第19星話 大宇宙刑事の星 後編
ダリューン星の星都で出会った超人エリクと大宇宙刑事ギルバンの二人。
「道を尋ねたいんですが」
エリクは、にっこりとして言う。大宇宙刑事ギルバンの、鋭い視線が走った。
10代後半の少女。小柄で華奢な体。スレンダーで、スラっとした手足。豊かな亜麻色の髪。黒い瞳。胸はグレープフルーツ級か。白いブラウスに赤いジャケット。グレーのミニスカート。黒のニーソックス。黒の革靴。背には、金百合柄の青マントを翻している。可愛らしさでまとめた服装だが、左太腿のピンクのガーターリングに強い主張があった。ガーターリングにはヒラヒラしたレースの飾りがついている。背伸びして大人にみせたい少女の微笑ましい主張を感じる。
なにはともあれ。可憐な少女に助けを求められた騎士のすべきことはただ一つ。ギルバンは人差し指と中指を揃え、顔の前でスッと切る。
「ええ、喜んで。お嬢さん、どちらに行くのです? 案内させてください」
「本当ですか? 助かります」
エリクの顔がパッと明るくなる。よかった。ちょっと変な格好だけど、いい人なんだ。
「実は私、この星に来たばかりなんです。すっかり道に迷っちゃって」
「ほほう、旅行者の方ですか」
エレガントに微笑むギルバン。しかし一瞬の油断もない。
なんだ、この感覚。頭の中に警報が鳴り響いている。間違いなく、エリクだ。視られている。間近に迫っている。しかしどこにいるのか? わからない。姿を捉えることはできない。どこでギルバンを狙っているのか。やはり強敵だ。姿を見せずここまで迫るとは。
ギルバンは微笑んでいた。強敵の存在は、百戦錬磨の大宇宙刑事を高揚させていた。戦う相手。強敵であればあるほど良い。雑魚狩りなど性に合わぬのだ。エリクよ。お前はこのギルバン最高の獲物となるのだ。
しかし今は。
目の前の少女。どうするか。一般人旅行者だ。巻き込んではいけない。絶対に今、戦闘を始めてはならない。レディの安全。それはなにを置いても優先されねばならぬのだ。
エリクはどこかに身を潜め、こちらを窺っている。こっちが気づいていることを、向こうに気取られぬようにしなければならない。さりげなく少女の道案内をし、そして別れるのだ。絶対に隙を見せぬようにしながら。
「では、行きましょう。お嬢さん、行き先はどちらですか?」
エレガントな微笑みを絶やさないギルバン。ふと、気づいた。この少女は星一番の美男子を前にして、気絶しない。かなり気丈な子だ。
エリクはにっこりする。
「ええと、中心街まで戻りたいんですが……」
ドッシャーーーッン!
いきなり。
ものすごい音がした。上だ。
エリクとギルバンは上を見上げる。
「重機だ! 重機が降ってくる! 伏せて!」
叫ぶギルバン。
巨大な金属の塊が降ってきた。
ギルバンは素早くエリクの手を掴み、道の端に走ると、少女を抱え、伏せる。降ってきた重機、超文明星都の重力安全装置により、ふわり、と地面に着地する。
「あ、見て、子供が! 危ない!」
エリクが叫ぶ。
落ちてきた重機、小山ほどの大きさがある。6本の長く巨きな腕もつキャタピラ式作業ロボだ。その腕の一本に、子供を握っている。まだ小さい女の子だ。
腕を振り上げる重機。グルル、グルルと異様な音を立てている。
エリクは、青ざめた。なんだ? 重機ロボがバグで誤作動暴走してるのか? ロボットは絶対に人間に危害を加えないよう設計プログラミングされている。バグで子供を危険に晒すなんて、よほどのことだ。
でも、迷っている余地はない。子供を助けなきゃ。ん? エリクは気づく。ギルバンが立ち上がって光線銃を構えている。携銃してたんだ。この星じゃ、一般人の携銃は禁止されている筈だけど。どういう人なんだろう。それに、光線銃を撃って重機ロボを止め、子供を助ける? かなりハードルが高い。巨大ロボの急所を上手く撃ち抜いて動きを止めても、ロボットが爆発したり、反動で握っている子供を潰してしまうかもしれない。
