第17星話 トレジャーハンターの星 後編
宇宙空間の中で。
帰還すべき愛機ストゥールーンを見失ったエリク。
頭がぐるぐる回る。
「何なの! こんなとこでおしまいなんて、誰もいないところで、1人で寂しく宇宙の塵になるなんて、イヤ!絶対イヤ! 万能検査機、どうしたの?早く助けに来てーっ!」
思い出した。ここに来る途中、ちょっと相棒の箱型ロボと喧嘩をした。ロボは、だいぶむくれていた。それで、ひょっとして、エリクを見捨てた? 怒ってるの?
そんな、まさか。
エリクの体の震えが止まらない。
「万能検査機、帰ってきてーっ! 1番いい機械油差してあげるからーっ! 大好きだからーっ!」
いやいや落ち着くんだ。ロボが裏切るなんて、絶対にありえない。やっぱり、何か動かなきゃいけない事情があったんだ。必ず万能検査機はストゥールーンで戻ってくる。それまで凌ぐんだ。ロボはエリクが凌げると、わかっている。だから、離れたんだ。そうに違いない。
どうやって凌ごうか。とにかく、超駆動が発動時間切れになって、光の気が消えたら、もうおしまい。まずは超駆動の起動を、最低限に抑えよう。今、エリクは、光の気を、宇宙服の代わりの防護、そして、高密度物質帯の中心に吸い込まれないため、重力に抗う力をずっと発動し続けている。
消耗を避けるため、省力化しなければいけない。高密度物質帯から、思いっきり飛んで離れて、重力圏を抜けようか。そうすれば、宇宙服代わりの力を維持していれば良い。だいぶ長時間保つはずだ。でも、宇宙ではぐれた時、動きすぎるのは危険だ。どうしよう。
「おや、あれは」
かなり大きな岩石塊が、エリクの目に止まる。あれだ。エリクの目が光る。大きな岩石塊は、自身の重力があるので、すぐには高密度物質帯の中心に引っ張りこまれない。ゆっくり回りながら、中心へと落ちていく。あれにつかまってよう。そうすれば身体を守る防護に必要な低起動だけしていれば良い。長時間耐えられる。それで、万能検査機を待つんだ。
エリクは直ちに大岩石塊へと飛ぶ。
「あ」
大岩石塊の裏側。難破船を見つけた。中規模の宇宙船。大岩石塊に張り付いている。大破していた。
エリクは、難破船に飛び、調べる。外壁には、大きな穴が開いている。覗き込む。人間の反応は無い。
中に入る。操縦席と、生活スペースがある。5〜8人乗り用、家族向け宇宙船といったところか。至るところ破損している。ここに難破して、ずいぶん時間が経ったようだ。
「乗員はどうなったんだろう」
エリクは、無人の船内を、あちこち調べる。無事、救出されたのかな。この難破の仕方だと、乗員の生存確率はかなり低い。それはエリクにもわかった。
「あった」
予備の宇宙服を見つけた。調べると、破損は無い。新品同様だ。これをもらおう。宇宙では、まず自分の命優先。それが鉄則だった。早速装着する。ヘルメットと防護服。ほっとして、宇宙船の操縦席の破れた座席に凭れる。
ひとまずは大丈夫だ。超駆動を完全解除する。この宇宙服。2時間は保つ。ここでじっとしていよう。それで、もし万能検査機が来なかったら?
