第11星話 男だけの星 5
やがて夕暮れとなった。
この星の人工太陽の日の出日没のサイクルは、宇宙の標準時間より、やや早いようだ。ここは電気も、ガス燈も、蝋燭もない。日が暮れたら、完全に真っ暗になるだろう。
男たちは、何やら、揉めていた。耳を澄ますと、どうやら、エリクを誰の家に泊めるかで、揉めているようなのだ。それも、みんなエリクを自分の家に泊めたいと言って争っているのではなく、自分の家には泊めたくない、他の家に泊まらせようとして、押し付け合って、揉めているようなのだ。エリクのことは気になるが、近づきすぎることには、ここの男たちは、極度に恐れていた。
エリクも、男と一緒の家の中に泊まるつもりはない。
「あの、皆さん、私、いつも外で寝るんです。今日はその辺で寝ます。どうか、お気を遣わずに」
にっこりとして、言う。男たちは、ほっと安堵した表情になった。エリクと一泊する。一緒に寝ると言うのは、やはりとても恐ろしいことのようだった。
精悍な若者が、はっとした顔になる。
「わかった。この者は、家というものを知らないんだ。俺達とは、違う」
その言葉に、男たちはみな、おお、という顔をする。なんだか急にみんなエリクに対し、微妙な優越感を示す。
はあ?
何言ってるの?もしかして私が家すら知らないレベルの文明世界から来たとでも?石器時代の一番始原的な? この人たち、私の正体が自分たちよりも原始的な未開生活民だと判明して、ちょっと優越感に浸っているっての?
おいおい。
やめろよ。そんなことあるわけねーよ。私のバンドゥビキニ、おまいらの技術で作れるのか? エリクはいろいろ思ったが、ここでトラブルを起こす必要は無い。特に何も言わなかった。
おかっぱの少年が、集落のすぐ近くの樹に案内する。その大きな樹には、柔らかい木の枝を編んでつくったベッドが、こしらえてあった。風の上での昼寝用なのだろう。
「今晩、私がここで寝てもいいの?」
少年は、笑顔でうなずく。急に、女の子の保護者然とした態度が出てきたような。
もうすぐ、日が落ちる。
だいぶ薄暗くなってきた。篝火というものもない。猪を焼いた薪はとっくに灰となってぷしゅぷしゅいっている。まもなく真っ暗になる。
明日にはここを出ていくんだ。
最後に。
やっぱりちゃんと言っておかなきゃ。伝わるかどうかわからないけど。
エリクは、取り巻く男たちに、しっかりと言った。
「みなさん、今日の歓迎、とてもありがとうございました。感謝します。お世話になりました。私は明日には、ここから、この星から、出て行きます」
男たち、ほっとした表情になった。今まで見た中で、一番嬉しそうな表情だった。エリクの存在。女の子の存在。男たちにとって、大きな負担だったようだ。どういう負担なのか、よくわからないけど。
エリクは続ける。
「私はここを出ていくのですが、みなさんはどうしますか? あの、救援船を呼ぶことも、できるんです。つまり、みなさんがこの星を出て、別の世界に移ることもできるんです。もっと多くの人がいる世界へ。普通に女性と交流できるかもしれません。どうしますか?」
男たちは、しん、となる。いつものように、お互いの顔を見合わせる。
やがて、精悍な若者が言った。この若者が、次世代のリーダー、長老になるんだろう。
「俺たちは、ここを、動かない。ここの暮らしを気にいっている。この世界でずっとやっていく」
予期された答えだった。それならそれでいい。この人たちが決めることだ。
「そうですか。女性のいない世界……それでいいんですね?」
「うん」
若者は、しっかりと言う。エリクと、目があっても、今度はそらさない。これは初めてのことだった。
