表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/102

第16星話 泥棒の星 後編




 ここは泥棒の星。住人は、みんな泥棒。


 エリクは、また、言われた。高級リゾートの、申し分なく洗練されたスタッフに。

 

 おかしいな。


 まだ、チェリーカモミールドライは、一口しか飲んでない。プールではしゃいで疲れたから、すぐに体に沁みいったけど。一口で酔って頭がおかしくなるなんてことあるはずない。


 「驚かれましたか?」


 バーテンダーは満足げであった。そして続ける。


 「この泥棒の星のこと、泥棒である私たちのこと、お話ししましょう。私たちは泥棒です。ええ、みんな泥棒なんです。私たちは代々泥棒をしてきました。泥棒が家業なんです。私たちの先祖は、宇宙を股にかけた大盗賊団でした。ゲルン提督の重戦艦を盗んだのか誰かご存知ですか?それは私たちです。私たちの先祖がやったのです。皇帝ナガモトの嗅ぎ煙草入れを盗んだのが誰なのか、ご存知ですか?私たちです。私たちの先祖です。ある時、私たちの先祖である大盗賊団のリーダーが、言ったのです。俺たちもそろそろ根無し草の宇宙の放浪者を卒業しよう。自分たちの城、星を持つんだ。それについては、これまで誰もしたことのない盗みをしよう。星を盗もう、星を盗んで、自分たちのものにしよう。城にしよう。そう言ったのです。みんな興奮しました。誰もやったことない盗み、絶対にやり遂げよう、そう誓い合ったのです」


 「あの、星を盗むというのは……つまり有人星を、てことですか? 人が住んでいる星を?」


 エリクが口を挟んだ。


 「ええ、もちろん。無人星を盗むなんて、造作もない。誰でもできる。そんなことには、我々は胸をときめかさないんです」


 「人が住んでいる星を盗む……どうやったんです? 住人を脅して退去させたんですか?」


 「まさか、とんでもない!」


 バーテンダーの青年は、声を上げた。


 「なんということをおっしゃるんです? 私たちは泥棒ですよ。脅して追い出す? それじゃただの強盗じゃないですか。我々は強盗なんかしません。あくまでも泥棒、盗みをするのが家業なんです。それが、私たちの誇りなんです」


 エリクは、チェリーカモミールドライを、もう一口、含む。酔って話を聞いても、問題ないだろう。


 「大盗賊団は盗む星を物色しました。そして、素晴らしい星を見つけたのです。開発はされてるけど、まだまだ発展の余地はありました。これは良い、すばらしい。こんな手頃で魅力的な星はまたとない。絶対盗もう、みんな燃え上がったのです。どうやって盗むか? そこで、宇宙一頭の切れる私たちの先祖たちが考えたのが、ダミー星作戦なんです」


 「ダミー星作戦?」


 「そうです。われわれは、その星によく似た星を探しました。必死になって宇宙中をね。そして見つけました。泥棒というのはめざといんです。人が見つけられないものでも、見つけるのです。素晴らしい星を見つけました。そこはまだ無人星でした。我々はその星を買って、必死に開拓開発したんです。最高の盗みをするために、みんなそれこそ死に物狂いで働いたといいます。頑張りのおかげで、素晴らしく開発された星になりました。我々の盗みのターゲットの星よりも、環境のよい星になったのです。いよいよ準備が整いました。大盗賊団は、観光業者に扮装して、ターゲットである星の住人たちに無料優待券を渡し、ツアーに誘い出しました。行き先はもちろん、盗賊団が開発した星です。連れていかれた住民たちは、みんなその星の素晴らしい環境に感銘を受け、すっかりそこを気に入りました。その隙にです。盗賊団は、大量に集めた重力機関を総動員して、ターゲットの星を、移動させたのです。盗んだのです。住人たちは、自分たちの星がなぜか星座標から消えてしまっても、あまり気にしませんでした。本気になって探せば、見つけることができたでしょう。しかし彼らはすっかり新しい星を気に入っていたのです。観光業者に扮装した大盗賊団は、あなたたちは運がいい、この星を無料で提供する。実は今、総力を挙げた宣伝キャンペーン中なのだと説明し、星を引き渡しましたのです。歓喜乱舞した彼らは、もう自分たちの元の星のことなど、忘れてしまいました。新しい星で、幸せに暮らすこととなったのです」


 「あの、ちょっと待ってください」


 エリクは、声を上げる。


 「盗む星よりいい星を用意して、ターゲットの星の住人に引っ越してもらった、そういう話なんですよね? それなら盗まなくても、自分たちで開発した星に住めばそれでよかったんじゃないですか?」


 「とんでもない!」


 バーテンダーの青年は、また声を上げた。


 「私たちがなぜ泥棒やってきたと思ってるんです? きちんと耕して、種をまいて、実りを待って、収穫する、そういうのが嫌だから、泥棒をやってるんです。他人のものを盗む。それが我々です。自分の星を自分で開発して自分のために育てあげるなんて、ありえない!」


