第3星話 おしまいの星 【本格SF】 【エリクが神になる!?】
星に降り立ったエリクは、たちまち群衆に取り囲まれた。
何? いったい何なの?
エリクは目をぱちくりする。
小さな星だった。
宇宙港とは名ばかりの、ただ舗装された大きな広場があるだけだった。管制塔はなく、小さな誘導信号塔がその代わりをしている。
この星にはそれで充分だった。エリクの愛機ストゥールーンが着陸した時、離発着する船は他になかった。がらんとした広いその場所にあるのは、ただ、発射台に静かに鎮座する旧式の宇宙船一隻だけだった。
エリクは、ストゥールーンのハッチを開けると、広場に飛び降りた。ストゥールーンはなかなか小気味の良い航行をする小型宇宙船だが、たいていの地上走行車両よりも小さい。操縦席を蓋う透明なドーム状のハッチを開けると、すぐに地上に飛び降りることができた。乗降階段は必要ないのだ。
星の大地に立ったエリクに、人が駆け寄ってきたのだ。多勢で。
上空からも宇宙港に人が集まっているのは見えていた。何かの集会、離発着祝いでもしているのかと思った。
でも。
群衆の目的は、エリクだった
群衆に取り囲まれたエリク。
なんだこりゃ。エリクはキョロキョロ。いったいどうしたんだろう。ホテルやタクシー、観光地の客引き? いや、とてもそうは見えない。
多勢いるな。エリクは自分を取り巻く人々を数える。数百人……いや、千人はいるか。
なんだろう、この人たちは。この星じゃよっぽど来訪者が珍しいのかな。だけどどう見ても、観光客を歓迎に集まったという様子ではない。みんな、とにかく必死の形相。暗い顔している。すごい切迫感。涙ぐんでいる人もいる。食い入るようにして、エリクを見つめている。エリクはたじろいだ。圧迫される。しかし群衆からは敵意や害意のようなものは全く感じられない。誰も武器は持っていない。別に攻撃しようってわけじゃないんだ。じゃぁ、なぜ。
「ようこそ、ゼド星へ」
群衆の中から、1人の男が、エリクの前に進みでる。白地に派手な金糸の装飾の長衣。裾や袖をゆったりと垂らしている。頭にはこれまた白地に金糸の装飾のフード。明らかに威厳を示す公用礼服だ。
「私は、この星の司政官ビオと申します。お待ちしていました」
威儀を正して、司政官は言う。この星では星長のことを、司政官って言うんだ。
さらに怪訝な顔になるエリク。なんで司政官じきじきに私を迎えに? 着陸する前、成層圏の外で、到着の信号は打っておいた。それに対し旧式の誘導信号が返ってきた。だからエリクの到着は、知っていたのだ。で、お待ちしていました、だ、そうだ。ううむ。私を歓迎してくれるのは間違いない。ここはとにかく挨拶しなくちゃ。
「エリクといいます。あの、歓迎……ありがとうございます」
みんな押し黙っている。この雰囲気。やっぱり歓迎ムードはゼロ。とにかく様子がおかしい。何が始まるんだろう。
司政官ビオが、決意したと言うように口を開く。ずっと厳しい表情。
「エリクさん、あなたが来て下さって、助かりました。あなたにはここで、神になって欲しいのです」
「はあ!?」
今、なんていったの?神になれ……そう言った?
いきなりの宣告に、頭が混乱する。ねえ、どういうこと!
なんなの? こっちは17歳の女の子だぞ。いきなり神になれとは。何の冗談? でも、取り巻く群衆、みんな真剣な表情でこの話を聞いている。なんでなんで? ひょっとして。エリクは考える。訪れた旅行者を〝神〟にするお祭りイベントとか、そういうのかな。なんかそういうの昔からあるよね。きっとそうだよね。別にこれは深刻なことじゃなくて……
◇
「驚かれたでしょう。当然です」
司政官ビオは、ポカンとするエリクに向かって説明をする。
「詳しく事情を説明します。でも、あまり時間がないのです。手短に話します。実は、今日、この星が爆発するとのお告げがあったのです」
「爆発? お告げ?」
エリクは、さらにポカンとなる。
「はい。お告げがあったのは、今朝なのです。だから、すぐこの星から避難しなくてはいけません。今日爆発するのです。しかし、ここには宇宙船が1台しかありません。あれには、100人しか乗れないのです」
司政官ビオは、発射台の旧式宇宙船を指差す。
「この星の住民は、1000人です。全員脱出避難することができないのです。今から他の星に連絡して救援船に来てもらうのは、とても間に合いません。そこへエリクさん、あなたが来たのです」
「ちょっと待って!」
エリクは叫ぶ。
「私の小型宇宙船は、ご覧の通り1人乗り用です。残念ですが避難脱出に協力することができません」
「わかっています。そうじゃないんです。脱出できるのは、助かるのは、100人だけ。それはもう決まっているのです。だから、脱出船に乗るのは誰か、そこが問題なのです。お告げでは、誰が脱出すべきなのか、それは示されなかったのです。だから私たちには決められないのです。そこにあなたが来た。あなたはこの星の人間ではない。外部の人です。あなたが今日、この日、この星に来たのは、運命なのです。だからあなたを神として、脱出者の選別を任せようと、そう話が決まったのです。エリクさん、お願いします。脱出船に乗る100人の選別、どうかやってください」
うきゃーっ!
