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第14星話 天使の星 前編  【これから幾世代をも超えて子女の紅涙を絞る予定の感動作】 【涙を拭うハンカチを手にお読みください】



 その星の誇り、名物は、郵便配達人であった。


 星庁舎の赤いとんがり屋根の時計塔が、ボーン、ボーンと正午を告げると、時計塔の屋根から、翼をもつ郵便配達人の少年たちが、一斉に飛び立つのである。背に白い大きな翼を、羽ばたかせながら。みな、美少年であった。郵便配達人たちは、空を飛びながら、街から街を回る。


 星の市民たちは、空を飛ぶ郵便配達人に、手を振る。


 「ジョルジュ、手紙をお願い。息子に届けて。勉強がんばってねって書いたの」


 「ユエル、こっちきて。手紙書いたから。孫娘に書いたの。ねぇ、これ、どう思うかな。なるべくうるさい婆さんだと思わないように、書いたんだけど」


 「ミラト、手紙の書き方わかんないから、もうなんだかめちゃくちゃだけど、とにかく届けて! 届けてくれれば、それでいいから!」


 郵便配達人たちは、手紙を受け取る。そして、宛先へ、届ける。手から手へ、手紙は配達されるのである。


 窓辺から窓辺へ。テラスからテラスへ。街路から街路へ。市民の思いを乗せて、手紙は確かに届くのである。

 

 翼をもつ美少年の郵便配達人。それは、星の市民にやわらかな憩いと潤いを与えていた。郵便配達人たちは星の市民から天使(エンジェル)と呼ばれていた。



 「アポロ、君はなんでいつも、その街の空をぐるぐると回っているの?」


 アポロ、と呼ばれた郵便配達人。金髪くるくる巻き毛の美少年である。翼をばたつかせ、空中に停まる。同僚の郵便配達人の好奇の目が、自分を見ている。アポロは、やや赤くなった。


 「この街で手紙の依頼はないんだけどね。ただ、バルコニーの長椅子で、いつも空を見上げている女の子がいるんだ」


 「女の子?」


 「うん。いつもじっと、空を見上げている。なんだか、すごく手紙が欲しそうに見えるんだ」


 「ふうん。でも、その子に届く手紙はないんだね?」


 「そうなんだ」


 「その子は、自分では手紙を書かないの?」


 「手紙の配達を頼まれた事は無い。手紙を書こうとしてるところを見た事も無い」


 「手紙を書く相手もいないのかな」


 「わからない」


 アポロは、少女のことが気になっていた。でも、自分は郵便配達人なのだ。依頼もないのに、近づくことはできない。白い翼を羽ばたかせ、もう一度、少女のいる街の空を、ぐるっと旋回する。



 ◇



 「あれはなんだろう」


 喫茶店(カフェ)の明るいテラス席で、エリクは空を見上げる。豊かな亜麻色の髪が、ふわりと揺れる。17歳の少女である。宇宙の旅人であった、旅の途中、この星にふらりと立ち寄ったのだ。


 翼をもつ少年たちが、飛んでいる。何をしているんだろう。


 ウェイトレスを呼び止めた。


 「あれはいったい何なんですか? 何をしてるんですか?」


 ウェイトレスは、にっこりとして答えた。


 「お客さん、旅行者の方ですか? あれはこの星自慢の、郵便配達人です。天使(エンジェル)です。手から手へ、手紙を渡してくれるんです。窓辺にも、バルコニーにも、街路にも、玄関にも、どこにでも来てくれます」


 エリクは目を丸くする。


 「へー、手紙を手渡し?空を飛んで? 面白いですね。メッセージなら、ちょっと通信機器をいじれば、すぐやりとりできるのに。わざわざ、そんなことしてるんですか」


 「電子メッセージよりも、いろいろいっぱい伝えられるものなんですよ」


 ウェイトレスの笑顔、さらに深くなる。


 エリクも微笑む。


 「そっかあ。面白そうですね。私もやってみようかな。これって、私みたいな旅行客でも利用できるんですか? 私、この星に初めて来たばかりなんですけど」


 「ええ、もちろん。この星にいる人なら、誰でも利用できます」


 「そうなんだ。どうやって利用するんですか?」


 「郵便配達人に向かって、手を振るんです。それだけです」


 「わかりました。やってみます。どうもありがとうございました」


 エリクは、空を飛ぶ郵便配達人に、思いっきり手を振った。


 白い翼を羽ばたかせ、郵便配達人の少年が、舞い降りてきた。エリクの前に立つ。金髪くるくる巻き毛の美少年だ。


 「僕はアポロ。この星の郵便配達人だ」


 礼儀正しく挨拶する。

 