銃撃で子供を助ける。それは神がかった精確な計算と射撃の技術があって、初めて可能になるのである。
エリクはギルバンの技倆は知らない。しかし、自分の腕前能力についてはわかっている。自分なら子供を助けることができる。確実に救える命を、不確かな誰かに任せることはできない。ここは自分が助けよう。しかし、隣で銃を構えている男。誰かわからないけど、超人の力をやたらとみせびらかすのはまずい。よし。
エリクにためらいはなかった。後ろからギルバンの長いスカーフをつかむと、ぐいっと引っ張った。不意打ちを喰らいバランスを崩す小粋者。エリクは、えいっ、とギルバンにキックをかまし、裏街のさらに狭い横路へ蹴り込んだ。
よし。目撃者は消した。
「超駆動!」
エリクが右手で空を切ると、たちまち黄金の光の気に包まれた。
「光の鞭!」
か
エリクの右手から光の条が伸び、重機ロボを切り裂く。光の気を纏えば重機ロボの内部構造をはっきりと視ることができた。ロボが爆発したり、危険な動きをしないようにして、寸断することができたのである。
巨大な鉄の手から解放された子供、落ちてくる。エリクは素早く駆け寄りしっかりと抱き止めた。
ずっししーんっ!
バラバラになった重機ロボのパーツが崩れ落ちる。
終わった。エリクは超駆動を解除する。僅か0.5秒のことであった。
エリクの腕の女の子。何があったか、全くわからないようだ。目をいっぱいに見開いている。
「もう、大丈夫だよ」
エリクは、笑顔。ほっとする。安堵の時間。女の子の表情がやっと柔らかくなった。
ん?
後ろに誰かが立った。
ギルバンだ。崩れ落ちた重機ロボの残骸を見つめている。
「これはエリクだ。間違いない」
ギルバンの眼が鋭く光る。宇宙刑事の直感が告げていた。たった一瞬で、こんなことができるのは、エリク以外にありえないのだ。これはギルバンを狙った攻撃だ。だが、あの重機ロボが降ってきたので、思わぬ事態に、エリクの攻撃が外れた。そうに違いない。
恐るべき敵、エリク。
「あ、ごめんなさい」
目の前の、小さな女の子を抱えた少女、無邪気なまなざし。
「すみません、取り乱して、すがりついちゃいました。もう、夢中で。突き飛ばしちゃったみたいだけど、怪我しませんでしたか?」
罪のない笑顔。
ギルバンも微笑む。横路に転がって乱れた髪を直す。
「ご婦人が無我夢中で私にすがりつくのは、当然のことです。お気になさらずに」
ピーポーピーポー、
サイレンが鳴って、警官隊と、都市整備隊が来た。女の子の保護と、現場検証を行う。
女の子が1人で重機ロボを見つけて登って遊んでいじっているうちに、対人安全装置を解除してしまった。そして作動ボタンを押してしまった。それにロボのバクが重なり、暴走したとの事だった。
ロボットメーカーは責任を追及され、平謝りに誤り、女の子の家族に補償を行ったが、これは後の話である。
それにしても、重機ロボは、なぜバラバラに寸断されたのか? それはロボットメーカーにも、現場検証した警察にもわからなかった。
まったくの謎だったのである。ただ、2人の人物を除いて。
エリクは、重機が落ちてきた時、怖くてずっと目をつぶっていた。何が起きたのかさっぱりわからない。気がつくと、女の子を抱えていた。自分でも不思議でしょうがない、と証言した。警察は、その証言を受け入れるしかなかった。
「では、これで失礼します」
現場検証に立ち会ったエリクが、立ち去ろうとした時、
「お嬢さん」
呼び止められた。ギルバンだ。大宇宙刑事がエリクを呼び止めた。
「何でしょうか?」
エリクは、無邪気な笑顔。
「お話ししなければならないことがあるのです」
ギルバンは、真剣な目でエリクを見つめている。
「実は、私には、あの時重機ロボをバラバラにしたのが、誰か、わかっているのです」
ぐほっ!