いいや。エリクは、ヘルメットを被った頭を振る。そんな事は無い。絶対ない。必ず来る。私のロボは、何があっても、ご主人様を見捨てたりはしない。うん。そうだ。信じるんだ。それしかないんだ。
おや。
気づいた。操縦席の操舵管に、金色のものが巻きついている。
「なんだろう」
手にとると、金の小さなハート型の、ペンダントだ。乗員が持ってたんだ。エリクは、なぜか、ペンダント、手から話せなかった。そして、そのまま、トロトロと、眠りに落ちる。ずっと緊張しっぱなしだったのだ。安心して、どっと疲れが出た。
エリクは、夢を見た。女性が現れた。少年を抱きしめている。少年の母親だろうか。女性は金のハート型のペンダントをしていた。
「ありがとう」
少年を抱きしめながら、女性は、優しく微笑んだ。
◇
「エリクーっ!」
耳の羽根型携行機器から。なじみの声が響く。
エリクは目を覚ます。万能検査機だ。
目の前。宇宙船の正面に、ストゥールーンが停まっていた。ハッチは空いている。万能検査機が身を乗り出して、手を振っていた。
「遅いじゃない。もう。なにしてたの」
目から涙が溢れ出す。
「エリク、さあ、こっちへ来て」
万能検査機は、短い手をご主人様の少女へ差し伸べる。
エリクは、えい、と床を蹴って、難破船を飛び出し、ストゥールーンの操縦席へ。やっと帰れた。相棒の箱型ロボをぎゅうっと抱きしめる。
「何してたの! 私がどんなに心細い思いしたかわかってるの! もう、絶対許さないんだから!」
少女は、泣きながら、言う。万能検査機は、顔を真っ赤にして、
「エリク、聞いて、どうしても動かなきゃいけなかったんだ。漂流船を見つけたんだよ。救助しなきゃ、いけなかったんだ」
「漂流船?」
見ると、ストゥールーンの後ろに、索で中型宇宙船を牽引している。
「君がお宝掘りに飛び出して、すぐ、僕の探査に、引っかかったんだ。事故で操舵が効かなくなっててね。動力炉は無事だから、頑張ってたけど、ここの重力渦から抜け出せなかったんだ。下手すると、重力の波に呑まれて一気に高密度中心帯に引っ張り込まれる危険があった。だから、救出を優先したんだ。交信して、接近して、索でつないでこっちに戻ってきたんだけど、重くなったから、足が遅くなってね。ちょっと時間がかかったんだ」
「救出成功したのね。よくやったわ。で、私の事はどう考えてたの?」
「エリク、何をいうの?意地悪言わないで!」
万能検査機は、もっと顔を赤くする。電光板の赤と黒の点滅が激しくなる。
「君なら大丈夫。僕が漂流船を救出して迎えに行くまで、耐えていられる。そう計算したんだよ。君は超人じゃないか。なんでもなかっただろ!」
「なんでもなくはなかったわよ。そりゃ、私は超人だよ。でも、心臓は、普通の女の子なの。本当に、本当に、怖かったんだから」
エリクがストゥールーンの消失に呆然としてから、万能検査機と再び出会うまで、時間にして12分だった。終わってみれば、大した事ではなかったのである。しかし、エリクには、この不規則な時間は、途轍もない長さに感じられた。
◇
「救出した、先方に会いに行こうよ」
気を取り直して、エリクがいう。もう泣いてはいない。
「万能検査機、向こうとの交信で、あなたの顔は見せたの?」
「見せてないよ。この辺は強い電磁波変動のせいで、通信障害が多くてね。最低限の情報のやりとりだけしたんだ」
「うふ、じゃあ、まず私が顔見せないとね」
「なんで」
「ねえ、こういうのって、第一印象が大事なのよ。誰だって助けてくれたのが美少女のほうがいいでしょ?」
箱型ロボは、ぷーっとふくれた。
◇
中型宇宙船と簡単な交信の上、エリクは向こうの船内に入る。宇宙服は着たままである。光の気、超人の力は、やたらとみせびらかすものでは無いのだ。
比較的広い船内にいたのは、少年ただ1人だった。17歳と、交信で伝えてきていた。
「私も17歳なの」
エリクは、宇宙服を脱ぎながら、微笑む。
豊かな亜麻色の髪に黒い瞳、花柄のブラウスに、グレーのミニスカート、左の太腿に水色のガーターリングを見せる華奢な少女が救い主と知って、少年は、驚いたようだった。顔を少し赤らめる。
「助けてくれてありがとう。本当に感謝します。僕は実はこの宇宙船を買って、初めての航行だったんです」
