第17星話 トレジャーハンターの星 前編 【お宝探し】 【エリクの普段のお仕事】 【少女と相棒ロボの絆】
金が必要だった。宇宙に飛び立つしかなかった。
宇宙の旅人エリク。17歳の少女である。愛機ストゥールーンを駆って、星から星へと旅をしている。
旅というのは、手ぶらではできない。エリクも生活しなくてはいけない。宿代に食事代、ファッション代、おしゃれ代、とにかく金がかかる。愛機も、相棒のロボも、整備に費用がかかった。金が必要であった。いくらあっても足りなかった。
どうやって金を稼いでいたのか?
お宝探し。エリクは、そう称していた。もちろん古代文明の秘宝だ、埋蔵金だ、海賊の隠し金庫だなんて、見つけられるわけは無い。そんなものが存在するのかさえ、定かでないのだ。一番無難なのは、希少物質堀りだった。
高額で取引される希少物質。堀りやすい場所にあるものは、大手の採掘業者が張り付いて、せっせと掘っている。しかし宇宙には、作業ロボを送り込むには採算の合わない危険な難所が数多くあった。エリクは一般の業者が入り込まない難所に飛んで、希少物質を掘っていたのである。
エリクは、宇宙で唯一の超人だった。相棒の箱型ロボ、万能検査機は宇宙最高クラスの探査機器。そして、小型宇宙船である愛機ストゥールーンは小回りが利いて、大型作業船の入り込めないところでも行くことができた。これだけのチートな条件が揃って、誰にもできないお宝掘りが可能となったのである。
今。エリクの愛機ストゥールーンは、毎度のお宝掘りに、向かっていた。
宇宙空間。
狭い船内。操縦席のエリクは、ぶすっとしていた。お宝探しといっても、ロマンチックなものではない。希少物質掘り。それは宇宙の難所で精神をすり減らし、集中力を最大限必要とする危険な作業だ。楽しいものではない。あまりやりたいものでもない。もっと地上で遊んでいたかったのだが、思ったより早く手持ちの金が尽きたので、稼がねばならなかったのだ。渋々、少女は宇宙に飛び立ったのである。
「ねえ、万能検査機、もっと夢のあるお宝探しってないの?」
エリクの毎度の愚痴に、万能検査機は、またか、と思う。
「ないね」
おしゃべりの相棒、箱型ロボは、エリクの膝の上に、ちょこんと座っている。
「もう。そっけないじゃない。いつもご主人様を危険な目に合わせて、平気なの? もっと何か考えてよ」
「考えるって?」
「ムラン文明の遺跡は?」
「あそこは5億年前には、全部掘り尽くしちゃってるよ」
「トルカ家の埋蔵金は?」
「それ、TVの企画だから」
「えー、もう、宇宙大海賊の秘宝とか、知らない?」
「海賊って、お宝を残したりしないよ。そんなに堅実じゃない人たちだからね」
「あー、やだー、なんでこんなにすぐお金が無くなるんだろう!」
「君の金銭感覚に問題があるんだよ」
万能検査機は、腕組みして言う。
「君ってほんと後先の事考えてないからね。僕もびっくりしたよ。こんなに早くお金がなくなるなんて。どんなに医学が進歩しても、贅沢病って治せないらしいね」
「うるさいな」
エリクは眉根を寄せ、亜麻色の髪をいじる。
「危険な難所で、命がけでお宝掘りしてるのは、誰だと思ってるの? ほんと、気が滅入るのよ。希少物質掘りなんて。ちょっと重力場磁力場の渦に流されたら、もうそれっきりなんだもん。苦労してお金稼いでいるんだから。使わなきゃ、どうしようもないでしょ」
「君は明らかに稼ぐより使う方が好きだよね」
「何よ、その言い方」
エリクは、きっとなる。
「だいたい私が、死と隣り合わせの作業を必死にしてる時、万能検査機、あんたはただ安全地帯であれこれ偉そうに指示してるだけじゃない。そもそも私のためだけにお金を使ってると思ってるの?あんたの整備費用、ありえない額を、ファーリンにふんだくられるんだから」
ファーリンというのは、エリクが懇意にしている錬成師であった。腕は一流で、秘密厳守の頼れる職人なのだが、愛機や万能検査機の整備に莫大な金額を請求されるのだった。
狭い船内で、むしゃくしゃしたエリクは、箱型ロボをコンコン叩く。
「私が苦労して稼いで、あんたのために持っていかれる。そういうこと。だから、生意気言わないで。稼いでるのは私なのよ」
「うえ〜ん」
多感な思春期のロボは、泣き出した。
「エリク、僕の事、そんなふうに見てるの? 僕は君の役に立ってない? 僕がただ楽して君に養ってもらっている? わかったよ! 僕も働く、きっちり稼ぐから! エリク、僕を宇宙口入れ屋に連れて行ってくれ! 土堀りでも、石運びでも、なんでもするからっ!」
エリクは慌ててロボをナデナデする。
「ああ、ごめん。ねえ、万能検査機、頼りにしてるから。そんなに泣かないでよ。だいたいあんたなんか宇宙口入れ屋に連れていっても、大した稼ぎにならないんだから。いつもの通りやってね。困るのよ。あなたがいないと。いい機械油買ってあげるから。さっさと仕事を終えて、次の星へ行って、ぱーっとやろうね」
万能検査機は、むくれている。
微妙な空気の中、ストゥールーンは、飛んでいく。
◇
「いよいよ到着だよ、エリク。今回のお宝は、デラ星域の属星X−14Y−2234にある希少物質チタノイドだ」
操縦席の中、星域図の立体映像が映る。