エリクの頭痛は限界に。なんだそりゃ。無茶苦茶だ。どう考えてもおかしいよ。改めて群衆を見回す。この星の住民は1000人? なるほど、じゃあ全住民がここに集まってるんだ。乳母車を手にしたパパやママも見える。車椅子の高齢者も。みんなほんとに必死の表情。とても冗談のようには見えない。いったいこの人たち、何を考えてるんだ?大丈夫なの?
「あのーー」
エリクは何とかおかしな流れを断ち切ろうと、
「その、そもそもお告げって何なんですか? 誰がこの星が爆発するなんて言ってるんですか?」
「聖ダミュレヤです」
司政官ビオが厳かに言う。
「この星を導く全能コンピューターです。聖ダミュレヤの導き、お告げに従って、この星はずっとやってきたのです。私も聖ダミュレヤによって司政官に選ばれました。聖ダミュレヤのお告げは、これまですべて正しかったのです。お告げに従うのが正しいことなのです」
エリクの頭はクラクラする。
全能コンピューターのお告げ? 確かに星によってはコンピューターに国の舵取りを任せているところもある。しかしここまでするか?
とにかく、こんなバカバカしい話、終りにしなくちゃ。
「ちょっと待ってください。星が爆発するって話、本当なのかどうか、私が調べてみます」
エリクは、ストゥールーンの操縦席から鞄を取り、中から万能検査機を取り出した。エリクの相棒の箱型ロボである。短い手足が付いている。
「これは宇宙でもトップクラスの探査機器です。これで、この星の状態を調べてみます」
エリクは、万能検査機を、地面に置く。
「万能検査機、頼むよ。この星が爆発するって言うんだ。本当にそうなのか、探査解析して」
万能検査機は電光板を赤と黒にチカチカ点滅させると、黙ってうなずいた。本来おしゃべりな箱型ロボだが、エリク以外の誰かと話すのは、特に大勢が見ている前で話すのは、苦手なのだ。
万能検査機はしゃがみ込むと、右手を大地に押し当てる。遠くからでも探査できるが、対象と接続した方が、より精確な探査ができるのだ。
司政官と群衆が固唾を飲んで見守る中、万能検査機が、星の内部まで、構造を解析する。この程度の星なら、すぐに隅々まで透査できるのだ。
透査が終わった。万能検査機はエリクに電光板の表示を見せ、小声で結果を説明する。大勢に囲まれて、箱型ロボも緊張している。
エリクはうなずいて、顔を上げる。
「調べました。大丈夫です。この星の状態は安定しています。爆発なんてしません。信じてください。私の万能検査機は、本当に高性能なんです。宇宙でもトップクラスのコンピューターを搭載しています」
万能検査機、ちょっと得意そうな顔をする。相変わらず黙ったまま。注目を浴びるのは苦手。
ゼド星の住民たち、みんな互いに顔を見合わせる。どうしたらいいか、わからないようだ。
「しかし、聖ダミュレヤのお告げが」
司政官ビオが言う。途方に暮れているようだ。お告げは絶対。それを否定されたら、どうしたらいいかわからないのだ。
「その、聖ダミュレヤというのを、見せてもらうことはできますか?」
「ええ、わかりました」
司政官ビオが、エリクを案内する。星の住民たちも、ぞろぞろと着いていく。
宇宙港のすぐ横に小さな星庁舎があり、その隣に聖堂があった。聖堂といっても、大きめの体育館のようなものである。司政官ビオとエリク、そして、星の住民たちがみな、聖堂に入る。ここは星の住民の集会場になってるんだろう。
聖堂の奥に。
聖ダミュレヤがあった。
大人2人分くらいの高さの、コンピューターだ。お告げをする全能の神。
四角い箱。神聖さを演出するためか、派手な彫刻で飾られ、赤、青、緑、たくさんの色の電飾がチカチカと光っている。
お祭りの山車みたい。
エリクには、万能検査機に訊かなくても、これがどのようなものかわかった。
「みなさん、下がってください」
エリクの声に、司政官ビオ、星の住民たちは、後ろに下がる。
「超駆動!」
叫ぶや、エリクが、黄金に輝く光の気に包まれた。
「光の剣!」
エリク右手が一閃、光の剣が聖ダミュレヤを寸断した。真っ二つになった全能コンピューターが崩れ落ちる。
聖堂の中に、悲鳴が上がった。声にならない声。息が止まった者も多かった。
ガラン、と上体部が床に転がった聖ダミュレヤ。切断面から分断された計器類やコードが見えた。まだ電飾をチカチカとさせている。
聖堂の中、時が止まっている。みな、身動きできない。
「あ、あなたは…… い、いったい……何を、なんということをしてくれたんだ!」
