第11星話 男だけの星 2
「うげげ」
操縦席の中。やっとのことで、エリクは身を起こした。万能検査機はエリクの膝の上で、目を回している。
星の地表に激突する直前、ギリギリの操舵で、エリクは機体を反転させ、直撃衝突は、免れた。それでもものすごい衝撃だった。ストゥールーンは、地表を転がり、滑走した。激しい振動。船には自動衝撃緩和装置が付いているのだが、それでも体に応えた。
「うぐぐ……体が痺れる……でも、ああ、生きている。生きてるんだよね。ここは天国とかじゃなくて」
座席に凭れ、空を仰ぐエリク。
透明なハッチ越しに青い空が見えた。柔らかい光が降り注いでいる。懐かしい風景。
「エリク」
膝の上の箱型ロボも、やっと意識を取り戻す。
「よくやった。助かった。ハッチ開けていいよ。ここは人工大気がある。この星の地表は、人間居住環境に整備されているよ」
ハッチを開ける。新鮮な空気が流れ込んできた。
柔らかい光と風。
エリクは万能検査機を抱えて、大地に飛び降りる。一面の緑。草が風にそよいでいる。目の前に大きな湖があった。遠くの対岸には大きな山があり、その麓には鬱蒼とした森が見える。
「なんだろうね、この星。とりあえず、気持ちいい空気だね」
エリクは箱型ロボを草の上に置くと、大きく背伸びし、深呼吸する。万能検査機もうちょこちょこ歩き回る。この箱型ロボには、短い手足がついているのだ。
「エリク、あれをご覧」
万能検査機が、青空に浮かぶ小さな光る球体を指差す。
「人工太陽だ。間違いない。この小さな星は、人間の別荘地として開発改造されたものだ。最低限の大気、水、緑、生態系がある。あの人工太陽は周辺から物質を吸収して燃料にする永久機関だね。高性能の循環機関があるから、ここの環境は、手入れ管理しなくてもずっと保つんだ」
「宇宙嵐の中のゴミ溜めに、別荘地の星?」
「ゴミ溜めじゃなくて、吹き溜りだよ。もともと宇宙嵐の中にあったんじゃなくて、どこかで造って棄てられた別荘星が漂流して、宇宙嵐の中に取り込まれたんだろうね。それでそのまま吹き溜りに流れてきた。それとエリク、向こうに」
万能検査機は、湖の対岸の山の麓を指差す。
「人間の反応がある」
「人間!? どういうこと? ここ、宇宙嵐の中なんでしょ?」
「わからない。僕たちと同じように宇宙嵐に巻き込まれて、この吹き溜りの中に運良く不時着した。そうじゃないかな。それ以外考えられない」
「ふうん。同じ遭難者か」
エリクは、額に手をかざして山の麓を見つめる。だが、人影はもちろん見えない。
「じゃあ、会いに行かなくちゃね。不時着した遭難者だとして、向こうの宇宙船はダメになってるかもしれない。それなら、私たちがここを脱出してから、救援船を呼ばなくちゃいけないし」
「うん。とりあえずストゥールーンの整備をしなくちゃ。さっきの激突の衝撃で、あちこちの機関が痛んでいる。まだ、まともに地表飛行もできないよ。そして船が、立ち直ったら、宇宙嵐の状況を観測する。今は、プラズマ直撃の影響もあって、最大級に荒れ狂っている。でも、やがて落ち着いて静かになると思うんだ。1番脱出しやすいタイミングでここを飛び立つ」
「どれくらい時間かかるかな」
「ストゥールーンの修復整備に2 〜3日、宇宙嵐が落ち着くのは、まだ正確にわからないけど、3日後かもしれないし、1ヶ月後かもしれない」
「そっか。じゃ、万能検査機、まずは船の整備をお願い。船が直ったら、向こう側にいるっていう人間を探しに行って、事情を聞く。それでタイミングを見て私たちは脱出して、救援船を呼ぶなり何なりすればいいわけね」
「そういうことだね」
「じゃぁ、早速船の整備をお願い」
万能検査機はうなずくと仕事に取り掛かる。船の簡単な修理整備なら、この箱型ロボでもできるのだ。ロボは忙しく働きだした。
◇
エリクは、湖の畔で、ゴロンと横になっていた。本当に気持ちがいい。星の人工大気が人工太陽の光を青く反射し、荒れ狂う宇宙とは別世界を作っていた。
湖も。
澄みきった水。キラキラ光る水面。
エリクは起き上がった。こうしているのはもったいない。
少女は、ブラウスのボタンを外しはじめた。
「何してるの?」
後ろから、万能検査機の声。
「水があんまり気持ちよさそうだから。ちょっとひと泳ぎしようと思って」
「あの、まさか、裸で?」
「うん。何か問題あるの?」
万能検査機は赤くなった。エリクは自分のロボの前で平気で脱いだり着替えたりするのだが、多感な♂のロボとしては、目のやり場に困るのである。
「あの、だめだよ。湖の反対側に、人間の反応があるって、言ったじゃない」
