第20星話 スパイ大作戦の星 中編
マキト大佐を追いかける。いた。大柄ないかつい男。ゆっくりと歩いている。
「マキト大佐!」
呼び止める。
「おや、あなたは。ギルバンの助手の。どうしました?」
「あの。所長は、依頼はやっぱり受けるとのことです」
マキト大佐は、ぱっと顔を輝かせる。
「そうですか! じゃ、早速、今から話を」
「いえ。所長はこれから大事な用事があるんです。話は助手の私が聞いておくようにと言われました。事務所も今、閉めたので、話は外で聞きます」
「あなたが? わかりました」
2人は近くの喫茶店に入った。
◇
「私は、追っているのは、この人物です」
マキト大佐は、1枚の写真を取り出した。
エリクはしげしげと見つめる。
男だ。30歳前後。黒いもじゃもじゃのクセ毛の髪。どよんとした目。Tシャツをだらしなく着ている。ズボンはダボダボ。
あまり印象に残るタイプではない。なんというか、〝だらしない奴〟〝ぬぼーっとしてる奴〟のカテゴリーでひとくくりにできそうなタイプ。
この男が標的なんだ。戦争の鍵を握ってるんだ。
「この男が所持してる黒いカードディスクを、なんとしても、手に入れねばならないのです。それをお願いしたいのです」
マキト大佐は、言葉に力を込める。真剣な表情だ。
エリクは、こくりと頷く。
「その、戦争になる、そういうことなんですね?」
「そうです」
マキト大佐、しっかりと言う。
「この星が最前線になるんですね?」
「間違いなく、そうなります」
大佐は、断言する。
エリクは標的の写真を手に取った。そして、強い決意を秘めた表情で言う。
「ご依頼、受けます。必ずカードディスクは手に入れます」
「おお、助かります。よろしくお願いします」
マキト大佐、満面の笑顔となった。
◇
巨大星都を。
エリクは独り歩く。標的の写真を手にしながら。
「いったいどうやって探せばいいんだろう。この星の人口って、確か30億人だよね。30億人の中から標的を見つける方法なんてあるの?」
思わず呟く。
「ないね」
肩から下げた鞄から、万能検査機が顔を出す。
「一応、顔の精査はしたけど、検出できなかった。SNSとかで、顔公開していない人なんだね。似たような顔ならいっぱい出てくるけど」
「もう、もっと必死にやってよ。戦争になるかどうか、そういう状況なのよ」
「その話、怪しくない? 諦めて、とっとと帰ろうよ」
「ダメ! ここが最前線になるのよ! 30億人の命がかかってるのよ!」
「それが怪しすぎるんだよ」
万能検査機は、ため息をつく。
エリクは喫茶店に入って一息をつく。今日は暑い。少し頭を冷やそう。何か打開策が出てくるかもしれない。
アイスミルクティーを頼む。冷たいドリンクで、一息つく。目を上げると。
「いた」
エリクは目を瞠った。少し離れた席。顔は、はっきりと見える。写真の男だ。
「スキャンしたよ。間違いない。あれは標的だ」
万能検査機も、驚いたようにいう。
「あの男を見張ってればいいのね」
エリクは、興奮する。ものすごい幸運だ。いきなり標的に迫った。私がこの依頼を受けたのは、運命だったんだ。
気づかれぬように、男を観察する。男はアイスティーを、のんびり飲んでいる。エリクは顔を伏せたまま、チラチラと、様子を伺った。
やがて、男は喫茶店を出て行く。
エリクはそっと尾行した。尾行は初めてで、ぎこちなかったが、標的の男は、全く周囲に注意を払わず、エリクの尾行に気づいていない。それにここは巨大星都の中心街。大勢の人でごった返していた。尾行にはうってつけだ。
「ねえ、エリク、僕たちの標的は注意力ゼロみたいだけどさ、さすがに君の格好まずいんじゃないの?」
相棒の箱型ロボに指摘され、エリクは我が身を顧みる。
