第19星話 大宇宙刑事の星 前編 【美女と銃の本格ハードボイルド】 【小粋なシティボーイ登場】
ガタン、
大きな音とともに、夜の倉庫の扉が開いた。
なんだ?
宇宙野盗ゴラン団の一味は一斉に振り向く。この倉庫はゴラン団の秘密のアジトだったのだ。
「ゴラン団、お前たちの悪事もそこまでだ」
声が響き渡る。
扉を蹴破って現れたのは、黒の全身スーツに銀の銃帯、首には地面を擦りそうなほど長い赤い幅広のスカーフを巻いた眼光鋭い男であった。光線銃を手にしている。
「お前は、ギルバン!」
野盗一味でひときわ目立つ大柄の男が叫んだ。ゴラン団の首領ゴランだ。スキンヘッドである。首領は手下に号令する。
「宇宙警察のお出ましだぞ。お前ら。気を抜くんじゃねえぞ!」
宇宙野盗一味、武器を構える。全員、スキンヘッドか、モヒカンか、モシャモシャの長髪であった。派手な色のシャツに上下破れたデニム。そして、肩パット。手にする得物は斧、トンファー、モーニングスター(棘鉄球を鎖で振り回す棒)などであった。腰には光線銃を下げている。
世紀末スタイルであった。星が幾度巡れど、野盗や無法者の間では、世紀末スタイルが人気だったのである。
宇宙野盗ゴラン団一味と対峙する男は。
大宇宙刑事ギルバン。まだ若い。凛々しく整ったその顔。赤いスカーフをたなびかせている。
ついにゴラン団のアジトへ踏み込んだのだ。
◇
「ゴラン、ここはもう完全に包囲されている。お前たちは、もう終わりだ。おとなしく降伏するがよい」
大宇宙刑事ギルバンの静かな、しかし強い声が響く。
「ぐぬぬ」
ゴランは、たじろいだ。ギルバンは1人できたわけではない。警官隊を引き連れて来ているのだろう。いったいどうして、ここがわかったというのか。
「あはは」
ゴランは、ぎこちない笑みを浮かべる。アジトがバレた。警官隊に包囲され、ギルバンに乗り込んでこられた。形勢不利のようだ。
「宇宙警察の旦那、またえらい勢いで乗り込んできなすったが、いったいどうしたんで?俺たちは、ただ、バナナの輸出をしようとしてただけですぜ」
倉庫の中には、バナナのマークのコンテナが、うずたかく積まれてあった。
「バナナ?」
ギルバンは、ふっと微笑を洩す。
「なるほど。これはバナナのコンテナだと言うんだな? では、調べてやろう」
その手の光線銃が火を噴いた。目にもとまらぬ早業である。
たちまち、コンテナの錠が一つ撃ち砕かれる。バターン、と大きな音を立てて、コンテナの扉が開く。
すると、なんと! コンテナの中身はバナナではなかった。檻だった。檻の中にいたのは美女。下着姿のうら若き美女だった。
ギルバンが次々と、コンテナの錠を、撃ち抜いていく。一発で精確に一つの錠を破壊していった。コンテナの扉が開いていく。どのコンテナの中身もバナナでなかった。美女を閉じ込めた檻だった。下着姿のうら若き美女たちが、助けを待っていたのである。
コンテナの扉、すべて開いた。バナナは1本もなかった。中身は色とりどりな下着姿の美女たちであった。
「美女を閉じ込めた檻をバナナのコンテナに偽装して輸出しようとは。ゴラン団、何という悪巧みだ。危ないところだった。だが、このギルバンの目を欺くことはできぬ。美女に手出しする事は許さんぞ」
「ギルバン様ーっ!」
「キャーっ! カッコイイっ! 私を見てーっ!」
ギルバンの姿を認めた檻の中の美女たち。たちまち歓声をあげる。ギルバンは星で名を知られた美男子だった。その流し目1つに失神するご婦人が続出するという。
「うるせーっ!」
ゴランは、叫んだ。美女たちは沈黙する。
「やい、ギルバン、今日のところは俺の負けのようだな。しかし、いったいどうやって、この星の美女を誘拐しバナナのコンテナに偽装して他の星に輸出する、俺たちの計画を見破ったのだ。俺たちの計画は、完璧だったはずだ。なぜ、ここがわかったのだ」
「ふふふ」
ギルバンは、人差し指を、チ、チ、と振る。
「ゴラン、確かに、お前たちの仕事は完璧だった。美女が蒸発する事件が相次いだ。しかし、美女の行方を追っても、何の手がかりも掴むことができなかった。捜査は完全に行き詰まっていたのだ。見事な手口だ。そこで私は考えた。消えた美女を追うのではなく、これから拐われる美女を見張ってはどうか、そういうことだ。美女に発信機を取りつけたのだ。そうしたら、案の定、お前たちは発信機をつけた美女を誘拐した。発信機の出す信号を追って、容易にここにたどり着いたというわけだ」