「対岸でしょ? ずっと遠くじゃない。見えないよ」
「ひょっとして、高性能な望遠鏡とか持っているかもしれない。僕たちが不時着したのは、向こうだって気づいてるかもしれないし。こっちに捜索隊が来るかもしれない」
「そう? 心配性ね。でも、それもそうかな」
エリクは、船に戻ると水着を取り出し、船の陰で着替え始めた。
「これでいいんでしょう?」
水着姿のエリク、青空の下、柔らかい光の中、ポーズをとる。
上は真っ赤なバンドゥビキニ。エリクの胸は、決して豊満と言うわけではなくグレープフルーツ級だが、それでも膨らみが布地から零れる布地面積でしっかりと谷間を見せていた。下は青と白のストライプ。こちらもきわどく布地面積を削っている。黒のTバックのインナーショーツをずらして履いて、しっかりと見せている。さらに水着の上から黒のガーターベルトをして、左太腿には、耐水性のピンクのガーターリングをしていた。
「どう?これ着るの初めてなんだけど、なかなかいいでしょ」
万能検査機、無視する。ご主人様の方は見ずに、必死に船の整備を行っている。
「ほんと、機械いじりが好きな子なのね。じゃ、私、泳いでくるからね。もし誰かきたら、声をかけてね」
そう言って、湖に向けて駆け出し、飛び込む。
「気持ちいい! 最高!」
湖は心地よく冷たかった。水はどこまでも澄んで綺麗だった。エリクは満ち足りた面持ちで、泳ぐ。ここはきっと高級別荘地として開発改造された星に違いない。最高のリゾートの環境が自動で維持されているんだ。とんでもないものが、宇宙嵐の中に落ちているものだ。どこに何があるか本当にわからない。
「あー、もう、ずっとここにいてもいいかも! リゾートが無料なんだもん」
あれ。
誰かがエリクの腕を掴んだ。
「なに? 君、え、イルカ?」
イルカだった。湖水の中から現れたイルカがエリクの右腕を咥えているのだ。人懐っこい瞳をしている。
「この湖、イルカがいるんだ」
湖は淡水である。イルカはもともと海の獣だ。きっと生命工学で改造して、淡水用に改造したんだ。
イルカは、クイクイと、エリクの腕を引く。
「なに、一緒に遊びたいの?」
高級別荘地の湖の改造イルカだ。人が来ると寄ってきて遊ぶように設計されてるんだろう。
「キャハハ、可愛い!」
エリクは、イルカの額をつんつんつつく。
と、
ガブッ、
イルカが、エリクの肩まで思いっきり咥え込む。
「キャッ!」
エリクは叫ぶ。
「あ、ねえ、ちょっと痛いよ。そんなに強く噛んじゃだめ」
言ってみるが、イルカの耳には入らない。
突如、猛スピードで、エリクの右腕をしっかりくわえたまま、海の獣は沖に向かって泳ぎだした。
「キャーッ!」
エリクは悲鳴をあげる。何?何なの?とにかくこのままじゃ右腕が抜けちゃう。エリクはしっかりとイルカにしがみつく。湖水を白く波立てて疾走する。
「エリクーっ!」
後ろから、相棒のロボの声が響く。
◇
とうとう。
対岸に着いた。対岸で、やっとイルカから解放されたエリクは、フラフラと湖の畔の草地へ這い上がる。
イルカは、湖水に浮かんでしばらくつぶらな瞳でエリクを見ていたが、やがて背を向けて、去っていった。
「何なの、これ」
エリクはぜえぜえと息をしながら、草の上にペタンと座り込む。
自然界の生物としては、ありえないことだ。やっぱり遺伝子改造生物なんだ。どんな魔改造してるんだ? それとも、この別荘星が持ち主に捨てられてからもずっと独自に湖で進化を続け、バグっておかしくなったのかな。
見た目は可愛いかったけど、やばい。まぁ、そういうこともあるんだ。気をつけなくちゃ。
エリクはやっと、一心地つく。
「あ」
湖の対岸まで来ちゃった。目の前に高い山が見える。森が近くに迫っている。対岸から見えた景色だ。
どうしよう。ストゥールーンは修理中だ。すぐに迎えには来れないはずだ。広い湖、泳いで帰るのは、さすがにちょっと。エリクは、澄んだ湖面を見ながら考える。
ざわざわと。
森の樹々が揺れた。
エリクは振り返る。
森から人が現れた。
◇
男だった。
間違いなく、人間の男。
5人、6人、…… 10人。合計10人の男が現れた。
みんな、黒髪に黒い瞳。赤銅色の肌をしている。よく日焼けしているようだ。そしてみんな、腰布1枚。裸足だ。手には、槍を持っている。
10人の男が、エリクを取り囲んだ。
これが万能検査機の探査に引っかかった人間なんだ。
男たちに取り囲まれた、きわどい水着姿のエリク、ゾワっとなる。
(第11星話 男だけの星 3 へ続く)




