第16星話 泥棒の星 前編 【逆説】 【エリクの華麗な水着ファッションショー大サービス回】
「ここは泥棒の星なんだ。ここの住人は、みんな泥棒だ」
言ったのは、プールの監視員だった。いや、監視員ではない。ここは高級リゾートなのだ。レスキューサービススタッフと、呼ばれていた。
「え?」
エリクは驚いて振り向く。間違いない。後ろにいたのは、プールの監視員、いや、レスキューサービススタッフ。イケメンの若い青年。均整のとれた体つき、絶妙な日焼けぐあい、そして絶妙なサービス笑顔。高級リゾートプールの設備の一部と見紛う完璧さ。
「あなたは、何を盗まれに来たのですか?」
「はあ?」
青年は、しっかりとエリクの目を見て言った。もう間違いない。高級リゾートのスタッフが、そういったのだ。
なんなの? 固まるエリクに一つ完璧な会釈をすると、青年は優雅な足取りで去っていった。
エリクはプールの水につかったまま、しばらくぽかんとなる。やがて、首を振って、泳ぎだす。水が気持ちいい。プールといっても普通の市民プールとは違う。超一流の高級リゾートプールだ。泳いでいるだけで水の光彩が幻想的に変化する。不思議な迷宮を探索しているみたいだ。見上げれば空の色も完璧に調整されている。あちこちで立体映像が上映されている。つい足を止めてしまう。突如後ろから現れ客をおどかす悪戯をするのは、これまた立体映像のイルカや亀だ。サービスロボットがプールを巡回し、飲み物を配っている。
ひとしきり泳いだエリクは、足を止め、オレンジジュースを受け取る。
「うう、気持ちいい! 素敵!」
華やかなショーの立体映像が映し出される空を見上げ、エリクは叫んだ。満ち足りた気持ち。
それにしても。
さっきの青年。あれは絶対にここのスタッフ。泥棒とか言ってたけど。あれって何なの? ひょっとして、この高級リゾートのお茶目で悪戯なサービスの一つなの?でも。泥棒だ、盗むだ。タチが悪い。あんなこと言われたら、気分を悪くする客だっているだろう。きっと、あの青年がふざけていただけた。高級リゾートのスタッフとしては、あるまじき振る舞いだけど、大勢の人が働いてるんだ。中にはああいうスタッフだっているだろう。
エリクは、プールから上がり、柔らかなデッキチェアに寝そべる。後ろで束ねていた亜麻色の髪を解いた。陽が心地良い。
17歳の少女エリク。宇宙の旅人。今日は思いっきり羽根を伸ばそうと、高級リゾートの星にやってきたのだ。デッキチェアの上で、スラっとした手足を伸ばす。濡れた体にちょうど心地よい風が吹く。
水着は青と白のストライプの三角ビキニ。今日はまだ初日。ちょっと抑えていこうと思ったのだ。グレープフルーツ級の胸の谷間は、しっかり主張しているけど。黒のガーターベルトと、ピンクのガーターリングもつけている。これも主張だから外せない。ガーターベルトには、小さな金のハンマーのストラップをぶら下げていた。〝女の子1人だからってなめるなよ。痛い目にあうぞ〟というメッセージであった。
プールサイドの喫茶店で、ミルクティーを啜る。茶葉は高級で香り高く、ミルクも濃く、甘かった。無機質な無愛想な宇宙空間から、この星に到着したばかりのエリクは、早くも楽園の海に沈没寸前になっていた。
「うきゅーん! 最高! でも、こんなんで浸ってちゃダメ! もっと楽しまなきゃ! そうだっ!」
エリクは、一旦ホテルの部屋に戻る。高級ホテルの、最上階のスイートルームだ。
「おかえり、エリク。そろそろ次の星へ行くかい?」
出迎えたのはエリクの相棒万能検査機、箱型ロボである。小さな黒い箱に短い手足がついている。
「バカね。なに言ってるの。まだ来たばかりじゃない。楽しむのはこれからよ」
「ふうん。そうなんだ。今日はどこへ行くの?」
「プールよ」
「今、行ってきたじゃない」
「水着を着替えるのよ」
「どうしたの? さっきの水着、穴でも空いてたの?」
「いろいろ水着を試すのよ!宇宙空間で水着とりかえっこしても仕方がないでしょ? こういう時に、思いっきりいろんな水着着ておくの!」
エリクはシャワールームに飛び込むと、水着を脱いで体を流し、タオルを巻いて出てきた。
万能検査機は、ふかふかのベッドの上で頬杖をついている。
「今度はどれにしよっかな〜」
エリクは水着をいろいろ見比べる。
「さっきの三角ビキニ、ちょっと子供っぽかったかな。今度は、思いっきり大人で行こう」
黒のクロススタイプを取り出す。脇が、大胆にえぐってある。
「うん。この布地と肌露出部分のバランス。これよこれ。これが大人の魅力を演出するのよね」
