エステルームに引っ張り込む。エステは、個室だった。空いてる部屋に男を押し込み、ベッドにゴロンと寝かせる。男は主張というものがないようだった。ぼーっとしたまま、されるがままになっている。


 よし。いよいよだ。ここで決めるぞ。


 エリクは、笑顔で言った。


 「お客様、身分証明書のご提示を願います」


 「? なんで?」


 男はポカンとしている。


 「当店はちゃんとしたエステ店でございます。万一のトラブルに備え、お客様には、身分証明書のご提示をお願いしています」


 「……ここ、前も利用したけど、その時は確か身分証明書とか言われなかったけど」


 「最近、ちゃんとしたお店になったんです!さぁ、身分証明書を!」


 「うーん、身分証明書は、ロッカーに預けて来ちゃったよ」


 「さようですか」


 してやったりと、エリクはほくそ笑む。


 「それでは、お客様、私めが、ロッカーへ身分証明書を取りに行って参ります。さぁ、ロッカーの(キー)をお渡しください」


 ロッカーの(キー)。男は手首にバンドで止めていた。頭がまるで働かない様子の男は、エリクが強引に伸ばす手に抵抗しない。エリクは、男の(キー)を抜き取った。


 満面の笑顔で、


 「では、お客様、すぐに取りに行って参ります。身分証明書を確認しましたら、その後は、存分にエステをお楽しみください。ご期待ください。私のエステは、超超超一流でございます」


 やった!任務大成功!


 相変わらずぼーっとなっている男を置いて、足どり軽くエステの個室を出たエリク。


 「ちょっと君」


 肩を掴まれた。振り返る。怖い顔をした男だ。スーツ姿。


 「私はここのマネージャーだ。マニュアルを無視して、不審な動きをしている従業員がいるとの報告があった。君、いったい何をしているのかね? そもそもうちの従業員かね? ちょっと事務所まで来てもらおうか?」


 「きゃーっ!」


 エリクは逃げ出した。マネージャーを振り切り、従業員更衣室で自分の服と鞄をひっつかむと、温浴場(スパ)から飛び出す。



 ◇



 「うくー、あと、ちょっとだったんだけどな」


 エリクは、タワーの中の喫茶店(カフェ)でミルクティーを前に頬杖をついていた。


 視線の先には、標的(ターゲット)の男。例によってぼーっとしながら、アイスティーを飲んでいる。温浴場(スパ)から逃げ出して、追手を振り切ってまたこっそり待ち伏せしていたら、簡単に男が出てくるのを見つけることができた。何があっても警戒というものをしていない。エリクは、また尾行を再開した。男はエリクの顔を覚えていないようだ。こっちを見ても、まるで気づかない。あんなにはっきり顔を合わせたばかりなのに。全く気づかれる様子がない。エリクの尾行は、かなり大胆になっていった。


 ダラダラと喫茶店(カフェ)で時間をつぶす。やっと、男は、腕時計をチラッと見ると、立ち上がった。店を出る。ジリジリとしていたエリクも後を追う。


 次に、男が向かった先は、タワー最上階の、なんとディスコだった。


 「ディスコ? あの男に、絶対似つかわしくない。きっと、これは、何かある」


 エリクは確信した。ここで、何かが起きる。





 ディスコ。この星では24時間営業だ。昼間なのに、かなり賑わっている。カラフルなライトが交叉(クロス)し、アップな音楽が激しく響く。若者の熱気、息、躍動する身体。


 標的(ターゲット)の男は、やたらと体をくねらせる、独特のダンス。1人でずっと踊っている。汗だくだ。かなりハイになっている。トランス状態っぽい目をしている。何も見えてないようだ。


 エリクも少し距離をおいて、ミニスカートを翻しながら、激しく踊っている。時々、僕と一緒に踊ろうと、男が寄ってくるが、すべて断る。エリクが見ているのは、ハイになって体をくねらせている標的(ターゲット)だけ。


 ひたすらぼーっとしてた男が、ディスコに来ると、別人のようになっている。これはひょっとして。さっきまでは姿は、あくまでも偽装(フェイク)で、これが本来の姿なのか。やっと仮面を剥ぎ取ってということなのか。


 いよいよだ。



 派手な身なりの若い女が、標的(ターゲット)の男に、近づいてきた。そして、耳に、何か囁いている。男は、ピタリと、踊るのをやめた。そして、女と並んで歩いて行く。


 ついにだ。エリクの心臓の鼓動が高まる。あの女は秘密工作員のメンバーなんだろう。ここで連絡を取った。何かが始まる。動き出すんだ。


 エリクは、2人の後を追う。標的(ターゲット)の男と、派手な身なりの若い女。


 ダンスフロアの雑踏を抜け、オープンテラスへ向かう。高層タワーのオープンテラスの手すりの前で。


 「お約束のものです」


 女が、標的(ターゲット)の男に黒いカードディスクを渡す。


 あれだ!


 あれを手に入れれば、この星は戦火から救われるんだ!