司政官ビオが、やっと言った。ビオは聖ダミュレヤと一緒に崩れ落ち、まだ立てない。両膝と両手は床につけたまま。顔だけエリクに向けている。
エリクは、みなを見回す。
「みなさん、安心してください。このコンピューターのお告げなんて全く意味がありません。とっくにこのコンピューターはダメになっていました。こんな旧式のコンピューターを使っている星なんて他にありません」
ゼド星の住民たち、お互いに顔を見合わせる。なにが起きたのか、なにを信じていいのか、まだわからないのだ。
「し、しかし」
ビオが言う。まだ声は震えている。
「私たちはずっと聖ダミュレヤのお導きに従って、やってきたんです。それでは、これからどうすればよいのですか? お告げもなしに、いったいどうやっていけと?」
エリクはにっこりとした。
「人間が考えるんです」
「人間が考える?」
ビオは鸚鵡返し。
「はい。人間が自分の頭で考えるんです。そして、みんなで相談する。話し合う。それでよい世界を作っていけます。大丈夫です。きっとできます。どこの星でもそうしてるんです。心配することは何もありません」
「人間が、自分で……考える……みなで、話し合う?」
ビオは、信じられないという顔をした。
お互いの顔を見合っていた星の住民たち、なにごとかを囁き出す。それはだんだん大きな声になっていった。ざわざわと、話し合いの輪が広がる。司政官ビオもその話の輪に取り込まれていた。真剣に話し合うゼド星の人々。子供たちは何事かとキョロキョロし、時折、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
◇
エリクは、星庁舎の喫茶店で食事をした。ゼド星名物の鱒にアスパラガス。こんがりと焼けたパン。デザートに、チェリークリームパイと、ミルクティーを頼んだ。チェリークリームは店の手作りの本物で、ミルクティーも、香り高い茶葉を濃厚なミルクでしっかりと煮出したものだった。
エリクは宇宙航行に必要な水や食料などを買い込む。どこの店でもサービスしてくれ、これはゼド星の記念だからと言って、いろいろお土産を渡された。ストゥールーンの積載量はとても少ないから、そんなに荷物は持てないと断るのが大変だった。
エリクが発つ時。
宇宙港には、星の住民全員が見送りに来た。みんな笑顔だった。
ビオは相変わらず派手な長衣にフード。司政官が挨拶する。
「エリクさん、本当にありがとう。私たちは、大切なことを学びました。これからはコンピューターに頼らず、自分の頭で考えます。そしてみんなで話し合います。それでこの星をさらによりよくしていきます。ぜひ、またお寄りください。みなでお待ちしています」
パチパチと、拍手が巻き起こった。
エリクは、みなに一礼し、ストゥールーンの操縦席に飛び乗る。見送りの人たちに大きく手を振って、ハッチを閉める。
ストゥールーンが飛び立った。
宇宙港では、星の住民たちが、いつまでも去りゆく小型宇宙船に、手を振っていた。
ゼド星の重力圏を抜けようとした時。
「N字方向、巨大質量出現! 何かが超時空移動してきた!」
万能検査機が叫ぶ。
「え?」
エリクは慌てて探査画面を見る。
「あっ!」
超時空移動してきたのは。
「幽霊弾だ!」
巨大で不気味な無機質の塊。恐るべき宇宙の破壊者。
幽霊弾。
太古の宇宙戦争の兵器の生き残りである。もはや目的を失ったまま、無限推進炉で永遠に宇宙を彷徨い続ける宇宙航行ミサイルである。どこかにぶつかり衝突爆発消滅するまで宇宙を漂い続ける。超時空移動機能があるものもあった。突如現れ、また消える。まさに幽霊なのである。
「あの幽霊弾はメガトロン級! ゼド星に直撃する。星が大爆発する!」
万能検査機の悲痛な声。
エリクはゼド星の人たちの顔を思い浮かべる。幽霊弾が有人星に激突なんて、何兆分の1の確率なのに。連絡しなくちゃ。でも、もう間に合わない。
「エリク、何をしてるの? 早く超時空航行を! このままじゃ、爆発に巻き込まれるよ!」
万能検査機にせかされ、エリクはレバーを引く。
「超時空航行!」
ストゥールーンは白い光に包まれ、一筋の線となり、空間から消えた。
20秒後。
メガトロン級幽霊弾は、ゼド星に激突した。そのまま中心核までめり込む。地表を爆風が襲い、すべてを薙ぎ倒す。大地の裂け目から、マグマが噴き上がる。そして、一旦収縮したゼド星は膨張に転じ、大爆発した。
無数の星屑となって宇宙に散っていく。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。