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第13星話 時計のない星   【本格SF】 【文明批評】



 その星で最初に違和感を感じたのは、星庁舎を見た時だった。


 なんだろう。赤いとんがり屋根の塔がある、ごく普通の星庁舎だ。小さな星にちょうど釣り合った、可愛らしい星庁舎。


 でも。いつもどこでもあるものが、ないような。


 エリクは首を振った。この星には初めて来たんだ。他の星と光景と違うのは当たり前。きっとどこかちょっと違うところがあるんだろう。それがひっかかったんだ。大きな違いなら、すぐわかるんだけど。


 

 なかなか雰囲気の良さそうな星だな。


 星都の中心街(メインストリート)を歩きながら、エリクは思う。こじんまりしながらも、綺麗な街並み。そして。街行く人々の表情。すごく穏やか。歩くペースも、ゆっくりだ。誰も急いでいない。心が癒される。


 エリクは街で見つけた感じのよい喫茶店(カフェ)に入った。エリクの好みの、静かで、おしゃれな喫茶店(カフェ)だった。


 テーブルに着く。


 ミルクティーとナッツパイを頼む。エリクの好きなチェリークリームパイは、ここには置いてなかった。でも、ナッツパイも美味しそうだった。


 注文を取るウェイトレスは、とてものんびりして、それでいながら無駄のない動きとハキハキした受け答えだった。ミルクティーとナッツパイですね、はい、承りました。 


 なんだろう。エリクは、まだ違和感を感じた。おしゃれな店内。心地よいサービス。何もおかしくは無い。でも。なにかが、引っ掛かる。


 今のウェイトレス。ごく自然な動きでありながら、あまりもきっちりとしすぎていたような。決められたジグソーパズルのピースを、ピタッと嵌めるみたいに。


 いや。考えすぎだ。ここはのんびりとして、余裕がある。だから、自然に丁寧で、完璧なサービスができるんだ。ただ、それだけのことだ。


 エリクは、改めて店内を見回す。おしゃれで、心地のよい空間。


 あ。さっきからの違和感。その正体に、気づいた。いや、勘違いかな。


 まさか。この星に着いてからの記憶を必死に手繰る。落ち着いた小さな星。しかし、他の星とは、決定的に何かが違っていた。他の星に当たり前にあって、ここにはないもの。それは、まさか。


 ウェイトレスが、ミルクティーとナッツパイを運んできた。丁寧に、テーブルに置かれる。


 エリクは、思い切って訊いてみた。


 「このお店、時計ってないんですか?」


 「ありません」


 ウェイトレスは、ごく自然な笑顔で言った。


 「あの……本当に大した事じゃないんですが、さっき気づいて。ここの星庁舎の塔、時計は無いですよね。普通の星だと、星庁舎が時計塔になっているんですが」

 

 「はい、時計はありません」


 ごく普通の口調で答えるウェイトレス。


 「この星は時計のない星なんです」



 ◇



 「この星には、時計はありません」


 そうだ。思い出した。ふと時計を探しても、この星には、どこにもないんだ。宇宙港(ステーション)にもなかったはずだ。


 でも、時計のない星? 


 「この星中で、時計がないっていうことなんですか? どこにも?」


 「はい。この星には時計はないのです。この星のみなで話し合って、そう決めたのです」


 この星ごと時計がない。それはそれでちょっと凄い話だな。本当なのか?


 不審顔のエリクに、ウェイトレスは、朗らかな笑顔で説明する。


 「この星では、以前は、みんな時計を気にしていました。しょっちゅう街中や自宅の時計、腕時計、携行コンピューターの時計を気にしていたんです。時計とにらめっこする毎日でした。それでも、時間が気になります。いつも時計を見ていても、時間に間に合わせるために、あと5分、あと10分早く行こう。もう5分10分先に着こう。そんなことばかりみんなしてたんです。みんなせかせかして、イライラして、それが限界になったんです。それで、もう時計はやめよう。これじゃ時計を使ってるんじゃなくて、時計に使われてるんだ。時計のない星にしよう。そういうことに話が決まったのです」


 「それで、時計を全部なくした、そういうことなんですか?」


 「はい、その通りです。私たちには、もう時計はありません。なくても大丈夫なんです。時計に頼らない、時計に使われない、時計を追いかけない生活。それを手に入れたんです」


 ウェイトレスはこれ以上なく完璧な笑顔でそう言うと、一礼し、自分の仕事に戻る。


 エリクは、ミルクティーを飲み、ナッツパイを味わう。


 「美味しい」


 ミルクティーもナッツパイも、じんわりとお腹と心に響く味わいだった。


 「時計のない世界でも、ちゃんと人はやっていけるんだ」


 エリクは、考える。


 時計に追われるのは嫌だ、時計に追いつこうとするのは嫌だ、時計に使われるのは嫌だ。時計を忘れてのんびりしよう。それは何も特別な考え方ではない。現代文明人の基本テーマの一つだ。時計に縛られた生活から解放されて、ゆったりとしたスローライフを楽しむ。それはごくごくありきたりな発想だった。普通それはキャンプとか、レジャーとかの間だけのことだった。基本的に人生は全て時計に管理されている。ただ、その時間の一コマを、時計から解放されて楽しむ。それが一般的な〝時計からの解放、時計のない生活〟だった。


