第19星話 大宇宙刑事の星 中編
「ギルバン君、聞いているか。エリクだ。宇宙最悪の指名手配犯、宇宙史上最高額の賞金首のエリクが、我が星系に現れたと言うのだ」
星庁舎の会議室。ダリューン星は人口30億の宇宙有数の大発展星である。星庁舎というのも赤いとんがり屋根のかわいいものではなく、巨大なタワー、雲をつく摩天楼であった。
喋っているのは星系首相である。この巨大都会星では星長といわず、首相といった。やってることは大して違いないのだが。
「もちろんこの情報は、市民には絶対の秘密だ。最凶指名手配犯がこの星に潜伏してると知ったら、市民が動揺する。さらに星のイメージも悪くなる。観光にも影響するかもしれん。秘密裏に、エリクを探すのだ。そして、見つけ次第始末する。できるかギルバン」
広い会議室の机。星系政府や警察のお歴々がずらりと並んでいる。ギルバンは、首相の正面に、腕を頭の後ろに組んで座っていた。スーツ姿ではない。ギルバンは、洒落者として知られていた。堅苦しい場所も、堅苦しい服装も敬遠だった。宇宙警察という巨大組織に属しながら、自由気儘を楽しんでいた。ここでも、首にはネクタイではなく床につくほどの長さの赤いスカーフを巻いていた。首相の前であっても、気にしていなかった。美女に振るスカーフはあっても、権力者に振る尻尾は無いのだ。それが宇宙警察きっての敏腕〝大刑事〟の矜持であった。
ギルバンは目を閉じて、首相の話を聞いている。隣に座った警察本部長は、イライラしていた。
「ギルバン君、聞いているのかね?」
「はい」
ギルバンは眼を開けた。
「この星にエリクが現れた。そういうことですね?」
「まだ確実ではない。そういう情報があるということだ。だが、万一本当だったら一大事だ。そこで君だ。君が頼りなんだ。ギルバン君、しっかりしてくれたまえよ」
ギルバンを睨み付ける警察本部長。自由気儘な小粋者は、警察本部長をいつもイラ立たせていた。
「はは。エリク、面白いじゃありませんか」
「なんということを。不謹慎だぞ、ギルバン。大惨事が起きるかもしれんのだ」
警察本部長の忍耐は限界に達していた。
「なあに」
ギルバンは、どこ吹く風。
「エリクが現れた。もしそれが本当なら、エリクの狙いは、ただ1つ。もうわかっています」
「バカな。なぜ君にわかるのだ。いったいエリクがなにを狙っているというのだ」
ギルバンは、右手の人差し指と中指を揃え、すっと顔の前を切る。
「エリクの目的。それは間違いなく。この、ギルバン」
ぽかんとなった警察本部長を尻目に、ギルバンは続ける。
「間違いありません。エリクにとって宇宙で脅威なのはただ1人、このギルバンです。私さえ始末すれば、枕を高くして眠ることができる。エリクは間違いなくそう考えています。ご安心を。他の者には手を出さないでしょう。これは私の戦いです。何、見事エリクを返り討ちにしてみせます」
しばしの沈黙の後、星系首相が言った。
「ギルバン君、やはり君は頼もしい。本当に頼りにしているぞ。だが、油断してはならない。これまでエリクが現れた星系では、どこでもエルクの捕捉には失敗している。そのことをくれぐれも忘れぬように」
「これまで、エリクの現れた星系には」
ギルバンは、人差し指を、チ、チ、と振る。
「このギルバンはいなかった」
◇
宇宙警察ダリューン星支部の情報端末室。ギルバンは1人エリクのプロファイリングをしていた。この宇宙最悪の指名手配犯、宇宙史上最高金額の賞金首には、膨大なデータが蓄積されていた。データから不要なものを捨て、有用なものを拾う。これがまず敏腕刑事の腕の見せ所だった。
「エリク」
ギルバンは独りつぶやく。蓄積された全データから、エリクの似姿が定まったのだ。
「額に角が一本。口から火を噴く。目の数は三つ、または十三。だいぶ迫ってきたぞ」
◇
「すごい星だね。ここまで発展した大都会星は、久しぶりだよ」
