第20星話 スパイ大作戦の星 前編 【情報部が動き出す】 【星を戦火から守れ】 【ダリューン星編大宇宙刑事シリーズ2】
人口30億の大都会星ダリューン。その巨大星都の中心街の賑わいから少し離れた閑静な場所に、ギルバン私立探偵事務所はあった。
「おはようございます、ギルバンさん」
所長室をノックして、エリクは入る。朝のコーヒーを持ってきたのだ。
「ありがとう、旅人のエリク君」
ギルバンはコーヒーを受け取り、すする。若き小粋者である。首に巻いた赤いスカーフを、床にまで垂らしている。
穏やかな朝であった。
エリクは、宇宙の旅人である。17歳の少女である。そしてエリクは、最重要指名手配犯、宇宙一の賞金首として、宇宙警察から、追われる身であった。これは、まったくの冤罪濡れ衣であったのだが、エリクは逃亡を続けるしかなかったのである。
このダリューン星に来たとき、エリクは、宇宙警察一の敏腕刑事、〝大宇宙刑事〟と称されるギルバンと出会った。ギルバンは〝指名手配犯、賞金首のエリク〟を追っていたのだ。しかし、ありえないカンチガイの結果、エリクはギルバンに〝保護〟されることになったのである。もちろんギルバンは、エリクの正体が指名手配犯であることを知らない。賞金首とは別人の〝旅人のエリク〟だとカンチガイしていた。エリクは警察の情報を得たいとの考えから、〝保護〟されることにしたのである。
ギルバンに、探偵事務所に連れていかれた時、エリクは目を丸くした。
「あの、ギルバンさん、宇宙警察の刑事なんですよね? なんで私立探偵事務所なんですか?」
ギルバンは、人差し指と中指を揃え、顔の前ですっと切った。
「私はどうも、堅苦しいお役所、巨大組織ってものは苦手でね。刑事の身分だが、特別にここで探偵事務所をやらせてもらってるんだ。それにこうやって直接、世情に触れるのも、刑事の勘を養うのに必要なことなんだ」
そんなことが認められるのか。ずいぶん宇宙警察ってユルユルなんだな、とエリクはやや呆れたが、ともかくギルバン私立探偵事務所の助手として、住み込むことになった。
探偵事務所は小粋者の住居でもあり、なかなか立派な邸宅であった。エリクにあてがわれた部屋も、広々として、家具調度もおしゃれな高級品で、エリクはすっかり気に入った。
「意外と当たりだったね。ここにしばらくいよう。ギルバンさんは、スカーフ以外の感覚はちゃんとしてるんだ。ここ、大発展した大都会星だし、見るとこ行くとこいっぱいあるし。楽しみだな」
エリクは、フカフカのベッドの上で、ぴょんぴょん跳ねる。
「あのさ、君、大丈夫?」
エリクの相棒のおしゃべりな箱型ロボ、万能検査機が言う。
「僕はこういうのに反対だよ。わざわざ警察の懐に飛び込むなんて。あんまり警察を甘く見ないほうがいい。ギルバンは賞金首のエリクを血眼になって追いかけているんだ。バレたら、オシマイだよ」
「へーき、へーき」
エリクは、ベッドの上で、ぴょんぴょんしている。
「誰も、自分の家で保護した子が指名手配犯だなんて、絶対思わないでしょ。大丈夫。バレっこない。それに、あのギルバン刑事、意外といい人みたいだよ」
「いい人とか悪い人とかの問題じゃない。向こうは君を捕まえるのに全てを懸けてるんだ。もう。君って、ほんとにのんきだね。何があっても知らないよ」
◇
朝の私立探偵事務所。窓からは柔らかい光が差し込み、小鳥の囀りが聞こえる。
玄関の呼び鈴が鳴った。
「お客だ。誰だろう」
ギルバンが、目をあげる。
「やあ、ギルバン、久しぶりだね」
訪問者は、目のギョロっとした、いかつい大男だった。
「おお、これは。よく来てくれた。紹介しよう、旅人のエリク君、こちらは、情報部のマキト大佐だよ」
ギルバンが、大男をエリクに紹介する。
情報部?大佐?エリクはその意味について考える。
「こちらは、旅人のエリク君だ。ここで助手をしてもらっている」
ギルバンが、今度はエリクをマキト大佐に紹介する。
エリクは、とりあえず、ペコリと頭を下げる。
「ここで助手をしているエリクです」
「ほほう」
マキト大佐は、エリクのことを、いかにも興味津々といった様子で、上から下まで眺め回し、ニヤリとする。
「どうしたんだ? ギルバン。こんなやせっぽちの子供は、興味なかったはずだろ」
はあ? このおっさんなにいってるの? エリクは、ピキピキとなる。
「旅人のエリク君は、私がここで保護してるんだ」