 エリクは、飛び出した。そして、叫ぶ。


 「そのディスク、もらった!」


 びっくりして振り返る男と女。猛烈な勢いで突進するエリク。男は、驚いた拍子に、バランスを崩す。手にした黒いカードディスクは、その勢いで、男の手から離れ、テラスの外へ。


 「あ、いけない」


 エリクは、ジャンプする。そして、ついに空中でカードディスクをキャッチした。


 「やったー!」


 ん?


 下を見る。超高層タワーのテラスから、飛び出しちゃった。遥か下は、星都を流れる大きな川だ。


 垂直落下しながらエリクは考える。超駆動(オーバードライブ)して飛翔(フライト)するか? しかし、秘密工作員が見ている。連中の仲間も、周辺にいるかもしれない。超人スーパータイプの力を、露骨に見せるのはまずい。


 結局、落下しても大丈夫なように、超駆動(オーバードライブ)を弱機動にして発動する。


 微かな黄金の光の気(ルーンオーラ)がエリクを包む。これで安全に落下着水できる。


 やったぞ。終わった。これで使命を果たした。平和を守ったんだ。


 エリクは、黒いカードディスクをしっかりと抱きしめたまま、川に落下した。これで追跡されることもないだろう。



 ドボーーーン!



 ものすごい水しぶきが上がる。


 「なんだ、身投げか?」


 人々が、大騒ぎしている。エリクの鞄の中で眠っていた万能検査機(メガチェッカー)は、何事かと、目を回す。


 水に潜ってしばらく泳ぎ、離れた場所で、川から這い上がった。超駆動(オーバードライブ)弱機動しているのだ。このくらい、何でもない。



 ◇



 ギルバン私立探偵事務所。所長室では、ギルバンと、また訪れていたマキト大佐が、優雅にコーヒーを飲みながら、談笑していた。穏やかな午後のひとときである。



 「戻りました」


 所長室の扉を開けて、エリクが、現れた。


 「エリク君、どこに行ってたんだ? おや、ずぶ濡れじゃないか。いったいどうしたんだ?」


 目を丸くするギルバン。エリクは、返事をせずに、まっすぐマキト大佐の所へ。黒いカードディスクを差し出す。


 「任務達成しました」


 「おお、これだ! いや、助かったよ!」


 マキト大佐の顔が輝く。


 「なんだ、エリク君、君があの依頼を受けたのか」


 と、ギルバン。


 マキト大佐は、自分の携行機器(メカパッド)にカードディスクを差し込む。


 立体映像(ホログラム)が現れた。


 現れたのは3次元美少女の映像。露出度の高いヒラヒラの服。胸が異様にでかい。服の布切れ全部つないでも、胸を完全に覆うことはできなそうだ。


 「はーい、私を呼んだ良い子ちゃんは、どこかな。今日はレオニーがバッチリ、プリティーワールドを案内しちゃうからね!」


 立体映像(ホログラム)美少女は、にっこりして、ウィンク一つ。


 「レオニーちゃーんっ!」


 マキト大佐、顔を真っ赤にして、興奮している。


 「レオニールートだ! 夢みたいだ!今すぐそっちに行くからね!」


 「あ、あの」


 ずぶ濡れのエリク、頭が混乱してる。


 「マキト大佐、これはいったい何です? どう見てもギャルゲーなんですけど?」


 「そう!」


 マキト大佐のボルテージが上がる。


 「プリティーワールドだよ! 全宇宙人気ナンバーワンのギャルゲー! それもレオニーちゃんルートは大人気の超レアモノでね。どうしても欲しくて、行列に並んだんだけど、私の目の前で最後の1つの引換券が、持ってかれちゃってね。目の前が真っ暗になったんだ。そうしたらね、周囲にいた男にね、派手な身なりの女が、何か囁いていたんだ。聞き耳を立てていると、転売屋なんだ。レオニーちゃんのレアモノを手に入れた女が、男に売り込んでたんだ。これはけしからんと思ったけどね。その場は、一応男をスキャンして、引き上げたんだ。でも、やっぱりどうしても諦めきれなくてね。何とかその男を見つけて、交渉して、貰えないかと、考えていたんだ。それで依頼したんだよ。君に渡した写真は、その時、スキャンした男なんだ」


 エリクの頭痛は限界を突破した。


 「あの、そもそも、戦争になるって言ってたじゃないですか! あれは何だったんですか?」


 「ああ、戦争だ」


 マキト大佐、満面の笑顔。


 「これから宇宙を挙げたギャルゲー大戦争になる。特にこの星はギャルゲー熱がすごくてね。もうみんな夢中なんだよ。ここがギャルゲー戦争の最前線なんだ。絶対に勝ち抜なければならない。エリク君、本当に、ありがとう」



 探偵事務所の所長室の中。


 キラキラの立体映像(ホログラム)美少女。それをデレデレ見つめるマキト大佐。エリクはずぶ濡れのまま、唖然呆然。放心状態。もう何も考えることはできない。何も言えない。


 ギルバンが、エリクの様子を不審そうに見て言った。


 「君、こういうのに興味あったのかね?」



 ◇



 星から星へ。


 エリクの旅は続く。



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