「どんなとこなの?」
万能検査機は立体映像を調整し、目的の属星X−14Y−2234に照準を合わせ、拡大する。
「星っていうか、重力場磁力場の渦の中の物質の吹き溜まりだね。物質の高密度帯だ。中心部の密度は恒星並みに高い。うっかりすると脱出できなくなるから気をつけてね」
「いつもの通りでしょ。要するに、最初から最後まで気をつけなきゃいけない仕事なんだよね。毎度、毎度、命の危険と隣り合わせ」
立体映像を見つめるエリク。今度の仕事の現場。重力密度の濃い空間を、無数の大小の岩石が、渦を巻いてゆっくりと動いている。高密度物質帯の中心へ、落ちていくのだ。不規則な動きが多い。重力の変動が大きいのだろう。
万能検査機は言う。
「あの中に、72%以上チタノイドの岩石がある。それが狙いだ。時々、大きな重力磁力の波が起きる。そのパターンを僕が解析する。最適のルートとタイミングを見つけるから。ストゥールーンでギリギリまで接近し、君は全力でチタノイド岩石へ飛ぶ。大きいから、丸ごとは持って来れない。そいつを砕いて、一つかみ持って、船に戻るんだ。君の超駆動の能力を考えると、行って帰って15分は時間がある。十分落ち着いて仕事ができる」
「5分で充分よ」
立体映像には、万能検査機の計算作成した行程ルートが、示されていた。作業自体は、とても簡単。ただ、宇宙ではどんな不規則があるかわからない。神経を使うのは、確かだ。
デラ星域属星X−14Y−2234。高密度の物質の渦。不規則に起きる波。
ストゥールーンは、いよいよ標的に近づいた。
◇
「今だ、エリク!」
精確にターゲットまでの道のりの解析を終えた万能検査機が叫ぶ。
エリクは一つ頷いて、右手で空を切る。
「超駆動!」
たちまち、黄金に輝く光の気を纏ったエリクは、船のハッチを開け、操縦席を蹴って宇宙空間に飛び出した。光の気を纏えば宇宙服無しで、宇宙遊泳ができるのである。ただし、時間制限があった。長時間超駆動発動していることは、できなかったのである。
「15分か。全然余裕ね。不規則さえなければ」
光の気のエネルギーを爆発させて、エリクは大小様々な物質の渦に、飛び込む。全力超駆動なら、ストゥールーンより速く飛ぶことができた。高密度物質帯。重力場磁力場の強い圧力を感じるが、ふっ切っていく。中心に行くほど、流れは強くなる。ちょっとバランスを崩したら、渦に呑まれそうだ。しかし、こういう難所は、もう幾度も経験している。エリクは巧みに渦の流れをかいくぐり、飛んでいった。
「あった」
目当てのチタノイド岩石を見つける。鈍い銀色の光を放っている。結構大きい。超高額取引されるお宝の塊なのだが、確かに丸ごと持って帰るのは無理だ。
「光の剣!」
エリクが、右手をビュッと振ると、長い光の剣が伸び、目当ての岩石を斬り裂く。一撃で、岩石は粉々になった。
「よし、やった」
後は持てるだけ回収して帰るだけ。エリクがチタノイドの欠片に手を伸ばした時、
「え、なに?」
急に体のバランスを崩した。乱気流だ。大きな岩石を打ち砕いたため、周囲の重力バランスが崩れ、渦に不規則な重力流が発生したのだ。
「うわ、うわ、うわっ」
高密度物質帯の中で、エリクはくるくると回転する。しかし、歯を食いしばって耐え、バランスを取り戻した。場数は踏んでいるのだ。
「チタノイドは?」
砕いたお宝は、四散していた。不規則な重力の渦に流されている。エリクは焦った。ここまできて、手ぶらで帰るなんて!
耳につけた羽根型携行機器。探査や通信の機能が揃っている。必死に探査し、何とか手に届くところの欠片をみつける。狙い定め光の気で飛び、やっと手にした。
「ふう。これ一個か」
獲ったお宝の欠片。鈍い銀色の光を放っている。最初に狙っていたのより、だいぶ小さい。ちょっと物足りないが、ここまでの所要時間は5分40秒。エリクは帰投することにした。欲張って命を落としたら、元も子もない。
「これだって、結構な値のお宝よね。1ヵ月2ヶ月は、のんびり遊んで暮らせるよね。ふふ、チートと言いたくば言えっ! これが超人のやり方だから!」
一直線に、愛機へ飛ぶ。
「あれ?」
エリクは、目を疑った。愛機がない。羽根型携行機器で位置座標を確認する。間違いない。ここでいいはずだ。必死に探査するが、反応は無い。見つからない。
「何なの、いったい」
あたりを見回しても、目に入るのは、無機質な物質の渦だけ。大小様々な岩石が、ゆらゆらと漂っている。
すぐに通信する。しかし、繋がらない。そうだ。この辺は電磁場の嵐の影響が大きく、ちょっと離れると通信ができなくなるからと、万能検査機が言っていた。
エリクは、寒気がした。ストゥールーンに不規則が発生した? まさか。そういうことが起きないように、安全圏に停船したんだけど。しかし、宇宙では何が起きるかわからない。確率は低くても、ゼロでは無い。
予期せぬ事故?
そんなバカな。光の気を纏いながら、エリクは青ざめる。超駆動が時間切れになり、光の気が消えたら。生身で宇宙空間に放り出されることになる。即死だ。
「いやーっ! そんなのっ!」
エリクは叫ぶ。
無機質な宇宙空間の中。
返事は無い。
( 第17星話 トレジャーハンターの星 後編へ続く )




