第15星話 ヒーロー無用の星 【昔のアニメであったやつ】
そこは開拓民の星だった。
やや立派な集会場。その前の広場を取り囲む質素な家々。それが集落がすべてだった。星の人口は、50人ほどである。
まだ若く、新しく開拓が始まったばかりの星であった。人々は、決して豊かではなかったが、お互い助け合い手を差し伸べ困難に立ち向かう宇宙の知恵と掟を忠実に守っていた。
愛機ストゥールーンで星に降り立った宇宙の旅人の少女エリクに、水と食料を提供し、歓待してくれたのである。
「ありがとうございます」
集会場で冷たいコップの水を飲んで、エリクは一息ついた。この星に旅人が寄るのは珍しいらしい。農作業も終わった時間だ。集落の開拓民たちは、みんな集会場に集まってきていた。日々の糧を持ちより、分け合い、食事をしている。
「ようこそ、お嬢さん。ここはまだみんなで開拓を始めて5年、実りも少なく何もおもてなしできないがな。少しばかりの水と食料なら、持っていきなさい」
白い髭を生やした開拓民のリーダーの男性が言った。
「とんでもない。本当に感謝しています。助かります。みなさんがこの星に来てまだ5年なんですね? じゃぁ、これからなんですね」
集会場の開拓民たち。若者が多い。みんな日焼けしている。ずっと開墾と農作業をしているんだ。小さな子供のいる夫婦もいた。
しかし、エリクが「これから」と言った時、みんな、沈んだ顔をした。人々の顔には、険しさがある。
どうしたんだろう、何か問題があるのかな。エリクは思った。
白い髭のリーダーが言った。
「水が出ないのだ」
「水が?」
エリクは、ちょうどコップの水を、飲み干したところだった。
「この星には水脈がある。それはわかっている。だが、地下深くまで掘らねば、水脈に当たらないのだ。しかも、一つの水脈の貯水量は、あまり多くない。水脈を掘り当てても、じきに枯れてしまうのだ。そこで一つ水脈を掘っては、またすぐ次の水脈を探して掘る。ずっとその繰り返しだ。この星の地味は素晴らしい。水さえあれば、豊かな実りが生まれる。しかし、今、貯水庫の水は残り3ヶ月分。それまでに、次の水脈を掘り当てねば、ここは終わりだ。ところが掘削機の調子も悪くてな。何しろ固い岩盤をずっと掘り続けてきたものだから、ガタがきているのだ」
リーダーが、言葉を切る。開拓民たちの、暗い顔。
子供をあやしている若い女性が言った。
「水がない。それがもちろん1番重要。でも、それだけじゃないわ。この星は時々強い電磁場層をくぐるの。その時は、作業ロボットが、うまく作動しなかったり、完全に停止しちゃったりするの。だからその間は、私たちがみんな人の手で作業するの。ここに来る時、ちょっと見通しが甘かったのよ。みんなでお金を出し合ってこの星を買ったんだけど、これで自分たちは星の主だ、きつい仕事はロボットに任せて、みんなでのんびり暮らそう、て浮かれていたの。星を買うのに、お金を使っちゃって、掘削機や、作業ロボットも、それほど良いものは買えなかった。でも来れば何とかなるだろう、そんなこと考えてたのね。電磁波層のこととか、後でわかってここを売った星開発斡旋会社に文句を言ったんだけど、いや、契約書にちゃんと書いてありますよって言われたの。よく見たら、確かに書いてあったわ。ほんとに私たちが甘かったの」
「でも、私たちは、何とかここまでやってきた」
隅でお茶を飲んでいた年配の女性が言った。
「星を買えばのんびり楽して暮らせる。その考えは間違いだった。でも思い通りじゃなくても、みんなへこたれなかった。知恵を出し合い、勉強し、やったことない農作業や機械の修理も、自分たちでできるようになった。乗り切ってきた。この星は、守りたい。本当に」
「水がないじゃないか」
声がした。
「これじゃ無理だ。一旦ここを引き払って、他所で働いて、強力な掘削機やロボットとか、いろいろ揃えてから、またここに来る。それが一番合理的だ」
「引き払う? 他所で働く?それで戻ってくるのに、どのくらいかかるの?10年? 20年? そうしたら、もうみんなここには集まらないよ。よそで暮らしたほうがいいやってなるよ」
「でも、枯れた土地に、いつまでもしがみついていても、仕方ないだろう」
「これまで、乗り切ってきた! 土地を耕し、収穫物も、年々良くなっている。みんなで力を合わせて知恵を絞ってきたからよ。きっと、これからだって、やっていける!」
開拓民たちの議論は、白熱していった。
この星の開拓から撤退するか、存続するか、ちょうど話し合いをしてる時に、来てしまったらしい。
エリクは集会場を出た。
本当に小さい集落だ。集会場の脇に、貯水庫があり、少し離れたところに、大きな掘削機が見える。今は作動していない。
集落の外は、よく手入れされた畑が続いていた。ちょうどいろいろな作物が実っている。のんびり草を食む牛やヤギの姿も見える。リーダーの言う通り、ここの地味は肥えているらしい。