 エリクは頭がおかしくなりそうだった。バーテンダーは続ける。


 「私たちは星を手に入れました。ついに自分たちの星を持ったのです。それがこの星です。この星の(あるじ)となった盗賊団は、さらに考えました。もっとでっかい盗みをしてやろう。この星を足場に、全宇宙から盗みをしてやろう。そう考えたのです。誰もやったことない壮大な盗み。我々ならきっとできる、みんなそう考えたんです。この星をさらに開発をしました。宇宙一の盗みのためです。みんな必死に働きました。それこそ不眠不休だったといいます。盗みのためなら、何でもするんです。ものすごい才能を発揮するんです。開発といっても、そこは、宇宙を股にかけた大盗賊団です。他所とはやはり違うんです。盗賊と言うのは、目利きなんです。他人が見つけられないものを、見つけるのが商売なんです。宇宙中から、品質が良くて、なるべく安価なもの集めました。建築資材も、内装も、ロボットも。宇宙トップクラスの技術者も呼びました。我々は高級リゾートを造ったんです。サービスや施設のオペレーションも、もちろん一流の指導専門家を招き、学習しました。すべてに(かね)をかけました。それでもだいぶコストを抑えることができできたのです。何せ泥棒ですからね。目利きなのです。いつも少しでもかすめ取ってやろうと考えているのですから。超一流でありながら、低コスト、それを実現したのです。こうして高級リゾートが完成しました。オープンすると、たちまち評判となり、宇宙中の金持ちVIP が殺到したのです。リゾートにみんな満足しました。リピーターとなりました。評判が評判を呼び、今では宇宙に名を知られた高級リゾートとなったのです。私たちの盗みのシステムは、完成したのです」


 「なるほど」


 エリクは考える。やっと話が見えてきた。そういうカラクリだったのか。


 「何とか理解できました。あなたたちの、その……盗みというのが、どのようなものか。ええと、ここは高級リゾートで、宇宙中から、金持ちが来る。みんな気前よくここにお金を落とす。それでみんなが気持ちよくプールで遊んだり、スヤスヤ寝ている隙に、ここのスタッフが、お客様の財布やポケットに手を入れて少しずつ抜く。そういうことなんですね? お客様はみんな金持ちだから、少々抜かれても気づかない。気づいても、いちいち警察に届けない。そういうことなんでしょう。ここの評判を調べました。盗みが頻繁に起きる、といった情報は一切ありませんでした。それどころか、落としたりなくしたりしたものもちゃんと返ってくる、そういう評判でした。リゾートのお客様を気持ちよくさせて、盗んでも大丈夫なお客に仕立て上げる。それがあなたたちの最高の盗み、と言うわけですね? 」


 この超高級リゾート全体の経常利益を考えれば、盗みの収入なんて微々たるものだろうとは思った。それでも盗むことに意義があるのかな、エリクは思う。


 しかし。 


 「とんでもない!」


 バーテンダーの青年が、また叫ぶ。


 「リゾートのお客様の財布やポケットに手を入れる? 我々はそんなことはしません。我々は昨日泥棒を始めたんじゃないんです。代々家業で泥棒をやってるんです。お客様の財布やポケットに手を入れるなんて、そんな三流のやり口はしません」


 「……じゃあ、その、盗みって、いったいどうやってるんですか? 誰からどうやって盗んでいるんですか?」


 エリクの頭を完全にへばっていた。バーテンダーの青年は、にっこりとする。


 「われわれは、宇宙で最高の目利きなのです。品質にはうるさいのです。モノを見る目、人を見る目があります。だから、他所より効率的な経営ができるのです。ここに来たお客様は、ここにしかない価値、確かな手ごたえに、満足する。そしてどんどんお金を落とす。私たちは、お客様のポケットや財布に手を入れる必要はありません。お客様の方が喜んで、どんどん盗まれていくんですから」


 宇宙一完成された盗みのテクニック。話は終わったようだ。エリクは考える。これは、盗みといえるのだろうか?


 半ばやけくそになって、最後に訊く。


 「あの、こういう話、なぜ客にするんですか?」


 「価値(プライス)です」


 「は?」


 「人は何に惹かれるのでしょう。それは価値(プライス)です。他所にない、ここだけの価値(プライス)。ここは泥棒の星です。人々が気づかずに盗まれる星なのです。盗まれたことに満足する星なのです。そのことをそっとお客様に教えて差し上げるのです。するとここにしかない価値(プライス)に、お客様は心を打たれるのです。そしてまたいらっしゃる。リピーターとなるのです。なにしろ泥棒の星。それは宇宙で唯一無二なのですから」


 バーテンダーの青年の微笑み、それは確かに値の付けられない(プライスレス)だった。


 エリクは、チェリーカモミールドライを、ぐっと飲み干す。そして、酒場(バー)を後にする。


 一旦ホテルの部屋に戻った。どうしよう。部屋でじっとしているのは、時間がもったいない。そうだ、ナイトプールで、一流歌手のショーがあるんだった。立体映像(ホログラム)全盛の宇宙世紀(コスモロス)でも、生の人間のパフォーマンスが、尊重されていたのである。


 水着はどうしようかな。エリクは、青のパレオ付きワンピースにした。金の透かし(シースルー)のストールを首に巻く。金のガーターベルトに、ガーターリング。


 部屋を出る前に、枕元に、ルームサービススタッフのためのチップをたっぷりと置く。ここは本当に素晴らしい。プール以外にも、楽しめる場所が、まだまだある。


 もう少し逗留しよう。


 金のサンダルを履いてプールに向かうエリク。ガーターベルトには、小さな金の目隠し(アイマスク)のストラップが、下がっていた。〝もう知らない!〟とのメッセージだった。


 

 宇宙は進化している。人は進化している。泥棒もまた、進化するのだった。



 ◇



 星から星へ。


 エリクの旅は続く。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