「初めての航行? それでこんな危険なとこにきたの? 君、航行の経験は、どのくらいあったの?」
少年は、うつむいた。
「実は、航行も練習航行しか、ほとんどやってなくて。あの、どうしてもすぐにここに来たかったんです。無茶なのはわかっていました。確かに判断は間違っていた。僕が悪かったんです。でも、ここに来なければならなかったんです。一刻も早く」
「どうして?」
「3年前、母が、この付近で遭難して行方不明になったんです。3年前ですから。生存確率は、ゼロだと言われました。でも、僕はどうしても自分で確かめたかった。探したかった。この目で見たかったんです。僕には父親はいません。親戚の家に預けられて、それから必死に宇宙航行、宇宙船の操舵の勉強をしました。それでやっと母の遺産でこの宇宙船を買って、宇宙に飛び出したんです。もちろんみんな大反対しました。けれど、僕は必死だったんです。時間が経てば経つほど、母の痕跡も、手がかりも、全部消えてしまうだろうって思うと。いてもたってもいられなかったんです。無茶なのはわかってました。救助には、本当にお礼のしようもありません」
「あの、ひょっとして」
エリクは、難破船で見つけた金のペンダントを、少年に差し出す。
「これは! これは、母のペンダントです!」
少年は、震える手でペンダントを握り締める。そうだ、この少年。難破船の中で見た短い夢に出てきた少年に、どこか面影が似ている。
ストゥールーンが少年の宇宙船を曳航し、大岩石塊の難破船へ向かう。みんなで難破船の船体に入り、確認する。船体番号データをチェックする。間違いなく、この船は、少年の母親のものであった。少年の母親の体は、大破した船から流れ、そのまま、高密度物質帯の中心へと、消えていったのだろう。もう見つけることはできない。
しっかりと母親の最期を確認し、遺品を手にした少年。ストゥールーンはまた少年の宇宙船を曳航し、一般星間航路に出ると、救援信号を打ちまくる。通りかかった大型船に、少年と少年の宇宙船は、無事救出収容された。小さな船で他の船を曳航するのは、とにかく大変で、スピードが全く出ず、苦労するのである。大型船に、託すのは、当然であった。
「あの、その、君、ひょっとして、結構お金持ちだったりする?」
別れる時、エリクは、かなり図々しく少年に訊いた。
「あ、いえ、お金は宇宙船を買うのに全部使っちゃったので……すみません」
「あっははは。いいのよ。別に。困った時は、お互い様なんだから」
エリクは照れ隠し笑い。助けた少年が、実はとんでもないお金持ちでたっぷりお礼を……という線は、消えたわけだ。宇宙では、事故の時はお互い助け合うのが義務であった。もちろん報酬目当てで救出したわけではなかったのだが、ちょっとは期待していたのだ。
◇
通常速度通常航行に戻ったストゥールーン。
膝の上に万能検査機をちょこんと乗せた操縦席のエリクは、鈍い銀色の光を放つチタノイドの欠片を見つめている。
「ほんと、今回は、これのためにどんだけ命が縮んだんだか」
「エリク……」
万能検査機は、涙ぐむ。
「僕、本当に悩んだんだよ。君に連絡つかないまま、あの場所を離れることに。実をいうと、僕の計算では、君と別れることで、君の生存確率が、0.05%下がるんだ。ひょっとして、もしかして、それで何かあったら……。そう思うと、気が気でなかったんだよ。でも、でも、君なら、絶対大丈夫だって信じたから!」
「うふふ、まだ気にしてるの?」
エリクは、微笑みながら、優しくロボを抱きしめる。
「あなた、本当によくやった。正しい判断をしたのよ。自信を持って。人を助けたんだから。これ以上なく立派。さすが私の万能検査機。それに私の生存確率?そんなの気にしなくていいよ。私は超人よ。あんたの計算なんか、ぶっとばすから」
万能検査機、う、う、と泣いている。
「もう、そんなに泣かないで。泣くなら機械油差してからにしてよ。錆びちゃうよ。今度の星でいいの買ってあげるからね」
次の星に着くまで。
エリクはずっと箱型ロボを抱きしめていた。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