「お前は女性、なんだね。俺たちは女性というものを知っていた。代々ずっと女性というものについて伝えられてきたのだ。でも、実際に見るのは初めてだ。何が起きるのか、わからなかった。いや、今も何が起きたのか、よくわかってない。お前が来てから……いろいろおかしくなった。俺たちの世界が急に変わってしまった。みんなそわそわして、落ち着かなくなった。呼吸が急に速くなったり、胸がドキドキしたり。そして、自分の身なりとか、他の仲間との見た目の違いとか、もっと自分をよく見せるためにはどうしたらいいかとか、そんなことを考え出し始めた。おかしいんだ。今までなかったことだ。いったい、どうなってしまうんだろう……このままでは、伝説のようになってしまうのではないか、なんだか、みんな不安になった。だから、お前がここを立ち去ると聞いて、安心した。女性……それは、俺たちにとって、どうしても受け入れられないんだ。交流がなくても、いい。むしろ、そうでなければならない」
「そうですか」
エリクは考える。エリクを見つめる男たち。みんな真剣な目をしている。男たちの思いはみんな同じなんだ。ただちょっと、引っかかった。
「あの、伝説って何ですか?」
精悍な若者は、長老を見る。
「そろそろ話しても、いいのではないですか?」
「うむ。いいじゃろう」
長老は、静かな眼でエリクを見る。そして、重々しい口調で語り始めた。
「この星に、わしらの先祖が辿り着いた時、そこには1人だけ女がいたのじゃ。名はヘレン。絶世の美女だったと聞く。ところが、その女をめぐって、男たちが争いを起こしたのじゃ。多くの血が流された。ほとんどこの星が滅びそうになったのじゃ。やっと生き延びたご先祖は、もう二度と女をめぐって争う事は無いように、女のいない星にしよう、そう決めたのじゃ。それ以来、この星には、女がいないのじゃ。ずっと男だけでやってきている。だから、そなたも明日には立ち去って欲しい。また、わしらはわしらでやっていく。この話は、山の向こうにあるわしらの聖地に、しっかりと記録してある」
長老は、言葉を切った。エリクは、少しの沈黙の後、訊いた。
「あの、その絶世の美女、ヘレンという女性は、どうなったのですか?」
「わからないんだ」
精悍な若者が言った。長老も黙っている。
「本当に知らないんだ。聖地の記録にも、何も残ってなくて」
「そうですか。ここが男だけになった事情は分かりました。それでその、どうしてもわからないんですが、あの、みなさんはどうやってここで生まれたんですか?」
禁忌かもしれない。でも、訊かずにはいられない。
「大地から生まれたのじゃ」
長老はきっぱりという。
「明日、その儀がある」
大地から生まれた? その儀? しかし、それ以上話すことは無いようだった。
◇
日が暮れる。人工太陽は、沈んだ。
完全な暗闇となった。樹のベッドに寝るエリク。梢の上に、星がチカチカと光っているのが見える。
ガサッ、
音がした。振り向く。
おかっぱ頭の少年がいた。少年は、手にしたものを、エリクに差し出す。
なんだろう。受け取って星明かりを頼りに見ると、花だ。
夜来香。濃く甘い香りが漂う。エリクは、クラクラする。
少年は、去っていった。
エリクは、花を頬に、押し当てる。濃く甘い香りは、いつまでも漂っていた。
◇
空に青が差す。
まだ日が昇る前。
男たちは、草葺の家から出てきた。
エリクは木の枝のベッドの上で、トロトロとしていたが、
「来るんだ。お前は、知りたいんだろう?」
精悍な若者に、呼ばれた。
なんだろう。集落の男たちが全員、槍を持って、真剣な顔で歩き出した。エリクもついていく。もうここは出ていくけど、最後に何か教えてくれるというなら、知りたい。ひょっとして猪狩りか?