エリクはかなり焦った。え? なに? 見られてたの?まさか。
「あの、そういうことでしたら、その……ええと、あなたは警察の方ですよね? しかるべき手を打たれるべきではないかと」
現場検証の時、ギルバンは、警察手帳を見せていた。私服刑事だったんだ。エリクは、びっくりした。まさか警察の人だとは思わなかった。あの奇抜な長すぎる赤いスカーフ。犯人と格闘になった時、掴まれたり踏んづけられたりしたら、いったいどうするんだろう。いや、今はそれより。
「やったのは、エリクです。あんなことができるのは、宇宙でただ1人だけ。間違いありません」
きっぱりと、確固たる口調のギルバン。
ぐほ、ぐほ、ぐほほほ、
うわあっ!
やっぱり見られてたんだ。しかもエリクだと正体バレ? なんで? 警察にバレた? どうしよう?
青ざめるエリク。
ギルバンはそっとエリクの手を握った。
「お嬢さん、驚かせてしまって申し訳ありません。どうしても伝えなければならないのです。怖がらないでください。あなたのことは、この大宇宙刑事ギルバンが、お守りします」
はあ? エリクには、何が何だかわからない。それにギルバン? 大宇宙刑事って言った? なんだか聞いたことあるな。誰だっけ?
ギルバンは、人差し指と中指を揃え、顔の前ですっと切った。
「きちんとお話しします。そう、私は大宇宙刑事ギルバンなのです。この星にエリクが現れたのです。あの宇宙一の賞金首エリクです。エリクの狙いは、ズバリ、このギルバンです。今日の重機ロボへの攻撃、実はあれは私を狙ったものなのです。恐ろしい敵です。しかし、必ず私が倒します。問題は、お嬢さん、あなたです。エリクは、あなたが私と一緒にいるところを見ました。エリクはあなたを私の関係者だと思ったことでしょう。一般人であるあなたを巻き込んでしまったことは、私の責任です。そこでお嬢さん、私があなたを保護します」
ギルバンは微笑んだ。
エリクはポカンとなっていた。何を言ってるのか訳がわからず、頭がぐちゃぐちゃになった。かなり時間をかけて、整理して、やっとわかってきた。この刑事は、ありえないトンチンカンなカンチガイをしている。大宇宙刑事? 確か宇宙警察きっての敏腕だとか評判じゃなかったっけ。実際は違うんだ。それはそれで助かるんだけど。
目を白黒させているエリクの肩に、ギルバンはそっと手を置く。
「怖がらないでください。エリクとの決着は、すぐにつけます。私があなたを保護するのは、それまでの間だけです。ご安心ください。私は必ず、あなたを守り通します」
ありえないくらい、ねじれた状況。
どうしようか。エリクは考える。いいえ、結構ですと言って、立ち去る? しかし。エリクは、宇宙最重要指名手配犯だ。ここで、宇宙警察の手の内を調べるのも悪くないんじゃないか。宇宙警察は、エリクがこの星に来たことをつかんでいたんだ。どうやったのかはわからないけれど。侮っていい相手ではない。エリクが指名手配された件については全くの冤罪濡れ衣で、その場に居合わせたために犯人と誤認断定されてしまったのだが、今更釈明しても、もう遅い。逃げてるだけじゃなく、警察の動向も探ってみるのも、面白いんじゃないか。これは宇宙警察の懐に飛び込むチャンスだ。このギルバンに正体がバレる危険はないんだし。
エリクは、やっと微笑んだ。かなり無理した微笑みだったけど。
「私の保護、お願いします」
ギルバンは、うなずく。
「お嬢さん、ご心配なく。全て私にお任せください。ええと、あなたのお名前は?」
「エリクです。私の名前もエリクです」
「なんと、これは偶然ですね」
エリクという名前は、ごくありふれていた。
「お嬢さん、確かあなたは宇宙の旅行者でしたよね。では、旅人のエリク、そういうことでよろしいですね? このギルバン、賞金首のエリクから、誓ってあなたをお守りします」
「あはは、はは。よろしくお願いします」
冷や汗をかきながら、エリクはぎこちなく笑った。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




