第11星話 男だけの星 4
宇宙嵐の吹き溜りの中の小さな星にあった、謎の集落。
毛皮を羽織った白髪の長老は、しっかりとエリクを見据えて言った。
「そなたが、この星に落ちてきた光か。じゃが、光が落ちたのは向こう岸じゃ。見つけたのはこっちの岸なのじゃな?」
「向こうに落ちて、跳ねて、こっちに飛んできた」
精悍な若者が言う。男たちはみな、なるほど、そういうことか、これで納得だというような顔をした。
落ちてきた光?こっちに跳ねてきた? なんか微妙に違うけど。エリクは、必死に考える。いろいろ噛み合ってないけど、ちょっと話が通じてきたみたい。
「私、エリクです。空からこの星に来ました。ええと、皆さんは、いつからここにいるんですか? どうやってここに来たんですか?」
何とか通じそうな言葉を選びながら話す。
「わしらは、みな、ここで生まれたのじゃ」
長老が言った。
エリクは黙る。ここで生まれた?それが本当なら。この人たちは遭難者じゃないんだ。どういうこと?
エリクは必死に考える。ここは宇宙嵐の中。奇跡的に吹き溜りに取り込まれて消滅を免れている人工改造星、元は高級別荘地の星だったはずだ。こんなところで生まれた? ここで住人が世代交代してる? それってつまり。人が住んでいた高級別荘地が、いきなり宇宙嵐に呑み込まれて、ここに来たってこと?それとも宇宙船が遭難してここに不時着して、ずっと脱出できずにここの住人となって世代交代したとか?
それと。ここでみんな生まれた。なんであれ、ここで世代交代している。それなら。重大な疑問が生じる。
「あの、みなさん、ここに住んでる人は、みなさんだけですか? 他に、女性とか子供とかいないんですか?」
男たちは、お互いの顔を見つめ合う。
「ここの住人は、わしらが全てじゃ」
長老が、キッパリと言った。
「……で、みなさん、全員ここで生まれた、そういう話なんですよね? その、どうやって……いったいどのくらい前からここに住んでるんですか? 以前は、女性もいたんですよね?」
今、この星の住人は男だけ。でも、少なくともこの人たちを産んだ女性はいたはずだ。いったいどうなったのか?エリクは妙に寒気がした。
「遠い昔から、わしらはここにいる」
長老は断言する。男たちも、みな、うなずく。
「で、女性は? 女性はどうなったんですか?」
「いない。ずっといない。我ら男だけじゃ。男だけで、ずっとここで暮らしてきた。この星を守ってきたのじゃ。いや、この星の始まりには……」
長老、いいかけて、やめる。
「女はいない。わしら、男だけじゃ」
エリク、黙りこむ。もうわけがわからない。この星は大昔からずっと男だけで続いてきた? 何を言ってるんだ? しかし、この問題を詳しく突っ込むのは禁忌のようだ。
長老は続けた。
「客人よ。この星に客人が来るのは初めてのことじゃ。歓迎しよう。ようこそ、ヘレンの星へ」
「ヘレン?」
「この星の名は、ヘレン」
食事の準備が始まった。
男たちは、忙しく動き始める。手慣れているようだ。草葺き屋根に吊るしてあった猪を、石のナイフで皮を剥ぎ、石の包丁で肉を切っていく。まな板も石だ。
エリクは、土の上に座って、観察している。とりあえずお客様扱い。ややマナーが悪いが、客人をおもてなしすることができるんだ。安心していいだろう。
ここは石器時代文明のようだな。金属製品は無い。道具は石。槍も石槍だった。尖った石を、穴を開けた木の棒に、縄で縛りつけただけ。
石斧、石の包丁、石のナイフ、石針、そのくらいの道具があれば、この世界は作れるみたい。後は草と木。草を編んで縄を作って、腰蓑を作って、伐った木を組んで縄で縛って草で葺いて家の出来上がり。ちょっと観察しているだけで、ここの技術の全貌はわかる。まぁ、わかりやすいというのは、それはそれでいいことだ。長老の毛皮の肩掛けも、雑に切った毛皮に石針で穴を開けて、縄で縛って止めて作ったものだろう。機織りとかの技術もないんだ。
