第10星話 錬成師の星 【待望の巨乳美少女登場】
「キャーッ!」
エリクは悲鳴をあげ、必死に操舵管を切る。小型宇宙船ストゥールーンが急旋回する。
「なに、いったい何なの!」
信じられなかった。
目の前に現れたのは、超巨大四足竜。太古に雷竜と呼ばれた大型恐竜に似ている。中規模の有人星の星庁舎を軽く踏み潰しそうな大きさと重量だ。ずんぐりした四肢に、長い胴、ビュンビュン鋭く振る太い尾。そして長い頸をもつ頭は、3つだ!
3つの頭の巨大四足竜。赤い6つの瞳が、エリクをにらんでいる。来客を歓迎しようという雰囲気ではない。いや、それどころか。その口が、くわっと開くと、高エネルギー粒子の束を、吐き出した。
「危ないっ!」
3つの口から、3本の高エネルギー粒子の束が吐き出された。エリクは愛機ストゥールーンを回転飛行させ、かろうじて躱わす。
ものすごいエネルギーの束だ。超高温高密度に圧縮して撃っている。一発でも当たったら、完全にアウトだ。あれはもう、エネルギー粒子砲だ。凄まじい破壊力。
「ね、ねえ、ちゃんと通信したんでしょ?」
「したよ」
狭い1人乗り船ストゥールーンの操縦席。座席の脇に置いた黒い箱型ロボ、エリクのおしゃべりな相棒万能検査機がいう。
「星の成層圏の上で、ちゃんと着陸信号を出した。それに対し、誘導信号が返ってきた。歓迎しますって言ってきたよ」
「これが歓迎? 私を殺そうとしてるように見えるけど」
「ファーリンはお茶目だからねえ」
ファーリン。この星に住む錬成師である。
17歳の少女にして宇宙の旅人エリクは、錬成師ファーリンを訪ねてこのダイダロス星に来たのだった。星の住人は、ファーリンただ独り。その名を全宇宙に知られた錬成師であるファーリンは、巨大な岩山をくりぬいて造ったドームに住んでいる。岩山のドームは、ファーリンの城であり、要塞であり、工房であった。
エリクは自分の船や箱型ロボやなにやらの整備のために、たびたび腕利き錬成師の家を訪ねていたである。
今日も、いつものようにダイダロス星に来て、到着信号を打って岩山のドームの前まで来たのだが。
巨大な扉が開いて現れたのが、3つの頭の超巨大四足竜だったのである。
3つの頭から連射される高エネルギー粒子砲。エリクはしっかり握った操舵管を激しく動かし、ギリギリで避ける。ストゥールーンは、激流の中の木の葉のように舞い飛ぶ。
「これってさ、もうお茶目とか、そういう問題じゃないよ。私のことを殺しにきてるじゃない。何考えてんだ。あいつ!」
ファーリン。確かに悪戯好きだ。だけど、この挨拶はさすがに酷い。攻撃をかわすのに命懸けだ。
「エリク、今は操舵に集中して。逃げるのはまずい。あの高エネルギー粒子砲、軽く成層圏を突き抜けるよ。相手の懐に飛び込んだ方がいい。接近して、3本の首の間を飛び回っていれば、まず当たらないから」
万能検査機、冷静な分析。
エリクはきりもみ飛行で巨大四足竜に接近し、長い首の間をすり抜ける。3つの頭がくねり、エリクを追う。エリクはきりもみ、横転、宙返り、反転、横滑り、ありとあらゆるアクロバット飛行で巨大四足竜の攻撃を躱していく。1人乗り用の船ストゥールーンは小型だが、その分小回りが利く。操作性とスピードは抜群だった。しかし高エネルギー粒子砲の攻撃、執拗にエリクを狙ってくる。
「ちょっと、これ何?もう怒った。光の気で巨大四足竜をやっつけてやるから。超人を怒らせたらどうなるか、教えてあげるんだから!」
目を充血させたエリクが叫ぶ。
「それはよしたほうがいいよ」
と、相棒の箱型ロボが制した。
「なんで?」
「相手をよくご覧よ。あのデカさと質量だと、君の全力超駆動でも、一撃では決められない。あれは人工生命体をベースに工学改造した兵器だ。制御装置が全身のあちこちに分散している。巨大四足竜の動きを止める前に、君の超駆動がタイムオーバーになる。タイムオーバーで超駆動が解除されたら、君はあっさり踏みつぶされる」