集落から森の奥へちょっと行くと、また開けた場所があった。
そこには、大人の背丈の2倍位の高さの筒状のカプセルがあった。カプセルの中は、白い液体がボコボコと泡立ち、台座には複雑な計器類があった。
みんなカプセルの前に立つ。
「そろそろよかろう」
長老が言うと、精悍な若者が、カプセルの台座のボタンを押した。
カプセルが、開いた。白い液体が、流れ出す。
液体が流れ出た後のカプセルの中には。
人間がいた。
男性だ。10代後半くらいの少年。何も身につけてはいない。全裸だ。
カプセルの中でうずくまっていた少年は、目の前のみんなを見て、目をぱちくりする。そして立ち上がり、ゆっくりと歩き出し、カプセルの外へ出る。
男たちは笑顔で少年に殺到する。少年に腰蓑を巻き、肩に毛皮を掛ける。男たちはみんなうれしそうに、少年を抱いたり、肩を叩いたりしている。少年も笑顔を見せる。少年は髪は黒いが、肌は白かった。これから日焼けして赤銅色になるのだろう。
「大地より新たに生まれし我らの仲間に、祝福あれ」
長老が唱える。男たちは、皆、槍を突き上げ、同じ言葉を唱える。
生まれたばかりの少年は、1つくしゃみをする。
エリクは、じっと見守っている。
クローン再生装置だ。なるほど、これが女性がいなくても、男だけで何世代もずっとやっていける秘密か。みんなの顔が驚くほど似通っている理由もわかった。この人たちは、クローンなのだ。
◇
「エリクーっ!」
ストゥールーンが飛んでくる。クローン再生装置の前に、着地する。
ハッチが開き、エリクの相棒の箱型ロボが飛び降りる。このロボも、船の簡単な操舵ならできるのだ。
「もう、心配したよーっ! 何してたのーっ! 必死になって修理したんだからーっ!」
ロボは、エリクの胸に飛びついてくる。少女は、相棒をしっかりと抱きしめる。
「ふふ、私は大丈夫だよ」
夜のうちに、超駆動の力は完全復活していた。だから光の気で飛翔してストゥールーンに戻ることができたのだが、もう少しここの人たちのことが知りたかったのだ。襲われる危険がない事は、わかったし。
「あの、みなさん」
生まれたばかりの少年を取り巻いてこっちを不思議そうに見ている男たちに、エリクは船を指して言う。
「私はこの船に乗って、星を出ます。本当にどうもありがとうございました。最後に、その機械をちょっと調べさせてもらってもよろしいでしょうか?」
長老がうなずく。
エリクは、クローン再生装置に、万能検査機を抱えたまま、近づく。箱型ロボは、右手を機械に押し当て、透査する。
「だいたい、わかったよ」
相棒は透査を終えた。エリクはうなずく。そして、船に乗り込んだ。
「それじゃあ、みなさん」
エリクは、男たちに手を振る。男たちも、笑顔で、槍を高々とかざす。生まれたばかりの少年は、目をぱちくりしている。
ヘレン星の住人が、船とロボをどのように理解したのか、エリクにはわからない。しかしみんな、エリクが、この星を去ること、そして自分たちがこの星に残ることに、満足している。それは伝わってきた。
エリクはハッチを閉め、船を発進させた。銀色の機体が、軽やかに舞い上がる。
たちまち、男たちも、クローン再生装置も、集落も、小さくなった。
◇
「この星の住人に、歓迎されてたんだ」
「みんなクローンなんだね」
「ねえ、万能検査機、あなた、クローンって言ってなかったじゃない。人間の反応があるって言ってたよね」
「遠くからじゃわからないよ。よくできたクローンと人間の区別は無理だ。でも、クローンだとかなり話が厄介だね。あのクローンたちは、相当昔にここにきたんだね」
「うん。でも、救援船はいらないって。そっとしておけば、それでいいから」
「そうなんだ。そのほうがいいね」
「ここから脱出のタイミングは?」
「それがもうOKなんだ。今日から2日間くらいは、宇宙嵐が弱まって、凪になる。すぐ脱出できるよ。ほんとに幸運だね」
「そっか。じゃぁ、この星を去る前に、最後に、この山の向こうにある聖地ってとこに行ってみるよ」
「聖地?」
「うん。あのクローンの人たちの、聖地」
山を越えると。聖地はすぐ見つかった。
大型の宇宙船だ。
エリクは、万能検査機を抱えて、ストゥールーンを降りる。
緑に覆われた古い宇宙船。すっかり崩れ落ち、内部がむき出しになっている。完全に緑に埋まってないのは、時々クローンたちが来て、ここの手入れをしているんだろう。彼らの聖地なのだ。
内部に入ってみる。計器類コンピューターは、完全に死んでいた。
「何かわかるかな」
ご主人様の問いに、箱型ロボは短い手足を動かして、ごそごそと探す。
「あった」
銀のカードを取り出す。
「この船の記憶媒体だ」
「読み取り解析できる?」
「やってみるよ」
記憶カードを手に、万能検査機は電光板を赤と黒にチカチカと点滅させる。