エリクはタオルを取り、黒いクロスの水着を着る。万能検査機は慌てて目をそらした。多感な思春期のロボの前で、ご主人様である17歳の少女は、いつも無神経に脱いだり着替えたりするのだった。ロボは、目のやり場に困っていた。
きっちりと黒のクロスを着たエリク。髪もアップにする。ガーターベルトは銀。ガーターリングも銀であった。黒と銀でびしっとまとめてみた。
「どう、これ」
ドギマギしながら、やっとの思いでエリクを見ているロボに、ご主人様の少女が訊く。
「うん、いいよ。すごく……」
万能検査機は、赤くなっていた。
「あの、エリク、よかったら、僕も、プールに連れて行ってくれない?」
「はあ? なに言ってるの?あなたは水に浸かって嬉しいの?日向ぼっこして楽しいの?日焼け止めクリームとか塗るの? ねえ、プールに機械担いで行く人なんていないんだから。ここでおとなしくしてて。ちゃんと、いい機械油買ってきてあげるからね。私はこれから、みんなの視線を独占しに行くんだから」
ぷーっと膨れるロボを後に、銀のミュールを履いたエリクは部屋を出る。銀のガーターベルトには、小さな銀の盾を下げていた。〝そんなに見つめないで〟のメッセージである。
プールでは。彩り溢れる光を浴び、さわやかな風に吹かれた。人々の視線は……ちらほら、浴びることはできた。ここではみな、最大限着飾ってくるのである。〝視線を一身に浴びる〟のは誰にとっても困難であった。エリクはみなに見つめられたときに、〝恥ずかしくてしようがない〟という顔をするか、〝こんなの普通。当たり前。全然平気〟の路線にするか、激しく悩んでいた。しかし、悩む事はなかったのである。
プールの上空には、重力装置で浮いている水塊があった。水の階段で、上っていけるのである。上から飛び降りても、重力操作によって、ちゃぽんと優しくプールが受け止めてくれる。重力装置を利用したウォータースライダーにウォータージェット。エリクは目を輝かせて、飛びついた。アクション用の水着に着替えてこようかと思ったけど、面倒なので、大人の魅力全開の大胆な黒のクロスのまま、はしゃぎまわった。万能検査機を連れてきて、ウォータージェットに投げ込んで目を回してやれば面白かったのにと、それがかえすがえす残念だった。
もう夕暮れ時だ。さんざんはしゃいで遊んで疲れたエリクは、水着の上からシックなワンピースを羽織ると、星のメインタワー最上階のレストランに行く。水着は速乾性で、乾いても着心地の良い高級品だ。
レストランでは、最高の料理とサービスを楽しんだ。海老と木苺のソースの取り合わせは、初めてだった。松露入りオムレツは、とろけるようだった。エリクはすっかり満喫した。レストランを出ると、高級リゾートのシンボルである、タワーの中を歩く。ショップを覗くと、いろいろ欲しいものがあった。ここで買い物もしていこう。でも、エリクの小型宇宙船ストゥールーンは、とにかく小さく、積載量に限りがある。あまりたくさん買い込むことができない。また頭を悩ませることになるだろう。ま、ここを出る前に決めればいいんだ。今日は何も考えずに、楽しもう。
おしゃれで品の良い酒場を見つけた。タワーの上層階。素晴らしい眺望である。
エリクはカウンターに座り、チェリーカモミールドライを頼んだ。バーテンダーの青年は、手際よくカクテルをつくり、エレガントでありながら無駄のない動きで、ピンクの酒のグラスをエリクの前に置く。
エリクは、チェリーカモミールドライを口に含む。
「美味しい」
甘みと酸味と苦味が、すーっと、体に沁み渡る。
エリクは、ぽっと赤くなった。思わずバーテンダーに声をかける。
「ここ、最高ですね」
バーテンダーは、行き届いたスタッフ訓練の賜物である控えめでいながら温かく客を包む微笑みを見せた。
「お客様、ここは初めてでしょうか」
「はい。来てよかったです。評判通り、最高のリゾートですね。何もかも素晴らしいです。ホテルの施設もサービスも、ショーも」
ふと、昼間のプールの監視員のことを思い出した。
「あ、でも、今日、プールで、スタッフの人から変なこと言われたんです。あんまり品が良くないことを。ふざけてたのかな。大勢働いてるリゾートですから、色々な人がいますよね」
「どんなことを言われたんです?」
バーテンダーは、温かな微笑を崩さぬまま訊く。
「あの、ここは泥棒の星だ、ここの住人は、みんな泥棒だって。おかしいですよね」
エリクは、笑った。冗談にしようとしたのだ。だが、バーテンダーは、
「それは本当です」
しっかりと、エリクを見つめて言った。
「ここは泥棒の星です。我々この星の住人は、みんな泥棒なんです」
「え?」
エリクはキョトンとなる。
なにこれ。
冗談……だよね。そうじゃないの?
どういうこと?
( 第16星話 泥棒の星 後編へ続く )