エリクは宇宙で唯1人の超人だった。エリクが超駆動で放つ究極兵器光の気は無敵と言ってよいのだが、1つ重大な弱点があった。時間制限があるのだ。一旦タイムオーバーになると、再起動するまでに、かなり時間がかかる。
「じゃぁ、どうしたらいいの?」
焦るご主人様。箱型ロボは、冷静に答える。
「今のままでいいよ。このまま攻撃を躱わし続けるんだ。そのうち、向こうが飽きるか、満足するよ」
「飽きる? 満足する? ねぇ、これいったい何なの?」
「ファーリンは、お茶目なのさ」
「これ、もう、お茶目とかいう問題じゃないからーっ!」
何はともあれ、選択の余地はなかった。エリクは3つの頭の超巨大四足竜相手に、必死のアクロバット飛行を続ける。容赦なく襲いくる高エネルギー粒子砲。それでだけでなく、頭や尻尾をビュン! と振って船を狙ってくる。紙一重の飛行が続く。やがてストゥールーンがガタガタし始め、エリクの操舵もうそろそろ限界に思えた時ーー
ピタリと。
巨大四足竜の動きが止まった。
なんだ? 頭が真っ白になっていたエリク。ストゥールーンを空中で停め、目の前の巨大四足竜を凝視する。
あれ?
巨大四足竜は、船へ向けて、長い首の3つの頭と尻尾を振っている。攻撃しようというのではない。岩山ドームの大きな扉の方へ、差し招いているようだ。
「なんだ、こりゃ」
エリクは面喰らう。さっきまで全力攻撃をしてきたのに。一転して。
「ようこそ、お入り下さいってことさ」
おしゃべりな箱型ロボの万能検査機が言う。電光板を、赤と黒にチカチカ点滅させながら。
「入れ? 今、絶対私を殺そうとしてたじゃない」
「ファーリンはお茶目なんだよ。こういうのが好きなのさ」
「だから、お茶目で済む問題じゃない! あいつ、ただじゃおかないからっ!」
エリクはストゥールーンで大きく開かれた扉の中に。
後ろでは、巨大四足竜が恭しく3本の首を揃えて、見送っている。
◇
ファーリンの城。巨大な岩山ドームの中、最初やけに広い空間があり、そのあと、狭い通路となる。ストゥールーンで入れるので、エリクは乗ったまま奥へ進む。
少し行くと、広間に出た。急に明るくなる。通常の家で言えば、玄関に相当する部分である。しかし、広くて豪華。ピカピカと綺麗な大理石が敷き詰められている。模造石ではなく天然物である。とっくに消滅した人類の母星地球から掘られた正真正銘の本物。これだけで莫大な値のするものだが、表面は強化されている。機体で乗り付けても大丈夫だ。高い天井には、豪華なシャンデリアが無数に輝いている。
エリクは、ストゥールーンを停め、ハッチを開けると、操縦席から飛び降りた。相棒の箱型ロボは、鞄に入れて肩から下げている。
あたりを見回す。相変わらず豪華だ。とても岩山の中とは思えない。しかも、これはまだ〝玄関〟なのだ。このファーリンの城には、もっと大きく豪華な広間や、プールにスパ、それぞれに趣向を凝らした無数の部屋があるのだ。
殺風景な宇宙空間と無機質なダイダロス星の地表から、急に超一流ホテル並みの城の中へ来て。
毎度のことであるが圧倒されながらも、エリクは自分の服装の確認を行う。
白いブラウスに、金の繍の入った赤いジャケット、明るい緑のネクタイ、ジャケットと同じ金の繍の入ったライトブルーのミニスカート。マントはつけていなかった。この前ファーリンのオモチャにされたからだ。両足には茶色のブーツ。エリクが好きな右足ブーツ、左足素足にサンダルのスタイルは、やめておいた。ファーリンが妙な目で見るからだ。
左の太ももには、豪奢なレース飾りのついた薔薇色のガーターリング。これはいくらファーリンが妙な目で見てきても、外すことはできない。絶対今日も妙な目で見てくるだろうけど。価値観の問題なのだ。
17歳の少女エリクは、これで少しは大人っぽい服装をした……つもりだった。