「事情は全部わかったよ」
「教えて」
「うん。あのクローンたちは、農業労働用クローンだったんだ。輸送船で宇宙を航行しているときに、宇宙嵐に呑まれた。そして、ここに運良く不時着できたんだね。輸送船に、クローン再生装置が積み込んであったから、自分たちでクローンを作って、代々ここで暮らしていたんだ」
「農業労働クローン? じゃ、それ、相当昔の話だね」
クローン技術の進歩は、人類に大きな課題を突きつけた。精巧な人間の複製ができると、複製人間をどう扱うべきか? 倫理的社会的政治的な問題となったのである。人間そっくりの複製に、人格は認めるべきなのか? 物や道具、ペットとして扱っていいのか? 悩ましく、正解の出ない問題だった。
結局、長い議論の末、人間の複製の作成は、全面的に制限禁止されることとなった。現在では、複製人間作成技術は星系連合事務局が独占封印し、特別な許可を得てのみ開発研究が許されることとなっていた。
このヘレン星の男たちは、規制の緩かった時代の複製人間の子孫なのだ。
「びっくりだね。宇宙の片隅で、複製人間が自分たちで複製人間を作りながら、生き延びていたなんて」
エリクは、山の向こうを振り返る。相棒のロボは腕組みする。
「星系連合事務局に連絡すれば、あのクローンたちは、保護をしてもらえるけどね。ま、必要ないか。でも、あのクローン再生装置も、そろそろ耐久年数を超える。あと何世代かすれば、ここは無人になるね」
「そっか。それなら、最後まで、あの人たちはここでのんびり過ごせたらいいね」
エリク、長老の話をふと思い出す。
「そういえば、ここにヘレンていう美女がいたっていうんだけど、本当なのかな。それについて何かわかる?」
「あぁ、それね。クローン再生装置を調べた時も、気になってたんだ。あの装置も、結構いろいろバグがあってね。クローン製造ってのはなんだかんだ難しいんだ。完璧にはいかないんだよ。この宇宙船に、古い映画のフィルムが積んであった。そのデータが不時着事故の時、クローン再生装置の記憶システムに、混入しちゃったんだ」
「どういうこと?」
「その古い映画っていうのはね、トロイア戦争をテーマにしたものなんだ」
「トロイア戦争? えーと、それ確かすっごい昔のやつだよね」
トロイア戦争。先宇宙期の人類の知的記録文化遺産の最古層に属する神話伝説である。絶世の美女ヘレンをめぐり男たちが大戦争をし多くの血が流される。そういう内容であった。昔から非常に人気があり、繰り返し映像化されていたのである。
エリクは、山の向こうを見ながら、亜麻色の髪を撫ぜる。
「そういうことか。映画のフィルムのデータがクローン再生に紛れ込んで記憶混淆して、ありもしない伝説を作ってたんだ。あ、でも、私がここに来たことで、本当に男たちの戦争になるところだったんだよ」
「そうかな。あのクローンたちは、君のことを追い出したがってたじゃないか。昔の人類より、賢いんだね。あ、単純にいって、君がそこまでの絶世の美女っていうわけじゃないからーー」
「バラバラにしてやろうか?」
ストゥールーンは飛び立った。最後に、もう一度、クローンの男たちの集落の上空を旋回する。
探査画面に映る集落。男たちは、新しい仲間の少年を囲んで、槍を突き上げて踊っていた。エリクがいなくなったことで、のびのびと朗らかでとても楽しそうだった。エリクに夜来香の花をくれたおかっぱの少年も、満面の笑顔だった。
男たちは、ずっと女性であるエリクに惹かれながらも、怖れていた。映画と現実が記憶混淆したから、だけなのだろうか。
男性が女性を前にして、そわそわして落ち着かなくなったり、呼吸が急に速くなったり胸がドキドキしたり、自分の身なりとか、仲間との見た目の違いとかを気にしたり、もっと自分をよく見せるためにはどうしたらいいか考えたりするのは、危険なことなのだろうか。
「やっぱりずっと続けてきた生活を守りたいんだね。これまでクローン再生でやってきたわけだし。じゃ、万能検査機、私たちも、これまで続けてきた生活、元の世界に戻るよ」
ストゥールーンは、全力でヘレン星から飛び立つ。そして、凪の宇宙嵐を一息で突破すると、通常の宇宙空間に出た。
「やったーっ!」
エリクは万能検査機を抱えて叫ぶ。
いつもは退屈な無機質な星々の光も、懐かしく、いとおしく思える。
「全力スピードなら、次の星まで丸一日で行けるよ」
ロボがいう。
「わかった。飛ばすからね」
ストゥールーンは、宇宙を疾駆する銀の矢となった。
それにしても。
エリクは考える。
あのクローンたちは、いったいなぜあの星をヘレンと名付けたのだろう。
やっぱり。どこかで女性と繋がっていたかったのかな。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