 「私はエリク。宇宙の旅をしているの。たまたまこの星に立ち寄ったの。手紙を書くから届けてもらっていい?」


 「もちろん。それが僕の仕事だ」


 エリクはさっそく手紙を書こうとした。そこで気づいた。誰に宛てて書けばいいんだろう。この星の郵便配達人は、もちろんこの星の中でしか手紙を届けられない。この星に、エリクの知り合いは当然ながらいなかった。


 エリクは、思案する。そして、思い当たった。


 「ねえ、アポロ、こういうのどうかな。私の書いた手紙、この星で、手紙が欲しいけどもらえない人に、届けてもらうっていうの。そういうのできる?」


 「ああ、もちろん。届けるよ」


 郵便配達人のアポロは、微笑む。


 「ほんと? じゃあ、書くね」

 

 エリクは、手紙を書く。


 『あなたを愛しています。大好きです。私が見守っています。私のことをどうか忘れないで   あなたのエリクより 』


 宛名には、


 『この手紙が欲しいあなたへ。』


 と、書いた。


 「これでいいかな」

 

 アポロに、手紙を渡す。


 「うん、いいよ。きっと届けるから」


 金髪くるくる巻き毛の郵便配達人は、飛び立った。



 アポロは一直線に飛んでいった。迷う事はなかった。この手紙の宛先。もう間違いない。アポロがいつも空から見ていた、バルコニーの長椅子の少女だ。


 ふわりと。バルコニーに、降り立つ。


 長椅子の少女。突如現れた郵便配達人を見て、びっくりしている。


 少女は長い藍色の髪をしていた。あまり髪の手入れをちゃんとしていない。青白い顔だ。そして、白い寝間着(ネグリジェ)を着ている。昼でも、いつも寝間着(ネグリジェ)なのだ。


 少女は、長椅子から体を起こそうとはしなかった。ただ、澄んだ茶色の瞳を大きく見開いて、アポロを見つめていた。


 アポロは、長椅子の少女に近づく。急に。動悸がした。え?なんで? おかしい。こんなの初めてだ。僕は郵便配達人の仕事をしているだけだ。落ち着け。落ち着くんだ。手紙を頼まれた。届ける。それだけ。それだけなんだ。それで終わり。何の問題もない。


 「あなたに、手紙が届きました」


 翼をもつ郵便配達人は、務めて冷静さを装いながら、少女に、手紙を差し出す。


 「私に……手紙……」


 少女は、信じられない、といった様子で、手紙を受け取る。


 「いったい、誰が……」


 手紙を読む。


 『あなたを愛しています。大好きです。私が見守っています。私のことをどうか忘れないで   あなたのエリクより 』


 そして、宛名には、


 『この手紙が欲しいあなたへ。』


 と、書いてあった。


 じっと。少女は動かなかった。やがて、少女は、肩を震わせる。そして、少女の瞳からは、涙がこぼれ落ちた。それは止まることを知らなかった。ずっと、少女は、体をふるわせていた。


 アポロは、ただ、少女を見つめているしかなかった。どうしたらいいか、わからなかった。頼まれた手紙を渡した。仕事は終わった。立ち去ってもよかった。でも立ち去れなかった。どうしたらいいんだろう。少女に声をかける? それとも少女の肩にそっと手を置く?それは郵便配達人には、絶対に禁止されていたのである。だからできなかった。