玄関の広間の扉が1つが開いた。
「エリクーっ!」
少女が駆け寄ってきた。全宇宙に名を轟かす錬成師。
ファーリン。
水色の豊かなストレートの髪を、腰まで垂らしている。その身を包んでいるのは、いや、半分ほど包んでいるのは大胆な胸開きドレス。髪の色とよく似た水色のふわりとしたドレス。しかし、色だなんだは、どうでもいい。ドレスは夜会参加ギリギリのラインの大胆さだった。胸の半分、いや、胸の3分の2より上は裸だった。白く輝く肌。その下にゆったりとしたドレスの裾を、エレガントに垂らしている。きらめく肌もドレスも美しかった。しかし主役は、なんといっても、胸。ファーリンの豊満な胸。豊満すぎる胸。スイカ級といって過ぎることはなく足らざるを惜しむその双厖は、ほとんどドレスから零れそうになっていた。胸は一切締め付けたり、固定したりしていない。胸の先尖部をドレスに貼り付けているだけだ。駆けてくる少女。胸の双つのふくらみは、大きく揺れ、バウンドする。
あれは紛れもなく天然物だろう。
胸のサイズだ天然物だを尊ぶ意識のないエリクでも、つい目が奪われる。ただひたすら、胸の豊満さふくよかさをアピールせんとファーリンは注力していたのである。
エリクの瞳も、大胆に露出したファーリンの双厖に釘付けとなる。
「よく来てくれたねーっ! また会えて本当によかったーっ! キャーっ!」
ファーリンがエリクに抱きついてくる。キラキラ光る紫の瞳に見つめられて、エリクは毎度ながらドギマギする。いや、ドギマギしたのは、豊満すぎる胸を押し付けられたからだった。ファーリンが誰かを抱きしめれば、自然にその豊満すぎる胸を押し付けることになるのだが、今日は特にアタリが強いように思える。
ひょっとしてまだ成長しているのか?この胸は。いやまさに成長の途中なんだ。これからどうなるんだろう。末恐ろしい。自分の決して豊満ではないグレープフルーツ級の胸に超弩級の双厖を押し付けられて、エリクは、もうそれしか考えられない。
「エリク、どうしたの?窶れてない? 私の可愛いエリク」
ファーリンが、白い腕をエリクの首に巻き付け、顔を寄せてくる。甘い吐息がかかる。エリクは、必死になって後ろに下がる。
窶れた? だと? さっきこっちの命を削ったのは、誰なんだ? 貴様いい加減にしろ。
そう思ったが、何しろこちらはお客様で、向こうは主なわけで、いきなり喧嘩腰になるのもどうかと思って、
「こんにちは、ファーリン。またよろしく。今日も仕事のお願い。頼むよ。君だけが頼りなんだ」
「キャーッ!」
ファーリンは、さらにぎゅっと、エリクを抱きしめる。少女と少女の頬が触れ合う。エリクは真っ赤になった。
「君だけが頼り……そう……そうなのね?キャッ! そんな。だめよ。まだ……私、いったいどうしたらいいのか……ねえ、エリク」
「ファーリン、ごめん」
エリクは必死に体を引き離す。
「頼りっていうのは、その、仕事のことで。何せ、君は、宇宙一の錬成師だからね。そして秘密を守ってくれる……だから今日もお願いね。君もいっぱいあちこちから注文が来て忙しいだろうしさ、私もいろいろ予定が詰まってて、すぐ行かなきゃいけないんだ。だから、早いとこ頼むよ」
「ふふふ、エリクちゃんの頼みなら、いつでも何でもOKよ」
ファーリンは、エリクの左太腿のバラ色のガードルリングをギラギラした目で見つめている。エリクも毅然と見返す。これは価値観の主張なのだ。絶対に曲げることはできない。相手がどう思うにせよ。これは何も変なメッセージじゃないぞ。
「さ、来て。おもてなしの準備してるのよ」
ファーリンは、優雅な仕草でエリクの手を取る。
◇
饗応の間。
豪華絢爛この上ない広間で、エリクは落ち着かなかった。
真紅の天鵞絨張りのソファ。ふかふかで、坐り心地は最高なんだけど。エリクの左隣。座っているのはファーリン。