エリクが肩から下げた鞄が開き、相棒の箱型ロボ、万能検査機が顔を出す。
「どうするんだろうね、ここの人たち」
エリクは、つぶやく。悪い星じゃないんだけど。やっぱり星の開拓には、莫大なお金がかかるんだ。
万能検査機は、さっそく星の透査をしている。
「リーダーの言っていた通り、水はすべて大深部にある。貯水量自体はすごく豊富だよ。でも、岩盤は固いし、あの掘削機じゃ確かに厳しいね。強力な掘削機を買うのも大変だよ。いい機械はバカ高くつくからね」
「この星を捨てるのも惜しい。残るのも厳しい。今、その瀬戸際なんだね。ねえ、万能検査機、堀りやすい水脈を探して?」
「どうするの?」
「私の光弾で掘るのよ。今日、私は、ここの人たちの厳しい生活の中から、水と食料をもらった。そのお礼がしたいの。私が水を掘れば、当面の問題は解決するし、みんな喜んでくれるでしょ」
「……それは、喜んでくれるだろうけど。でも、掘ってもすぐ水が枯れる。問題を先延ばしするだけだよ」
「最終的にどうするか決めるのは、ここの人たちよ。私たちが口を出す問題じゃない。私はただ、今日のお礼がしたいだけなの。さ、万能検査機、水脈を調べて。なるべくたっぷりの貯水量がある水脈を」
「うん……わかったよ」
万能検査機、改めて透査する。
◇
集落からやや離れた乾いた大地で。エリクの周りに、開拓民たちがみんな集まっていた。
「みなさん、おもてなし、感謝します。お礼をさせてください。皆さんから水をいただきました。私もみなさんに、水をプレゼントします」
エリクは、右手でサッと空を切る。
「超駆動!」
少女は黄金の輝きに包まれる。光の気だ。超人の力を人に見せるのは注意が必要だが、この小さな星なら問題ないだろう。
エリクは、大地に拳を突き当てる。
「光弾!」
拳から放たれた光線が地中深く撃ち込まれる。
これでいいだろう。エリクは立ち上がる。開拓民たちみんな固唾を飲んで見守っている。
やがて。
ゴゴゴ、と、音が響いてきた。そして光弾で掘った穴から、水が噴き上げた。
「おおっ!」
開拓民たちが、歓声をあげる。
「水だ!」
「助かった!」
「今の見たか? これはいったい何なんだ?」
「奇跡だ!」
「救世主だ!」
「救世主が現れた!」
開拓民の歓喜は、いつまでも続いた。みんな噴き上げる水を中心に輪になって踊りだした。
夜になっても集落の興奮は続いていた。エリクは立ち去ろうとしたのだが、どうしてもあと一晩泊まっていってくれと、みんなに引き止められた。
広場に篝火が焚かれ、開拓民総出で、祭りの準備をした。ありったけの食料が、みんなに振る舞われた。主賓のエリクは、みんなに抱きつかれ、もみくちゃにされた。開拓民たちは、篝火を回りながら、歌い踊った。力強い歌と踊りだった。エリクもその輪に入って、一緒に踊った。夜も遅くなって、エリクは集会場の宿泊所で寝た。
翌日、起き出した時は、もう昼だった。昨晩ドンチャカやりすぎたせいで、寝坊したのだ。
「そろそろ行かなくちゃ。みんなに挨拶しよう」
集会場を出たエリク、集落を歩く。しん、となっている。昨晩浮かれ騒いだから、みんなもまだ寝てるのかな。
集落を出ると、畑で白い髭のリーダーが、一人農作業をしていた。
エリクは挨拶する。
「ここは、もう終わりだ」
リーダーは、つぶやいた。
「え?」
エリクは、わけが分からない。終わり? 水が出たばかりなのに?
「どういうことですか?」
リーダーは、きっとエリクを見据える。
「あんただ。あんたが悪いんだ。これまでみんなで力を合わせて知恵を絞ってやってきた。辛い時でも助け合い支え合い、何とか乗り切ってきたんだ。どんな困難があっても立ち向かう不屈の精神を、みんな持っていた。ところがだ。昨日、あんたが、あっという間に水を掘った。それを見て、みんな急に、力が抜けてしまったんだ。自分たちが必死にやってきたことは、何だったんだろう、とりあえず水が出たから、しばらくのんびりしようってな。もう働く気がなくなったのだ。もともとここには楽しくのんびりしに来た。それを思い出したのだ。苦労するのは、あくせく働くのはもう嫌だ。きっとまた誰か助けてくれるだろう。みんなそう言っておるのだ。もう一度困難に立ち向かう気持ちを取り戻せるかどうか、わしにはわからん。取り戻せなければ、ここは終わりだ。本当に終わりだ。必要なのは水じゃなかったんだ。みんなの気持ちだ。それをあんたが、ポッキリ折ってしまったんだ。ここには救世主なんて必要なかった。みんながヒーローだったんだ。救世主待ちの星に、未来などない」
エリクは星を発った。
どうなるんだろう、この星は。
エリクが堀った水も、いずれは枯れる。その時どうするんだろう。みんなで助け合って知恵を絞って乗り切るのだろうか。
それとも、救世主が現れるのだろうか。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