男たちは、切った猪の肉を、木の串に刺すと、広場に組んだ薪の上で、じっくりと焼く。火種はキープしてあるらしく、奥から持ってきた。火を起こすのも、原始的な作業でやるんだろう。
肉が焼けた。男たちが、まず、長老のところに、そして次にエリクに焼けた肉を持ってくる。地に敷いた大きな葉の上に盛る。
「客人よ。どうぞ。我らのもてなしじゃ」
長老の声に、エリクはフォーク代わり二本の木の枝を肉に突き刺し、かぶりつく。この星に着くまで、全力超駆動したり、湖を疾走したりして、結構働いて動いたけど、何も食べてなかった。急に空腹を覚えた。
「うーん、おいしいです」
がんばって全力笑顔を作る。
正直言って、調味料ゼロの焼けた肉は、エリクの感覚では、ものすごくおいしいというものではなかった。しかし肉質がすごくよかった。肉はあくまでも柔らかく、ジューシーであった。焼き加減が良いのかもしれないが、もともとの猪の素材が良いのは、間違いなかった。
そうだ、ここは高級別荘地の人口環境なんだ。この猪も、あのイルカと同じで、狩猟用レジャー用に、開発改造して、ここの生態系に組み込まれているんだ。高級別荘地の住人が、気軽に狩猟して料理して、贅沢なスローライフを体験できるように。
結局、この人たちは何なんだろう? 何度目かだけど、エリクは考える。
ターザン倶楽部とかではなさそうだ。では、なんだ? 石器時代スローライフな男たちの会。そういうことか? 未開生活と言うのは、いつの時代でも、文明人の憧れだ。未開生活を売りにしたレジャー施設やキャンプ星は、いくらでもある。もっとも未開生活といっても、快適で便利な生活が行えるよう、95%は、科学技術で支えるのが普通だ。文明に慣れた現代人には、完全な未開生活は耐えられない。この男性たちは、服は腰蓑しかつけないという強硬なスローライフ派なので、女性に避けられ、男たちだけの会になったのだろうか。そして、自分たちで別荘星を買って、自分たちの未開生活を楽しんでいるときに、運悪く宇宙嵐に呑み込まれて……
しかし。
それだと、男たちだけで、何世代もここに住んでいる、そこの説明ができない。やっぱりわからない。女性のいない、男だけの星。
へレン。
そういっていた。この星の名。女性の名前のように思えるけど。
がんばって猪の肉をあらかた食べたエリク。
ちょっと喉が渇いた。ドリンクが欲しい。でも。ここには、食器や壺といったものがない。土器もないんだ。土器の無い石器文明。これは石器文明の、第何段回目になるんだろうか。かなり原始的な段階には違いない。
水とかどうすんだ? 桶も見当たらない。
すると。
おかっぱ頭の少年が、皮袋を持ってきた。受け取ってみると、
「あ、水だ。ありがとう」
獣皮に石針で穴を開けて、縄で縛ってまとめただけの超原始的な皮袋だが、水が入っている。なるほど、汲んだ水をここに入れてぶら下げておくんだ。あの綺麗な湖で汲んできたのかな。
エリクは、皮袋に口をつけて、ごくっと飲む。
「ぐはあああっ!」
思わず吐き出しそうになった。しかし、おもてなしされている手前、必死に堪える。
生臭い! 獣の生の匂いと、血の匂い? 獣皮を剥いで洗って干して縛って袋にしただけだから、獣の強烈な匂いが水に染み込んでいる。
やばい。必死に呑み込んだが、エリクは青くなったり赤くなったりする。胃が、きりきりとする。周りの男たちは、普通に皮袋から水を飲んでいる。全然これが平気らしい。恐ろしい。石器時代スローライフな男たちの会、なかなか敷居が高いぜ。
しかし、余計に綺麗な水が欲しくなる。
おかっぱの少年に、水場ってないの? と聞くと、集落のすぐ脇に、連れて言ってくれた。泉が湧いていた。綺麗な水だった。エリクは、夢中でうがいして、ガブガブ飲んで、生臭さを消し飛ばす。絶対消しとばないけど。取りあえずほっとした。なんだ。水場があるなら、最初からちゃんと言ってくれればいいのに。そうすればあんなやばいもの飲まなくてすんだ。あの感覚は、一生忘れられそうにない。高級快適な人工環境星。きれいな泉の水場も、あちこちにあるんだろう。