距離が近いな。近すぎる。これまでは、一応、卓に向かい合っての饗応だったんだけど、隣なんだ。2人の間を遮るものは何もない。
チラっとでも、左を見ると。目に飛び込んでくるのは、白く突き出た双つの小山。胸開きドレスから、大きく零れている。
「エリク、寛いでいってね」
紫の瞳の少女、この城の主が胸を揺する。
寛げる環境じゃないな、エリクは思ったが、何はともあれ饗応してくれるんだ。ちゃんと受けなきゃ。
メイドロボが現れた。卓に料理と飲み物が並べられていく。
エリクの前に、七つの杯が、置かれた。七色の飲み物。
「エリク、私のオススメは薔薇の霧よ。私の使っている香水のエッセンスが入っているの」
ファーリンは、真っ赤な杯を指差す。
「チェリーカモミールドライをもらうよ」
エリクは、ピンクの杯をとった。
確かに最高の饗応だった。次々と新たな皿に杯が現れ、下げられ、また新たな皿と杯。エリクもさすがに陶然となった。隣のファーリンが、何かとにじり寄ってくるので、胸がくっつかないようにするのが、大変だったけど。
「すごく美味しいね。このパイ包み焼きは何なの?」
「これはコーダ星にだけいる二つ 眸子の雉のパイよ。年間10羽しか狩猟が許されない貴重な雉でね。それにルゴンド星のスパイスでアクセントをつけたの。ミヨルガっていうスパイスよ。千年極楽鳥の雌が啄んだクロムの種から生えた木に咲く花の軸を乾燥させてーー」
この星の住人は、ファーリンだけだ。すべて、コックロボ、メイドロボの仕事だが、完璧だった。超一流ホテルでもなかなか味わえない至福の体験。
食後にエリクはミルクティー。ファーリンはコーヒー。
饗応にすっかり心を癒されたエリクだが、言う事は言わなきゃ。
「ねえ、ファーリン、私、この岩山ドームの門の前で、死にかけたんだけど」
「まぁ、大変。どうしたの?」
「あの……3本首の雷竜みたいなでっかいの、あなたのペットでしょ?なんなのあれ? なんで私を襲わせたの?」
「襲わせた? まあ、エリク、なんてこというの?」
ファーリンは、顔をほころばせた。
「あれは私の可愛いアパトスちゃんよ。あなたが来たら、ちょっと遊んであげてねって言ったの。面白かったでしょ?」
「アパトスちゃん? 面白い? ……私、ほんとにギリギリだったんだよ」
「ふふ。エリク、観てたよ。すごく興奮した。相変わらずさすがだったわ」
「観てた?」
ファーリンが指をパチンと鳴らす。
すると、2人の前の空中に、巨大な立体映像が現れる。
「あ」
写し出されたのは、先程のエリクと3本首の巨大四足竜との戦闘。撮影してたんだ。つまり、ファーリンはここに座って、ずっと観戦観賞してたんだ。
「本当に、あなたの操舵って最高。あなたのストゥールーンもね。手入れのしがいがあるわ。ここまでのスピードと操作性を誇る船は、なかなかないからね。惚れ惚れしちゃう。エリク、宇宙の長旅の退屈を吹っ飛ばすのに、ちょうどよかったでしょ」
ファーリンはうっとりと立体映像を見つめている。
エリクの死闘。この胸開きドレスの少女の退屈を吹っ飛ばす役には立ったようだ。
エリクは、むくれる。
「もう。私、ほんとに危なかったんだから」
「へーき、へーき、あのアパトスは、アパト星で開発された人工生命なのよ。ほら、あの星って人工生命の研究開発が盛んじゃない?あそこの整備の仕事を受けた時、報酬が払えないっていうんで、現物としてあれをもらったの。それを私が改造してね。今日がお披露目なのよ。アパトスちゃんには、これまでのあなたのデータを打ち込んでプログラミングしておいたから、絶対当たらずギリギリで攻めまくれるように、ちゃんと計算してたのよ。うまくいったでしょ。それに、あなた今日、ストゥールーンの整備にきたんでしょ? 船の状態がどんなだか、この目で見とかなきゃいけないしね」
なんとなく一理あるんだけど。この水色の髪の少女にとっては、エリクも巨大四足竜と同じオモチャの扱いのような。