ダリューン星に降り立ったエリクは、肩から下げた鞄から顔を出す万能検査機に話しかけた。エリクの相棒は箱型ロボである。
「人口30億の大都会星だからね」
ロボも、目をぱちくり。いや、電光板を、赤と黒にチカチカ点滅させる。
エリクはダリューン星の中心街を歩く。巨大星都の中心街は地上にはない。空中にあった。迷路のように入り組んだ立体道路と高層摩天楼。そこかしこを飛び交うエアカー。万一、上から落ちてもしっかりと受け止める安全な重力制御装置。巨大都市の設計は、完璧であった。
あえて情報検索しないで、ブラブラ歩いてみる。
「エリク、おしゃれな喫茶店に行きたいんでしょ? 僕が探査するよ。君の好みに、ぴったりの店、すぐ見つけるから」
相棒のロボが口を出すが、エリクは首を振った。
「歩いて探すよ。街並みを楽しみながらのんびり歩いて、思いがけない出会いとぶつかる。それが旅の楽しみなのよ。万能検査機、今日は黙っててね」
「もう、人間て、不合理なんだから」
ロボは、むくれて鞄を内側から閉める。
巨大星都を気ままに歩く。たちまち、道に迷ってしまった。なんだか裏通りみたいなところに来ちゃった。人もまばら、店もない。エリクはキョロキョロする。上下左右四方八方に伸びる空中通路。重力装置で浮遊する建物群。その間を縫うエアカー。大都会星は久しぶりのエリクは、目が回りそうだ。どうしよう。とりあえず、中心街まで戻りたいんだけど。
今日は情報検索しない。そう決めている。よし、誰かに道を尋ねよう。人と人との触れ合い。せっかく、地上に降り立ったんだから、それをやらなきゃ。
狭い裏通り。エリクの目線の先。人がいる。男だ。こちらに背を向けている。結構長身。その服装。うーん。エリクは、微妙な顔をする。小粋者といったところか。まぁ、合格。しかし、異様なのは、首に巻いた真っ赤なスカーフ。なんだあのスカーフは。長い。そして幅広。風にたなびかせているけど、風がなかったら、地面を擦りそうだ。だいたいあんなにヒラヒラたなびかせて、エアカーに巻き込まれたらどうするんだ。男のスカーフ、訪ねた星々でかなりいろんなファッションを見てきた宇宙の旅人エリクの目にも、かなり奇抜に見えた。
でも、ま、いいや。道を聞くだけだ。エリクは男に近づく。
◇
視られている。
大宇宙刑事ギルバンに、緊張が走った。
エリクだ。
間違いない。
ギルバンは刑事の勘を養うために、常々星都の裏通りを回っていた。赤いスカーフをたなびかせながら街を行けば、星の全てがわかった。大宇宙刑事の華麗な経歴も、すべては地道に足を使うことから始まるのであった。
今、刑事の勘が告げていた。
エリクがここにいる。
最凶指名手配犯。宇宙史上最高額の賞金首。
宇宙警察の情報解析の結果は、エリクがこの星系に現れるかもしれない、というものであった。だが、ギルバンは知っていた。自分の勘が宇宙警察のコンピューターを上回ることを。
すでにエリクはこの星に潜伏している。
そしてエリクの狙い。それはもちろんギルバンの命。宇宙でエリクの脅威となるのは、ただ、大宇宙刑事ギルバンのみ。エリクがギルバンを付け狙う。当然であった。
しかし動きが速い。エリクはこの星に降り立ってすぐ、ギルバンに迫っている。なんという奴だ。もう、すぐ間近にいる。視ている。大宇宙刑事の姿を捉えているのだ。
どこだ。
すでにギルバンは戦闘態勢であった。命を狙われるのには、慣れているのだ。一分の隙もない防御と反撃の構え。世の悪党を震え上がらせる〝悪魔の頭脳〟はまた、容赦のない〝戦闘機械〟なのだ。
「来るがよい、エリク、今日、ここがお前の墓場となる」
素早く鋭い視線を周囲に走らせる大宇宙刑事。
「あの」
声をかけられた。振り向く。女の子だ。
エリク。エリクと、ギルバンは、見つめ合う。
宇宙で唯1人の超人エリクと、〝悪魔の頭脳〟大宇宙刑事ギルバンの、衝撃の邂逅である。
( 第19星話 大宇宙刑事の星 後編へ続く )