中央広場に戻る。
男たちは、ワイワイ楽しく焼いた肉をほおばっている。
精悍な若者が、木の笊に盛った果物を持ってきて、エリクに勧める。
「あ、無花果!」
デザートがあるんだ! 少女は、目を輝かせて、赤みがかった実にかぶりつく。
「美味しーいっ!」
歓喜に浸る。本物の味だ。この果物なら、普段から調味料なしで食べるから、ものがよければひたすらおいしい。ヘレン星の無花果、甘くとろけるようだった。男たちは、山盛りの無花果を美味しそうにほおばっている。これもこの星の人工生態のプログラムに組み込まれているのかな。農業とかはやってないようだ。狩猟採集だけで、一応のものは手に入るんだ。
「ごちそうさま。ここは素敵な星ですね」
エリクは、獣臭水の事は差し引いて、精悍な若者に言う。若者はエリクが食べるのを、じっと見つめていた。その目線はやはりエリクの胸や腰に集中しているようだった。この若者だけでなく、食事の間もずっと、最初からと同じ調子で、みんなエリクのことをジロジロチラチラ見ていた。エリクは、もう気にしていなかった。足を組み変えたりするときは、ちょっと気にするようにしていたけど。
そういえば。この星には男だけしかいない。みんなここで生まれた。外からお客が来たのは初めて。この情報を総合すると、この人たちは女性というものを今日初めて見たんだ。それでなんだか、妙な様子なのか。確かに女性に対するマナーを学ぶも何もないんだ。そもそも、女性とは何か、わかっているのだろうか。
精悍な若者は、この星を褒められてにっこりとしている。エリクは訊く。
「あの、ここの暮らしはどうですか?」
若者は、ちょっと何を言ってるのかわからない、と言う顔をする。
「ううんと。ここの食べ物って、簡単に手に入るんですか?」
若者は、やや真面目な顔になる。
「俺たちは、みな、この大地に生きている。大地は厳しく、そして、恵み深い」
ターザンぽいことを言った。
「朝、星が赤らむ、俺たちは起き出して、山に入る。日が山の頂を過ぎる前には、猪を狩る。そして感謝する」
うーむ。要するに、夜明け前に起き出して、少し山の中を歩くと、猪が狩れるんだ。あんまり厳しい世界ではなさそうに思える。
「猪、どんどん増える。森を食い荒らす。俺たちだけじゃ、獲り尽くせない。森が毒を持つ。猪が死ぬ。また元に戻る。無花果は、いつも同じ。採った数だけ、また実る」
この星には、快適人工生態系を維持する永久機関が、ずっと機能してるんだ。大気も、水も、緑も、猪も、無花果も、一定数になるよう調整されてるんだ。猪が増えすぎると、猪の食べ物に毒が含まれるようになるなんて。きっちり管理されすぎてる感がある。ま、小さな星の生態系なんて、強力に人工調整しなきゃ、すぐ破綻するよね。
「ふうん、なかなかよくできた星ですね」
エリクは、がんばって笑顔をつくって、肝心なことを訊く。
「あの、皆さん、ずっと男だけなんですよね?女性、女の子のことはご存知ですか?」
若者は、はっとした顔になる。そして、向こうへ行ってしまった。
やっぱり微妙に話が通じない。いや、通じてるのかな。
長老が、エリクを呼んで、脇に座らせた。男たちは、長老とエリクを取り巻き、槍を持って、踊りだした。踊りながら、ゆっくりと周っていく。みんな、大声で歌う。槍を突き上げ、大地を足で踏み鳴らし、力強い歌と踊りだった。
「これも私の歓迎なんですか?」
エリクは、長老に聞く。
「これはいつもやってるのじゃ。大地に感謝を捧げるのじゃ」
長老は、エリクの胸の谷間を見つめている。いい齢の長老も気になるんだ。でも、目が合うと、慌てて向こう向く。みんなずっと、同じリアクション。
女と子というものに初めて出会った男たち。こういうものなのか? この対応は、合格なのか? 点数をつけるなら、何点くらいなんだろう?
(第11星話 男だけの星 5 へ続く)