「さ、エリク、しっかり食べたわね。じゃ、そろそろ仕事にかかりましょう」
ファーリンが立ち上がる。
◇
錬成師ファーリンの工房。これまた白を基調とした大きな広間。天井からは、ドリルやドライバー、スパナなど各種工具を取り付けたロボット腕が下がり、ズラリと並ぶ様々な計器類の間を、作業ロボットが縫って移動していく。
しかし、工房という言葉の持つ雑然としたイメージはここにはなかった。全てが整然と配置され美観が最大限に重視されている。ロボットたちの動きも、優雅で洗練されていた。
工房の中央の作業台に、エリクの愛機ストゥールーンは、置かれていた。従僕ロボットたちが、ここに運んでおいたのである。
「うーん、相変わらず、惚れ惚れするわね。さっきの飛行素晴らしかったわ。まさに宇宙に舞う羽根ね。これを撃ち落とせる兵器、作ってみたいな」
ファーリンは、船の機体を愛おしそうに撫ぜる。
「物騒なこと言わないでよ。はい、あと、これも」
エリクは、肩から下げた鞄から、相棒のおしゃべり箱型ロボを取り出し、ファーリンに渡す。
「キャー、メガちゃん!」
ファーリンは万能検査機を抱きしめる。ふくよかな胸に押し付けられた箱型ロボは、真っ赤になっていた。
「元気だった? エリクに雑に扱われてない?よし、よし。何かあったら私に相談してね。しかりと撫ぜ撫ぜ揉み揉みしてあげるからね」
「ちょっと。私の箱型ロボに変なことしないでよ。わかってると思うけど♂なんだからね。整備だけして」
「メガちゃん、可愛いっ!」
ますます強く抱きしめられて、ファーリンの豊満な胸の谷間に完全に埋没した万能検査機は、目を回していた。
ファーリンはいよいよ作業に取り掛かる。まず、ドレスを脱いだ。白く豊満な肉体が露わとなる。ドレスを脱ぐと、かなりギリギリ感のある胸当と腰に巻いた透かしのペチコート、それに、銀色のサンダルだけだった。ギリギリな胸当と透かしのペチコートには、豪華な刺繍がしてある。
水色の髪の錬成師の少女は、右手に柄の長い金色のハンマーを持ち、左足で蹈鞴を踏む。ファーリンが蹈鞴を踏むと、白い精錬粒子が湧き上がる。錬成師は、手にしたハンマーで、ストゥールーンをトントンコツコツ丁寧に叩いていく。リズミカルに、スイカ級の双厖が揺れる。
最初ファーリンがハンマーや蹈鞴で錬成師の仕事をするのを見たとき、エリクは驚いた。しかし、錬成師の起源は鍛冶職人なのだ。こういうものなのだろう。ドレスを脱ぐ理由は、よくわからないけど。
優雅で流れるような手際で船を叩き、整備を終えたファーリンは、額の汗を拭う。そして、小さなハンマーを取り出すと、今度は万能検査機をコンコン叩く。これも最初見たときは、本当にヒヤヒヤした。万能検査機、エリクの相棒の箱型ロボは、目を閉じて、気持ちよさそうにしている。撫ぜ撫ぜ揉み揉みされているみたい。
「終わったよ。どう、気分は」
ファーリンが箱型ロボに訊く。
「ああ、いいよ、すごく。僕は、この瞬間のために生まれてきたんだ」
「大袈裟だね」
エリクが、口を挟む。
「ありがとう、いつもながらの手際だね。ファーリン、今日は実は、もう一つあるんだ。これも見てくれない?」
取り出したのは、銀の銃。
「あら、これ、勇士の銃じゃない。宇宙最強の銃だよね。どうしたの?」
受け取ったファーリンは仔細にに検分する。
「酒場で知り合ったおっさんにもらったんだ」
「ふうん。そんなことあるんだ」
ファーリンは、銀の銃を、エリクの顔に照準を合わせ、構える。
「これ、射程距離は1・8光年?」
「2光年と聞いている」
「さっそく使ったでしょ。これで殺したのは、6000人?」
「6250人だと思う。全員グーリク星人だけど」
「これをどうして欲しいの?」
「うん……まだ使い慣れてないから、調整と、あと、それ、威力はすごいんだけど、一発打つとエネルギー再充填までに丸一日かかるんだ。威力を落として連発で撃てるようにもして欲しいんだ」