 少女が涙を流している間、ただただアポロは立ち尽くしていた。これなら郵便配達人の規則に抵触しない。



 やがて。少女は、顔を上げた。アポロを、しっかりと見る。少女の青白い頬には、ほんの少しだけ朱みが差していた。


 「あの、私に手紙をくれた人、エリクさんに、返事を書きたいんです。よろしいでしょうか」


 「もちろん」


 少女が手紙を書く間、郵便配達人はずっと待っていた。少女は何度も何度も書き直した。手紙を書くのは始めてのようだ。少女はただ、エリクに想いを届けたかった。でも本当にこれで想いを届けられるのか、自信がなかった。だから何度も書き直した。何度書き直しても、うまく書けているようには思えなかった。ペンを持つ手がぶるぶると震えた。少女の瞳にまた涙がにじんだ。だめだ。やっぱり。私には、何もできないんだ。ペンを持つ少女の手が止まった。


 「手紙、すごくよくかけてますよ」


 少女が目を上げた先には、郵便配達人の笑顔。金髪くるくる巻き毛の美少年アポロ。


 こういう声をかけるのは、郵便配達人の規則に反することあった。でも、言わずにはいられなかったのだ。アポロの金髪くるくる巻き毛が震える。


 少女の澄んだ茶色の瞳、しっかりとアポロに向けられている。


 「私の手紙がよかった?どの手紙がよかったんです?」


 アポロはきっぱりと言った。


 「全部です。あなたが手紙を書くのを、僕は見ていました。本当に本当に、心のこもった手紙です。どれも。だから、どれがいいとか悪いとか、そういう事は言えません。どれも本当に素晴らしい手紙なんです。受け取った人の心を震わせることができる手紙です。僕は郵便配達人です。いつも手紙を扱っています。だから僕にはわかります。間違いありません。自分の手紙を信じてください」


 少女は目を落とし、沈黙した。そして。目の前の、自分が書いた手紙の中から、一つを選んだ。郵便配達人に渡す。


 「これを届けてください。あ、そうだ。送り主の名前も書かなきゃね。私って、本当に手紙なんか書いたことなくて」


 少女は、手紙に『リーザより』と、書いた。


 「私はリーザ。ええと、あなたは」


 「僕はアポロ」


 「アポロ……素敵な名前ね。よろしくお願いね。手紙を届けてね」


 リーザは微笑む。青白い顔。頬を、朱に染めて。


 アポロは赤くなった。動悸が強く激しくなる。おかしい。こんなことは。


 金髪くるくる巻き毛の天使(エンジェル)は、手紙を受け取ると、飛び立った。これ以上リーザと一緒にいたら、どうかなりそうだった。



 エリクは、リーザからの返事を受け取った。


 「エリクさん、お手紙ありがとう。手紙を受け取ったのは、本当に初めてなんです。あなたが私のことを、愛してくれて、見守ってくれていると知って、思わず涙を流してしまいました。嬉しかったんです。私は一人でこのまま消えてしまうんじゃない、きっと誰かにずっと覚えてもらえるんだって。エリクさん、お願いです。しばらくの間、私と文通していただけないでしょうか。そう長いあいだではありません。私の命の灯は、もうじき消えるのです。ずっと病気でした。身を起こすのもやっとで、空を見上げるだけの毎日でした。でも、それももう終わるんです。お医者様は、散々手を尽くしてくれましたが、これ以上は何もできない、そう言いました。それが運命だ、受け入れよう、そう思ってきました。そこにあなたの手紙が来たんです。ぱっと火花が飛び込んできたようでした。これから、まだ私に何かできるんだなんて。どうか手紙のやりとりをさせてください。お願いします。          あなたのリーザより」


 手紙を読んだエリクは考え込んだ。


 ふと、顔を上げると、郵便配達人の天使(エンジェル)アポロが見つめている。


 「リーザと文通してください。僕からもお願いします」


 郵便配達員の規則について、もう思いっきり、アポロは無視していた。


 エリクはうなずく。


 「ええ、もちろん。喜んで」


 そう長くは無い。いいだろう。この星に止まろう。ここは、とても素敵な星。街並みも綺麗だし、おしゃれな喫茶店(カフェ)もあるし、可愛い郵便配達人の天使(エンジェル)もいるし。


 二人の少女の文通の約束を仲立ちした天使(エンジェル)の美少年は、ぽっと頬を赤く染めていた。



 文通が始まるのだった。残りわずかな期間の。リーザの命の灯が消えるまでの。2人の少女と、1人の翼ある郵便配達人の想いをのせて。




 ( 第14星話 天使の星 後編へ続く )



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