「保護?」
マキト大佐は、さらに興味津々。エリクの胸を無遠慮に見つめる。
「どうしたんだ?君が直接女の子を保護するなんて。訳あり、にしては、うーん、やっぱり、ボリュームが足らんね。ちょっとふくらみが……今度はこういう子が趣味になったのか? この星中の美女たちが、半狂乱になるぞ」
エリクはピキピキではなくブチ切れモードだったが、トラブルを起こすのはまずいと、
「失礼します。コーヒーお持ちしますね」
引き下がる。
ギルバンは、人差し指と中指を揃え、顔の前ですっと切った。
「この星のご婦人については心配していないよ。私は、この星のご婦人を信じている。そして、この星のご婦人はこのギルバンを信じている」
ギルバンは星で名を知られた美男子であった。星中のご婦人が夢中になっていたのである。
エリクは、頭痛が痛くなりながら、コーヒーを淹れる。
◇
「お持ちしました。どうぞ。コーヒーです」
笑顔のエリク。
「お、ありがとう。私もこんな可愛くて気の利く助手が欲しいもんだね。エリク君だっけ? 君の成長が楽しみだよ」
どこの成長を期待してるんだよ、と、エリクは内心毒づく。
マキト大佐、受け取ったコーヒーを、一口すする。
「ぎゃああああっ!」
飛び上がった。目を白黒させて、息をヒーヒーハーハーさせる。
「どうされましたか? お口に合いませんでしたか?」
エリクはキョトンとしてみせる。
「あの……エリク君、君はいったいこれに何を入れたのかね?」
マキト大佐は顔を真っ赤にしてゼーゼー息をしている。
「唐辛子山盛り3杯と、胡椒山盛り3杯を入れました。私の星では、はじめてお会いするお客様を、こうやっておもてなしするのがマナーなんです。もちろん、ちょっと口をつけるだけです。がぶっと飲む人は、初めて見ました。この星ではそうするんですか?」
エリクは、うつむいて、肩を震わせる。笑いが抑えられないのだ。
「あ、いや、そうだね、星ごとに、いろんな文化やマナーがあるよね……これは、なんというか……今までで1番強烈な文化だ……」
マキト大佐、汗をダラダラとかき、呼吸困難で青ざめている。
がぶがぶと水を飲んだ大佐、やっと落ち着いた。
「エリク君、ちょっと外してくれたまえ。大佐は機密の話があるそうだ」
ギルバンに言われ、エリクは所長室を出る。
一旦自分の部屋に行くが、ちょっと気になった。
機密? なんだろう? ひょっとして、指名手配犯エリクの情報とか? そうだ。宇宙警察の手の内を知るために、ここに潜り込んだんだ。こうしてはいられない。
忍び足で、所長室の前に戻る。
扉に耳をあてる。中の話し声、よく聞こえた。
「ギルバン刑事、どうかお願いします。もう、あなたしか頼れる人がいないんです。最後の希望なんです。このままでは戦争になってしまいます。引き受けてください」
戦争!?
エリクはドキっとした。現在宇宙の人類圏は平和だった。でも、戦争の危機が迫っている? 本当なの? 情報部の大佐が言っているんだ。嘘やでたらめじゃないだろう。大変だ! 戦争だ!
「お断りします」
ギルバンはキッパリと言った。
「私はその件には、協力できません」
おいおい、扉の外でエリクはやきもき。戦争になるのに。断っちゃったりしていいの?
マキト大佐の必死の声。
「ギルバン刑事、この星が最前線になるんです。どうしてもダメでしょうか?」
「ダメですね」
ギルバンは、にべもなかった。
◇
マキト大佐が出ていった。エリクは所長室に入る。
ギルバンは、愛用の安楽椅子に腰掛け、優雅な仕草で、髪を書き上げていた。
「エリク君、コーヒーを持ってきてくれるかな?いや、紅茶にしようかな」
「あの」
エリクは、ギルバンの正面に立ち、しっかりと目を合わせる。ギルバンは、物憂げな瞳を上げる
「うん? エリク君、どうしたのだ?」
「いいんですか、大佐の依頼、断って」
「なんだ。話を聞いてたのか。ああ。別に問題ないよ」
「戦争になるんですよ」
「そうらしいな」
「この星が最前線になるんですよ」
「そういうの、興味ないんだ」
ギルバンは、面倒そうに、人差し指を振る
エリクは、きっとなった。
「ギルバンさん、あなたの事は、見損ないました」
バタン、と、大きな音を立てて扉を閉め、所長室を飛び出す。
ギルバンは、どうしたんだろう、と怪訝な顔で見送った。
(第20星話 スパイ大作戦の星 中編へ続く)