 しかし。


 星ぐるみ時計をなくす? 聞いたことがない。そんなことをして大丈夫なのだろうか。いろいろ問題は無いのだろうか。ちょっと大胆過激すぎるように思えるけど。


 でも、ナッツパイもミルクティーも、おいしかった。サービスも文句なしだった。街の人は、のんびり幸せそうにしていた。時計がなくてもここまでできるんだ。意外とやればできるものなのかもしれない。


 エリクもいつしか、穏やかな気持ちに浸っていた。


 本当にゆったりとした時間を過ごしているなあ。時計のない生活って、素敵。


 何気なく、メニューをめくる。


 ふと、目に入った。


 『このグリーンサラダのアスパラガスは、朝6:58採りです。みずみずしさがちょうど良い頃合いに採りました』


 なんだ、これは。


 しばらく考え込む。


 考えてもわからない。うん。別に考える必要は無い。ここではのんびりした時の流れに身を委ねていればそれでいいんだ。エリクは気を取り直しておしゃれな喫茶店(カフェ)を見回す。


 すると。


 壁のポスターが目に入った。音楽のフェスだ。今日あるんだ。人気ミュージシャンが来るらしい。


 『夕方5:17より入場できます。開演は6:23』


 なんだろう。また考え込む。これは、何かおかしいのではないか?


 だが、喫茶店(カフェ)の客もスタッフも、のんびり楽しそうに過ごしている。これはこれでいいのだろう。何の問題もない。


 エリクは、のんびりとパイを食べ、ミルクティーを飲んだ。そして代金を払い、店を出る。


 気になることがあった。星庁舎へ行こう。星庁舎の一般受付は、夕方4:43までだ。のんびり歩いて行って、全く問題ない。


 小さな星都である。周りの景色を楽しみながら歩くエリク。あちこちの看板が目に入った。


 『今夜、19:11より生ビール特盛サービス!』


 『明日の当病院の受付は、14:12までとなります』


 エリクは星庁舎に着いた。赤いとんがり屋根のある塔へは、誰でも、上ることができた。エリクはのんびりカタカタ動くエレベーターで、てっぺんまで行く。


 塔のてっぺん。赤いとんがり屋根のすぐ下。見晴らしの良い窓が四方に開いている。そして、計器類コンピューター類が、ぎっしりと置かれていた。


 「いらっしゃい。お嬢さん。何の御用かな」


 計器コンピューターを、いじっていた男が、エリクに気づき、振り向く。


 「あの、宇宙の旅の途中で、この星に寄ったんですけど」


 「ほほう、観光客かね。この星はどうかな?」


 「はい。とても素敵な星です。ただ、ちょっと気になったことがあって。この星には、時計がありませんよね。ここも、普通なら時計塔なんですが」


 「そうだ」


 男は落ち着き払って答える。


 「ここは時計塔ではない。時間塔だ。そして私は、ここの時間管理人だ」


 「時間塔?」



 ◇



 「お嬢さん、聞いているかな。ここでは、みんなで話し合って、時計のない星にしたんだ。いつも時計とにらめっこしたり、時計を追いかけたり、時計に追いかけられたり、そういうのをやめようってね。で、時計のない星でどうやってやっていくか、星の科学者たちが考えたんだ。そして、この時間管理システムを作ったんだ」


「時間管理システム?」


 「うん。この時間塔で、この星の人たちの生物信号をキャッチし、そして時間信号送ってるんだ」


 「生物信号? 時間信号?それってなんですか?」


 「人間は、気づかないうちに、極々微弱な電気信号を出してるんだ。それが生物信号さ。星中にセンサーをつけてね、その生物信号をキャッチして拾って、データをこの時間塔に集めている。そしてコンピューターで、みんなが次に何をしようとしているか、どう行動するのが合理的かそういうのを全部解析するんだ。その解析データは、みんなにすぐまた微弱な電気信号で送られることになる。これが時間信号だ。ここが星の科学者たちが苦労したポイントでね。みんなが時間信号受け取る時、絶対気づかないようにしたんだ。ほら、通信機器の着信音とか、そういうものを一切なくしてね。ごく自然に時間塔から送られてきた信号を自分の体に組み込めるようにしたんだ。要するに、気づかないうちにみんな自分の行動予定を送ってどうしたらいいかコンピューターに判断してもらい、その結果を受け取っている。そういうことだ。それによって時計を見なくても無駄がなくスムーズで快適に動けるようになった。これが時間管理システムさ。今は、星の科学者たちが交代で、時間塔のコンピューターのチェックをしているんだ」


 エリクは、時間塔を、下りた。


 星庁舎を出る時、赤い屋根の時間塔をもう一度振り返る。


 時間管理システム? それって、時計のない生活じゃなくて、ただ人間が時計になってるだけじゃないの?



 エリクは、おしゃれで落ち着いた街を歩く。そうだ、今日は音楽フェスだった。エリクの行きたいミュージシャンの出演は、20時17分からだ。その前に、ちょっと何か食べていこう。気持ちの良いテラス席のあるレストランで、17時46分から、卵とトマトとハーブの特製サンドイッチの割引サービスタイムが始まるんだっけ。このままこの素敵な街をのんびり歩いていこう。ぐるっと一周すれば、ちょうど間に合う。なにも慌てる事はないんだ。





 星から星へ。


 エリクの旅は続く。


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