「な、なんと、美女に発信機をつけた?」
ゴランは、驚愕した。
「しかし、それはおかしい。ギルバン、お前はいったい何を言っているのだ? 俺たちが誘拐する美女を、どうやってお前があらかじめ知ったと言うのだ」
「ふふ。もちろん、誰が誘拐されるかは、あらかじめわかるわけがない。我々は、この星すべての美女に、発信機をつけたのだ」
「なんだと!」
ゴランは目を剥いた。
「このダリューン星の人口は30億。美女の全てに発信機をつけた? そんなバカな。いったいどうやったというのだ?」
ギルバンは、人差し指を顔の左から右へ、すっと動かす。
「なんでもなかったよ。この私が、美女たちに囁いたのだ。捜査に協力してほしいっ、てね。美女たちはみんな喜んで協力してくれたよ」
「なんと! ぐぬぬ、ギルバン。さすが、悪魔の頭脳と恐れられるだけの事はあるな。このゴラン様を出し抜くとは」
「ふふ。だが、ゴラン、どうしても、この私にもわからなかったことがある。バナナだ」
「バナナ?」
「そう。バナナだ。私は調べたのだ。この倉庫に、確かにバナナは納品されていた。しかし、今、バナナは影も形も見えない。ここから運び出された形跡もない。いったいどうしたのだ?」
「ははは、そうか」
ゴランがニヤリとする。
「悪魔の頭脳のお前も、このトリックは破れなかったと言うことか。教えてやろう。バナナはここだ」
ゴランは、自分の突き出た腹を一つポンと叩く。
「俺たちみんなで必死にバナナを食ってコンテナを空にしたのよ。これがバナナのコンテナが美女の檻に化けたトリックよ」
「なんと。その手があったのか。さすが名おうての宇宙野盗」
「ふむ。悪魔の頭脳よ。どうやら今日はこれまでのようだ。おい、者ども、退くぞ!」
首領ゴランは機を見るに敏であった。倉庫のあちこちを破って、警官隊が突入してきた。ゴラン団は、蜘蛛の子を散らすように、逃げ去っていった。
ギルバンが、檻の中の美女たちに声をかける。
「みなさん、どうかご安心を。今すぐ救出します。このギルバンが星にある限り、悪が栄える事はありません。警官たちが来ますので、今少しお待ちを」
美女たちが声を張り上げる。
「キャーっ! ギルバン! 助けて! いや、そうじゃなくて、私の檻の中に入ってきて!、他の子の所には行かないで!」
「あー、ダメーっ! ギルバンが来るのは私の所ーっ!」
ギルバンは赤いスカーフをたなびかせながら、顎に軽く人差し指を当てる。
「お嬢様方、残念ながらこのギルバンは忙しいのです。またどこかで別の美女が助けを求めているのです。行かねばなりません。それでは」
ウィンクひとつすると、身を翻し、倉庫を後にする。
美女たちの半数は失神した。
倉庫から出たところで。
「ギルバン刑事」
敬礼を受ける。私服の女刑事だ。レイラという。
「おお、レイラ君か。手はずは万全だったね。さすが君だ」
「いいえ、すべてはギルバン刑事のお手柄です」
真面目な女刑事が言う。レイラはまだ18歳だった。宇宙警察期待のエリート刑事である。純白のブラウスにグレーのジャケット、グレーのタイトスカートでびしっと決めているが、そのほとばしる情熱も、メロン級のその双穹も、抑えきることはできなかった。
ギルバンは信頼する部下の女刑事に言う。
「ゴラン団、一網打尽と行きたいが、全員捕まえるのは難しいだろう。それでも相当な打撃を与えることはできるだろう。当分はおとなしくなるだろうな」
「はい、ただ」
女刑事レイラ、やや顔を赤くする。水色の瞳。藍色の長い髪を後ろで束ねておさげにしている。
「ん? 何か問題あったかね」
レイラは、両手を握りしめ、ぶるぶると肩を震わせると、叫んだ。
「なんで私に発信機つけなかったんですかーっ!」
◇
大宇宙刑事ギルバン。宇宙警察きっての敏腕である。美女に弱いのが玉に瑕が周囲の評価であったが、その神速の事件解決術により、〝大宇宙刑事〟と称せられていた。悪党たちからは、〝悪魔の頭脳〟と恐れられていたのである。
ギルバンは、常々言っていた。
「左腕に美女は軽すぎる。右手に銃は重すぎる」
右利きらしい。
大宇宙刑事が、ついに出動するのである。
狩る敵の名は、エリク。
( 第19星話 大宇宙刑事の星 中編へ続く )