「やってみる……私も、これに触るの、本当に初めて。エリク、あなたの所には、宇宙の最強装備が集まることになってるみたいね」
整備はすべて終わった。
ファーリンはドレスを着る。
エリクは完璧な状態となった機体に機械に銃を前に、思わず微笑む。
「ありがとう、ファーリン。これで私もまだ自信を持って、宇宙の旅ができるよ」
「ふふ、よかった。じゃあ、これ請求書ね」
請求金額を見たエリクはたじろいだ。目の飛び出るような額だった。前回の5倍になっている。
「あ、ごめん。その金額……ちょっと今手持ちがなくて。支払いは後でいいかな」
「お金、今ないの? じゃぁ、これでいいよ」
妖しく紫の瞳を輝かせたファーリン、エリクに顔を寄せる。少女と少女の唇が、今にも触れ合いそうにーー
「うぐ、ちょっと」
エリクは、かろうじて躱す。
「こういうので支払いたくない。お金は必ずちゃんと払うから」
「うふふ。いいのよ、エリク、あなたならずっと待つから」
ファーリンは、エリクの姿を上から下まで、うっとりと眺めている。
用事は済んだ。お暇の時間だ。
エリクはストゥールーンに乗りこむ。
「今日は、ありがとう」
「エリク、また来てね」
「今度必ずお金持ってくるから」
「そんなに急がなくていいよ。お金……あ、そうだ。エリク、お金を稼ぐといえば、ねぇ、2人で賞金屋やらない?」
「賞金屋?」
「そう。あなたは宇宙一の賞金首。だから、私があなたを捕まえて、宇宙警察に突き出して賞金をもらうの。あなたは脱獄する。賞金は2人で山分け。そして私がまたあなたを捕まえて、別の宇宙警察に突き出す。これを繰り返せば、私たち、宇宙一の大金持ちになれるわよ」
「やだ。そんなの。やらない」
警察の留置場なんて。一晩でも嫌だ。ミルクティーも出ないだろうし。
「そう。残念ね。あ、そうそう、もう一つ。エリク、今日のあなたのブーツはどうだったかな。ねぇ、あなたに似合うのは黒のニーソックスだと思うの。今度、黒の革靴に黒のニーソックスで来てよ」
「黒のニーソックス?私に似合う?そうかな……」
ファーリンは、陶然となっている。
「私ね、夢があるの。宇宙警察と宇宙軍が総出で乗り出して、エリク、あなたを捕まえるの。そしてあなたは公開処刑されるの。絞首台にぶら下がってね。その時、あなたは黒のニーソックスなの。あなたの首に縄がかけられて、いよいよドスンと落とされる時、処刑台の見える窓の影に隠れていた私が、銃であなたを吊るす縄を撃って切るの。そして船で飛び出して、あなたを抱え、宇宙へ飛び立っていくの。ああ、素晴らしい。本当に、美しい。これぞ、ロマン」
もう付き合い切れない。エリクは、夢見心地の水色の髪の少女を後に、ストゥールーンを発進させた。
ファーリンがまだ15歳だなんて、信じられない。
岩山ドームの城を出る。門の所では、巨大四足竜が長い3本の首を優雅に曲げてお辞儀をする。
宇宙空間へ飛び立つ。ストゥールーン、キレが違う。無限推進炉の性能も上がっているようだ。凄い。さすがファーリンだ。おしゃべりな相棒の万能検査機も、気持ち良さそうにエリクの膝の上で眠っている。そして勇士の銃。使い勝手がよくなった。撃つ練習もしなくちゃ。
宇宙一の錬成師。依頼主の秘密は絶対厳守してくれる。やはりファーリンでなければならないのだ。だけど法外な金額を請求される。言い値で支払うしかない。ファーリンへの借金はどんどん膨らんでいく。お金を稼がなきゃ。現物で支払うなんて絶対嫌だ。何を要求されるか、わかったものじゃない。
でも。
黒のニーソックス。
エリクは思い出す。
私に似合うと言っていたな。そうなのかな。
探してみよう。次の星で。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