花柄のブラウス。ライトグリーンのミニスカート。黒のニーソックス。ピンクのガーターリング。ガーターリングには、金色のストラップを、いくつもぶら下げていた。そして肩には、金百合柄の青マントを翻している。
「変かな?」
ご主人様の少女の問いに、ロボは、頭を抱える。
「変とかそういう問題じゃないよ。僕たち、標的を尾行してるんだよね。いちど見たら、忘れない格好って、絶対しちゃダメだから」
「いちど見たら忘れない……うふふ。私、そんなに人目を惹くかな。そう言われても困っちゃう。だって。どうやって、私の魅力を隠せっていうの?」
「エリク! 戦争を止めたいんだよね? とにかくそのマントとガーターリングは外すんだ」
エリクは、肩のマントを外し、くるくる丸めて鞄にしまう。そして、ガーターリング。外そうとする手が止まる。
「これは外せない!私の主張だもん!」
「ねぇ、何言ってるの?戦争は?この星の人たちの運命は? もうどうでもよくなったの?」
「必ず任務は果たす! 戦争は止める!そして、私の主張は通す!」
「ああ、もう」
万能検査機は、鞄を内側から閉じる。
「もう、僕は知らないよ。君、1人でやってね。話しかけないで」
もともと、この依頼が成功しないと戦争になるとかいう話を、まともに信じたわけではない。ここまで我慢してご主人様についてきたのだが、すっかりバカバカしくなった万能検査機は、エリクの鞄の中でスヤスヤと眠りについた。
◇
エリクは、星都の雑踏の中、標的を追う。標的の男、本当に注意力ゼロだ。たまに立ち止まって、ぼーっとあたりを見回しているが、後ろで人影に隠れるようにして尾いていくエリクには、全く気づかない。尾行初心者向けの標的だ。
男は、星都で一番の巨大タワーに入った。各種レジャー施設にショップ、カフェにレストランが入った人気スポットだ。標的の向かう先、それはゲームセンターだった。エリクもついて行く。
◇
喧騒の中。エリクは標的が1人で遊ぶのを、じっと見守る。ここは尾行にちょうどよい。人が大勢いて、大混雑。そしてごちゃごちゃしている。隠れる場所はいっぱいあった。エリクは、自信を深める。あの男が持っている筈のカードディスク。なんとしても、手に入れなければならない。
男はひたすらクレーンゲームをしている。ものすごくヘタクソだ。全く取れない。しかし飽きずに何度も何度も挑戦している。一心不乱だ。エリクは、さすがにイライラしてきた。男にやり方を教えてやろうかと思ったほどだ。さすがにそれは自重した。
やっと男が動いた。結局、クレーンゲームが1度も成功もしないまま、ゲームセンターを出る。標的は、何も取れなかったことを気にする様子はなく、ぶらぶらと歩いていく。エリクも尾行する。
次に、標的の男が向かったのは、温浴場だった。エリクは、はっとなった。温浴場! 人はそこで裸になる。全部脱いで、荷物もまとめて、ロッカーに入れる。チャンスだ! 標的はカードディスクから離れる。この隙に奪うのだ!
問題は。温浴場は男女別である。エリクは男性用脱衣場にそっと入り周囲に人がいない時に素早く服を脱いで、バスタオルを体に巻きつける。よし、これでOK。温浴場へ入ろうとすが、
「ちょっと、お客様」
温浴場のスタッフの剣呑な眼とぶつかった。
「ここは、男性用でございます」
温浴場のスタッフ、剣呑な眼のまま、慇懃に言う。
「私、男です」
エリクは笑顔で言う。スタッフの目線、タオルを巻いたエリクの胸にじーっと注がれる。
エリクの胸は、グレープフルーツ級。タオルをきっちり巻いても、たしかなふくらみが見える。
エリクはつまみ出された。
「駄目だったか。でも、せっかくの大チャンス、なんとかしなきゃ」
標的は依然として温浴場に。
焦るエリク。
この任務には、星の命運が懸かっているんだ。
(第20星話 スパイ大作戦の星 後編へ続く)




